江戸期版本を読む

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カテゴリ:上方落語速記本・原典 > 滑稽曽呂利叢話 雁風呂

【翻字】
跡に淀屋辰五郎は供の久七と貌(かほ)
見合(みあは)せ 辰五「久七 久七「旦那様 辰五「何(な)んとマア思ひも寄らぬ
三千両 久七「有難い事でござりましたナア、旦那様最前(さつき)町

人これへ来いと云はれた際(とき)は、私(わた)しア如何(どう)なるかと心配
致しました 辰五「サア私(わ)しも何(なん)ぞ粗相でも出来たかと一時
心配であツた 久七「真個(ほんと)に彼(あ)の際(とき)の驚愕(びつくり)でいまだに睾丸(きんたま)こ
んな処へ転居…… 辰五「ハゝゝゝ、併(しか)し久七此(この)屏風が此処(こゝ)
に在(あ)ツたのが私(わ)しの運の好(よ)いのぢや 久七「左様です、併(しか)し
旦那、此(この)屏風が仮令(たと)へ此処(こゝ)に在(あ)りましても、此(この)画(ゑ)の由来(いはれ)
を知らなかツたら、三文にもなりませぬが、貴郎(あなた)が事物(ものごと)
にお心懸けがお宜しいからです 辰五「久七、シテ見りやア
何事(なん)でも知らぬ事は聞いて置きさえすりや損は行かぬナ
ア 久七「左様でござりますとも 老爺「モシ旦那様只今彼処(あれ)に
て聞いて居(を)りましたが、此(この)鳫金(かりがね)が三千両に成りましたか
 辰五「なんノ貸金(かしがね)が三千両ぢや

鳫風呂(がんぶろ) 畢

【語釈】


【解説】
 黄門一行が立った後、安堵して語り合う辰五郎・久七に茶店の老爺が話しかけ、辰五郎がそれにこたえる中で、落語のサゲとなります。

滑稽曽呂利叢話 雁風呂

校訂本文(読みやすいヴァージョン)  古形版校訂本文目次

目次

その一 マクラ
その二 水戸黄門、掛川の茶店に入る
その三 黄門がくさした屏風画を後の客が褒める
その四 町人、雁風呂の謂れを語る
その五 黄門、町人に三千両立替証文を渡す
その六 サゲ

国立国会図書館デジタルコレクション - 滑稽曽呂利叢話 鳫風呂

【上方落語メモ第4集】その192 / 雁風呂

国立国会図書館デジタルコレクション - 水戸黄門記 日坂の宿の雁風呂

国立国会図書館デジタルコレクション - 講談十八番 水戸黄門『雁風呂』

鳫風呂

第二世曽呂利新左衛門 口演
丸山平次郎 速記

 えゝ、旧幕の頃は、参勤交代と申しまして、江戸表へ諸国の御大名様方が、入れ代わり御詰めに相なります。えきろ(駅路)は、下にゐ(居)ろ、下に居ろ。で、中々やかましいものでござりましたが、当今では、すべて物事がお手軽になりましてござりますから、大臣華族の御方様でも、車でぽいぽいと、お出ましになりますやうな事で、実にお身軽い事になりましてございます。さて、これは、ごくお古いお話で、講釈師さんがお話しを致します種を、一席の落とし噺に致しまして、御機嫌を伺ひます。東京では、すべて、人情続き話をもと(本)と致しますが、京阪では、落とし噺でないと、どうも御機嫌が取りにくうございます。と申しますも、やはり土地の習ひでございますが、田舎から大阪へお越しになりまして、落語をお聞きになりましたお方は、人を馬鹿にした。などゝ申されますが、人情話は、お聞き込みになりましたる処で、この続きは明晩。と云ふお別れになりますと、惜しい処で切りをつた。今少し聞きたい。あの後はどうならう。あすも行つて聞かうか。と云ふやうな事になりますが、落語はたゞ、罪の無い処を聞いて頂きますのでございますゆゑ、左様御承知下されて、お聞き取りを願ひます。
 さて、これは、徳川御三家の一なる、さき(前)の中納言水府公、お忍びにて、僅かお供は早見藤作、上村兵十郎ほか、二三人の近習をおつれ遊ばして、お越しになりましたる処は、東海道は掛川の駅でございます。その出外れに、一軒の茶店がございまして、それも藁屋にて、表はよしず(葭簀)にて囲ひ、ちよいと煮売りも致すと見えて、一ぜんめしの看版を懸け、うち(宅)には年の頃六十三四とも思はれます爺さんが、茶釜の下を吹きつけて居ります。処へおもてより、
▲〇「あー、おやぢ(老爺)。座敷は空いて居るか。
▲老爺「はい、空いてござります。どうぞ、あれへお通り下されませ。
▲〇「我が君様。
▲君公「おゝ、藤作。
▲〇「あれなる席へ。
▲君公「おゝ。
▲老爺「はい。お茶を召し上がりませ。只今、お煙草盆を差し上げます。
▲〇「爺い。おちうじき(御中食)の拵へを致しくれえ。
▲君公「はい。畏りましてござります。すぐに、お熱いのを炊いてお上げ申します。
▲〇「おゝ。左様致せ。早く致しくれえ。
▲老爺「はいはい。畏りましてございます。
▲君公「藤作。
▲〇「はゝつ。
▲君公「何か、あ(悪)しきかをりが致すではないか。
▲〇「はあ。左様にござります。あー、こりや。爺い、爺い。
▲老爺「はい。お呼び遊ばしませ。何ぞ、御用でござりますか。
▲〇「爺い。けしからん、あしき臭ひが致す。早くかをりの致さぬやうに致せ。
▲老爺「はい。向かうにこえつぼ(下肥桶)がござりますので、誠にお気の毒さまでござります。
▲〇「なに。こえつぼか。
▲老爺「はい。左様でござります。
▲〇「爺い。早速、どこへか取り片付けを致せ。
▲老爺「はい、旦那様。あの桶は、ぢべた(地中)へ埋め込んでござりますゆゑ、中々、ちよつとのことで、只今取り片付けると云ふ訳には参りませぬ。どうぞ、しばらく御辛抱を下さりませ。ついそこが、私のおもや(本宅)でござりますゆゑ、おもやへ参りまして、屏風を借りて参ります。そして、その屏風にて、そこを囲ひますれば、あしきかをりは、少々防げませうほどに、ちよいとお待ち下さりませ。
▲〇「むゝ。左様か。しからば、早く左様に致せ。
▲老爺「はいはい。畏りましてござります。すぐ、行つて参ります。
▲君公「藤作始め、皆の者。
▲皆々「はゝつ。
▲君公「かう見渡した処は、よほど眺望のよき処ぢやのう。
▲〇「はつ。余程宜しき見晴しにござります。
▲君公「むゝ。よき眺めぢや。
▲老爺「はい。旦那様、お待ち遠さまでござりました。えゝ、ちよつと御免下されませ。さあ、かうして囲ひましたれば、旦那様。いかゞでござりませう。少しはこれで、かをりも薄らぎましてござりませう。それに、かう致して置きますれば、見苦しい処も隠れまして。
▲〇「むゝ。よし、よし。
▲君公「藤作。
▲〇「はゝつ。
▲君公「これは、土佐将監光定のゑ(画)ではないか。
▲〇「御意にござります。
▲君公「光定は、画は名人と聞き及びしが、かやうなる事をかきをるは、名人ではない。余程、下手ぢやのう。
▲〇「左様にござります。
▲君公「見れば、松にかり(鳫)をゑがきあるが、鳫なれば、芦をかくべき筈。また、松なれば、鶴。しかるに、かやうな図画をゑがくとは、光定は、狼狽を致せしものか。但しは、心懸けなきか。余り馬鹿馬鹿しいではないか、藤作。余が家には、将監光定がゑがきしものは沢山あれど、かやうなる事をゑがく光定なれば、けふかう(向後)光定が画は、眺むる所存なきゆゑ、国元へ立ち帰りなば、残らず光定のゑがきし物は、焼き捨てゝ仕舞へ。
▲〇「はつ。委細、承知つかまつりましてござりまする。
 と申して居ります処へ、二人のりよじん(旅人)が、この茶店の床机に腰を掛け、
▲△「おとつ(老爺)さん。お茶一つ、おくれんか。
▲老爺「はい。只今お上げ申します。どうぞまあ、こちらへお掛け遊ばしませ。
▲△「はいはい。やれやれ、久七。しんどかつたなあ。
▲久七「へえ、旦那。こんにち(今日)は、余程歩きましたなあ。
▲△「むゝ。余程歩いた。おとつさん。もう一杯、おくれんか。
▲老爺「はい。畏りました。
▲△「や。ありがたう。久七、ちよつと。
▲久七「へえ。
▲△「あの屏風を見い。
▲久七「旦那。あゝ、あの屏風は、おうち(御宅)にありました屏風と、同じ画ですなあ。
▲△「久七。うちにあつた、光定がゑがいた鳫風呂の屏風。どうやら、これも光定らしい。この屏風、片方には、函館の城が、かいてあるが。
▲久七「もし、旦那様。これもやはり、光定の筆と記してござります。
▲△「むゝ。さうぢやろ。このくらゐの事をかく人は、光定より他にあるまい。久七、よいなあ。あー、光定は名人ぢやなあ。しかし、世間は広いから、何も知らぬ人が見たら、松には必ず鶴をかく筈なのに、鳫をかくとは、心得のない画師だ。などゝ云ふ人もあらう。
▲久七「左様です。しかし、旦那。この画を見て、そんな事を云ふ奴なら、真に何も知らぬ、唐変木ですなあ。
▲△「むゝ。そんな物知らぬ奴に見られては、光定先生も御気の毒だ。
 と、ふたりが話をお聞き遊ばしたる水府公。近習の者と、顔見合わせて、
▲君公「藤作、藤作。
▲〇「はゝつ。
▲君公「あれなる町人、これへ呼べ。
▲〇「はゝつ。こりやこりや。それに居る町人。我が君様がお召しだ。これへ参れ。
▲△「へえ。久七、何の御用であらう。お前も一緒に来て。へえ、何か御用でござりますか。
▲君公「町人。この屏風の画は、よくかいてあるか。
▲△「へえ。土佐将監光定先生は、名人でござりますやうに存じます。なあ、久七。
▲久七「へえ、旦那様。この松に鳫の画は、私共の眼で見ましても、宜しき様に存じますが、何も知らぬ唐変木の眼で見る時は、松には鶴をかく筈ぢやに、松に鳫とは馬鹿な画師ぢや。などゝ云ふ。そやつこそ、馬鹿ですなあ。
▲〇「こりや。町人、控へ居れ。これにござるは、どなたゞと思ふ。勿体なくも、水戸光圀公なるぞ。控へ、控へ、控へ居らう。
▲△「はつ、はつ。久七。お前、横手からしやべるさかいに。
▲君公「藤作。待て待て。こりやこりや、町人。苦しうない、近う進め。よい、よい。これへ参れ。
▲△「へえー。
▲君公「よい、よい。ずつと、これへ参れ。
▲△「へえー。
▲君公「この画は余程よい。と申したが、余は心懸けなきゆゑ、その方、この画のいはれ(由来)を存じて居らば、申し聞かせてくれよ。
▲△「へい。私も詳しき事は存じませぬが、只、存じて居りますだけを、申し上げますでござります。この屏風の片方には、函館の城が、かきてござります、へえ。それ、御覧遊ばしませ。この松の下に、柴の落ちてござります処が、かいてござりますのは、鳫が、ときは(常盤)とか申す国から、秋に我が日の本へ参ります時、口にて柴をくは(咥)へて参ります。途中にてはがひ(羽翼)をば休め、また起つ時はその柴を咥へて、やうやくこの函館の松の樹に来たり、こゝで柴を捨て、来た鳫は、あちらこちらへと別れて起ちの(退)いて仕舞ひます。翌年の春となりますと、花の咲くのを後に致しまして、この函館の松に帰り、めいめい、来た時咥へて参つた柴を咥へ、常盤の国へ帰ります。燕はまた、鳫の帰る頃にこちらへ参ります。鳫の帰るのと、燕が来ますのと、丁度行き違ひになります。そこで、燕の便り、鳫のふみ(文)。と申してござります。この鳫が、常盤へ帰りました後に、柴がまだ沢山残つてござります。その残つた柴を一つ所に集め、旅の難渋な人へ施しのため、この柴で湯を沸かし、風呂へ入れて遣ります。これは、死んだ鳫への吊ひのために致します。そこで、これをがんぶろ(鳫風呂)と申すさうでござります。この鳫風呂の画には、紀貫之の古歌が添うてござります。常盤なる国へ帰らんかりがねの、羽がひやすめん函館の松。と。へえ、旦那様。鳫風呂のお話は、まあざつと、こんなものでござります。
▲君公「むゝう。初めて聞いた、鳫風呂のいはれ。余は、満足に思ふぞよ。して、その方は、いづくの者であるぞ。
▲△「へえ。私は、大阪でござります。
▲君公「むゝ。大阪の、何と申す。
▲△「へえ。淀屋辰五郎と申します。
▲君公「むゝ。して、その方は、いづれへ参る。
▲辰五「へえ。江戸表へ参ります。
▲君公「江戸表へ参るのか。余は大阪へ参るが、そちが大阪へ帰る事なれば、余も同道を致すものを、江戸表へ参るとあらば、致し方もなき次第。残念であるぞ。して、江戸表は見物にでも参るのか。
▲辰五「いえ。見物ではござりませぬ。柳沢様へ、三千両御用立てましたる処、そのまゝにて、御催促致しますれど、いまだ御下げ渡しがござりませぬ。甚だ迷惑致しますゆゑ、このたび江戸表へ、わざわざお願ひに参りますのでござります。
▲君公「さうか。柳沢が下げ渡せぬはずはなけれども、掛かり役人が悪いのであらう。あゝ、藤作。
▲〇「はゝつ。
▲君公「その方、余が代筆を致し、三千両下げ渡すべき様、一筆したゝめて取らせえ。
▲〇「はゝつ。畏りましてござります。
 と、藤作、料紙、硯箱を取り寄せ、三千両下げ渡しの証をしたゝめました。
▲君公「辰五郎。柳沢へ参りて、もし三千両渡さずば、小石川の上屋敷へ参り、この証をもつて、三千両持ち出せ。
▲辰五「へえ。ありがたう存じます。
 折柄、おやぢはぜんぶ(膳部)を持ち出で、
▲老爺「へえ、旦那様。お支度が出来ました。
▲〇「おゝ、出来たか。我が君様、召し上がられませえ。
 と、これよりお仕度をお済ましに相なりまして、辰五郎に別れを告げて、水府公には、お立ちに相なります。後に淀屋辰五郎は、供の久七と顔見合はせ、
▲辰五「久七。
▲久七「旦那様。
▲辰五「何とまあ、思ひも寄らぬ三千両。
▲久七「ありがたい事でござりましたなあ、旦那様。さつき、町人これへ来い。と云はれた時は、私あ、どうなるか。と心配致しました。
▲辰五「さあ。わしも、何ぞ粗相でも出来たか。と、一時心配であつた。
▲久七「ほんとに、あの時のびつくりで、いまだにきんたま(睾丸)、こんな処へ転居。
▲辰五「はゝゝゝ。しかし、久七。この屏風が、こゝにあつたのが、わしの運のよいのぢや。
▲久七「左様です。しかし、旦那。この屏風が、たとへこゝにありましても、この画のいはれを知らなかつたら、三文にもなりませぬが、あなたが物事にお心懸けがお宜しいからです。
▲辰五「久七。して見りやあ、何でも知らぬ事は、聞いて置きさえすりや、損は行かぬなあ。
▲久七「左様でござりますとも。
▲老爺「もし、旦那様。只今、あれにて聞いて居りましたが、このかりがね(鳫)が、三千両になりましたか。
▲辰五「なんの。かしがね(貸金)が、三千両ぢや。

鳫風呂(がんぶろ) 畢

底本『滑稽曽呂利叢話』(1893年刊 国立国会図書館デジタルコレクション)

「雁風呂」目次  古形版校訂本文目次

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