【翻字】
◎「併(しか)しこの人間といふものは
怖いものもありますが、好きなものもあるものですナ、貴郎(あなた)
◎「併(しか)しこの人間といふものは
怖いものもありますが、好きなものもあるものですナ、貴郎(あなた)
も嫌ひなものがありや好きなものもありませう 〇「ヘエ、私(わたし)
の好きなものといふのは二番に酒ですナ ◎「ヘエ、すると一
番は 〇「然(さ)うです、一番は……… ◎「何ですね 〇「えらい言ひ
悪(にく)うございますけれども、女(をなご)と一緒に寝るツてな事が好きで
す ◎「そりやア誰でも好きです、貴郎(あなた)は何(なに)がお好きです
〇「私(わたし)やア興業物(こうぎやうもの)が好きです、芝居でも浄瑠璃でも俄(にわか)で
も落語(はなし)でも、見いたり聞いたりする事が至ツて好きで ◎「成
程、で、貴郎(あなた)は △「私(わたし)やア釣(つり)が好きです ◎「ヘエー、貴郎(あなた)は 〇「私(わたし)やア苦(にが)い物が
好きです ◎「何(ど)うも妙ですなア、苦(にが)い物が好き、矢張(やつぱ)り虫が
好(す)くのですナ、貴郎(あなた)は何(なに)がお好きです ▲「私(わたし)やアこの空消炭(からけし)
が好きでございます ◎「妙なものが好きでございますナ、貴(あな)
の好きなものといふのは二番に酒ですナ ◎「ヘエ、すると一
番は 〇「然(さ)うです、一番は……… ◎「何ですね 〇「えらい言ひ
悪(にく)うございますけれども、女(をなご)と一緒に寝るツてな事が好きで
す ◎「そりやア誰でも好きです、貴郎(あなた)は何(なに)がお好きです
〇「私(わたし)やア興業物(こうぎやうもの)が好きです、芝居でも浄瑠璃でも俄(にわか)で
も落語(はなし)でも、見いたり聞いたりする事が至ツて好きで ◎「成
程、で、貴郎(あなた)は △「私(わたし)やア釣(つり)が好きです ◎「ヘエー、貴郎(あなた)は 〇「私(わたし)やア苦(にが)い物が
好きです ◎「何(ど)うも妙ですなア、苦(にが)い物が好き、矢張(やつぱ)り虫が
好(す)くのですナ、貴郎(あなた)は何(なに)がお好きです ▲「私(わたし)やアこの空消炭(からけし)
が好きでございます ◎「妙なものが好きでございますナ、貴(あな)
郎(た)は ●「私(わたし)やア又この寒木(????)、あいつをシガシガ歯噛(しが)んで居(ゐ)た
いので ◎「イヤ然(さ)ういふお方(かた)もあるものです、貴郎(あなた)はナ 似多「私(わたし)やア又壁土(かべつち)が好きです ◎「何(なに)が好きです 似多「イエ壁土(かべつち)が
◎「アノ壁土(かべつち)、ヘエー、何(ど)ういふ壁土(かべつち)がお好きなんで 似多「エ
ー如何(どん)なのでも壁土(かべつち)なら喫(た)べたいので、それが私(わたし)の病気(やまひ)でございます ◎「ヘエー、妙なものを好きなお方(かた)があるものです
ナ、併(しか)し真個(ほんま)ならこの壁土(かべつち)毀(こぼ)ツて喫(た)べたら如何(どう)です 似多「イエ
貴郎(あなた)そんな事は出来やアしません ◎「大事(だいじ)ございません、貴(あな)
郎(た)が好きだと言ふなら、私(わたし)が引受(ひきう)けます、壁土(かべつち)を毀(こぼ)ツて進(あ)げ
ますから」 と煙管(きせる)を以(もつ)て片傍(かたへ)の壁をばトントンと毀(こぼ)ちました
◎「サアお上(あが)り 似多「有難う、こりやア旨い」 調子に乗ツて似
多八は、壁土(かべつち)をば喫(く)ひ始めました、側(そば)にゐた皆(みな)の者は、呆れ
て見て居(を)りましたが、その夜(よ)はコロリと寝まして、
いので ◎「イヤ然(さ)ういふお方(かた)もあるものです、貴郎(あなた)はナ 似多「私(わたし)やア又壁土(かべつち)が好きです ◎「何(なに)が好きです 似多「イエ壁土(かべつち)が
◎「アノ壁土(かべつち)、ヘエー、何(ど)ういふ壁土(かべつち)がお好きなんで 似多「エ
ー如何(どん)なのでも壁土(かべつち)なら喫(た)べたいので、それが私(わたし)の病気(やまひ)でございます ◎「ヘエー、妙なものを好きなお方(かた)があるものです
ナ、併(しか)し真個(ほんま)ならこの壁土(かべつち)毀(こぼ)ツて喫(た)べたら如何(どう)です 似多「イエ
貴郎(あなた)そんな事は出来やアしません ◎「大事(だいじ)ございません、貴(あな)
郎(た)が好きだと言ふなら、私(わたし)が引受(ひきう)けます、壁土(かべつち)を毀(こぼ)ツて進(あ)げ
ますから」 と煙管(きせる)を以(もつ)て片傍(かたへ)の壁をばトントンと毀(こぼ)ちました
◎「サアお上(あが)り 似多「有難う、こりやア旨い」 調子に乗ツて似
多八は、壁土(かべつち)をば喫(く)ひ始めました、側(そば)にゐた皆(みな)の者は、呆れ
て見て居(を)りましたが、その夜(よ)はコロリと寝まして、
【語釈】
・◎「併(しか)しこの…原文「〇「併(しか)しこの」。会話の続き具合から明らかに誤植であり、訂正した。
・〇「然(さ)うです、一番は…原文「◎「然(さ)うです、一番は」。会話の続き具合から明らかに誤植であり、訂正した。
・◎「何ですね…原文「〇「何ですね」。会話の続き具合から明らかに誤植であり、訂正した。
・俄(にわか)…即興的に演じる滑稽な寸劇。
・空消炭(からけし)…雑木を主とする残り炭。火種に用いた。消し炭(ずみ)。
・寒木(????)…漢字ルビともに不鮮明。
・歯噛(しが)んで…漢字ルビともに不鮮明。
【解説】
同室の者同士の談義は「好きな物」にうつり、似多八が壁土を食べるというくだりです。
現行の故・桂米朝「こぶ弁慶」と、細部には相違点がありますが、大筋は同じです。ただし、本書の古形版では、壁土を食べるのは本書主人公の一人である似多八と特定されています。現行の故・桂米朝「こぶ弁慶」ではその人物はそれと特定されていません。そこに最大の相違点があります。





