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カテゴリ:谷千生『言葉能組立』(1889刊) > 言葉能組立 上

〈物名言〔ブツメイゲン〕〉(ものな)-〈単称言〔タンシヨウゲン〕〉(ひとへな)-〈複称言〔フクシヨウゲン〕〉(かさねな)

 是は体言三品のひとつにして、単称言・複称言と二つにわかるものとす。さて単称言と言ふはたとへば〈舟〔ふね〕〉〈筏〔いかだ〕〉〈山〔やま〕〉〈河〔かは〕〉〈鶯〔うぐひす〕〉〈蛙〔かはず〕〉の類なる、なほかぎりも無き物の名をさせるなり。かくて是に属するものは〈上〔かみ〕〉〈中〔なか〕〉〈下〔しも〕〉〈本〔もと〕〉〈末〔すゑ〕〉の類なる、物の部分をさして言ふ詞にて、これ等は独立(ひとりた)ちてつかはるるものにはあらねど、なほ此の物名言のうちにかぞふるものなりとす。さてかく挙げたる類は其物の元来の名にて、他言を交じへずひとつづきなるものなれば、是を単称言即ち(ひとへな)とは言ふなりと知るべし。然るにこの単称言を二つかさねて成る複称言と言ふものありて、其の一つを連合言と言ひ、今一つを併列言と言ふなり。次々に挙ぐるを見るべし。

〈連合言〔レンガフゲン〕〉(あはせな)-〈第一言〉-〈第二言〉-〈第三言〉-〈第四言〉

 連合言は単称言を二つあはせて一物と名とするするものなるが、其れを主客の二言に分くる事にて、其の二つあはせて上になるを客言とし、下になるを主言とするなり。かくて一つづきになりたる詞は、其の下言のかた即ち主言となるものの名と成るなりと知るべし。然して夫を四品にわかつ事にて、たとへば〈河舟〔かはふね〕〉と言ふ類を第一言とし〈館舟〔やかたぶね〕〉といふ類を第二言とし〈舟館〔ふなやかた〕〉と言ふ類を第三言とし〈河〔かは〕の舟〔ふね〕〉と言ふ類を第四言とするなり。かくわくるは、単称言を連合するにつきて四つのかはりある故なりとす。さるは、かさぬる詞のもとの唱へに変化の無きもの、即ち(かは)といひ(ふね)と言ふを、あはせて(かはふね)ともとの唱へのままにつづけ呼ぶ類なるを、第一言とするなりと知るべし。
 さて詞をかさぬるに上言の尾音は下言へ称(とな)へ送るものなるによりて是を送称音〔ソウシヨウイン〕といひ、下言の首音は上言を称へ迎ふるものなるによりて是を迎称音〔カフシヨウイン〕と言ふものぞと先づ覚ゆべし。かくて第二言・第三言は其の送迎の両音に変化あるものにて、即ち(やかた)と言ふを上言とし(ふね)といふを下言とするとき、迎称音の(ふ)を(ぶ)と濁りて(やかたぶね)と言ふ類なるを第二言とし、これをば迎称濁音格〔カフシヨウダクインカク〕即ち〔むかへてとなへをにごるさだまり〕ともいふものとし、又(ふね)と言ふを上言とし(やかた)といふを下言とするとき、送称音の奈行第四音なる(ね)を同行第一音の(な)に転(うつ)して(ふなやかた)と言ふ類なるを第三言とし、これをば送称転音格〔ソウシヨウテンインカク〕即ち(おくりてとなへをうつすさだまり)ともいふものとするなり。かくてまた上言下言の間へ連合助言の(の)を入れていふもの即ち(かはのふね)といふ類なるを第四言とはするなりと知るべし。
 さてはじめに体言は動かずといひ置きつるを今爰(ここ)の第二言・第三言にておもへば、第二言は迎称音の濁るものにてすこし動けるに似たり。況や第三言は送称音を転(うつ)すものにて、全く動けるに非ずやとも難ずべきが如し。然れどもこは用言類が其の断続によりて活用する如く定格ありて動くものならねば、やや紛らはしきやうなれども右等の変化をばうちまかせて動くとはいはざるなり。これを物に擬(なぞ)らへていはば、かの天然物の単体なるが復体になるとき即ち物のかさなるとき、其の連合する双方の面が平坦なれば直ちに重なるやうなる理にて第一言となり、其の上になる物の一方が凸なれば其れを受くる下になる物の一方が凹にならねばならぬやうなる理にて第二言となり、下になる物の一方が凹なれば其れに向ふ上になる物の一方が凸ならねばならぬやうなる理にて第三言となり、双方の面の平坦凸凹なるにもかかはらず其の間へ粘着物をつけて合するやうなる理にて第四言となるなりなど言ひてあるべし。さて第一言は下言の首音が濁音にならぬものにありて、濁音になるものなればおほかた第二言になるなり。然るに上に挙たる例のやうに、濁りもせらるるものをさはせで、なほ(かはふね)と清(す)みていふ類なるはいと寡きものなり。されば第二言は甚だ多くして首音の濁音になるものは皆これになるといひてもよろしきが如し。第三言もまた寡からず。然れども第二言の如くは多からざるなり。第四言はいと広くして、上の三言になれるものもいひかへては皆この第四言になるなりとしるべし。
 此の連合言の四品につきてなほいはむに、同じ唱への詞にて其の物が違へば格も異なる事あり。さるは土と槌とは同じ唱へなれども、土のかたは第一言にて〈真土〔まつち〕〉〈壁土〔かべつち〕〉といひ、槌のかたは第二言にて〈小槌〔こづち〕〉〈鉄槌〔かなづち〕〉といへる類なり。送称音の濁音なるにもかかはらず、第二言にして濁音の重なるものになれるあり。〈菅笠〔すががさ〕〉〈旅人〔たびびと〕〉〈水瓶〔みづがめ〕〉〈鍋蓋〔なべぶた〕〉などの如し。然るに単称言にして濁音のかさなるといふは無き事なれば、連合言にするときも下言の首音に次げるものが濁音なるときはそれを第二言にはせざるものにて、たとへば第一言にて〈青鷺〔あをさぎ〕〉〈玉椿〔たまつばき〕〉とはいへども、これを第二言にして(あをざぎ)(たまづばき)とは言はざるにて知るべし。
 又、第三言は五十音中にていかなる転(うつ)りをなすかといへば、第二音を転じていふは(つき)の(き)を第三音の(く)にうつして〈月夜〔つくよ〕〉といひ、(たち)の(ち)を第四音の(て)にうつして〈帯刀〔たてはき〕〉といひ、(き)を第五音の(こ)に転(うつ)して〈木蔭〔こかげ〕〉といふ類とし、第三音をうつしていふは(まゆ)の(ゆ)を第五音の(よ)に転(うつ)して〈黛〔まよがき〕〉といふ類とし、第四音を転していふは(いね)の(ね)を第一音の(な)にうつして〈稲穂〔いなぼ〕〉といひ、(もえ)の(え)を第五音の(よ)に転(うつ)して〈萌黄〔もよぎ〕〉といふ類とし、第五音をうつしていふは(しろ)の(ろ)を第一音の(ら)に転(うつ)して〈白鷺〔しらさぎ〕〉といふ類とする事にて、先づ已上七例あるなりと知るべし。然れども此格とても定まりて然(し)かするものにあらず。さるはたとへば(しらさぎ)といへるに類(たぐ)ひて〈白籏〔しらはた〕〉とはいへども、〈白鼠〔しろねずみ〕〉〈白瓜〔しろうり〕〉などは(しらねずみ)(しらうり)とは言はざる類のあるにて知るべし。又第二言と第三言とは相兼ていへるものもある事にて、上に挙げたるうちにも(かなづち)(すががさ)(まよがき)(いなぼ)(もよぎ)など言へるは即ちそれなるなり。また既にも言ひ置ける如く、然(し)かせる類の変化を罷めて間へ(の)を入れていへば皆第四言に成る事なるを、其のうちに(たてはき)(まよがき)(もよぎ)といふ三つが〈刀〔たち〕の帯〔はき〕〉〈眉〔まゆ〕の搔〔かき〕〉〈萌〔もえ〕の黄〔き〕〉とやうに言はれざるは何ゆゑぞと言ふに、さは(はき)(かき)(もえ)なる三言がもとよりの体言ならずして用言を言ひ居(す)ゑて用体言といへるにしたるものなればなり。用体言の事は作用言の処にいへるを見て知るべし。
 又、第四言なる連合助言の(の)を連合第二助言の(が)に転(うつ)していふもをりをりある事にて、さるはたとへば(うめのえ)といふべきを〈梅〔うめ〕が枝〔え〕〉といひ、(あめのした)といふべきを〈天〔あめ〕が下〔した〕〉といふ類、なほ幾等もあるにて知るべし。さてこの第四言は上言・下言に変化の無きが先づの例なれど、又時としては第三言を兼て〈木〔こ〕の間〔ま〕〉といひ、或るは第二言・第三言ともに兼て〈天〔あま〕の河〔がは〕〉と言へるもあり、また間にはさみたる(の)をさへ第三言の格にし(な)と転(うつ)して、(めのしり)(てのそこ)といふべきを〈睠〔まなじり〕〉〈掌〔たなぞこ〕〉といふ類もある事なりと知るべし。
 かくてこの連合言は已上に示したる如く、先づ上下の二言より成るがはじめにて、夫にまた一言も二言も添へて三言以上にする事もあり。たとへば〈小舟〔をぶね〕〉といふ連合言が〈蜑〔あま〕〉といふ一言を冠(かむ)りて(あまをぶね)となり、〈丸木〔まろき〕〉といふ連合言が〈橋〔はし〕〉と言ふ一言を踏みて(まろきばし)と成る類なりとす。この例にて稀には〈五百重波〔いほへなみ〕〉〈五百代小田〔いほしろをだ〕〉とやうに四言・五言にしたるもあるなり。況や第四言の格にて(の)を入れて言へば幾等も重ねていはるるものにて、それは〈秋〔あき〕の田〔た〕の仮庵〔かりほ〕の庵〔いほ〕の苫〔とま〕〉とさへかさねたるがあるにて知るべし。
 又、単称言とここの連合言とを其の詞の長短または漢字をあてたる字数等にかかはりて弁別はしがたきよしを言はむに、たとへば〈小簾〔をす〕〉〈田井〔たゐ〕〉の如きは纔(わずか)に二言なれども連合言にて、〈鶯〔うぐひす〕〉〈時鳥〔ほととぎす〕〉の如きは四音・五音なれども単称言なり。又〈輦〔てぐるま〕〉〈磑〔いしうす〕〉の如きは一字なれども連合言にして、〈王余魚〔きす〕〉〈栄螺子〔さざえ〕〉の如きは三字なれども単称言なり。また〈筆〔ふで〕〉〈硯〔すずり〕〉〈机〔つくゑ〕〉の如きは単称言のやうにおもはるれども、もと〈文手〔ふみて〕〉〈墨摺〔すみすり〕〉〈杯居〔つきすゑ〕〉といふより出たる約言・略語なれば、その実は連合言なり。さてもかかる類はなほ幾等もあれどさる事もありと心得るまでにて、あまりに泥(なづ)むべからず。さるは物名言の語原を探知するなどは語学のひとつにしてあしき事にはあらねども、言語の構造法にとりてはそれが緊要の事とも無ければ穿鑿に過(すぐ)るはわろし。もし強ひてさるかたに陥らば、「〈車〔くるま〕は〈転〔ころ〕び回〔ま〕ひ〉の転言・略語なり」などのみ言ふべくなりて、果(はて)は「五十音の一音毎に皆意味ありて万物悉皆の名は出来たるなり」と主張する類にも成ぬべし。さは吾(わが)語学の横道にて好もしからぬ事なれば、聊(いささ)かここにことわり置くのみ。

〈併列言〔ヘイレツゲン〕〉(ならべな)-〈第一言〉-〈第二言〉

 併列言は複称言のひとつなるが、其の単称言を重ねたる処は連合言に似たれども夫(それ)とは違ひ、一物の名と成るに非らずしてなほ二物の名をならべ言へるものなりと知るべし。是には第一言・第二言の二品ありて、たとへばその第一言は〈山河〔やまかは〕〉という類の如し。是は即ち〈山〔やま〕〉と〈河〔かは〕〉とを併列して称したるなり。其の第二言は、第一言にいふと同じ事なれども、これはその並らぶる詞を併列助言の(と)に受けて言ふにて、即ち〈山〔やま〕と河〔かは〕と〉といふ類の如し。かくて此の第二言のかたは下言につく(と)を略(はぶ)きて〈山〔やま〕と河〔かは〕〉とやうにいふものとす。しかして是も単称言をのみならべていふものに非ずして連合言をも併列する事なるは、〈端山繁山〔はやましげやま〕〉といひ〈大舟小舟〔おほぶねをぶね〕〉などいふ類にて、なほ三言以上の連合言をも併列していふべく、又二言を併列するのみならず三言或るは四・五言をも併列する事自在なるものと知るべし。さてもこの併列言のかたは已上の如くにて別に言ふべき事もなけれど、ただ紛らはしからんは、爰(ここ)の第一言と連合言の第一言とが時としては混ずるやうなるを差別する事にてあるべし。然れども爰の第一言にしていふものを連合言にする事は寡かるべく、又たまたまはありても其の第一言にするはまた寡ければ、先づ紛るる事は多からざらん。さる外は連合言のかたが第二言または第三言に変化するゆゑにその差別が見えて紛らはしからず。さるはたとへば(やまかは)といふは併列言にして(やまがは)といふは連合言なる事は、その下言が変化して迎称音が濁れるからに差別し易きが如し。よし又連合言の第一言とこの併列言の第一言とが全く同じ詞にて出来たるもののあるにもせよ、夫は前後の言ひ続けにて弁別すべければ、思ひ惑はれて決し難きものは無き事なりと知るべし。

〈仮借言〔カシヤクゲン〕〉(かりな)

 この仮借言は別にひとつの詞のあるには非ず、即ち本書【谷千生著『言語構造式』3/41参照】にはここの前の両條に解ける連合言の四品と併列言の二品との語例より系を引きたるを見ても知るべく、其等が皆仮借言に成る也としるべし。さても物名といふはいはゆる単称がもとにて連合も出来たる事なるが、ここにはさる順序はいはずして其の二つをあはせてこれを〈実名〔ジツメイ〕〉といふべし。さるはそれぞれの物に負はせたる実の名なればなり。然るに其の或る実名を取りて別なる或るものの名に用ゐるを〈借名〔シヤクメイ〕〉といふ。これが即ち爰(ここ)にいへる仮借言なりと知るべし。かくて仮借するに実名の単称を取れば其の名を扱ふにつきて原物と紛(まぎら)はしき故に、多分は複称より取るものとす。此のさだめよりなるものは〈人名〔ジンメイ〕〉〈地名〔チメイ〕〉または〈器物〔キブツ〕の銘〔メイ〕〉あるひは〈事物〔ジブツ〕の異名〔イメイ〕〉の類皆それにて、おほかたは其の原物に或る別物が因縁あるよりして名を仮る事とはなれる也。ここに其の語例を示さば、本書に連合の第二言なるを取りて〈山河〔やまがは〕〉といふを挙げ苗字と誌したる如き、即ち今世の人の姓氏といふものに仮り用ひたるにて、(やまがは)とは唱ふれども山の事にも河の事にも非(あ)らざる借名なる事を知るべし。
 さればこの例にて或る器物が其の原物の形ちに似たるより仮りたるは、連合の第一言にて〈鶴觜〔つるはし〕〉といひ第二言にて〈鳶口〔とびぐち〕〉といへるあり。又因縁によりたるは〈稲〔いね〕の子〔こ〕〉にもあらざれどそれによりて生育する虫をば連合の第二言と第三言とを兼ねたるものにて〈蝗〔いなご〕〉といふあり。又是も形ちの似たるにて或る植物の花のさまよりして連合の第四言にて〈虎〔とら〕の尾〔を〕〉といへるがあり。また此の第四言の(の)を(が)に転じたるものにて言はば、鼠の異名を〈娵〔よめ〕が君〔きみ〕〉といへるなどがあるにて知るべし。さて複称のうちにても併列言を取れるは寡けれど、それも第一言にては鯛の骨また烏賊の体よりいづるものにて〈鍬鎌〔くはかま〕〉〈鳶烏〔とびからす〕〉といへる類あり。又第二言にては物の甚しく違へる事を〈雪〔ゆき〕と炭〔すみ〕〉といひ道程の遠近あるを〈弓〔ゆみ〕と弦〔つる〕〉といふ類、まれまれにはある事なり。さてもこの仮借言には単称言を取らぬといふが先づの例なれども、往昔の人名にはなほ其れをとりて〈猿〔さる〕〉〈鮪〔しび〕〉などいへるあり。又今世にも人の苗氏には〈関〔せき〕〉〈森〔もり〕〉といひ己が姓の〈谷〔たに〕〉などもあれば、単称は仮借にならずと一概にはいひがたきを知るべし。なほさまざまにとりなしたる物もあるべけれど、上にいへることどもに准(なぞ)らへても知るべければくだくだしくはいはず。

【補説】
 ここで谷は名詞について考察している。
 「複称言(複合名詞)」について、連濁に代表される音韻変化の有無や連合助言(格助詞)「の」の使用などにより、4分類している。また、物名言の音節数と漢字表記との関係、語源考証とその意味についても触れている。
 「併列言」は「複称言のように見えるがあくまで並列しているだけで単称言それぞれの意味を残しているもの(複合名詞)」であり、「仮借言」は本来その単語が指す意味対象を離れ、それに関係する他のものを指す場合の物名言(名詞)である。
 「併列言」「仮借言」は単語の分類ではなく用法上の用語である。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語。但し厳密ではない)。
・物名言:名詞
・連合言:複合名詞
・迎称濁音格:連濁
・連合助言:連体格(用法の格)助詞
・断続:活用変化
・併列助言:並列(を示す格)助詞

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〈時日名言〔ジジツメイゲン〕〉(ときな)

 時日名言は年月時日の名にしてこれは物名言に属するものなれば、今殊更に名目をつけて別に出すにも及ばざらんと人皆いふべし。実に然り。然れどもこれが物名言に属してあるべきはもとよりながら、これをかの体言の分派せる物名言・形容言・助体言と三品うち並べるそれぞれのつかひかたよりいへば、この時日名言と次の数量名言とは物名言にも随ひ形容言にもしたがふべき両属のものなれば、本書にその両名言より系を引きて別に挙げたる也と知るべし。さればそのなりたちは全く物名言と同じ事にて、単称・複称の二言の外ならざる也。さるは先づ本書【谷千生著『言語構造式』3/41および4/41参照】に挙(あげ)たる語例にては〈去年〔こぞ〕〉〈今日〔けふ〕〉〈弥生〔やよひ〕〉〈二日〔ふつかのひ〕〉は複称の連合言にて〈春〔はる〕〉〈朝〔あさ〕〉は単称言なるなり。なほ其等にたぐひたるを挙ぐれば〈今年〔ことし〕〉〈昨日〔きのふ〕〉〈翌日〔あす〕〉といひ〈如月〔きさらぎ〕〉〈卯月〔うづき〕〉〈三日〔みかのひ〕〉〈四日〔よかのひ〕〉と言ひ〈夏〔なつ〕〉〈秋〔あき〕〉〈冬〔ふゆ〕〉〈夜〔よる〕〉〈昼〔ひる〕まどき〉〈暁〔あかつき〕〉〈曙〔あけぼの〕〉〈夕〔ゆふ〕〉〈黄昏〔たそがれ〕〉といふ類、なほあるべし。さればこの年月日時をいふ詞どもへいろいろなる事を冠(かむ)らせていへば皆此の時日名言に成る事にて、たとへば〈豊〔ゆたか〕なる年〔とし〕〉〈子〔こ〕の産〔うま〕れつる月〔つき〕〉〈雨〔あめ〕の降〔ふ〕りたる日〔ひ〕〉〈風〔かぜ〕の吹〔ふ〕きける時〔とき〕〉といへる類の一つづきがそれとなるなり。なほ年号なども〈明〔あき〕らけく治〔をさま〕る十〔と〕をあまり八〔や〕つの年〔とし〕〉とやうにつづきたる、また字音を嫌はぬ書(かき)かたにては〈応仁元年〔おうにんぐわんねん〕〉〈寛永〔くわんえい〕のはじめ〉などいふも皆爰(ここ)の時日名言に成るなりと知るべし。また〈世〔よ〕〉〈頃〔ころ〕〉などの詞をつけていへる〈上〔かみ〕つ世〔よ〕〉〈中頃〔なかごろ〕〉の類と〈往〔いに〕し方〔へ〕〉〈来〔こ〕し方〔かた〕〉〈行〔ゆ〕く末〔すゑ〕〉などの〈方〔へ〕〉〈方〔かた〕〉〈末〔すゑ〕〉等は、物名言の単称言の処にて言へる物の部分の名なるが、即ちここなる時日名言も日月の回転してとこしへに経ゆく間の部分の名なれば、おし通はして部分名言が時日名言にもなれる也。なほあるべけれどこれらに准(なぞ)らへて知るべきなり。

〈数量名言〔スウリヤウメイゲン〕〉(かずな)

 数量名言は〈本言〔ホンゲン〕〉(もとごと)〈附言〔フゲン〕〉(つけごと)の二言よりなりたつものにて、ある時には〈別称附言〉(ことなるとなへのつけごと)にてなる事もあるものとす。其の本言といふは〈一〔ひと〕〉〈二〔ふた〕〉〈三〔み〕〉〈四〔よ〕〉〈五〔いつ〕〉〈六〔む〕〉〈七〔なな〕〉〈八〔や〕〉〈九〔ここの〕〉〈十〔と〕〉〈百〔もも〕〉〈千〔ち〕〉〈万〔よろづ〕〉の十三言にて、附言といふは〈箇〔つ〕〉〈箇〔を〕〉〈箇〔ち〕〉の三言なり。又、別称附言といふは〈度〔たび〕〉〈條〔すぢ〕〉〈段〔きど〕〉〈品〔しな〕〉〈種〔くさ〕〉などいへるものにて、これがなほ幾等もある上に常の物名言・部分名言はさらにて、後に示すべき用体言といへるものなどもここの本言より続く時は別称附言に成る事なれば、いと広きもの也と知るべし。
 さて其の本言と附言とが相ひ寄りて数量名言となる例は、本言の〈一〔ひと〕〉より〈九〔ここの〕〉までは附言の〈箇〔つ〕〉をつけて〈一箇〔ひとつ〕〉〈二箇〔ふたつ〕〉より〈九箇〔ここのつ〕〉とまでいひ、〈十〔と〕〉は〈箇〔を〕〉をつけて〈十箇〔とを〕〉といひ、〈百〔もも〕〉は〈箇〔ち〕〉をつけて〈百箇〔ももち〕〉といひ、これと同じ事なれど〈千〔ち〕〉につけては〈千箇〔ちぢ〕〉と濁りていひ、〈万〔よろづ〕〉は本言の尾音が(づ)となるからに、〈箇〔つ〕〉をつけて(よろづつ)といふべきを略して〈万箇〔よろづ〕〉といひ、又、十の数を重ぬるときは〈十〔と〕〉を〈十〔そ〕〉と呼びかへて音便に濁りたる〈箇〔ぢ〕〉をつけて言ふ事なるが、その中にて「二十」は(ふたそぢ)といふべきを転音と略言とによりて〈二十箇〔はたち〕〉といひ、「三十」より「九十」までは〈三十箇〔みそぢ〕〉〈四十箇〔よそぢ〕〉より〈九十箇〔ここのそぢ〕〉とまでいふ事也。然るに此うちにも「五十」は(いつそぢ)とはいはず略して〈五十箇〔いそぢ〕〉といふ例なりとしるべし。又、別称附言をつけては〈一度〔ひとたび〕〉〈二條〔ふたすぢ〕〉といふ類なり。又、物名言をつけてそれにたぐふものとなるは〈一木〔ひとき〕〉〈二枝〔ふたえだ〕〉の類にて、部分名言をつけたるは〈一間〔ひとま〕〉〈二方〔ふたかた〕〉の類なり。また用体言をつけたるは〈一番〔ひとつが〕ひ〉〈二重〔ふたかさ〕ね〉の類なりとす。さて爰に示せる別称附言及びそれにたぐへるものにてしたてたるは、ひとつの連合言とも言ふべきさましたれど、本言より直ちに下言へ続きたるは皆数量名言の格にして、常の連合言にはあらざる也。されば其本言に附言をつけて一たび数量名言となりたるを物名言に属するかたよりして或る下言につづくれば、即ち常の連合言になる事にて、さるはたとへば〈一〔ひと〕つ家〔や〕〉〈三〔み〕つ栗〔くり〕〉〈五〔いつ〕つ衣〔きぬ〕〉〈六〔む〕つの花〔はな〕〉〈十〔と〕を日〔か〕〉〈百〔もも〕ち鳥〔どり〕〉〈千〔ち〕ぢの金〔こがね〕〉〈万〔よろ〕づの物〔もの〕〉などいふ類なるが、これらは即ち連合言の例によりて下言が主となるより、上言の数量名言は客となりてその効能を失ふゆゑに、物名言に属する方のものとなりて形容言に属する方のものにはならざる也と知るべし。
 さても言語には特別なる変例より成るものもある事なるが、それにつきて此條の事を一つ二つ言ふべし。〈百箇〉を(ももち)といへるは「後拾遺集」の序文また「堀河百首」の歌などに見え、たまたまは上に挙げたる(ももちどり)の如く連合言にしたるなどもあれど、おほかたは本言の(もも)を其のままにて附言をつけず連合言にする事にて、即ち(ももちどり)といふをただ(ももとり)と言ひ〈百官〉を(もものつかさ)とは言へど(ももちのつかさ)とはいはざる類にて、附言の(ち)をつけては言はざるかたなほいと多し。又〈万〔よろづ〕〉は本言にして〈万箇〔よろづ〕〉は附言をつけていへるものの略言なるよしは既に言ひ置けり。されば此の詞は甚だ紛らはしくして、〈万世〔よろづよ〕〉といふはかの別称附言をつけていへるにたぐへるかたのものなるが〈万〔よろ〕づの物〔もの〕〉といふは連合言に成りたるにて、本言の尾音の(づ)と附言の(づ)との違ひあれば、こころして書くには(づ)の字の置き所を換へねばならぬやうなるものあり。
 又、日をかぞふるには本言に〈日〔か〕〉とつけて〈三日〔みか〕〉〈四日〔よか〕〉とやうにいふ例なるが、それも〈一日〉を(ひとか)とはいはず(ひとひ)といひ、〈二日〉を(ふたか)とはいはず、これは本言の尾音を通音に転(うつ)して(ふつか)と言ひ、余は〈三日〉より〈九日〉までかはらぬ中に〈六日〉〈七日〉〈八日〉を(むか)(ななか)(やか)とは言はず(むいか)(なぬか)(やうか)とやうにいひ、又〈十日〉のみは(とか)といはずして(とをか)と附言をつけて言へり。されば連合言の例に挙げたる(とをか)はこの日を数ふるかたにはあらで月並の日をいふにて、即ち(とをにあたるひ)といふ意のかたを取れる也。されば此の詞は日をかぞふるかたのものとはまぎれてわきがたきにより外の例にて挙げまほしきを、さる例の外にあるを覚えざれば止む事を得ずして挙たる也。ただし雅言にはあらねども東海道の宇津の谷峠の麓なる名物に〈十〔と〕を団子〔だんご〕〉といふものある、ただ是のみ己が知りたるさる例なるぞかし。
 又「五十」を(いつそぢ)と言はで(いそぢ)といふよしは既にいひ置きつるが、中古にては子の産れて五十日になる祝ひを〈五十日〔いか〕〉といへれば「五十」をただ(い)とのみもいへる也。近世〈五十連音〔ゴジフレンイン〕〉を(いつらこゑ〕とよませたるは即ちこの例なり。また〈百〔もも〕〉は二百已上をいふとき〈二百〔ふたもも〕〉〈三百〔みもも〕〉とやうにいふべきものなるを、〈五〔い〕〉と〈八〔や〕〉とにつきては(ほ)とよびて〈五百〔いほ〕〉〈八百〔やほ〕〉といへり。已上にいへる外にも通常に異なるものはなほあるべし。すべて特別なる変例どもはこの数量名言に限らず諸言にわたりてもさまざまなるがある事也と心得てよろし。
 さて前條の時日名言と此條の数量名言とは詞を組たつるにつきて物名言の扱ひにするときと次條の形容言のあつかひにする時との両様ある故に、時日名言の処にて言へる如く本書には其の両言より系を引きて誌したる也としるべし。

【補説】
 谷はここでは時日名言・数量名言、今でいう数詞や序数詞とそれらの付いた名詞や名詞句を扱っている。考察は主にそれらを使用した際の音韻変化について集中している。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・(物)名言:名詞
・形容言:副詞
・助体言:助詞
・数量名言:数詞
・連合言:複合名詞
・字音:音読み
・本言:基数詞
・附言:接尾辞
・別称附言:序数詞
・用体言:動詞連用形からの転成名詞
・通音:同行音
・五十連音:五十音

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〈形容言〔ケイヨウゲン〕〉(さまな)

 形容言は体言三品のひとつにして常の物名言とは一種異なるものなりとす。さるは物名言をはじめとしてそれに属する時日名言・数量名言等はそれぞれにさしあつる物がありての名なるに、是は其等とは違ひて人の詞づかひのさまざまなるありさまを示すものにして、其の詞にさしあつる本体は無きものなり。さるは本書【谷千生著『言語構造式』4/41参照】に出したる〈又〔また〕〉〈猶〔なほ〕〉〈先〔まづ〕〉〈甚〔いと〕〉〈忽〔たちまち〕〉〈必〔かならず〕〉とある詞どもにて、其等へいちいちにさしあつる本体即ち(また)といふ物も(なほ)といふ物も無き類にてさとるべし。さればこの詞どもは〈又〉と言ふべきありさまありて(また)といひ〈猶〉といふべき形容ありて(なほ)といふまでにて、其詞にさしあつる本体は無く、ただ言語を組み立つる時のありさまにさまざまある其の形容の名即ち(さまな)といふものなるなりとしるべし。
 然るに是等にも単称言・複称言の差別はある事にて、それをここに挙げたるものにて言はば(また)(なほ)(まづ)(いと)の如きは単称言にて(たちまち)(かならず)の如きは複称言なる也。さてこの複称といへるかたはいかなるわけにて然(し)か言ふぞとなれば、其の詞の起れるもとは月の出る時によりて名をわけて〈立待月〔たちまちづき〕〉〈居待月〔ゐまちづき〕〉〈寝待月〔ふしまちづき〕〉などいへる事ある、その(たちまちづき)は「立ちて待つ間に出る月ぞ」といふ意なるより、速〔すみ〕やかなる事にとりなして(たちまち)といふ形容言は出来たり。また漢字に書けば不(レ)有(レ)仮とやうに書くべき〈仮〔か〕りならず〉といふ詞は「かりそめならぬ」といふ意なれば、確〔たし〕かなる事にとりなして(かならず)といふ形容言は出来たるなり。かかれば右の二言は其の複称言たるを知るべきなり。ただし此の形容言はその単称・複称をいちいち差別するにも及ばず、又其の語原を委しく解訳せねばならぬと言ふわけもなければ、ただそれぞれの語意を知りわけてそのありさまによくあたるやうにつかふまでにて事足るものとす。
 さてここにことわり置かん、〈仮〔か〕りならず〉を(かならず)といふやうに〈仮里〔かり〕〉の(り)を略(はぶ)きて〈仮〔か〕〉とのみ言ふは、(かり)はもと作用言なれば其処にて示す如く、本言の(か)をつかひて活言の(り)を略きたるものにて、其例は〈宿〔やど〕る〉〈淀〔よど〕む〉の(る)(む)を略きて(やど)(よど)とのみ言へる類なる也。然るにたまたま〈仮〉の字は其字音をも(か)と呼ぶゆゑに(かならず)の(か)は字音にていはゆる〈湯桶〔ゆとう〕〉よみなりなどとはいふべからぬものとしるべし。かくて上に挙げたる詞のうちにてすこし異なる用格なるものは「甚」の字をあてて(いと)と読(よま)せたるものにて、是を(はなはだ)と読みても同じ事にて、これは自余の形容言とは違ひて形状言のみへかかるものとす。さるはたとへば外の詞どもは〈又見〔またみ〕る〉〈猶言〔なほい〕ふ〉などと〈見〔み〕る〉〈言〔い〕ふ〉の類なる作用言へかかる事なるを、かれは〈甚善〔いとよ〕し〉〈甚悪〔はなはだあ〕し〉などと〈善〔よ〕し〉〈悪〔あ〕し〉の類なる形状言のみへかかりて作用言へはかからぬもの也。是れ形状言の形容をいふ一種の詞なりと知るべし。
 さてここの形容言にて本書に出したる語例の外を今すこし挙ぐれば(さすが)(うべ)(もし)(よし)(いざ)(いで)〈専〔もはら〕〉〈頗〔すこぶる〕〉〈寧〔むしろ〕〉の類、なほ幾等もあり。又、助言の(て)を添へていへるは(あへて)(かねて)(なべて)(まして)の類、(に)を添へていへるは(さらに)(ことに)〈密〔ひそか〕に〉〈確〔たしか〕に〉〈愗〔なまじひ〕に〉の類、また詞を重畳して言へるは(いよいよ)(さらさら)(さまざま)(なかなか)(まにまに)の類なりとす。かくて(いと)をかさねて(いといと)といふを又略(はぶ)き約(つづ)めて(いとど)といへるがありて、この二つはかの例にて形状言へのみ続くなど言語の格のおごそかなるを思ふべし。さてここにをさむべき語どもは右の外に幾等もあれど、准(なぞ)らへても知りぬべければことごとくは挙げざる也。さてもこの形容言は体言三品のうちなれども、はじめに言へる如くにて物名言とは詞のなりたちの違ひたるのみならず其のつかひかたにも違ひある事は、間言格の処に解けるを見て知るべし。

〈不定言〔フテイゲン〕〉(うかめな)

 不定言は形容言に属するものにて、事物をそれとさし定めず浮かめて言ふ称呼なりとす。其の基言とするものは本書【谷千生著『言語構造式』4/41参照】に出せる〈何〔なに〕〉〈幾〔いく〕〉〈誰〔たれ〕〉の三言にて、それは本書なるその用格の所【谷千生著『言語構造式』33/41参照】にことわりてある如く、(なに)は物を定めずして言ひ(いく)は数を定めずしていひ(たれ)は人を定めずして言ふものなり。さて此の不定言をばこれまで疑辞なりとして語学家のこれかれとさだめあへりしは委しからぬ事にて、右の詞どもに疑ふ意は更に無きなり。かくてまことの疑辞といふべきものは助体言のうちにある疑問助言なる(か)(や)の二つなりとす。さればそれにて此の不定言を扱ふとき、はじめて疑ふ意ある詞とは成る也と知るべし。さて夫等の事は用格の処にて解き示すべければ略して、ここには本書に出せるもののおほかたを言ふべし。
 (なに)を決定助言の(ぞ)また第七間格助言の(と)に受けて(なにぞ)(なにと)といふ事あるを、或る時はその(に)を略して(なぞ)(など)とも言ふなり。又(いく)は数を定めず言ふ詞なるからに数量名言の本言にたぐふべきものにて、その附言の〈箇〔つ〕〉を添ふるか又は物を合称する詞の〈等〔ら〕〉を添ふるかして〈幾箇〔いくつ〕〉〈幾等〔いくら〕〉とやうに言はざれば語をなさぬものとす。さてまた〈于〔ばく〕〉といふは数量の凡そをさせる詞にして、其実は〈計〔ばかり〕〉の転化せるものならんかと思はる。さるは(ばかり)は(はかる)にて、その(かる)を縮(つづ)むれば(く)となるより(はく)と言へる詞は出来たるなるべければ也。されば其の(ばく)にて(いく)をうけて〈幾于〔いくばく〕〉といふは即ち〈幾等計〔いくらばかり〕〉といふと同意なる事を知るべきなり。又〈幾十〔いくそ〕〉といへる(そ)は数量名言の処にていへる如く〈十〉の(と)を唱へかへたる詞にして数の多きをさせる也。これにまた(ばく)をも添へて〈幾十于〔いくそばく〕〉ともいふは、大数の凡そをいへる也と知るべし。かくておもふに〈等〔ら〕〉〈于〔ばく〕〉の二つは数量名言なる別称附言の類にして、(いくら)(いくばく)といふは〈幾度〔いくたび〕〉〈幾品〔いくしな〕〉などいへるに同じ事なるを知るべし。
 又(たれ)を決定助言の(ぞ)また疑問助言の(か)に受けて(たれぞ)(たれか)と言ふ事あるを、或る時はその(れ)を略して(たぞ)(たが)ともいふなり。さて爰(ここ)にことわり置かん、上にいへるやうに(なにと)を略言すれば(など)となり、ここには(たれか)を略言すれば(たが)となると言へる(と)(か)は清音なるに、然(し)か略言するときは(ど)(が)と濁音になるはいかなるわけぞといふに、その省略するものは即ち奈行音の(に)と良行音の(れ)とにて、五十音中に奈・良・万の三行音は濁りては唱へられぬことながら、おのづから濁りを含みてある奇態なる音どもなるからに、それらの音を略(はぶ)くときはその含みたる濁りが現はれて下言へ移りたる妙理なる事を知るべき也。さてまた略言なる(たが)のかたはなほ心得べきことあり。ここに言へるは疑問助言の(か)が略言せる後に濁りて(たが)と成りたるもの也。然るに(たれ)を主格助言の(が)に受けて(たれが)といふべきとき、これも又(れ)を略して(たが)といふ事あり。かくて見れば同じ詞にして然(し)か両様あるは甚だ紛らはしきものとすべし。然れども此処が語格を知るの術にして、主格助言と疑問助言とにはいちしるきわかちあるゆゑに、古歌などにても(たが)といふ詞あるときはその前後の扱ひによりていづれのかたにつかひたるかは判然として知らるべきなり。
 さてまた(いく)と(なに)とを合せて(いくなに)と成る其の(くな)を約(つづ)むれば(か)となるよりして(いかに)といふ詞が先づ出来たるに、それをまたひとつの助体言なる(て)と疑問助言なる(か)とに受けて(いかにて)(いかにか)となるを、上にいへると同じ事に(に)を略し下言へ濁りをうつして(いかで)(いかが)といふ詞は出来たる也と知るべし。ここにことわり置かん、すべての不定言を疑ひことばにするには疑問助言の(か)にて受けてする事なるが、ここに言へる(いかが)とかの(たれか)の意なる(たが)との二つはもと疑問助言にて受けたるものの転じて成れるなれば、再び疑問助言にては受けざるものとす。かかるは皆語格の厳かなるを知るに足るものにて、その委しき事は助言転置格にて疑問格より成るものを示すを見て知るべし。
 また(いかに)をいたく省略したる(い)といふ詞より〈時〔とき〕〉の略言なる(と)をその同音なる(つ)に通はしたるものへ続けて〈何時〔いつ〕〉として、時を定めずいふ詞とせり。さて(とき)を(と)とのみいへる例は(ときばかり)を(とばかり)といへるにて知るべく、その(と)を(つ)になしたるはいはゆる通音転用の例なりと知るべし。又、右の(いつ)とはすこし違ひて、かの省略なる(い)に補言の(づ)を添へて(いづ)と成るを〈路〔みち〕〉の略なる(ち)また〈方〔かた〕、また〈等〉の字を填(うづ)むべき(ら)(れ)、また〈処〔ところ〕〉にあたる〔く)〔こ)に受けて〈何路〔いづち〕〉〈何方〔いづかた〕〉〈何等〔いづら〕〉〈何等〔いづれ〕〉〈何処〔いづく〕〉〈何処〔いづこ〕〉ともいへり。さてもはじめより是までが本書に出せる詞どものおほかたなりと知るべし。
 されば已上のものをもとにしていろいろにつかふものにてその一つ二つをいはば、(いかに)の(いか)より助体言なる間格第六言中の(ほど)(ばかり)又(さま)などいふへ続けて(いかほど)(いかばかり)(いかさま)といひ、又(いかで)を重ねて(いかでいかで)といへば希求する意になり、又(いつ)を疑問助言の(か)にて受(うけ)たる間へ間称助言の(し)を入れて(いつしか)と言ひたるがひとつの詞となりて、(いつかいつか)と待つ意にもなり(いつのまにやら)とおもひがけぬ意にもなる等の事あり。又(いか)と(いかが)とは助用言なる第二畢言へ活(はたら)かして(いかなら)(いかなり)(いかなる)(いかなれ)と言ひ、(いかがなら)(いかがなり)(いかがなる)(いかがなれ)と続けてもいへるなど、なほさまざまなる変化はある事也としるべし。
 そもそもこの不定言は事物をそれとさし定めずしていふ詞なるが、それを疑問助言にて受くればうたがひことばと成るといふよしは既にいへるを、またその(か)にて受けずしてなほ然(し)か受けたる格になりて不定言がそのままに疑ふ意をもてるものと成る事ありて、いと紛らはしきものあり。是ぞこれまで不定言をば疑辞なりといひ来たりしもとなるめれどそれはわろきよし、又この不定言をつかひたる疑問格にて疑問助言の居処を換ふる助言転置格といふしかたをなすとき、疑問助言の(か)の変化したる(や)ありて、その(か)は必らず不定言より下に置き、その(や)は必らず不定言より上に置くといふさだまりの事など、それぞれの処にて委しくいふを見て知るべし。

【補説】
 ここで谷は形容言一般と不定言を扱っている。形容言は主に今でいう副詞であるが、例中の「いざ」だけは今でいう感動詞であり、末尾に「語例の外(例外)」として挙げている〈密〔ひそか〕に〉〈確〔たしか〕に〉〈愗〔なまじひ〕に〉は今でいう形容動詞である。
 不定言はいわゆる疑問・不定の副詞である。疑問文についてはここでは軽く触れられるにとどまり、本書下巻79/155「助言転置格」および同90/155「不定言用格」で詳説される。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・形容言:副詞
・体言:活用のない語
・物名言:名詞
・数量名言:数詞
・形状言:形容詞
・作用言:動詞
・格:規則性
・不定言:不定語
・称呼:単語
・用格:用法
・疑辞:疑問語
・疑問助言:疑問の係助詞
・決定助言:強意の係助詞
・別称附言:接尾辞
・主格助言:主格(の格)助詞
・語格:語法
・助体言:助詞
・助言転置格:係り結び
・通音:同行音
・補言:接尾辞
・助用言:助動詞
・畢言:完了の助動詞

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〈指示言〔シシゲン〕〉(さしな)

 指示言は一つづきの言語にて、前に言ひ置きたる事を後に指示する詞なりとす。然して其のなりたちは数量名言の如く〈本言〉〈附言〉よりなるものにして、本言は〈彼〔あ〕〉〈彼〔か〕〉〈其〔そ〕〉〈此〔こ〕〉の四つにて、これに附言の(れ)を添へて(あれ)(かれ)(それ)(これ)となるが全言なる也。此の全言は形容言の如くもつかへど、先づ物名言の扱ひにするが普通なるなり。さるは助言の(が)(を)(に)(の)などにて受けて(あれが)(かれを)(それに)(これの)といふ類にてしるべし。
 然るにまた本言よりもこの助言どもに受(うく)る事あり。然れども先づ(あ)(か)は狭くして(そ)(こ)は広きが如く、又は広狭いり交じりたるが如し。さるはここに挙げたる四つの助言にていはんに、全言はいづれにても受くれど、本言よりすれば(が)は(あ)(か)(こ)を受けず(そ)をのみ受けて(そが)といひ、(を)は(あ)(か)を受けざれども(そ)(こ)を受けて(そを)(こを)といひ、(に)は(あ)(か)(そ)(こ)ともにうけざれども、(の)はまた皆を受けて(あの)(かの)(その)(この)ともいふ類にてしるべし。さて(の)と受けたるものは、もと物名言の処に示せる連合の第四言にすべきものの半体、即ち上言を連合助言の(の)にてうけたるものなれば、その実は下言をつけて〈彼〔あ〕の山〔やま〕〉〈彼〔か〕の人〔ひと〕〉〈其〔そ〕の事〔こと〕〉〈此〔こ〕の物〔もの〕〉とやうに言はざれば語をなさぬものなる也。然るを今世普通の漢字のよみかたに、〈其〉は(その)〈此〉は(この)と読まするはあたらぬ事にて、(の)は助言なるを知らざるなるべし。ただし漢字を訓ずるは別なるものにて、己は〈其〉〈此〉を本言の(そ)(こ)にあたるものとしたれども、読方にて〈其〉を(それ)とも(その)とも、〈此〉を(これ)とも(この)ともよませ、或は〈其〔そ〕も〉〈此〔こ〕は〉など傍仮字して書きて、ここにいふさだめに叶ひたるもあり。また「万葉集」には〈此〉の字を書きたるに(この)とも(かの)ともよむべき処あるなど、すべて(あ)(か)(そ)(こ)が本言にて漢字は借りたるなれば、泥(なづ)むべからぬものと知るべし。
 かくてその本言より〈処〔こ〕〉へつづくるに、(あ)(か)は補言の(し)を入れ、(そ)(こ)はそのままにつづけて、〈あし処〔こ〕〉〈かし処〔こ〕〉〈そ処〔こ〕〉〈こ処〔こ〕〉といひ、又連合の第四言のしかたにて〈方〔かた〕〉といふへつづけて(あのかた)(かのかた)(そのかた)(このかた)といふべきを、(のか)の約(つづま)りは(な)となるよりして、(あなた)(かなた)(そなた)(こなた)とつづめて言へり。また助言の(は)(も)にて全言を受くるはもとよりなるが、また本言をも受くる事なるを、(は)のかたは(あは)(かは)(そは)(こは)といへど、(も)のかたは、(そも)(こも)といひて(あも)(かも)とはいはぬかと思はる。ただし(かも)のかたは(かくも)に対(むか)へて(かもかくも)といへれば、もしはさもいはるるにや。されどこれは又(かにかくに)ともいはれて普通ならぬ例なれば、なほさはいはれぬかたなるべし。
 さて此の四つの本言は(あ)(か)(そ)(こ)の対格とて、(あ)(か)(そ)の三つはいづれも(こ)の一つの対するものにて、全言もてこれをいはんに(あれ)と(これ)とを対(むか)ひ合せて(あれこれ)といふ如くに(かれこれ)(それこれ)も一対に言ふ詞なる也としるべし。然して其の語意をいへば(こ)に対して(あ)(か)は遠くむかひ、(そ)は近くむかへるなり。又遠くむかへる方には親疎ありて、(あ)は親しきに言ひ(か)は疎きにいふなり。此等の意味はただ然(し)かいへるのみにては解し難かるべけれど、それぞれに対(むか)へて言ひ試みれば、おのづからにさる意なる事の悟らるべし。それも遠近のかたはややたしかなれども親疎のかたはかすかなれば、判然しがたからんと思ふのみ。
 さてここに又(そ)(こ)より転化せる指示言のある事を言はむ。さるは(そ)は佐行音なるからその通音中にうつして(さ)といふあり。また同じ事にて(し)となるには、補言の(か)を添へて(しか)といふあり。又(こ)は加行音なるからその通音にうつして(か)となるに、補言の(く)を添へて(かく)と言へるありて、已上(さ)(しか)(かく)の三言は本言の(そ)(こ)より転化したるひとつの指示言にて、あらゆる作用言・形状言へ続用するものなりとす。それは〈さ言〔い〕ふ〉〈しか為〔す〕る〉〈かく清〔きよ〕し〉など、なほさまざま言はるるにて知るべし。さればこれが続用する方より良行変格活の(あり)といふ詞へつづけて〈さあり〉〈しかあり〉〈かくあり〉となる、上の二つは(あ)を略(はぶ)き、下の一つは(くあ【原書は「あく」。誤記として訂正】)を約(つづ)めて(か)となるを、直ちに(ら)(り)(る)(れ)と活用する本言のやうにして、(さら)(さり)(さる)(され)・(しから)(しかり)(しかる)(しかれ)・(かから)(かかり)(かかる)(かかれ)といふ用言なる指示言は出来たり。
 又(かく)と(さ)とはひとつの助言なる(て)にて受けて、(かくて)(さて)と言ふなり。此の(て)は助体言のうちなる間格第三次助言の(にて)といへる(て)の類にて、助用言なる竟言の(て)とは違ひ、活用せざる一格のもの也としるべし。この転化せる指示言即ち(かか)(さ)(しか)の三つが活用する事を、本書にはそれより線を引きて『これより良行変格活へはたらきて用言となる』と誌したるなり【谷千生著『言語構造式』5/41参照】。
 さてここに因(ちなみ)にいひ置かん、今世の手紙の文に前文を受けて〈右様〔みぎやう〕〉〈右之通〔みぎのとほり〕〉など書き、後文をさして〈左之如〔さのごとく〕〉〈左之通〔さのとほり〕〉とやうに書き習へるは指示言に似たれども、もと〈左右〉といふ詞にてわけたるにて指示言にてはなし。然るにそれにたぐひたるやうにて〈左様候得者〔さやうさうらへば〕〉といへるありて、〈左様〉たるから後文をさせるものかとおもふにさは無くて、必ず前文を受けたるものなるはいかなるわけかといふに、こは上に示せる転化よりなれる(さ)といふ詞に字音の〈左〔さ〕〉を借りたるものにて、是は全くの指示言なりと知るべし。また、かの形容言のうちには此指示言より出でたるものありて、〈即〔すなはち〕〉〈故〔かるがゆゑに〕〉などの類なるが、(すなはち)は〈其〔そ〕の直〔ただ〕ち〉といふ意にて、(かるがゆゑに)は〈斯〔かか〕るが故〔ゆゑ〕に〉といふ意なるなり。又(かるがゆゑ)といふうちの(るがゆゑ)の四文字を反切法の三重かへしにして(れ)と約(つづ)めて(かれ)とすといへる事あり。此の事のあたれりや否やは知らざれども、(かれ)を古言なりとして「古訓古事記」にも〈故〉を然(し)かよませたれば、ついでに初学の為に知らせ置くのみ。かかる類をあなぐり索(もと)めばなほ幾等も言ふ事はあるべけれど、うるさければ誌さず。

【補説】
  ここで谷は指示言、今でいう指示語を扱っている。
  以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・指示言:指示語
・数量名言:数詞
・附言:接尾辞
・形容言:副詞・感動詞など
・物名言:名詞
・助言:付属語
・連合:複合
・連合助言:連体格(の格)助詞
・通音:同行音
・作用言:動詞
・形状言:形容詞
・続用:接続
・用言:活用(する)語
・助体言:助詞
・竟言:完了の助動詞
・字音:音読み

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〈助体言〔ヂヨタイゲン〕〉(すわりでには)

 助体言は体言三品のひとつなるが、その相並びたる物名言・形容言とは大に異なるものにして、其の性質をいへば前條までに示せる詞どもと後條の用言なる作用言・助用言・形状言とをもて言語を構造するとき、彼と是との間にありて語格を定むるとりもちをなすもの即ち〈媒介言〔バイカイゲン〕〉(なかだちごと)ともいふべきものなりとす。これをば今世には(てにをは)とも(てには)とも言へり。こは経書のよみかたに〈ヲコト点〔テン〕〉といへるものあるより出でたる名にて、多くあるその同類の詞どものうちより著明なるもの、即ち(て)(に)(を)(は)の四つを取り出でて呼びたる也。かくよびたるは、かの平仮名の四十七文字をそのはじめの文字によりて(いろは)と呼べると同じ意の名なるなり。さてこれは然(し)か言語の構造即ち詞の組たてを助くるものなるからここには助言と呼び、又其の字を(てには)とも読まする事なるが、その助言には体言なると用言なるとの二品ありて、それが一つなることばじりの働くかたを「助用言」といふに対(むか)へて、今一つなることばのすわりたるかた、即ちここなるを「助体言」(すわりでには)とはいふ也かし。かくて其の類を三別して「名格助言」「備格助言」「整格助言」とし、此の三格に随ふものにて小別したるさまざまなる助言のある也と知るべし。

〈名格助言〔メイカクヂヨゲン〕〉(なのうちにつかふてには)

 名格助言は助体言三別のひとつなり。そもそも助体言といふものは前條にて言へる如く言語構造の媒介言にして、詞を組み立つる時ならでは入用ならざる也。さて其の詞を組みたつるといふは物名言と作用言とを組み合(あは)するにて、後に示す処の備言・整言・変化言なる三様のしかたをなすもの也。されば助体言は夫等の事に入用なるがもちまへなるは言ふまで無きを、其の三別のひとつなる此の名格助言のみは一種特別のものにて、組み立ての上には入用ならずして、名格とていまだ言語にならぬまへの称呼中につかふものにて、これに二品ある事左の如し。

〈連合助言〔レンガフヂヨゲン〕〉(あはせなにつかふてには)〈の〉 〈同第二助言〉〈が〉

 右の(の)(が)は、物名言なる複称のうちにて連合第四言につかふものなりとす。即ち其の処に示し置けるにて知るべし。

〈併列助言〔ヘイレツヂヨゲン〕〉(ならべなにつかふてには)〈と〉

 右の(と)も同じ事にて、これは物名言の複称のうちなる併列第二言につかふものとす。是もその処に示し置けり。さればこの名格助言どもは詞の組み立てにつかふものならぬ一種の助言なれどもさすがにそのつらにあるものなれば、単称なる物名には関係無くして、複称とて幾分の組み立ての意味をもちたる連合・併列の両言につかふものとなれるは、おのづから言語構造法の理に叶へる事を知るべし。

【補説】
 ここで谷は助体言(今でいう助詞)と助用言(今でいう助動詞)を助言(今でいう付属語)と一括して「(今でいう自立語、特に体言と用言の間で)語格を定むるとりもちをなすもの」「言語の構造即ち詞の組たてを助くるもの」とその機能を定義している。さらに助体言を三分し、名格助言として「が・の・と」を挙げ、複称言を作る働きをするとしている。今でいう格助詞の連体用法と並列用法である。
 以下、用語対照表を示す(左 本書独自の用語:右 現在の一般的用語)。
・助体言:助詞
・体言:活用のない語
・物名言:名詞
・形容言:副詞・感動詞など
・作用言:動詞
・助用言:助動詞
・形状言:形容詞
・助言:付属語

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