江戸期版本を読む

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カテゴリ: 蝦夷島奇観 写本

 『蝦夷島奇観』は秦檍丸(はたのあおぎまろ)、すなわち村上島之允(1760~1808)の著した書です。彼は幕府の役人として蝦夷地を探索、北海道からクナシリ・エトロフまでを調査し、さまざまな書物を書き記しました。

北海道開拓の先駆者村上島之允

 『蝦夷島奇観』の原本は国立博物館が所蔵、デジタル画像が公開されています。しかし、虫損があり、満足に読めません。写本は複数存在するようです。

Vol.62 200年前のアイヌ文化を伝える写本~『蝦夷島奇観』謎の加筆~2013年07月11日 法政大学


 以下、早稲田大学図書館が公開している『蝦夷島之奇観』をご紹介します。国立博物館の原本に比べるとずいぶん内容は省略されていますが、状態がよく絵も美しいのが魅力です。版本ではなく巻子、巻物になっています。全部で24面あります。INDEXは最後にUPします。

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蝦夷島之奇観 : 変り図入り / [秦檍丸] [撰]   早稲田大学図書館

  

【翻字】
蝦夷がちしま人類の紀原しりたくほりすれとも
文字あらねば書しるせるものとてもなし
応永正長よりむかしは邈としてしるへからす
只アイノ等の言伝ふには
松前(往古ハマトマエといふ)より東の方其みち六百里ほど
はなれてシツナイてふに南方
神の国より女神只一人
あやしけなる舟にめされて
漂着し玉へける
その舟に金銀珠玉くさくさの
器まて積てめされたり
此處へ漂着のはしめより風雨をしのぐ
室なく
食物
尽れとも
索る
すへ
なけれは
既に
餓に
たへかね
玉へけるに
いつくよりか
ひとつの

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【通釈】
蝦夷の千島の人々の起源を知りたいと望むけれども、その地の人々は文字を持たないので、それを書き記したものといっても何もない。応永・正長年間以前のことはあまりに遠い昔で知るすべもない。ただ、アイヌの人たちの語り伝えによれば、松前(以前はマトマヘと言っていた)から東方、六百里ほど離れて、シツナイという地に南方から女神がただ一人、粗末な舟に乗せられて漂着なさった。その舟にさまざまの器物までを数多く積んで、女神は金銀宝石などを身に付けていらっしゃった。その地へ漂着された最初から、風雨をしのぐ家はなく、食べ物もなくなってしまったけれど、探し求める方法もなかったので、すでに餓えに耐えかねていらっしゃったが、そこへどこからともなく一匹の

【語釈】
・応永…1394~1427年。
・正長…1428年。この頃以降、大和民族の蝦夷地への侵入が本格化し、製鉄技術を持たないアイヌ人に対する支配が強まった。1457年にはコシャマインの戦いが起こった。
・邈(ばく)…はるか。とおい。
・シツナイ…現ひだか町静内(しずない)辺か。

【解説】
 アイヌの人々の口伝による一建国神話のようです。非常に読みやすい字で書かれています。女神のもとへ食べ物を加えて犬が近づいていますが、これは次の部分で語られています。ここでの内容にある漂着した舟の絵は次の部分にあります。

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【翻字】
牡犬きたり女神に
心ありげにちかつき馴
て尾をふり先たち
行を嬉しくつき
そへゆけば大なる
巌窟にいたれり
茲に入てしばし
ありけるうちこの
犬海辺へ走りては
魚物海藻をもち
きたり山野に行
ては木果草実
をもちきたりて
餓をたすけ月日
つもるうちにあや
しくも女神犬の
子を孕めりそれ
より子孫いや栄
て今にいたる故に
女は女神の血縁に
して男は犬の後
胤なりといふよしをサルモンヘツの酋長
ヤイハルなるものゝ話なり

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【通釈】
牡犬がやって来て、女神にいかにも心を寄せるように近づき、馴れた様子で尾を振りながら先に立って行くのを、女神は心嬉しくなって牡犬の後について行くと、大きな岩窟に至りつき、その中に入って少しいると、牡犬は海辺へ行っては魚や海藻を取って来、山や野へ行っては木や草の実を持って来て、女神の飢えを救い、そうして月日も経つうちに、不思議なことに女神が妊娠した。その後子孫はますます栄えて今に至る。だから、女は女神の血を引き、男は犬の子孫なのだといふことを、サルモンヘツの酋長のヤイハルという者が語った物語である。

【語釈】
・サルモンヘツ…不詳。「サルモンベツ」という地名が『東夷周覧』(1801)に見える。

【解説】
 『古事記』において、神武天皇の祖母にあたる女性は海中の「ワニ(サメ)」でした。異種婚姻譚による建国神話として共通ですが、性が異なります。

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【翻字】
アイノ酋長(オトナ)の図イメージ 2
熊祭りなどの時
かくの如し

天 地 日 月 曇 風 雨 雪 霧 星 雲 火 水
山 川 海 洋 島 磯 石 巌 砂 道 陸 谷
澤 沼 波 氷 春 夏 秋 冬 寒 暑 昼 夜
朝 夕 去年 明年 昨日 今日 明日
東 西 南 北
一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 百 千

殿様 主人 日本人 眼 鼻 口 手 足 背 腹 頭 耳
父 母 兄 弟 子 姉 妹 夫婦 男 女 下人
童(男女) 善人 悪人 生 死
陰茎 陰嚢

めのこの図

鮭 鱈 鯡 かすのこ 鯨 蚫 鱒 王余魚
鶴 塩漬 雁 烏 鴨 梟 鷲 羽 馬
膃肭臍 熊 膽 鹿 犬 狸 獺 鼬
兔 鼠 魚 鳥 虫 蚤 虱 蚊 蝿

外に トゞ アシカ ヲキナ なと海獣の大なるものあれと
異国にもあらさるものなれは文字しれす

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【通釈】
アイノ酋長の図
熊祭りなどの時、このような姿である。
天(リキタ:以下、朱字カタカナでアイヌ語が記入されているが、画面で判然と判読できないものが多く、以下略)
女子の図
外に「トド」「アシカ」「ヲキナ」など、海獣で大型のものの呼び名があるが、異国にも存在しない生き物であるから、それに相当する漢字がわからない。

【語釈】
・鯡…ニシン。
・蚫…アワビ。
・王余魚…カレイ。
・梟…フクロウ。
・膃肭臍…オットセイ。
・獺…カワウソ。
・鼬…イタチ。
・ヲキナ…クジラの一種。

【解説】
 名詞ばかりですが、アイヌ語が記録されています。「王余魚」は辞書によっては「シラウオ」と出ていますが、青森県の地名に「王余魚沢(かれいざわ」があり、そちらを採用しました。

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【翻字】イメージ 1
いにしへロツチやカモ
イといふ神あり身の
長四尺斗りきはめ
て手の長き神なり
けるか漁猟のみちに
通力を得玉ひつち
あなに住てアイノ
等に魚類けものゝ
肉なとを与へ玉ひける
この神の女神わ
きてうるはしかりしか
手にいろいろの文理あり
其神の徳をしたひて
メノコとも今にいたるまて
ほりものするなりとぞ
イナホ
幣束のこゝろなり夷地には紙なければ
木を削りかけ用ゆ大古はみなかくの如くにや
正月十五日削り花の遺製もなつかし
神に奉るをハツホ(初穂)といふ古語もなつかし
但し夷地にイナホといふ樹あり
イナホに作るゆへにイナホといふや
檉又は柳にても作るなり

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【通釈】
昔、ロッチやカモイという神がいた。身長は四尺ほどで、たいへん手の長い神であったが、漁や狩猟に神通力をお持ちで、土穴の中に住み、アイヌの人々に魚や獣の肉などを与えなさっていた。この神の女神はとりわけ美しく、手にさまざまな紋様があった。その神の徳を慕って、女子は今に至るまで彫り物をするのだということである。
イナホ
神に捧げる御幣と同じ意味合いのものである。蝦夷地には紙というものがないので、木を削ってそれを紙と同じように用いるのである。大昔はどこでもこのようにしていたのであろうか。日本でも正月十五日に「削り花」というものを墓に供える風習があるが、この「イナホ」はその昔ながらの制度と似ており、昔懐かしい風習である。また、日本では神に奉るものを今でも「ハツホ」と呼ぶが、「イナホ」という語はそれにも似ていて、これも昔懐かしい感じがする。ただし、蝦夷地には「イナホ」という名の木がある。それは、その木を削って「イナホ」を作るから「イナホ」という名で呼ぶのであろうか。しかし、「イナホ」はカワヤナギやヤナギの木でも作ったりもする。

【語釈】
・四尺…約121cm。
・通力…神通力。超人的な力。
・文理…模様。文様。
・幣束(へいそく)…御幣。神道の祭祀に用いられる幣帛。幣(ぬさ)。
・削り花…生花の代わりに墓などに供えられる木材で作った造花。
・遺製…遺制か。昔の制度で今にのこっているもの。
・初穂…神仏に供える金銭や米など。
・檉…カワヤナギ。

【解説】
 アイヌの人々に、女子の手の甲から手首付近にかけて、入れ墨で紋様を彫り込む風習があることと、神に捧げるイナホ(イナウ)の説明をしています。
 「削り花」および「ハツホ」と「イナホ」についての箇所は解釈しにくく、上に示したのは一解釈にすぎません。「削り花」の風習自体、「ハツホ」という語や風習自体がアイヌにもあったとも解釈できます。ここではそれをとらず、「削り花」「ハツホ」はあくまで日本に残る昔ながらの風習であって、それらとアイヌの習俗である「イナホ」に共通点があるのが「なつかし」い、と解釈しました。

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