江戸期版本を読む

当コンテンツは、以下の出版物の草稿です。『翻刻『道歌心の策』』『翻刻・現代語訳『秋の初風』』『翻刻 谷千生著『言葉能組立』』『津の寺子屋「修天爵書堂」と山名信之介』『津の寺子屋「修天爵書堂」の復原』。御希望の方はコメント欄にその旨記して頂くか、サイト管理者(papakoman=^_^=yahoo.co.jp(=^_^=を@マークにかえてご送信ください))へご連絡下さい。なお、当サイトの校訂本文及び注釈等は全て著作物です。翻字自体は著作物には該当しませんが、ご利用される場合には、サイト管理者まご連絡下さい。

カテゴリ:上方落語速記本・原典 > 曽呂利茶室落語十五(立切れ線香)

【翻字】
曽呂利茶室落語 (第十五話)
第二世 曽呂利新左衛門 口演
         丸山平次郎 速記

〇 線香の立切(たちぎれ)

 ヘイ申上(まをしあ)げます本話(これ)は船場の御大家(ごたいけ)の若旦那で夜毎日毎にお青楼(ちやゝ)遊
びを繁くなされますので竟(つひ)に当分は二階住居(ずまゐ)としてございますので
それに脱(ぬけ)つ隠れつしてお青楼(ちやゝ)にお出(いで)になります或(ある)日の事一家(け)御親類
皆御集会(おあつまり)になつて種々(いろいろ)と御相談をしてお在(いで)になります若旦那は二階
に退屈さうに赤表紙(くさゞうし)か何か見てお在(いで)でありましたが 若旦那「コラ丁稚
 丁稚「ヘイ 若旦那「今階下(した)にワヤワヤ密話(さゝやきばな)しが盛(はず)んで居(ゐ)るが誰方(どなた)かお在(いで)

か 丁稚「ヘエ秋田の家婦(おいへ)さんと兵庫の旦那さんがお出(いで)なすつて 若
旦那「フーム、秋田の伯母貴と兵庫の伯父貴が来て居(ゐ)るか 丁稚「ハア秋
田の伯母貴と兵庫の伯父貴が来て居(お)ります 若旦那「汝(おの)れが伯母貴だの
伯父貴だのツて云ふ言(こと)があるもんか、大方(おほかた)己(おれ)の事だらう 丁稚「左様々
々皆己(おの)れの事です 若旦那「何を吐(ぬか)すのぢや己(おの)れと云ふやうな者の言様(いゝやう)
が有る者か 丁稚「親旦那様が貴君(あなた)の事を言ふてなすツたぜ金(かね)食ふ虫
が発生(わい)たと、貴君(あんた)金(かね)食ふ虫ですか 若旦那「阿呆(あほ)吐(ぬか)せ 丁稚「親旦那様が宅(うち)
に最(も)う置(おい)とかん放出(はふりだ)して仕舞ふと被仰(おつしや)つてゞ御座います、貴君(あなた)の伯母
さんがマア兎も角も私(わし)の宅(うち)へ預(あづか)つて置(おか)うと被仰(おつしや)いました 若旦那「フー
ム秋田の伯母貴は予(わし)を預(あづか)つて帰(いな)うと云ふてたか、伯母貴ア婦人(をなご)ぢやけ
れども胸の広い仁(ひと)ぢや 丁稚「アゝ私(わた)しや行水して居(ゐ)なさる際(とき)に見ま
したが胸は通常(ひとゝほり)で御座いました

【語釈】
・お青楼(ちやゝ)遊び…料亭・遊郭などで、芸者・遊女を相手に、酒を飲んで遊ぶこと。
・二階住居(ずまゐ)…不詳。「謹慎させられていた」意か。
・赤表紙(くさゞうし)…江戸中・後期の小説の一形態。さし絵に重きをおく通俗的な絵草紙。


【解説】 
 本書『噺の種 曽呂利茶室落語』(明治24年刊)所収「線香の立切」は、現行の上方落語「立ち切れ線香」の古形版です。画像で全て見る事はできますが、変体仮名を含む上に画質も良くないため読み難いことから、以下翻字していきます。古形と現在形(リンク先は故・五代目桂文枝「立ち切れ線香」の動画です)
 船場の商家の若旦那の遊興が過ぎ、一族が集まって親族会議を開いているのを、二階で謹慎させられている若旦那が丁稚を捕まえて様子を聞いている、冒頭のくだりです。

イメージ 1

【翻字】
 若旦那「阿呆(あほ)云へ左様(さう)ぢや無いわい彼(あ)
の伯母貴は婦女(をなご)でこそあれ男優りぢや予(わし)を預(あづか)つて帰(いな)うと云ふのは先(む)

方(かふ)の宅(うち)に醜面(ぶきりやう)の娘がある俗に人(にん)三化(ばけ)七と云ふて人間が三分化物(ばけもの)が七
分と云ふんぞ、モウ奇天烈奇体変的(へんてこ)な面相(かほ)ぢや嫁入(よめいり)さゝうと云(いつ)たから
つて何(なん)人も貰人(もらひて)が無いと云ふ格別(よほど)の醜婦(ぶきりやう)だ、けども仍(そこ)が親の情(なさけ)だ矢張(やはり)それ相応の情夫(をとこ)を持たして遣り度(たい)と云ふ伯母貴の量見で伴(つれ)て帰(いん)で其(そ)
の醜面(ぶさいく)な娘と夫婦(めをと)に仕様と云ふやうな話であらう、ウン左様(さう)か 丁稚「
何云ふて居(ゐ)なさる其様(そん)な旨い事がおますもんか夫(それ)ならば格別(よほど)宜(よ)いの
ですけども過日(このあひだ)博労した牛が一寸(ちよつと)手荒いよつて彼(あ)れを伴(つ)れて畠に放(ほふり)
出したら能(よ)い加減に角で腹部(はら)を破られて死没(ごね)るやらうと言ふてはり
ました 若旦那「伯母貴ア恰(まる)で鬼見たやうな量見だナ、愈々(いよいよ)左様(さう)か 丁稚「
然(さ)うしたら兵庫の旦那様が被仰(おつしや)いますには其様(そん)な事をすると見る眼
がいぢらしいよつて夫(それ)よりか予(わし)の宅(うち)へ伴(つれ)て帰らうと被仰(おつしや)いました
 若旦那「フーム成程流石(さすが)は伯父貴は伯父貴だけだ亦(また)男子(をとこ)の量見は違ふ
たもんぢやナ、予(わし)をば兵庫へ伴(つれ)て帰つて北風とか何(なん)とか云ふ立派な処

へお手代奉公にでも当分入(い)れて置かうと云ふ伯父貴の量見だ 丁稚「其(そ)
様(んな)んならゑらい宜しう御座いますけれども然(そ)やおまへん 若旦那「如何(どう)
しやうと云ふてた伯父貴は 丁稚「和田の明神さんの直(す)ぐ前に一艘破(やぶ)
壊(れ)掛(かゝ)つた船が御座います、其(その)船に貴君(あなた)を乗せて一寸(ちよい)と風が荒吹(あらぶ)く日に
沖へ指してドーツと突出(つきだ)して置けば其(その)暴風のために船が転倒(ひつくりかへ)つたら
鮝魚(ふか)の餌食にでもなるだらうと 若旦那「恰(まる)で三荘(しやう)太夫の親類(しんせき)見たやう
な奴許(ばか)り寄(より)アがつたんだ愈々(いよいよ)それに談(はなし)が極(きま)つたのか

【語釈】
・博労…牛馬の売買や周旋をする人。「博労した牛」は「博労を通じて手に入れた牛」との意か。
・いぢらしい…何ともあわれでかわいそうなさま。
・北風…兵庫の旧家北風家。江戸時代、海運業等で栄えた。
・和田の明神さん…和田神社(今の神戸市兵庫区)。
・鮝魚(ふか)…漢字不鮮明。
・三荘(しやう)太夫の親類(しんせき)…漢字ルビ共に不鮮明。「三荘太夫」は長者の没落伝説で、説経浄瑠璃などの語物文芸として近世以前から語られていた安寿と厨子王の物語。ここではそれに登場する丹後由良の長者で、安寿と厨子王を酷使して苦しめる山荘太夫を指す。

前頁  目次  次頁

【解説】 
 丁稚から親族会議の様子を聞き、若旦那はさまざまに自分への処置を想像しますが、丁稚が話す内容は遥かに厳しいものばかりであったというくだりです。現行形「立ち切れ線香」は本書の古形版をほぼそのまま踏襲しています。

イメージ 1

【翻字】
 丁稚「ヘエ番頭
さんが被仰(おつしや)るにやア其様(そん)な事をするのも無益な事ぢやによつて夫(それ)よ
り一層乞丐(ものもらひ)にしてお進(あ)げなすつたら如何(どう)で御座いますと 若旦那「ナニ乞(もの)
丐(もらひ)とは何(なん)ぢや誰が言ふた 丁稚「番頭さんが 若旦那「フーム…… 丁稚「
そして今おもよどんが頭陀袋を縫ふて居(を)ります茶碗の破壊(われた)んやらお
椀の破損(かけ)たのと箸も一ぜん、そして貴君(あなた)の穢(きたな)お寝衣(ねまき)細帯ちやんと今
手廻して居(ゐ)ますので愈々今日(こんにち)から貴君(あなた)は乞食(こつじき)で御座います、一寸(ちよい)と斯(か)

う見ますと大分(だいぶ)貴君(あんた)乞食面(こつじきがほ)になつて来ましたぜ……マア往つてお呉れ
若旦那「阿呆(あほ)吐(ぬか)せ彼方(そつち)行(いき)アがれ……若旦那は血相変へて「人間は僅(わづ)か五
十余年我ギヤツと出生(うまれ)た際(とき)は裸体(はだか)で又死ぬ際(とき)も裸体(はだか)で死ぬのぢや宅(うち)
の死損(しにぞこな)ひ親爺が頑固な事許(ばか)り吐(ぬか)して在(けつ)かる遂には番頭までが予(ひと)を乞(こつ)
食(じき)にするなんて生意気な言(こと)を吐(ぬか)し居(を)る……」二階より真赤な面相(かほ)をし
て段階子(だんばしご)をトントントントンと降(おり)て階下(した)のお座敷へ参りましたが一
家(け)親類の御仁(おかた)は此(この)勢(いきほ)ひに縁先へ転倒(ころげ)て落(おち)る御仁(おかた)があるやら戸外(おもて)へ逃(にげ)
出す仁(ひと)もあり簀子(すのこ)の下へ匍匐(はふ)て這入(はい)る仁(ひと)もあり片端(かたつぱし)から乱暴にも頭(あ)
上(たま)を殴打倒(なぐりたほ)して歩くんですから皆(みん)な散々乱々(ちりぢりばらばら)にお座敷には御仁(ひと)が無
くなりましたが流石に番頭は驚愕(おどろき)も致しませず煙草盆を扣(ひか)へてパク
リパクリと煙草を喫(のん)で居(を)ります

【語釈】
・マア往つてお呉れ…若旦那を乞食に見立て、しつこく物乞いする乞食に言うように丁稚が悪ふざけして言った言葉。
・段階子(だんばしご)…幅の広い板をつけたはしご状の階段。

前頁  目次  次頁

【解説】 
 丁稚から「明日から乞食」と言われた若旦那は激高し、階下の座敷へ暴れ込み、親類一同逃げ惑うが、番頭だけが落ち着き払っていた、というくだりです。現行形「立ち切れ線香」とほぼ同じ内容です。

イメージ 1

【翻字】
 若旦那「オイ番頭貴様はえらい者(もん)ぢやナ、
聞きやア予(わし)をば乞食(こつじき)に仕様と言ふたさうだナ格別(よほど)面白い貴様は何程
えらい者(もん)じや貴様は番頭番頭と言ふて番頭と云ふ者は何(ど)の位(くら)ゐ権利

の有るもんぢや根(ね)を調べて見たら貴様は丁稚の劫経(かうへ)たんだらう乃公(おれ)
を乞食(こつじき)にするなんて猪口才(ちよこざい)な言(こと)を云ふなへ仮令(たとへ)放蕩の乃公(おれ)でも番頭
の貴様が乃公(おれ)を乞食(こつじき)に仕様と云ふ其様(そん)な権利があるまい出来る者な
らサア乞食(こつじき)にせへ、サアせへ、せんかへ、サア為(し)ろ 番頭「ヘゝゝゝ  若旦那「
何(なん)ぢやヘゝゝゝなんてサア早くさらさんかへ 番頭「若旦那さらさん
かなんのツて其様(そん)な何(ど)うも不品行な言葉使ひが御座いますか、さらせ
と被仰(おつしや)らいでも素(もと)より私(わたし)が旦那様より御依頼受けて貴君(あんた)を乞食(こつじき)にす
るのですお急(せき)なさらいでも宜しい乞食(こつじき)にして進(あ)げます 若旦那「サア為(せ)
へ早うさらせへ 番頭「情(なさけ)無い貴君(あなた)さらせの何(なん)のと……
今為(し)ます、コラ丁稚(こども) 丁稚「ヘイ 番頭「其処(そこ)に若旦那のお寝衣(ねまき)麺桶(めんつう)頭陀
袋お椀茶椀の破損(かけ)たの種々(いろいろ)あるから此処(こゝ)へ持つて来い……よしよし
其処(そこ)へ置け、サア若旦那一寸(ちよつと)其方(そつち)へお向きなさい 若旦那「番頭乞食(こつじき)にせ
んかへ 番頭「為(し)ますから其方(そつち)へお向きなさい 若旦那「番頭如何(どう)為(す)る予(わし)

の帯に手を掛けて、アレ帯を解いて 番頭「如何(どう)為(す)るツて此(この)帯とお仕換(しかへ)申
して乞食(こつじき)に為(す)るのです 若旦那「ア、番頭真個(ほんま)に予(わし)を乞食(こつじき)に為(す)る
のかへ番頭真個(ほんま)なら一寸(ちよつと)待つてお呉れ 番頭「其様(そん)な卑怯な言(こと)被仰(おつしや)る
な貴君(あなた)乞食(こつじき)にして呉れと被仰(おつしや)るし、私(わた)しや乞食(こつじき)に仕様と思つて居(ゐ)る処
で願ふても無い、サアちやツと衣類(きもの)を早くお脱ぎ遊ばせ 若旦那「番頭一寸(ちよつと)
待つてお呉れ私(わし)ア乞食(こつじき)は虫が好かん 番頭「誰だつて乞食(こつじき)が虫の好く
者があるもんですか余(あん)まりパツトした仕事ぢや御坐いません世間の
人が能(よ)う諺に云ひますナ乞食(こつじき)三日為(す)りやア忘れられぬと随分他人(ひと)さ
んの残物(おあまり)をよばれると云ふのはゑらい気の軽いもんださうです、マ
ア試しもんだ三日位(ぐら)ゐ遣(や)つて御覧(ごらう)じろサアサアちやつと衣類(きもの)を着換(きかへ)
遊ばせ

【語釈】
・劫経(かうへ)た…ルビ漢字共に不鮮明。「劫」は「極めて永い時間。刹那の反対」。
・猪口才(ちよこざい)…小生意気なこと。こざかしいこと 。
・麺桶(めんつう)…一人前ずつ飯を盛って配る曲げ物。のちには、乞食の持つものをいう。めんぱ。めんつ。

前頁  目次  次頁

【解説】
 激昂するままに口汚い言葉で怒鳴り散らす若旦那に、番頭は全く動じず、乞食の着物に着かえさせようとしながら諄々と説いていくので、若旦那は次第に弱気になって行く、というくだりです。
 本書古形版は、現行形の「立ち切れ線香」よりは、はるかに丁寧に詳細に二人のやり取りを描いています。


イメージ 1

【翻字】
 若旦那「マア番頭待つてお呉れ今の様に気強(きづよ)う云ふたのは実に
私(わたし)が悪かつた向後(これから)改心して優(おとな)しうする程に貴公(おまへ)からお父(とつ)さんに爾(さ)う
言ふて堪忍して貰(もら)ふてお呉れ 番頭「イエ最(も)う若旦那其様(そん)な言(こと)は私(わた)し

やア……仏の顔も三度と云ひます千度も万度も聞飽(きゝあ)いて耳にタコ(〇〇)が
当(あた)る位(くら)ゐですマア兎(と)も角(かく)も仮令(たとへ)三日でも乞食(こつじき)をなさりませ 若旦那「番
頭何卒(どうぞ)堪忍してお呉れ其(その)代り堪忍して呉れと許(ばつ)かりでは貴公(おまへ)が真実(ほんとう)
に為(す)まいよつて何様(どん)な無理でも聞く、眼で沢庵(かうかう)を噛めと云へば沢庵(かうかう)で
も噛んで見せるよつて夫(それ)が何(なに)よりの証拠ぢやと思ふて乞食(こつじき)に為(す)るの
を堪忍してお呉れ 番頭「成程其(そ)りや何(ど)うも恐れ入りました……コラ
丁稚(こども) 丁稚「ヘイ 番頭「沢庵(かうかう)一切(ひときれ)持つて来い 若旦那「番頭沢庵(かうかう)一切(ひときれ)持つ
て来て何(なん)為(す)るのや 番頭「貴君(あなた)眼で噛みますのを私(わたく)しや見せて戴きま
す 若旦那「其様(そん)な事を貴君(おまへ)、西洋の手品師(てづまし)でも出来るものかへ 番頭「夫(それ)
でも貴君(あなた)今眼で沢庵(かうかう)噛むと被仰(おつしや)つた、そりや虚言(いつはり)ですか 若旦那「そりや
物の道理を云ふたんだ 番頭「其様(そん)な道理の適(かな)はん道理が有りますも
んか 若旦那「今言ふた通り貴公(おまへ)の言ふ無理は何様(どん)な事でも聞く何様(どん)な
無理なと云ふてお呉れ 番頭「成程スルト私(わたし)の云ふ言(こと)は何(なに)に限らず否(いや)

とは被仰(おつしや)らんナ 若旦那「ハア何様(どん)な言(こと)でも貴公(おまへ)の云ふ言(こと)は私(わた)しや 違背(そむき)
はせん 番頭「宜しい長(なが)うとは申しません今日(こんにち)より百日間土蔵(くら)へお這(は)
入(い)りなさいまし 若旦那「誰といナ 番頭「貴君(あんた)御一人で 若旦那「其様(そん)な無
茶ア云ひなへ百日も土蔵(くら)の中に単(たつ)た一人淋敷(さむしう)て這入(はいつ)て居(ゐ)られるもん
かへ 番頭「這入(はいつ)て居(ゐ)られぬと被仰(おつしや)りやア詮方(しかた)がない夫(それ)ぢやア矢ツ張(ぱり)
注文通り乞食(こつじき)に…… 若旦那「其様(そん)な無茶ア…… 番頭「其様(そん)なら百日お
這入(はいり)なさいますか 若旦那「夫(それ)ぢやと云ふて 番頭「夫(それ)ぢやア詮方(しかた)がない矢ツ張(ぱり)乞食(こつじき)に 若旦那「百日は酷いなア番頭切(せめ)て五十日に負(まか)らんか 番頭「私(わたし)なア掛値(かけね)が無いので正札です 若旦那「恰(まる)で大丸の商(あきな)ひ見たやうに
 番頭「百日が否(いや)なら矢ツ張(ぱり)乞食(こつじき)に致します 若旦那「ヤ、這入(はい)る這入(はい)るモウ貴(お)
公(まへ)が其様(そん)なに言ふてるのなら百日は愚か二百日でも這入(はい)ります 番頭「
其様(そん)なら二百日…… 若旦那「矢ツ張(ぱり)百日に負(まけ)て置(おい)て 番頭「其(その)代り百日
の土蔵(くら)住居(すまゐ)の間は貴君(あなた)の好(すき)な物を何不自由無い様に私(わたし)が取寄(とりよせ)てお

進(あ)げ申します、デ百日だけ御辛抱遊ばせ……」

【語釈】
・大丸…現在の大丸百貨店。江戸中期呉服店を開業し、「現金掛値なし」の商法で繁盛した。

前頁  目次  次頁

【解説】 
 強硬な番頭の態度に若旦那は泣きを入れ始めたが、番頭は「乞食か百日の土蔵住まいか」の二者択一で迫り、若旦那が遂に土蔵住まいを了承した、というくだりです。
 本書古形版「線香の立切」は現行形「立ち切れ線香」に比べ、番頭と若旦那のやりとりを格段に詳しく生々しく描いています。

イメージ 1

↑このページのトップヘ