【翻字】
エー二人は庄屋の宅(うち)を立出(たちい)でまして 似多「紛さん、一首浮(うか)んだ
が、斯(か)うは如何(どう)ぢやエ、これこれの業(わざ)かと問はれこれこれと
狐博奕(ばくち)で双方さい(〇〇)難 紛郎「イヤいつもながら面白い、サア行か
う」とこれから三輪(みわ)を背後(あと)に丹波市(たんばいち)の方(はう)へ出まして、彼(か)れ此(こ)
れするうちに、日もズンブリと暮れて仕舞ひました、両人は
懐裡(ふところ)に一文の銭(ぜに)もありませんから、何処(どこ)かで宿をば求めたい
と烏鷺々々歩いて居(を)りますうち、飛んでもない道へ這入込(はいりこ)
んで仕舞ひました 似多「紛さん、今夜如何(どう)する胸算(つもり)じや 紛郎「昨(ゆう)
夜(?)のやうな都合に何処(どつ)かでマア一(ひと)ツ地蔵堂か何(なに)かあツたら、
其処(そこ)で今宵(こよひ)は夜を明(あか)さうじやないか、さうしてマア奈良へ
行きやア、また何(ど)うにでもなるで、併(しか)し渡る世界に鬼はなし
とはよく言ツたものだ、マア斯(か)うやツて一枚の物でも着せて
貰(もら)うた依(よ)ツて、これで何(ど)うなり斯(か)うなり歩けるといふものじ
エー二人は庄屋の宅(うち)を立出(たちい)でまして 似多「紛さん、一首浮(うか)んだ
が、斯(か)うは如何(どう)ぢやエ、これこれの業(わざ)かと問はれこれこれと
狐博奕(ばくち)で双方さい(〇〇)難 紛郎「イヤいつもながら面白い、サア行か
う」とこれから三輪(みわ)を背後(あと)に丹波市(たんばいち)の方(はう)へ出まして、彼(か)れ此(こ)
れするうちに、日もズンブリと暮れて仕舞ひました、両人は
懐裡(ふところ)に一文の銭(ぜに)もありませんから、何処(どこ)かで宿をば求めたい
と烏鷺々々歩いて居(を)りますうち、飛んでもない道へ這入込(はいりこ)
んで仕舞ひました 似多「紛さん、今夜如何(どう)する胸算(つもり)じや 紛郎「昨(ゆう)
夜(?)のやうな都合に何処(どつ)かでマア一(ひと)ツ地蔵堂か何(なに)かあツたら、
其処(そこ)で今宵(こよひ)は夜を明(あか)さうじやないか、さうしてマア奈良へ
行きやア、また何(ど)うにでもなるで、併(しか)し渡る世界に鬼はなし
とはよく言ツたものだ、マア斯(か)うやツて一枚の物でも着せて
貰(もら)うた依(よ)ツて、これで何(ど)うなり斯(か)うなり歩けるといふものじ
や 似多「併(しか)し妙な所(ところ)へ出て来たナ、頓(さつぱ)り道が分(わか)らぬやうになツ
て来て仕舞ツた、尋ねるにも通る人はなし、困ツた事じやナ」
と二人はブラブラ歩いて居(を)りますると、向(むか)ふの方(はう)から頭に五
徳のやうな物を載せまして、蝋燭(らふそく)に火を点(とも)し、胸に鏡を当て
白い衣物(きもの)を着た者がやツて来ました、これは所謂(いはゆる)丑(うし)の時参り
といふのです 似多「オイ紛さん 紛郎「何(なん)じやエ 似多「向(むか)ふの方(はう)か
ら妙な者が出て来たぜ、何だか斯(か)う頭に灯火(あかり)が見えて居(ゐ)る
紛郎「ハゝア、乃公(おら)ア未(ま)だ丑(うし)の時参りといふものは聞いては居(ゐ)
るけれども、真個(ほんたう)の丑(うし)の時参りといふものは見た事がない、
一(ひと)ツ如何(どう)いふ事を為(し)をるか、密(そつ)と見てやらうではないか 似多「
イヤ面白い」 と二人は樹の蔭へ来(きた)りまして、身を潜めて窺ツ
て居(を)りますると、成程両人の推量の通り丑(うし)の時参りですナ、
此方(こなた)にサクサクやツて参り、四辺(あたり)を見廻し、懐裡(ふところ)から何(なに)か斯(か)
て来て仕舞ツた、尋ねるにも通る人はなし、困ツた事じやナ」
と二人はブラブラ歩いて居(を)りますると、向(むか)ふの方(はう)から頭に五
徳のやうな物を載せまして、蝋燭(らふそく)に火を点(とも)し、胸に鏡を当て
白い衣物(きもの)を着た者がやツて来ました、これは所謂(いはゆる)丑(うし)の時参り
といふのです 似多「オイ紛さん 紛郎「何(なん)じやエ 似多「向(むか)ふの方(はう)か
ら妙な者が出て来たぜ、何だか斯(か)う頭に灯火(あかり)が見えて居(ゐ)る
紛郎「ハゝア、乃公(おら)ア未(ま)だ丑(うし)の時参りといふものは聞いては居(ゐ)
るけれども、真個(ほんたう)の丑(うし)の時参りといふものは見た事がない、
一(ひと)ツ如何(どう)いふ事を為(し)をるか、密(そつ)と見てやらうではないか 似多「
イヤ面白い」 と二人は樹の蔭へ来(きた)りまして、身を潜めて窺ツ
て居(を)りますると、成程両人の推量の通り丑(うし)の時参りですナ、
此方(こなた)にサクサクやツて参り、四辺(あたり)を見廻し、懐裡(ふところ)から何(なに)か斯(か)
う半紙に描(か)いたやうなものをば片傍(かたへ)の榎(えのき)へさしてからにピタ
リと貼付(はりつ)けまして、懐裡(ふところ)から火打石(ひうちいし)と火打金(ひうちがね)をば出(いだ)して、袂(たも)
裡(と)から線香を取出(とりいだ)し火を移し、精出してこの紙に描(か)いた画姿(ゑすがた)
に灸(やいと)を据(す)ゑて居(ゐ)ますから
リと貼付(はりつ)けまして、懐裡(ふところ)から火打石(ひうちいし)と火打金(ひうちがね)をば出(いだ)して、袂(たも)
裡(と)から線香を取出(とりいだ)し火を移し、精出してこの紙に描(か)いた画姿(ゑすがた)
に灸(やいと)を据(す)ゑて居(ゐ)ますから
【語釈】
・これこれの業(わざ)かと問はれこれこれと狐博奕で双方さい難…第六回の内容をふまえた狂歌。紛郎兵衛と似多八は初瀬の宿でのサイコロ博奕で無一文になり、その後は出鱈目な無銭旅行を続けている。「さい」は「災(難)」に「賽子(サイコロ)」を掛けた洒落。
・三輪…現在の桜井市三輪。
・丹波市…現在の天理市丹波市町。
・胸算(つもり)じや…第二回までは「ぢや」であった。ここ(第七回)以降は「じや」になる。
・昨夜(ゆう?)…ルビ不鮮明。あるいは「ゆうべ」か。
・一枚の物でも着せて貰(もら)うた…二人は初瀬の宿を襦袢一枚で逃げ出し、三輪の庄屋の家で木綿物の着物を着せて貰ったことを指している。
・五徳…金属や陶器で作った三本または四本脚のある輪。火鉢や炉の火の上にかぶせて立て、やかんや鉄瓶などをかける。
・点(とも)し…ルビ不鮮明。
・丑(うし)の時参り…丑の時(現在の午前二時ごろ)に、神社に参り、境内の樹木に憎い人物に擬したわら人形を釘で打ちつけ、相手の死を祈る呪い事。白衣で、頭上の鉄輪にろうそくをともし、胸には鏡を下げ、顔やからだを赤く塗るなどして行う。七日目の満願の夜に願いがかなうと信じられていた。
・火打石(ひうちいし)と火打金(ひうちがね)…発火のための道具。両者を打ち合わせて用いる。
・これこれの業(わざ)かと問はれこれこれと狐博奕で双方さい難…第六回の内容をふまえた狂歌。紛郎兵衛と似多八は初瀬の宿でのサイコロ博奕で無一文になり、その後は出鱈目な無銭旅行を続けている。「さい」は「災(難)」に「賽子(サイコロ)」を掛けた洒落。
・三輪…現在の桜井市三輪。
・丹波市…現在の天理市丹波市町。
・胸算(つもり)じや…第二回までは「ぢや」であった。ここ(第七回)以降は「じや」になる。
・昨夜(ゆう?)…ルビ不鮮明。あるいは「ゆうべ」か。
・一枚の物でも着せて貰(もら)うた…二人は初瀬の宿を襦袢一枚で逃げ出し、三輪の庄屋の家で木綿物の着物を着せて貰ったことを指している。
・五徳…金属や陶器で作った三本または四本脚のある輪。火鉢や炉の火の上にかぶせて立て、やかんや鉄瓶などをかける。
・点(とも)し…ルビ不鮮明。
・丑(うし)の時参り…丑の時(現在の午前二時ごろ)に、神社に参り、境内の樹木に憎い人物に擬したわら人形を釘で打ちつけ、相手の死を祈る呪い事。白衣で、頭上の鉄輪にろうそくをともし、胸には鏡を下げ、顔やからだを赤く塗るなどして行う。七日目の満願の夜に願いがかなうと信じられていた。
・火打石(ひうちいし)と火打金(ひうちがね)…発火のための道具。両者を打ち合わせて用いる。
【解説】
第三回から第六回は、現在の上方落語では上演されることのない内容で、いったん省略しました。その間紛郎兵衛と似多八は、初瀬街道を西へ進み、伊賀大和国境の関所を越え、三本松(現在の宇陀市室生三本松)の茶店(第三回)を経て、萩原で地酒を飲み(第四回。「うんつく酒」という噺のネタになっています。後ほどUPします)、初瀬の宿に投宿し(第五回。ここでの投宿時のやりとりは本書第八話に合わされて現行形「こぶ弁慶」になっています)、三輪(第六話)を経て丹波市付近に至り、この第七話になっています。
路銀もなくなり無一文の二人は、宿も見つからないままに、丑の刻参りらしい一人の女を見、好奇心からその様子を覗き見ます。ところがその女は、五寸釘を藁人形に打ち付ける代わりに、絵姿を描いた紙にお灸をすえているという、一風変わったことをしているというくだりです。