江戸期版本を読む

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カテゴリ:世中百首絵鈔 > 世中百首絵鈔76~101

【翻字】
 心にも入(いり)てあつかふ 物ならばくじは ぶゐにやならん世中

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 公事(くじ)沙汰出入の うつたへをするもの ともにてつせきの 心をたもつて いひ出せるわざなれば それをあつかふには かりそめの挨拶にて 和解せんこと必定 難かるべし衷情よ り出て心をくだき 身にかへてあつかふ ほどならばなどか 無為にはならざら んや


【通釈】
 親身になって仲裁するならば、裁判は平穏無事に収まるだろうか。世の中は。

 訴訟や裁判、争い事の訴えをする者は、(原告被告)共に極めて堅い意思で言い出した事であるから、それをいい加減な仲裁で和解するのはきっと難しいはずである。真心を込めて一身に代える位の意気込みで仲裁するならば、どうして平穏無事に収まらないことがあろうか。

【語釈】
・入(いり)て…「いり」のふりがな不審。「いれ」の意か。「心に入る」は「深く心に留める。親身になる」。
・あつかふ…仲裁する。
・公事…訴訟およびその審理・裁判。
・無為…平穏無事なこと。
・沙汰…物事を処理すること。特に、物事の善悪・是非などを論じ定めること。裁定。また、裁決・裁判。
・出入…俗に、争いごと。もめごと。けんか。
・鉄石の心…きわめて堅固な意志。鉄心。
・かりそめ…いいかげんなこと。
・挨拶…争い事の中に立って仲裁すること。
・必定…きっと。かならず。
・衷情…うそやいつわりのない、ほんとうの心。

【解説】
 第七十六首目は、「真心で訴訟を裁く」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、座敷で二人の男性が対坐し、互いに熱心に話に身を入れている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中の正体(しやうだい)なしは なすこともなければ ありききてはぬるのみ

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 身の産業にうと く学問諸芸に心 がけもなく何すべき わざもなきものは たゞいたづらに あくまでくらひいづく ともなくうかれあ りき帰り来て打 ぬるは正体なしの すたれ人といふべし 孟子に飽(あく)まで食(くら) ひ暖(あたゝか)に衣(き)て逸居(いつきよ) してをしへなきは 禽獣に近しといへり

【通釈】
 世の中にいる正気のない人というのは、する仕事もなくただうろつき歩いてやって来ては寝るだけである。

 生業の事もよく知らず、学問や諸芸に心得もなく、何もする事のない人は、ただ無駄に食べるだけで、あてもなくぶらつき歩き、帰って来ては寝るだけなのは、正気のない役立たずと言うべきである。『孟子』に、「食べるだけ食べて暖かに服を着てのんびり暮らしていても教育のない者は、動物に近い」と言っている。

【語釈】
・正体…正気。
・産業…生活していくための仕事。職業。生業。
・うとし…よく知らない。
・うかる…あてもなくさまよう。ふらふらと出歩く。
・すたる…不用になる。
・孟子に…『孟子』滕文公篇に見える言葉。
・逸居…気楽に暮らすこと。

【解説】
 第七十七首目は、「無為徒食は人として正気ではない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、何か道具を使って手仕事をしている男性の目の前で、横寝して肘をつき、煙管を吹かせている男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 よき事はためしにもひけ よからさる ことはためしに ひくな世中

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 賢者のおこなひを 手本としてつとめ なば自(おのつか)ら賢徳を 得べしいまだにはかに 賢人の地には至らず とも愚悪の行跡(かうせき) には遠さかるべし しやくしを定規に つかふといふ諺の ごとくよこしまなる 事をためしにひく 世間このともから なしといふべからず 必ずこれ等の人に くみすることなかれ

【通釈】
 良い事は手本にしなさい。良くない事を手本にしてはいけない。世の中は。

 賢者の行為を手本にして努力すれば、自然と賢さや徳が身につく。すぐに賢人の地点には到達しないまでも、愚者悪人の行状からは遠ざかるであろう。曲がっている杓子を定規に当てて使うという諺のように、道に外れた事を手本にする人は、世間にいないわけではない。決してそのような人の仲間に加わってはならない。

【語釈】
・ためし…手本になるようなこと。模範。規範。
・賢徳…賢明で、徳のあること。
・地…場所。ところ。
・行跡…人がおこなってきた事柄。行状。身持ち。
・杓子を定規に使う…曲がっている杓子を定規代わりにすること、正しくない定規ではかること。
・よこしま…正しくないこと。道にはずれていること。
・くみする…仲間に加わる。味方する。同意する。

【解説】
 第七十八首目は、「手本を正しく選ぶ」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、脇息に手を置いて書物を読む男性の前で、しゃもじに刃物を当てて紙を切っている男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に人のうらみを うけぬるはよからじとこそ おもひしらるれ

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 己の利をはかりて 他を憐(あはれ)むの心なく 孤寡を欺き人の 憂患に乗じ非道 の貪りをなすは 眼前利ありといへ とも人のうらみ かさなりて消(きえ)やらず 遂に怨府(うらみのふ)となりて 其身の後程(こうかい)よから ぬ道理必定ぞと 未然を指(さし)て深く これを懲(こら)せり

【通釈】
 世の中で人の恨みを受けるのは良くない事であると、自然と思い知ることだ。

 自分の利益を図って、人を憐れむ心がなく、孤児や寡婦を騙し、人の心配に付け込んで強欲非道の所業をするのは、当面の利益はあっても、人の恨みが身に積もって消えず、恨みの的になって、将来は良くないのが物の道理であると、そのような人の未来を明示して懲らしめている(歌である)。

【語釈】
・孤寡…父を失った子と夫に先立たれた女。孤児と寡婦。
・憂患…心配して心をいためること。
・怨府…人々のうらみの集まる所。
・後程…「こうかい」のふりがな不審。「のちほど」の意か。
・必定…そうなると決まっていること。必ずそうなると判断されること。
・未然…まだそうなっていないこと。まだそのことが起こらないこと。

【解説】
 第七十九首目は、「人の恨みを受けない」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、刀の柄に手をかけて怖い形相をしている二人の男性に取り囲まれ、前で書状を示している無精髭の男性に、慌てている表情で手を前に差し伸べて何やら訴えている男性の姿が描かれています。自分を仇と狙う者たちに見付かり、弁解か命乞いをしている場面かと推察されます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 あみのいとの ひとつすぢめの ちがふゆゑ みたれにけりな 人の世中

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 あみのいとは君臣 父子夫婦の三綱(かう) をいふ此三綱ひとつ みだるゝときは天下 の礼義いづれも みたれてみちたゞず 故に義家将軍 の宗任を追れしとき 年を経しいとのみた れのくるしさにと 宗任よみたるをやさ しとおほしてしばらく ゆるし去しめ給へりと いふ上下のみだれを かなしみし趣(おもむき)なり 人道の最(もつとも)守るへきは この三綱の上にあり

【通釈】
 網の糸目が一筋違っているために、乱れてしまった事だなあ。人の世の中が。

 「網の糸」とは、君臣・父子・夫婦の踏み守るべき「三綱」の道を言う。この「三綱」が一つでも乱れる時、天下の礼と義の両道は共に乱れ、人の道は成り立たない。そこで、昔、源義家将軍が安倍宗任を追討なさった時、「年をへし糸の乱れの苦しさに」と宗任が詠んだのを、「感心だ」と仰って、少しの間(追撃を)緩めて逃がせなさったと言うのである。それというのも、身分の上下の間の礼義の道の乱れに心を痛めた趣旨からである。人の守るべき道の中で最も守らなければならないのは、この三綱である。

【語釈】
・三綱…儒教で、君臣・父子・夫婦の踏み行うべき道。
・礼義…礼と義。また、人のふみ行うべき礼の道。
・義家将軍の宗任を追れしとき…『古今著聞集』巻第九武勇第三三六段に見える。
・やさし…けなげだ。殊勝だ。感心だ。
・ゆるす…ゆるめる。逃がす。
・上下…地位・身分・年齢などの、上位と下位。
・かなしむ…心が痛む思いだ。
・趣…趣旨。

【解説】
 第八十首目は、「礼義道徳が乱れると社会は成立しない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。ただ、歌は、「物事の条理が一つ狂っているために、社会全体が乱れてしまっている」ことを詠んでいて、むしろ主題は社会の乱れた現状に対する嘆きを詠んだものと解釈すべきです。絵は、座ったままで老人の胸ぐらをつかむ男性とその腕をつかみ返す老人、後ろから二人を制止しようと手を伸ばす老女の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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