江戸期版本を読む

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カテゴリ:上方落語速記本・原典 > 滑稽大和めぐり第七回(鳥屋坊主)

【翻字】
 和尚「それぢ
やア髻(もとゞり)をば私(わたし)が取落(とりおと)して進ぜやう、コレ智円や 似多「ヘエ何(なん)ぞ
知れませんのでございますか 和尚「誰も知れぬと言うてりや
アせぬ 似多「それでも何(なに)か知れぬと仰(おつ)しやツて 和尚「イゝエ、小
僧の名が智円といふのぢや 似多「ハゝア、成程、ホンに智円筈(はず)
ぢや小さな坊さんぢや 和尚「よう洒落言ふ仁(ひと)ぢやナ、コレ、銅(かな)
盥(だらひ)に生温(なまぬる)いお湯を持ツてお出(い)で、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏」
この寺の住持は起(た)ツて剃刀をば抽斗(ひきだし)から取出(とりだ)して参り 和尚「サ

アサア頭を湿(ぬ)らしなさい、このお湯で頭髪を湿(ぬ)らして置か
しやれ、今私(わたし)が髻(もとゞり)をば剃ツて進ぜる、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏、サア宜しいか、斯(か)うチヤンと片鬢(かたびん)だけ剃落(そりおろ)すのぢや
 似多「ヘエ、これは片鬢(かたびん)毛ない 和尚「何(なん)の事ぢやエ 似多「イエこり
やア辱(かたじけ)ないと言うて居(ゐ)ますので 和尚「よくチヨコチヨコ俄(にわか)言ふ仁(ひと)
じやナ、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥陀仏、片鬢(かたびん)は斯(か)う剃上(そりあ)げる、
又片鬢(かたびん)は斯(か)う剃下(そりさ)げる 似多「ヘエ、すると背後(うしろ)の毛はブツブツ
引抜(ひつこぬ)きますので 和尚「何(なん)のそんな事をするものか、遂(つひ)にソレ両
鬢(びん)がチヤアンと取れました 似多「ハイ、両鬢(びん)や行平(ゆきひら)と替へませ
う 和尚「そりや何(なん)の事じや 似多「土瓶(どびん)や行平(ゆきひら)と替へませう、何(なん)な
り彼(か)なり替へます 和尚「コレコレ、そんな洒落をチヨイチヨイと言
ひなさるな 似多「して和尚様、これは何(なん)でございますナ 和尚「こ
りやア其方(そなた)の結(ゆ)うて居(ゐ)た髷(まげ)じや 似多「ヘエ、エー未(ま)だ初めまし

てお目にかゝります、二六時中(しよつちゆう)頭に居(を)りますのは承知して居(を)
りますが、あなたにお目にかゝるは初めてゞございます、返
事がございませんナ、和尚様、一枚剥板(へぎ)はございますまいか
 和尚「ハゝア、剥板(へぎ)があツたら如何(どう)なさる 似多「剥板(へぎ)へこの髷(まげ)を
ば引付(ひつつ)けて、金毘羅(こんぴら)様へ上げて置きますので 和尚「ハゝア、何(なに)
か心願でもあるのじやナ 似多「イエ心願も何(なに)もございませんけ
れども、絵馬堂の賑(にぎや)かしに 和尚「何(なに)を言ひなさるのじや、サア
サア、お前さんも頭髪(あたま)を湿(しめ)してあるかナ 紛郎「ヘエヘエ、チヤンと
もう最前(さいぜん)から担桶(たご)へつけて置きました 和尚「全(まる)で西瓜見たやう
に言うてる仁(ひと)じや、サアサアチヤンと洗はしやれナ 紛郎「ヘエ
私は未(ま)だ悪い事をした覚ゑはございません 和尚「誰(だ)れが悪い事
をしたと云うたのじや 紛郎「イエ今頭を斯(か)うやツて洗ツてます
と、頭が二ツになりました 和尚「なんの頭が二ツになるものか

 紛郎「けれども銅盥(かなだらひ)の中に頭が二ツうつツて居(を)ります 和尚「イエ
一ツは私(わたし)の頭で 紛郎「アゝ坊主(づくにふ)の面(つら)か 和尚「コレ坊主(づくにふ)といふ事が
あるものか、何(なに)を言はしやるのじや、南無阿弥陀仏(なまみだぶつ)南無阿弥
陀仏サアこれで剃れた、

【語釈】
・ホンに智円筈(はず)ぢや…「ホンに知れん筈(はず)ぢや」の洒落。
・俄(にわか)…俄狂言。素人が、宴席や街頭で即興に演じたこっけいな寸劇。
・土瓶(どびん)や行平(ゆきひら)と替へませう、何(なん)なり彼(か)なり替へます…不詳。あるいは土瓶や行平鍋を持って何かと交換して歩いた行商人の口上であろうか。
・剥板(へぎ)…杉・檜(ひのき)などを薄く削って作った板。
・坊主(づくにふ)…「づくにふ」は僧を意味する隠語。

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【解説】
 和尚が出家する紛郎兵衛と似多八の髪を剃るくだりです。「こんないい加減な・・・」と呆れるしかない二人のいい加減な出家ですが、それをさせる和尚も随分のんきです。いかにも上方落語らしい、ゆる~い世界です。


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【翻字】
( 和尚「…)併(しか)しお前方(がた)のお名前は何(なん)といふお名
前じやナ 紛郎「エー私(わたくし)は紛郎兵衛と申します 和尚「ハゝア、妙な
名前ぢやナ、してお前さんは 似多「私(わたくし)は似多八と申します 和尚「
ムゝウ、併(しか)し出家になツてから、紛郎兵衛、似多八といふや
うな名前では大きに体裁(きまり)が悪いから、斯(か)うしませう、お前さ
んの名を道遊(だういう)、又お前さんの名を宗遊(そういう)と命(つ)けませう、道遊(だういう)は道遊(みちあそ)ぶ、宗遊(そういう)は宗遊(むねあそ)ぶと、二人が旅をしてからに此処(こゝ)へござ
ツたに依(よ)ツて、道遊(だういう)宗遊(そういう)といふ名が好(よ)からう 似多「ヘエ、鳥渡(ちよひと)
待ツてお呉(く)んなさいまし、ナア紛さん 紛郎「何(なん)ぢやエ 似多「お前
の名は如何(どう)いふ 紛郎「私(わたし)の名は然(さ)ういふ 似多「チヨツと待ツた、

なんと紛(やゝこ)しいなア、お前の名は何(ど)ういふ 紛郎「私(わし)の名は然(さ)うい
ふ 似多「イエ宗遊(そういう)は私(わし)の名ぢやが、お前の名は何(ど)ういふ名ぢや
紛郎「私(わし)が道遊(だういう)、お前の名が宗遊(そういう)ぢやが 似多「チヨイと待ツて、
モシ和尚さん、何(ど)うもこりやア誠に困りますので、何(なん)とか変
へて戴きませんと、お前の名は何(ど)ういふと尋ねますれば然(さ)う
いふ、宗遊(そういう)と道遊(だういう)と少(ちつ)とも訳が分(わか)りません、何(なん)とか最(も)う少し
分(わか)る名を変へて頂きませんと誠に困りますが 和尚「然(さ)うかナ、
ぢやアお前さんの名前をば、コーツと何(なん)としたものであらう
なア、イヤ然(さ)うぢや、お前さんの名を六方と命(つ)けませう、し
てお前さんのを八方といふ名にしませう 似多「ヘエ、八方より
燭台の方が宜(よ)うございますナ 和尚「コレ、燭台なんてそんな名
前はありやしません 似多「八方は宅中(うちぢう)明るうて宜しいけれども
土器(かはらけ)が顛倒(ひつくりかへ)ツたりしたら、衣物(きもの)に油がかゝるツて事になりま

す依(よ)ツて 和尚「ハゝア、それじやア何(ど)うしたものだらう、何(ど)う
も他にはよい名がないが 似多「ヘエ、イヤ何(ど)うも仕方がない依(よ)
ツて、それじやア六方八方に極(き)めて戴きませう 和尚「それじや
ア然(さ)ういふ事にしてお前は六方お前は八方と極(き)めて置きます

【語釈】
・八方より燭台の方が…「八方」は「八方行灯。平たい大形の釣り行灯。湯屋・寄席・居酒屋など人の集まる所で、天井などにつるして用いた」。

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【解説】
 二人の髪をおろした後、和尚が二人の法名を命名するくだりです。例によって似多八が下らないまぜっかえしを繰り返してボケ、呆れ果てた和尚がツッコむというグダグダしたやりとりが古典漫才のように展開されています。内容に変化はありますが、現行の故・桂枝雀「八五郎坊主」の一原形と言えます。


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【翻字】
( 和尚「…)併(しか)しお二人の衆、斯(か)うやツてからに出家になると、またそれ
ぞれ用事がある依(よ)ツて、それだけの事はして貰(もら)はにやならぬ
先(ま)づ夜(よ)が明けたらば、お前方(がた)ア本堂から位牌所(じよ)、彼(あ)の辺りを
掃除して貰(もら)はにやなりません、よいかナ、掃除が済んで了(しま)う
たら、汝(こなた)は又鐘楼堂(しやうろうだう)へ上(あが)ツて鐘を撞(つ)いて貰(もら)はにやならぬ、お
前さんはまた釜の下を焚(もや)して湯を沸かして貰(もら)はにやならぬ、
それが済んで了(しま)うたら、又庭から彼(あ)の辺を塵芥(ちりあくた)のないやうに
掃いて貰(もら)はにやならぬ、お前は又お米を糟(か)してからに、飯(めし)を
炊いて貰(もら)はにやならぬ、またお前は野菜廻りの所をば気を付

けて貰(もら)はにやならぬ、それが済んで了(しま)ひましたら、また二人
とも経文の稽古をせねばならぬ、それが済んで了(しま)うたなら私(わたし)
の肩をば叩いて貰(もら)はにやならぬ、お前さんは腰を揉(も)んで貰(もら)は
にやならぬ、午刻(ひる)になツたら鐘楼堂(しやうろうだう)へ上(あが)ツて鐘を撞(つ)き、日暮(ひのくれ)になツたら又一人は其処等(そこら)に水を撤(う)ツたりしても貰(もら)はにやな
らぬし、一人は又暮(くれ)の鐘をば撞(つ)いて貰(もら)はにやならぬ、夜分(やぶん)は
経文の稽古……… 似多「モシマア一寸(ちよつと)待ツてお呉(く)んなさいまし、
それでは一日休む間はありやしません 和尚「サアそれだけは
何(ど)うも出家となれば修行ぢやから 似多「止(お)かうかエ、糞面白く
もない 和尚「ハゝア、おかしやるか 似多「エゝおきませう、坊主
にはなツたわ、夜(よ)が明けたら鐘は撞(つ)かにやアならず、本堂か
ら位牌所(じよ)の掃除をして、飯(めし)を炊き按摩アするわ、御経(おきやう)の稽古
をせにやアならぬ、日に三度鐘を撞(つ)かにやアならぬ、糞面白

くもない、ぢやア御免蒙ります 和尚「然(さ)うか、それぢやア仕方
がない、無理になれとは言ひません 似多「けれども余(あんま)り用事が
多過ぎてやりきれません、マア止(よ)しませう 紛郎「オイ似多、チ
ヨツと待て、止(や)めやうと言ツたからツて、斯(か)うやツて二人な
がら坊主になツて了(しま)うてから如何(どう)する 似多「オヤこりやア困ツ
たなア、髷(まげ)を剪(き)らぬ先に言ツて呉れば好(よ)いものを、剪(き)ツて
了(しま)うて今更如何(どう)する事も出来やアしない 紛郎「サア何(ど)うも仕方
がないから、寧(いつ)そ坊主にならうか 似多「然(さ)うよなア、エーそれ
ぢやア仕方がございませんから、和尚様、二人とも坊主にな
ります 和尚「ならしやるか、そんなら今も言うただけはして下
さるであらうナ 似多「どうも仕方がございません、やりませう
 和尚「イヤ然(さ)のみ厭(いや)がる程の事でもないから、それでなツた限
りにやアそれだけの事をばしなされや、これも皆修行ぢやで

ナ 似多「どうも致方(いたしかた)がございません」と二人は度胸を据ゑてこ
の寺に居(を)る事になりました

【語釈】
・度胸を据ゑてこの寺に…原文「度胸を据ゑて の寺に」。誤植は明らかであり、訂正した。

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【解説】
 和尚は二人に寺の仕事を言いますが、似多八はその多さに「くそおもしろくもない」と、やっぱり辞めると言い出します。しかし紛郎兵衛に、髪をおろして坊主になってしまっているのにどうすると言われ、仕方がない、やっぱりなりますと承諾します。実にグダグダの展開で、二人はこの寺の修行僧になるというくだりです。
 このやりとりは、現行の仁鶴「鳥屋坊主」にも故枝雀「八五郎坊主」にもありません。

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【翻字】
 和尚「併(しか)しコレお前方(がた)縞の衣物(きもの)を着
て居(ゐ)ては甚だ不体裁(ふうつり)ぢやナ 似多「けれどもこれより何(なん)にも着る
物はございません 和尚「アゝ宜しい宜しい、コレ智円や 智円「ヘエ
 和尚「チヨイと来い、私(わたし)の居室(ゐま)の押入にある鼠木綿の衣物(きもの)、そ
れをば此処(こゝ)へ、帯もあらう、皆持ツてお出(い)で 智円「ヘエ…………
 和尚「サアサア、六方八方、二人ともこの衣物(きもの)を着なされ、その
縞の衣物(きもの)は脱いで仕舞はしやれ 似多「オイ紛さん、ぢやアない
六方、ナア、この衣物(きもの)を着て見い、鼠色(ねずみ)の衣物(きもの)ぢやぜ、オイ
オイ、襦袢も鼠色(ねずみ)なら法衣(ころも)も鼠色(ねずみ)帯も鼠色(ねずみ)だ」と呟(ぼや)きながら着
てゐる衣物(きもの)を脱ぎまして、二人は鼠色(ねずみ)の衣物(きもの)と着替へ、この
寺に居(ゐ)る事になりましたが、夜(よ)が明けると鐘を撞(つ)き御飯(おまんま)の拵(こしら)
へをしたり経文の稽古をして、仕方なしに暮らし居(を)りました

 和尚「なんと六方に八方や 六方「ヘエ、お呼びなさいまして 和尚「
アー私(わたし)はナ、至急に本山から御書面が参ツたで、それにさし
て行かねばならぬが、何(ど)うで十日(とをか)と半月は戻ツて来(こ)まい程に
倘(も)しや私(わたし)の不在(るす)中に、葬式でも取れたやうなことなら、お前方(がた)
は未(ま)だ勝手をば知るまいから、私(わたし)の方(はう)の組寺(あひでら)の浄道寺(ぢやうだうじ)へさし
て然(さ)う言うて行きなさると、向(むか)ふからチヤアンと代理に立ツ
て下さるから、よいかの、さうしてお布施が来た時には、二
ツに分(わ)ツて一分(ぶん)は向(むか)ふに納めるやうな事にすれば、それで好(よ)
いのぢやに依(よ)ツて、確(しか)と頼みましたぞや 六方「畏まりましてご
ざいます」 和尚は衣服をチヤンと改めまして、二人の者に留
守を頼んで置いて本山へと出掛けました、跡に両人は 八方「オ
イ六方 六方「何(なん)だ八方 八方「マアマア仕方がないから、今のうち
に出来るだけの欠伸(のび)をしやうかエ 六方「何(ど)うも実に恐れ入ツて

仕舞ツたなア 八方「真個(ほんたう)に対屈(たいくつ)ぢや、併(しか)しこんな所に何日(いつ)まで
も居(ゐ)ると云ふ訳には行かないが、そのうちに何(なん)ぞ都合の好(よ)い
事があツたら帰るとしやうか 六方「ムゝ然(さ)うしやう」 何(なに)しろ小(こ)
費銭(づかひ)は一文もなし、仕方がございませんゆゑ、二人の者も留
守をする事になりましたが

【語釈】
・組寺(あひでら)…ルビ不鮮明。
・対屈(たいくつ)…漢字ルビともに不鮮明。

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【解説】
 和尚は二人に鼠色の法衣を与え、二人は寺で働き始めます。和尚は本山へ行くことになり、半月ほど寺を離れる間、二人に留守番を委ねます。お金を一文も持たない二人は仕方なしにそれを引き受ける、というくだりです。
 紛郎兵衛と似多八はいかにもいい加減な修行僧ですが、こんな二人に留守を頼む和尚も随分のん気です。こうしていよいよ「鳥屋坊主」の舞台が用意されました。


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【翻字】
 六方「ナア八方 八方「ムゝツ 六方「お寺
へ来てから生臭い物は喫(く)ツた事はなし、明けても暮れても浄(あお)
い物ばかり、全(まる)で小鳥のやうだ、便所(てうず)に行きやア青い糞(くそ)ばか
り垂(た)れている、何(ど)うか一ツ肉食(にくじき)がしたいなア 八方「イヤそれな
ら幸ひ好(い)い事があるわい 六方「何(なん)ぢやエ 八方「彼(あ)のお庄屋さんの
所(ところ)に鶏が仰山(ぎやうさん)飼うてあるよツて、向(むか)ふへ行ツて鶏をば一ツ借
りて来ようぢやアないか 六方「借りて来るツて如何(どう)する、何(なん)と
言ツて借りて来るのじや 八方「サア其処(そこ)は乃公(おれ)に任して置け、
他じやアございませんが、和尚さんが此間(こなひだ)うちから本山の方(はう)

へさしてお出(い)でになりましたお不在(るす)でございます、ところが勝
手を存じませんので、掛時計が歪(くる)ひまして、修復(なほ)す事も出来
ませんので時刻(とき)が分(わか)りません、で、鐘を撞(つ)くことが出来ません
から、何卒(どうぞ)鶏をば時計の代(かは)りに、暫く時計が修復(なほ)ツて参りま
すまで、お貸しなすツて下さいましと、斯(か)う云ツて借りて来
やうと思ふ 六方「成程 八方「さうしてそれを借りて、途中(みち)で絞殺(しめころ)
して来る、本堂の銅鑼(どら)を取ツて来て、彼(あ)れで鋤焼(すきやき)ツてやつで
やらうか 六方「イヤそいつア洒落てゐる、好(い)い所(ところ)へ気が付いた
八方、それじや貴様行ツて借りて来て呉れるか 八方「ムゝ、乃(お)
公(れ)が借りに行ツて来る 六方「それじやア料理は乃公(おれ)がする依(よ)ツ
て大丈夫だ、万事好(い)いかナ 八方「ヨシ、チヤンと支度をして置
き、行ツて来るぜ、今から火を大層拵(こしら)へて置いて」 八方は寺
を飛出(とびだ)しました、やツて来たは庄屋の宅(たく) 八方「ヘエ御免下さい

まし 庄屋「イエこれは誰方(どなた)かと思うたら八方さん、何(なん)ぞ御用事
かナ 八方「エー和尚さんは一両日前(あと)に本山へさしてからに火急
の御用事が出来たといふのでお出(い)でになりました 庄屋「アゝ、
ムゝ和尚さんが本山へ、それはそれは、直(ぢき)お帰りかナ 八方「マア十(とを)
日(か)と十五日(にち)はお帰りがない様子でございます 庄屋「然(さ)うかナ、
お留守の所(ところ)はお前さんと六方さんの二人なら確かであらう、
マア如彼(あゝ)いふお小僧ばかりぢや依(よ)ツて、万事頼みますぞや
 八方「畏まりました、エー今日(こんにち)出ましたのは、余(ほか)の事でもござ
いませんが 庄屋「ハイ何(なん)ぢやナ 八方「掛時計が止(とま)ツて仕舞ひまし
たので、チヨイと掛けやうと思ツたら勝手が知れませんから
時計が歪(くる)ツて仕舞ひました、修復(なほ)しにはやりましたけれども
その時計がございませんと、朝昼晩鐘楼堂へ上(あが)ツて鐘を撞(つ)く
事が出来ません、時計が出来て参りますまでのうち、何(ど)うか

一つお宅(うち)の鶏を、斯(か)うやツて沢山飼うてお在(ゐ)でなさる依(よ)ツて
一夜(や)だけチヨイとお借り申したいので参りましたが 庄屋「アゝ
然(さ)うかナ、それは何(なに)より易い事ぢや、サアサア持ツて行かし
やれ 八方「左様なら何卒(どうぞ)一ツ 庄屋「アゝコレコレ八方さん、チヨ
イとお待ち、そりやア雌鶏(めんどり)ぢや、雄(をん)の方(はう)を持ツてお帰り 八方「
イヤそれは不旨(あぢな)い 庄屋「イヤ何(なん)と言はしやる 八方「イエこれでも
時を作ります 庄屋「コレコレ、そんな無茶な………如何(あゝ)いふ軽卒(そゝつか)し
い、雌鶏(めんどり)を持ツて行ツて、何(なん)の時を作るものかエ

【語釈】
・浄(あお)い物…漢字ルビともに不鮮明。
・垂(た)れている…漢字不鮮明。
・お不在(るす)でございます…原文「お不在(るす)でございす」。誤植は明らかであり、訂正した。
・途中(みち)で…ルビ不鮮明。
・一両日前(あと)…ここでの「あと」は「以前」の意。
・お宅(うち)…ルビ不鮮明。
・不旨(あぢな)い…ルビ不鮮明。

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【解説】
 和尚が本山へ出掛けると、すぐに二人は羽根を伸ばし、肉食を企みます。といって二人にはお金はなく、八方こと似多八は庄屋を騙して鶏を手に入れようと、六方こと紛郎兵衛に持ちかけ、六方も賛成します。八方は庄屋を訪ね、鐘を撞くのに必要な時計が壊れたから、時計替わりの鶏を貸してくれと頼みます。庄屋は承諾しますが、八方は雌鶏を借り、庄屋の止めるのも聞かずに去る、というくだりです。
 いよいよ「鳥屋坊主」の本編が始まりました。和尚といい庄屋といい、全くお人よしで、丸で疑う事を知りません。二人は赤子の手をひねるように、両者の信頼を悪用して悪事を働いていきます。現行の笑福亭仁鶴「鳥屋坊主」と本書の古形版との違いは、「宿屋仇」のそれとほぼ同様です。現行形がスピーディーで洗練されているのに対し、古形版は描写が詳細で展開が理詰め、リアリティが豊かであると言えます。

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