元禄笑話
凡 例
1:底本は『元禄笑話』(露の五郎兵衛原著・上野竹次郎編著。1927年刊。国会図書館デジタルコレクション)です。
2:底本の仮名遣いはそのままとし、旧漢字とかなの踊り字は現在通用の漢字・かなに改めました。
3:ふりがなは必要最小限加えてあります。
4:誤植・脱字等が強く疑われる場合を含め、一切訂正を加えていません。
5:現在では差別的とされる表現も、原典を尊重し一切変更を加えていません。ご了承願いますとともに、取り扱いには十分ご留意願います。
5:現在では差別的とされる表現も、原典を尊重し一切変更を加えていません。ご了承願いますとともに、取り扱いには十分ご留意願います。
6:「落語滑稽本集」(近代日本文学大系 第22巻 1928年 国民図書刊(国会図書館デジタルコレクション))所収『軽口露がはなし』に収録されている話については、目次に同書の巻号-話号を補記しました。
元禄笑話
贅 言
一 本集の話、一も編者の意に出でたるに非ず。即ち左の三書中より、百二十六題を抜瘁したるものなり。
一 元禄四年版『軽口露がはなし』五冊。元禄十一年版『露新軽口ばなし』五冊。宝永二年版『軽口あられ酒』五冊。而して是れ孰れも、露の五郎兵衛の話を集めたるもの。前二者は作者在世中の開版に係り、後者は即ち其死後に成る。
一 露の五郎兵衛は京都の人。貞享、元禄の間、軽口、頓作の巧妙を以て、洛の内外に鳴る。常に北野、清水の縁日に出で又四條磧、糺森の納涼等に出でて、辻噺をなし、行人をして其頤を解かしむ。実に此人を以て、辻噺の元祖となす。当時、五郎兵衛を称して、都の名物男となし、老若の間に持囃さる。後頭を円め、名を露休と改め、又雨洛とも称せり。元禄十六年五月九日没す。年六十一なりきと。
一 本集を元禄笑話集と題したる、其話の内容、概ね作者当時の事のみなればなり。
一 原作は最も不規則なる文章なるを以て、本集は聊か之を繕ひ、其語格、仮字遣等の誤謬は悉く之を改めたり。
然れども夫れが為に、原作の趣向を改竄するが如きことは一切なし。而も口語の如きは猶其当時の言葉訛等、其儘に存せり。是れ今の語に改めて、為に反つて其実情を殺がんことを恐れてなり。
一 当時の風俗、方言其他全く現時と其容子異なれるものには、一々之が註を加へたり。是れ亦聊か童蒙の為に、当時の俗を知らしめんとてなり。
一 作者露の五郎兵衛は、もと京都の人。其話は殆ど同地の事にのみ属す。本集中、唯僅に一つの江戸の事と、二つの大阪の事とあるのみ。
癸丑三月朔清水や地主の花を偲びつつ於僑居
雍州浪生鈍 又識
校訂者注)「江戸の事」は「91 馬に乗れぬ医者」、「大阪の事」は「32 道頓堀にて巾著切を捕ふ」「105 一息に備前」である。
自 叙
滑稽と謂ひ、可笑味と謂ふ。是れ故意に出でたるものの謂に非ず、即ち自然の発生に因るものの謂たるなり。人生の事たる、徹頭徹尾真面目ならざる可からず。爾り、滑稽は、実に其最も真面目なる裡に発せらるるものたらずんば非ざるなり。
而も滑稽は、天真なり、没我なり。爾り、其天真、其没我、吾人の最も愛する所、最も喜ぶ所なり。而して之を強ひ覔むるに至つては、吾人即ち取らざるなり。亦彼の地口駄洒落クスグリ等に至つては、是れ劣の劣なるもの。吾人寧ろ慊厭の感無き能はず。而も可笑味其物も、猶其人の趣味如何に因る。然ればとて、是等を以て即ち滑稽とせん歟。滑稽も亦、実に堕落せりと言ふべし。
茲に人あり。常に他人に譲らず。他人、面を冒して説くも、一切聴かず。更に強ふ。更に聴かず。最後に至つて平然一番「ウンさうだ」と無造作に人に降る。而も今の争に関せざるものの如し。為に他人往往呆然たり。何ぞ其淡泊にして没我なる。而も此人の言行たる、一も真面目ならざる無し。而して其最も極端に真面目なる所最も滑稽なり。吾人常に此人の為に頤を解く。
又あり。一少年あり。余の物を筆するを見て、忍の字を指して「バズ」ならずや、と問ふ。余、頭を掉つて然らざるを答ふ。少年稍々声を張つて更に「バズ」なりと断ず。余、其故を問ふ。彼曰く「不忍」の「バズ」なりと。余、思はず一笑す。彼れ可憐なる無我の一少年は、得得として出去れり。何ぞ其無邪気にして滑稽なる。是れ亦一場の佳話たるの価値なしとせんや。吾人の即ち滑稽として、之を愛し、之を喜ぶ所のもの、皆此類たるなり。
滑稽を以て人に售る所謂ボテ鬘式ニハカなるものを見よ。何人も其俗悪汚穢、見るに忍びず、殆ど嘔吐を催さんとす。落語家の駄洒落・地口の乱発、亦聞くに堪へざるものあり。而して是等俗悪卑陋なる笑を以て満足し得るが如き没趣味漢には、到底真の滑稽趣味は解し得らるべくも非ざるなり。否、斯る殺風景漢の劣情寧ろ滑稽而已。
而も観じ来れば、唯是れ一の走馬灯の浮世、社会は一面より滑稽的活人画とも言はば言はるるものなり。但夫れ人の世に処するや、徹頭徹尾真面目ならざる可からず。而も其真面目即ち他観に滑稽なるあり。愛す可き哉、滑稽。喜ぶ可き哉、滑稽。爾言ふ己の業も亦、是れ他観に滑稽千万たる歟。呵呵。
大正二年癸丑三月 鈍識
元禄笑話 目次
01 下座違ひ:3-16
02 児の摘喰ひ:3-15
03 始めて呼ばれし祇園会の客:4-1
04 金剛の念仏講:4-2
05 焚物の取違へ:4-4
06 嘘講の参会:4-5
07 物の哀れは人の行末:4-6
08 印判屋の息子:4-7
09 船の仕方:4-8
10 文盲なる者仔細を習ふ:4-9
11 灸下しの沙汰:4-10
12 花見の提灯:4-13
13 悋気話し:4-14
14 文盲なる田舎侍書付を批判す:1-1
15 恥を祝ひ直す:1-15
16 推量と違うた:1-12
17 一家中の物語:2-8
18 親も閉口:2-6
19 藤の丸が膏薬:2-3
20 放し鳥の沙汰:2-4
21 苦しみも品に依りけり:1-20
22 卑怯者の喧嘩:2-16
23 綺麗好:2-15
24 欲ふかき姥:2-12
25 風呂入り:2-11
26 疱瘡の養生:2-9
27 道化者が挨拶:2-10
28 順礼と捨児:4-17
29 嘘説にもせよ小気味の好い話し:5-1
30 葬礼の七五三:5-2
31 古法眼の二幅封:5-3
32 道頓堀にて巾著切を捕ふ:5-4
33 性悪坊主:5-5
34 此碁は手見せ禁:5-6
35 伊勢へ抜参り:5-7
36 恵比須講の書状:5-10
37 知らねば是非なし江戸の島原京の島原:5-13
38 欲深き長老:5-14
39 小間物屋の覚帳:5-16
40 十夜の長談義:5-17
41 百万遍の万日参り:3-7
42 人より鳥が怖い:3-6
43 盲目の頓作:3-3
44 嗇き坊主の若衆狂ひ:3-8
45 塩打豆:3-2
46 御霊大明神に福を祈る:3-1
47 親父が働き三国一:1-19
48 羨ましきは食物の火事:1-18
49 蛸薬師への日参:2-5
50 京の某丹波へ婿入り:1-2
51 筆まめなる書付:1-3
52 重言苦しからず:1-6
53 茶といふ語を利口に取直す:1-5
54 河陥り
55 邪推者
56 夜食の飯鉢
57 小謡好き
58 鳥指し
59 今業平
60 一杯機嫌
61 弱き者の喧嘩
62 嗇き親父
63 掛物の批判
64 親子倶に足らぬ
65 水仙を知らぬ人
66 短気なる浪人
67 米屋の番頭
68 粗怱なる医者
69 磔刑者に意見
70 碁に危がる人
71 息子の自慢
72 犬の呪禁
73 碁に助言
74 親父の頓作
75 案じぬ事
76 足らぬ男
77 紺屋へ使に遣る
78 間に会ひなる年寄
79 謡初め
80 下馬札
81 何も知らぬ男
82 商売露はる
83 阿房なる丁稚
84 子供の軽口
85 小癪なる子供
86 反対
87 粗怱者二人
88 福の神には油断ならぬ
89 柴売の言訳
90 移渉祝儀の使者:3-9
91 馬に乗れぬ医者
92 子の自慢過ぎたり
93 昨夜の蚤
94 喜蔵魚を洗ふ
95 元日の粗怱
96 倥侗者加茂の競馬に餅を売る
97 願はぬ事
98 伽羅の油
99 山伏露はる
100 河流れは拾ひ勝
101 戒名
102 棚吊り
103 謎々
104 無筆なる親父
105 一息に備前
106 了簡違ひ
107 楊貴妃露はる
108 鉢坊主の頓作
109 八百屋の島原通ひ
110 親父の小謡
111 田舎者色里へ行く
112 朝寝
113 手の相と足の
114 変った買物
115 当流の謡曲
116 田舎者三條の宿屋
117 観音のオンの字
118 悪推なる眼一
119 矢張り被ってござれ
120 利口過ぎたる小性
121 表札
122 薬喰ひ
123 賢うない人
124 無言
125 男自慢
126 眠い上の眠さ
目次 終