江戸期版本を読む

当コンテンツは、以下の出版物の草稿です。『翻刻『道歌心の策』』『翻刻・現代語訳『秋の初風』』『翻刻 谷千生著『言葉能組立』』『津の寺子屋「修天爵書堂」と山名信之介』『津の寺子屋「修天爵書堂」の復原』。御希望の方はコメント欄にその旨記して頂くか、サイト管理者(papakoman=^_^=yahoo.co.jp(=^_^=を@マークにかえてご送信ください))へご連絡下さい。なお、当サイトの校訂本文及び注釈等は全て著作物です。翻字自体は著作物には該当しませんが、ご利用される場合には、サイト管理者まご連絡下さい。

カテゴリ:谷千生『言葉能組立』(1889刊) > 言葉能組立 上

 これから翻字するのは、1889年(明治22年)刊の国語学・国文法書である谷千生著『言葉能組立』です。本書は「国会図書館デジタルコレクション」で公開されていますが、崩し字で書かれているため、一般には読めない状態です。そこでこれから上巻・下巻と順次翻刻していきます。但し、内容が膨大であるため、翻字と校訂本文を分けず、極力原文に忠実に、最低限の校訂を加えた校訂本文のみの公開とします。校訂のコンセプトは「古文を読める国語学学生が自力で読める本文にする」とし、難読字には読み仮名を付し、括弧を厳密に分けて加えました。詳しくは「凡例」を参照してください。
 一般にはなじみの薄い国語文法の本ですが、江戸国学の伝統を汲む著者が欧米の文法理論に学び、それを国文法の説明に応用した、極めて科学的な学問的挑戦の書です。これからの国文法を学ぶ者にとって大いに学問的刺激を与えられる好著であると思います。
 (なお、翻刻における誤りの責任は全て翻刻者に帰します。翻字自体に著作権はありませんが、校訂本文および補説には翻刻者の著作権が当然認められ、何人による侵害もそれを許しません。)

詞の組たて上巻目録【[数字]は『言葉能組立 上』画像コマ数を示す】

 い[19] 言語構造式
[20] 声音 称呼 言語 此線下巻目録の始へ続く
 ろ[20] 体言 用言
[21] 物名言
   単称言(舟〔ふね〕) 複称言
 は[22] 連合言
   第一言(河舟〔かはふね〕)
   第二言(舘舟〔やかたぶね〕)
   第三言(舟館〔ふなやかた〕)
   第四言(河〔かは〕の舟〔ふね〕)
 に[28] 併列言
   第一言(山河〔やまかは〕)
   第二言(山〔やま〕と河〔かは〕と)
 ほ[29] 借言(山川〔やまがは〕)苗字
[31] 時日名言 十八
   (去年〔こぞ〕)(春〔はる〕)(今日〔けふ〕)
   (朝〔あさ〕)(弥生〔やよひ〕)(二日〔ふつかのひ〕)
[33] 数量名言 右同
   本言(一〔ひと〕)(二〔ふた〕)(三〔み〕)(四〔よ〕)(五〔いつ〕)
   (六〔む〕)(七〔なな〕)(八〔や〕)(九〔ここの〕)(十〔と〕)
   (百〔もも〕)(千〔ち〕)(万〔よろづ〕)(十〔そ〕)
   附言(ち)(を)(つ) 
   称別附言(度〔たび〕)
[37] 形容言 右同
   (又〔また〕)(猶〔なほ〕)(先〔まづ〕)
   (甚〔いと〕)(忽〔たちまち〕)(必〔かならず〕)
[40] 不定言 (何〔なに〕)(幾〔いく〕)(誰〔たれ〕) 丗八
   (何〔なに〕ぞ)(なぞ)(何〔なに〕と)(など)
   (幾何〔いくなに〕)(いかに)
   (幾等〔いくら〕)(幾箇〔いくつ〕)
   (幾干〔いくばく〕)(幾十〔いくそ〕)(幾十干〔いくそばく〕)
   (誰〔たれ〕ぞ)(たぞ)(誰〔たれ〕か)(たが)
   (何時〔いつ〕)
   (何路〔いづち〕)(何方〔いづかた〕)(何等〔いづれ〕)(何処〔いづこ〕)
[44] 指示言 (彼〔あ〕)(彼〔か〕)(其〔そ〕)(此〔こ〕) 丗九
   (彼〔あ〕れ)(彼〔か〕れ)(其〔そ〕れ)(此〔こ〕れ)
   (彼〔あ〕の)(彼〔か〕の)(其〔そ〕の)(此〔こ〕の)
   (彼〔あ〕-処〔こ〕)(彼〔か〕-処〔こ〕)(其処〔そこ〕)(此処〔ここ〕)
   (彼〔あ〕の方〔かた〕)(あなた)
   (彼〔か〕の方〔かた〕)(かなた)
   (其〔そ〕の方〔かた〕)(そなた)
   (此〔こ〕の方〔かた〕)(こなた)
   (かく)(さ)-(て)
   (さ)(かか)(しか)-(らりるれ 良行変格活)
[49] 助体言
 へ[50] 名格助言(の) 上巻は
 と 連合助言 同第二助言(が) 右同
 ち 併列助言(と) に
 り[51] 備格助言 十四
 ぬ[51] 基格助言
  る 主格助言(が) 同第二助言(の) 右同
  を[52] 賓格助言 奪格助言(を) 与格助言(に) 右同
 わ[53] 間格助言
  か 第一間格助言(を[越]) 第二間格助言(に[丹]) 右同
  よ[54] 第三間格助言(に(尓)) 同次助言(に(尓)て) 右同
  た 第四間格助言(に{尓}) 同次助言(へ) 右同
  れ[55] 第五間格助言(に[尓]) 同次助言(と) 右同
  そ[55] 第六間格助言 右同
   (より)(まで)(から)(ほど)
   (ゆゑ)(すら)(ばかり)(ながら)
 つ[57] 整格助言
  ね 集合助言(も) 廿二
    第二助言(さへ) 第三助言(だに) ヨ
  な[58] 分別助言(は) カ
    第二助言(のみ) タ
  ら 相動将格助言(ば) レ
  む[59] 反動将格助言(とも) ソ
  う 相動已格助言(ば) ツ
  ゐ[60] 反動已格助言(ども) ネ
  の 第七間格助言(と) 十九
  お[61] 喚起助言(よ) 廿五
  く[62] 禁止助言(な) ナ
    第二助言(な-そ) ラ
  や 加勢助言 (かし) 廿六
   (らんかし)-(らし)
   (けるらし)-(けらし)
   (たるらし)-(たらし)
   (なるらし)-(ならし)
   (あるらし)-(あらし)
   (かるらし)-(からし) 右同
  ま[64] 決定助言(ぞ) ウ
   第二助言(こそ) 丗五
  け[65] 疑問助言(か) ヰ
   第二助言(や) ノ
   第三助言(や) 丗三
  ふ[66] 感慨助言(や)(な)(も)(よ)(か) 廿七
  え[68] 願望助言(なん)(ね)(ばや)(もが)(しが)(がに) 廿八
  て 重畳竟言(つつ) 三十
  あ[69] 間称助言(し)(しも) 廿九
  さ 略格助言(ねば) 丗一
  き[70] 転置格別称助言(なん) 丗四
  ゆ 転置格随伴助言(もぞ)(もこそ)(もや) 丗六
[71] 作用言 比較表四十一
 め[75]  本言 {虚辞本言} [尋常本言]
   活言 (一)続用第二活 (二)続用活 (三)切断活 (四)続用第三活 (五)続体活 (六)続体第二活 (七)希求活
 み[76] 四段活 ク
   加行 [引〔ひ〕] (一)か(二)き(三四五)く(六七)け
   佐行 [押〔お〕] (一)さ(二)し(三四五)す(六七)せ
   太行 [打〔う〕] (一)た(二)ち(三四五)つ(六七)て
   波行 [言〔い〕] (一)は(二)ひ(三四五)ふ(六七)へ
   万行 [汲〔く〕] (一)ま(二)み(三四五)む(六七)め
   良行 [降〔ふ〕] (一)ら(二)り(三四五)る(六七)れ
 し[78] 一段活 ヤ
   加行 [着} (一二)き(三四五)きる(六)きれ(七)きよ
   奈行 {似} (一二)に(三四五)にる(六)にれ(七)によ
   波行 {干} (一二)ひ(三四五)ひる(六)ひれ(七)ひよ
   万行 {見} (一二)み(三四五)みる(六)みれ(七)みよ
   也行 {射} (一二)い(三四五)いる(六)いれ(七)いよ
   和行 {居} (一二)ゐ(三四五)ゐる(六)ゐれ(七)ゐよ
 ゑ[81] 中二段活 マ
   加行 [起〔お〕] (一二)き(三四)く(五)くる(六)くれ(七)きよ
   太行 [朽〔く〕] (一二)ち(三四)つ(五)つる(六)つれ(七)ちよ
   波行 [亡〔ほろ〕] (一二)び(三四)ぶ(五)ぶる(六)ぶれ(七)びよ
   万行 [恨〔うら〕] (一二)み(三四)む(五)むる(六)むれ(七)みよ
   也行 [老〔お〕] (一二)い(三四)ゆ(五)ゆる(六)ゆれ(七)いよ
   良行 [下〔お〕] (一二)り(三四)る(五)るる(六)るれ(七)りよ
 ひ[83] 下二段活 ケ
   阿行 {得} (一二)え(三四)う(五)うる(六)うれ(七)えよ
   加行 [受〔う〕] (一二)け(三四)く(五)くる(六)くれ(七)けよ
   佐行 [失〔う〕] (一二)せ(三四)す(五)する(六)すれ(七)せよ
   太行 [出〔い〕] (一二)で(三四)づ(五)づる(六)づれ(七)でよ
   奈行 {寝} (一二)ね(三四)ぬ(五)ぬる(六)ぬれ(七)ねよ
   波行 {経} (一二)へ(三四)ふ(五)ふる(六)ふれ(七)へよ
   万行 [求〔もと〕] (一二)め(三四)む(五)むる(六)むれ(七)めよ
   也行 [消〔き〕] (一二)え(三四)ゆ(五)ゆる(六)ゆれ(七)えよ
   良行 [枯〔か〕] (一二)れ(三四)る(五)るる(六)るれ(七)れよ
   和行 [居〔す〕] (一二)ゑ(三四)う(五)うる(六)うれ(七)ゑよ
 も[85] 変格活 フ
   加行 {来} (一)こ(二)き(三四)く(五)くる(六)くれ(七)こ
   佐行 {為} (一)せ(二)し(三四)す(五)する(六)すれ(七)せよ
   奈行 [往〔い〕] (一)な(二)に(三四)ぬ(五)ぬる(六)ぬれ(七)ね
   良行 [有〔あ〕] (一)ら(二三)り(四五)る(六七)れ
[89] 自動言 他動言 十五
 せ[90] 第一格
   自動言 解〔と〕けくくるくれけよ 加行下二段活-他動言 解〔と〕かきくけ 同四段活
   自動言 漬〔ひ〕たちつて 太行四段活-他動言 漬〔ひ〕ちつつるつれちよ 同下二段活
   自動言 延〔の〕びぶぶるぶれびよ 波行中二段活-他動言 延〔の〕べぶぶるぶれべよ 同下二段活
 す[92] 第二格
   自動言 寄〔よ〕らりるれ 良行四段活-他動言 寄〔よ〕せすするすれせよ 佐行下二段活
   自動言 余〔あま〕らりるれ 右同-他動言 余〔あま〕さしすせ 佐行四段活
   自動言 離〔はな〕れるるるるれれよ 良行下二段活-他動言 離〔はな〕さしすせ 右同
 イ[93] 第三格
   自動言 回〔ま〕はひふへ 波行四段活-他動言 回〔ま〕は{原活履言} さしすせ 佐行四段活
   自動言 免〔ゆ〕りるるるるれりよ 良行中二段活-他動言 免〔ゆ〕る{原活履言}さしすせ 右同
   自動言 冷〔ひ〕えゆゆるゆれえよ 也行下二段活-他動言 冷〔ひ〕や{原活履言}さしすせ 右同
 ロ[94] 第四格
   自動言 塞〔ふさ〕が{原活履言}らりるれ 良行四段活-他動言 塞〔ふさ〕がぎぐげ 加行四段活
   自動言 居〔す〕わ{原活履言}らりるれ 右同-他動言 居〔す〕ゑううるうれゑよ 和行下二段活
   自動言 籠〔こ〕 も{原活履言}らりるれ 右同-他動言 籠〔こ〕めむむるむれめよ 万行下二段活
十一[96] 被動言 使動言 右同
 ハ[97] 第一格 {原活履言} 四段活 かさたはまら 変格活 なら
   被動言 れるるるるれれよ 良行下二段活
   使動言 せすするすれせよ 佐行下二段活
 二[98] 第二格 {原活履言} 変格活 こせ 一段活 きにひみいゐ 二段活 きちひみいり 二段活 えけせてねへめえれゑ
   被動言 ら{転活冠言}れるるるるれれよ 良行下二段活
   使動言 さ{転活冠言}せすするすれせよ 佐行下二段活
十二[104] 助用言 比較表 エ
 ホ[107] 第一格 将言(二三五)ん(六)め 右同
   第二将言(二)まく(三五)まし(六)ましか 右同 テ
   不言(二三)ず(五)ぬ(六)ね 右同 ア
   第二不言 じ 右同 サ
   第三不言(一)ざら(二三)ざり(四五)ざる(六七)ざれ 右同 ヱ
 へ[110] 第二格 去言(二)け(三)き(五)し(六)しか 右同 メ
   竟言(一二)て(三四)つ(五)つる(六)つれ(七)てよ 右同 ミ
   畢言(一)な(二)に(三四)ぬ(五)ぬる(六)ぬれ(七)ね 右同 シ
   第二去言(一)けら(二三)けり(四五)ける(六)けれ 右同 ヒ
   第二竟言(一)たら(二三)たり(四五)たる(六七)たれ 右同 モ
 ト[114] 第三格 第三将言(二)べく(三)べし(五)べき(六)べけれ 右同 キ
   第四将言(一)ら(二三)めり(四五)める(六)めれ 右同 ス
   第四不言(一二)まじく(三)まじ(五)まじき(六)まじけれ 右同 ユ
   第二畢言(一)なら(二三)なり(四五)なる(六七)なれ 右同 セ
十三[120] 形状言 右同 四十
   尋常本言 清〔きよ〕 履辞本言 空〔むな〕 別格履言 け 履言 し 活言 くしきけれ 比較表 コ
 チ[126] 受言 さ・み・げ・け・が・か 右同-爰(ここ)に誌(しる)したるは、それぞれの事を下巻に解ける処と引き合せて見む為に、下巻の目録の下附けを挙げたるなり。

 右の目録は本書なる「言語構造式」の原図を少し換へて出せるなり。さるは捜索目録を兼ねて言語分類の順序を一目瞭然たらしめんが為なり。

 本コンテンツは「国会図書館デジタルコレクション」で公開中の1989年(明治22年)刊・谷千生著『言葉能組立』を翻字・本文校訂したものです。原書は崩し字による版本で、それを活字化し、体裁を整えたものです。校訂は「大学国語学の学生が読めるように」というコンセプトのもと、以下の方針で統一しました。

一 旧字体は新字体に統一した(例:假→仮)。
一 踊り字(ゝ)等の繰り返し記号は全て文字に直した。
一 句読点は適宜判断して加えた。
一 改行も適宜判断して行い、原著者による改行は一行空けて示した。
一 濁点は適宜判断し加除した。
一 現在一般的でない漢字の読みについては適宜ふりがなを旧仮名遣いで施した(例:号(なづ)く)。
一 現在一般的でなく読みにくいかな表記はそのままとした(例:手つづ(続)き)。
一 括弧・傍線等の各種差別化表記は以下の方針で変換した。
 ・原著者による全角括弧( )と二重鍵括弧『 』は全てそのまま用いた。
 ・太字には〈 〉を使用した。
 ・原著者によるふりがなには〔 〕を使用した。
 ・その他種々の差別化表記は〈 〉・[ ]・{ }・-等を適宜使用して極力再現に努めた。
 ・傍注は〈二〉あるいは{主格}などとし、位置はおおむね該当箇所の後ろとした。
 ・翻刻者の判断で適宜カギ括弧「 」と中黒・を加えた。
 ・翻刻者による読み仮名には半角括弧()を使用した。
一 原著者による送り仮名の揺れ(例:先(ま)づ・先(まづ))は一切修正しなかった。
一 原著者による明らかな誤記・誤刻や脱字等は、訂正した上でその旨を【 】で記した。
一 「目録」の原書丁数は全て削除し、代わりに「国会図書館デジタルコレクション」のコマ番号を付した。

緒言

一 此(この)書は吾(わが)日本言語の普通法を示すを専一としたるものなれば、高尚なる古語・雅語の事にも鄙野なる俚語・俗言の事にも説き及ばず。譬へば「人の往来すべき道路を真直に進み行くべし。眺望よき山路にも倚るべからず。況(いはん)や足を運ぶに懶(ものう)き海道などは避けて歩行せよ」と教ふるが如きものなる事を知るべし。

一 高尚なる事に及ばじとするからに、古言の通略延約等を説かず。鄙野なる事に及ばじとするからに、俗語の転訛音便等をも説かざるなり。それらの事は別にいふべし。

一 語例を挙ぐるにはなるべく多端にわたらじと力(つと)めたり。依(より)て巻中に出す処のものは始(はじめ)より終(をはり)まで、体言は「舟〔ふね〕」用言は「流〔なが〕る」の二言を以てせり。但し止むを得ずして他言を用ゐる事あるも、其等に因縁ある語類をもてせり。是吾が日本語格の変化を示すに最も善き一方便なるを見出したればなり。

一 初学を導くには宜しく引証の多端なるを避くべし。故に語例を挙ぐるにわざと古歌・古文章を採らざるなり。但しこはすこしく遺憾なるかたもあれば、やがてこれが徴証めくものを書かんとす。其(その)時は慥かなる例を引きて、此の組たてかたは古(いにし)への語法に背かざるものなる事を示すべし。

一 此の書を見む人の注意すべきは巻中すべての論旨が「事理〔ことのこころ〕」「物法〔くみたてかた〕」の二つにわかりてある事なり。物法とは何ぞ。さは物につきたる法にして、言語にとりては組織法即ち「くみたてかた」是なり。事理とは何ぞ。さは事につきたる理にして、いはゆる語意即ち「ことのこころ」是なり。而して其の「ことのこころ」なるものは、称呼のひとつひとつに備はりてあるものなる事は人の知れるが如し。また組織法は、格法上にて種々の分類ある称呼を採り集め、それを組たてて言語となす手つづきなりとす。此の二つの区別を知らざれば言語を構造する本意を悟り得る事難きなりと知るべし。但し事理・物法の委しきことは、語学事物理法論といふものを著はすべければそれにつきて見るべし。

一 此書の名目どもの立てかたは、是までの語学書類にいへる処とは異なるもの多くして、中には徒らに煩雑をきはめたるが如く見ゆるも無きにはあらざるべし。然れども言語の組織を精密に分析する名目なれば、止む事を得ずして然るなりと知るべし。

一 是迄の名目と異なるものが多きのみならず、世人の耳には聞き馴れてこともなしと思ふべき名目をわざわざ改めたるがありて、さるは人の尤(とが)むべきものなれども、然(し)かせざれば語学上の理に叶はざる処あるによりての所為にて、其等が殊に己の骨折(ほねをり)たるものなれば、さるこころして読みてよ。

一 是迄の語学書どもに一わたりは説き得たるやうに見ゆれど実は委しからぬ説なるにて、語格の真理を知る為には妨害となるも少なからず。されどそれをよしとする人、世には多かるべし。されば己が新案にてたとへば「用言断続の名目にてこれまで「将然言」「已然言」といひしを廃して、それは「続用言」「続体言」の「第二言」或るは「第三言」といふべし」「「係り結び」といへるを止めて「助言転置格」といふべし」など、猶その外なる事にも聞き馴れざるいひざまあるに驚き、いまだ其よしあしをも味ひ見ずしてこれを擯斥せられんかとの懸念あり。請ふ、取るも捨るもよく見て後にせられん事を。

一 前題の如く此書は言語の真理をなるべく精細に説かむとしたるより、おのづから煩はしきかたになりて初学の理会しがたかるべき処多かるべし。すべてかかる入組(いりくみ)たる事をいへるものは人の悟りがてにするが常なれば、然(し)か煩はしきまでにいひたるにも飽かずして、今ひと際くはしき問答体なるものを俗言にて書かむとさへおもひ居れば、此書を見て隔靴掻痒の思ひある人はそれがなるを待てよかし。
著者述

言語構造式註解
詞の組たて上巻
谷 千生著
〈言語構造式〔ゲンギヨコウザウシキ〕〉(ことばのつくりかた)

 言語をひとつの構造品に擬(なぞ)らへて其れを構へ造るの式と言ふ意にて号(なづ)けたる書目なり。然して本書の総体のたてかたは、始めに『言語を構造する順序を追ひて、其の分派せる系統を示す』と言ひ置きたるに其の大意を知る可きなり【谷千生著『言語構造式』2/41参照】。

〈声音〔セイイン〕〉(こゑ) 是を元素に擬(なぞ)らふ
〈称呼〔シヨウコ〕〉(な) 是を天然物に擬らふ
〈言語〔ゲンギヨ〕〉(ことば) 是を構造品に擬らふ

 声音は即ち〈五十連音〔ゴジウレンイン〕〉(いつらごゑ)なり。是は本書に図を略せり。さるは大かた人の知りたるものなればなり。さて五十の音あるは五十の元素有るが如く、其の元素即ち五十の音が幾音かつらなりて事物の称呼と成るは、元素が抱合して天然物即ち金石木竹の類と成るが如く、又其の天然物即ち称呼が組み立てられて言語と成るは、天然物が人工を経て構造品即ち衣服器具の類と成るが如き順序なりと知るべし。爰(ここ)に擬らへて言へる事をよく味はひ見ば、言語のなりたてる大旨は容易に心得らる可し。

〈体言〔タイゲン〕〉(すわりな) 〈用言〔ヨウゲン〕〉(うごきな)

 是は称呼の分派せるものにて、体言は物の名にして其の唱へ動かず静座する如きものなれば、これを(すわりな)と言ひ、用言は事の名にして其唱へ居らず立働する如きものなれば、これを(うごきな)と言ふなり。然して爰に動くと言ふは、用言とする称呼は其の尾音が言語を組み立つる時の断続の為に移り変るを動くとは言ふなりと知るべし。さて体言の種類は物名言・形容言・助体言の三品にして、此の外なる時日名言・数量名言は物名言に属し、不定言・指示言は形容言に属するなり。又用言の種類は作用言・助用言・形状言の三品なりと知るべし。

【補説】
 谷による用語はおおよそ現在の次の用語に相当する。

・言語構造式:文法
・声音:音素・音韻
・称呼:語・辞
・言語:言語
・五十連音:五十音
・体言:活用のない語
・用言:活用のある語
・物名言:名詞
・形容言:副詞・感動詞など
・助体言:助詞
・作用言:動詞
・助用言:助動詞
・形状言:形容詞

 谷は自立語と付属語という概念は持っていなかった。その代わりに活用の有無で単語を大別した。体言は副詞や助詞を含み、接続詞や連体詞・感動詞という品詞は考えていなかった。用言は助動詞を含み、形容動詞は考えなかった。また文法用語は漢語を基本としつつ和語でも表現した。次節以降に登場するが、「格」とは「さだまり」、「活」とは「はたらき」という具合にである。谷は江戸国学の伝統を捨てずにそれを踏襲したのである。


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