一 銀一匁の講中
「人の分限になる事、仕合せ。」と言ふは言葉。誠は、面々の智恵才覚を以て稼ぎ出し、その家栄ゆる事ぞかし。これ、福の神の恵比寿殿のままにもならぬ事なり。
大黒講を結び、当地の手前よろしき者ども集まり、諸国の大名衆への御用銀の貸し入れの内談を、「酒宴遊興よりは増したる世の慰み。」と思ひ定めて、寄合座敷も色近き所を去つて、生玉下寺町の客庵を借りて、毎月身代詮議にくれて、命の入り日傾く老体ども、後世の事は忘れて、只利銀の重なり富貴になる事を楽しみける。
世に金銀の余計ある程、よろづにつけてめでたき事、外になけれども、それは二十五の若盛りより油断なく、三十五の男盛りに稼ぎ、五十の分別盛りに家を納め、惣領に万事を渡し、六十の前年より楽隠居して、寺道場へ参り下向して、世間向きのよき時分なるに、仏とも法とも弁へず、欲の世の中に住めり。死ねば、万貫持つても帷子一つより、皆浮世に残るぞかし。この寄合の親仁ども、二千貫目より内の分限、一人もなし。
又、近年我々が働きにて、わづかなる身代の者ども、金銀を仕出し、二百貫目、三百貫目、或いは五百貫目までの銀持ち、二十八人語らひ、一匁講といふ事を結び、毎月宿も定めず、一匁の仕出し飯を誂へ、下戸も上戸も酒なしに、遊び事にも始末第一、気の詰まる穿鑿なり。朝から日の暮るるまで、余の事なしに身過ぎの沙汰。中にも、貸し銀の慥かなる借り手を吟味して、一日も銀を遊ばさぬ思案を巡らしける。
この者どもが手前よろしくなりける初め、利銀取り込みての分限なれば、今の世の商売に、銀貸し屋より外によき事はなし。然れども、今程は見せかけのよき、内証の不埒なる商人、大分借り込み、拵へて倒れければ、思ひも寄らぬ損をする事、度々なり。されども、人を気遣ひして金銀借さずにも置かれず。
「随分内証を聞き合はせ、この仲間は互に様子を知らせ、向後は貸し入れを致すべし。」「いづれも、かく言ひ合はすからは、出し抜きに合はし給ふな。」「さあらば、各々心得のために、当地で定まつて銀借る人を一人一人書き出し、細かに詮議して見るべし。」「これ、尤もなり。」「まづ、北浜で何屋の誰、財宝諸色かけて、七百貫目{*1}の身代。」と言ひ出れば、「その見立ては格別。八百五十貫目の借銀。」と言ふ。この有り無しの相違に、一座の衆中、肝を潰し、「ここが大事の穿鑿。両方の思し召し入れ、篤と承り、人々の心得のため。」とぞ聞きける。
「まづ、分限と見たる所は、去々年の霜月に、娘を堺へ縁組せしに、諸道具、今宮から長町の藤の丸の膏薬屋の門まで続きし後から、十貫目入り五つ、青竹にて揃への大男にさし担はせ、そのまま御祓ひの渡る如し。外にもあまたの男子あれば、余計なくて娘に五十貫目は付けまいと思ひまして、嫌と言ふものを、無理にこの三月過ぎに二十貫目預けました。」と言はるる。「さてさてお笑止や。その二十貫目が、一貫六百目ばかりで戻るで御座ろ。」と言へば、この親仁、顔色変はつて、箸持ちながら集め汁喉を通らず。「今日の寄合に口惜しき事を聞きける。」と、様子を聞かぬ内から涙をこぼされける。
「とてもの事に、その内証が聞きたし。」「されば、その聟殿方も、よくよくせはしければこそ、芝居並の利銀にて何程でも借らるるなり。この利をかきて、芝居の外、何商売して胸算用が合ふと思し召すぞ。十貫目箱一つは、金物まで打つて三匁五分づつ、十七匁五分で箱五つ。中には世間に沢山なる石瓦。人の心ほど恐ろしきものは御座らぬ。両方の外聞、見せかけばかりに内談と存ずる。我らは、その箱を開けて、正真の丁銀にしてから、誠には致さぬ。あの身代の敷銀は、二百枚も過ぎもの。拵へなしに五貫目。何と各々、我らが沙汰する所が違うたか。まづ、あれには一両年、二貫目ばかり預けて見て、それに別の事なくば、又四貫目程、五、六年も貸して、慥かなる事を見届けての二十貫目。」と言へば、一座、「これ、尤も。」と同音に申す。
段々理に詰まつてこの親仁、帰りには足腰立たずして歎き、「我、この年まで人の身代見違へし事のなきに、この度は不覚なる事を致しました。」と男泣きにして、「何とぞ御分別はないか、ないか。」とあれば、時に、最前の世智賢き人の言ふは、「千日千夜御思案なされても、この銀子、無事に取り返す工夫は、只一つより外になし。この伝授、上々の紬一疋ならば、慥かに取り返して進上申す。」と言へば、「それはそれは、中綿まで添へまして御礼申さう。何とぞ頼む。」と言ふ。
「然らば、只今までより懇ろに仕かけ、天満の舟祭が見ゆるこそ幸ひなれ。『浜にかけたる桟敷へ、女房どもをおこして見せたし。』と、二十五日にお内儀を遣りて、先のかかとしみじみと{*2}内証を語らせ、一日遊ぶ内に、男子どもが馳走に出るは、知れた事ぢや。時に、二番目の息子が生まれつきを褒め出し、『賢さうなる眼差し。こなたの御子息にしては、御心に掛けさしやるな、鳶が孔雀を産んだとはこの子の事、玉のやうなる美人。近頃押し付けたる所望なれども、私、貰ひまして聟に致します。酒一つ過ごしまして言ふでは御座らぬ。我らが子ながら、これ、娘も十人並よ{*3}。その上に親仁の一人子なれば、五十貫目付けて遣るとは常々の覚悟。又、我らが私金三百五十両。長堀の角屋敷、捨て売りにしても二十五貫目が物。してから袖も通さぬ衣裳六十五。一人の娘より外に遣る者が御座らぬ。これが、こちの聟殿。』と、思ひ入りたる顔つきして、これを言葉の初めにして、その後、折節少しづつ物を遣れば、返しを請け、これ以て損の行かぬ事。
「それよりよい程を見合はせ、雇ひに遣はし、銀掛くる傍に置きて数を読ませ、刻印を打たせ、内蔵へ運ばせなどして、一日使うて帰し、その後、先の身になる人を見立て、ひそかに呼びに遣はし、『その人の二番目の子を、女房どもが何と思ひ入りましたやら、是非にと望みます{*4}。急がぬ事ながら、ついでもあらば、この方の娘を貰うても下さるか、尋ねて{*5}下され。こなたへ取り繕うて申す事も御座らぬ。銀千枚は、いづ方へ遣りますとても、その心得。』と云ひ渡し、先へ通じたと思ふ時分に、『内々の預け銀、入用。』と申し遣はせば、欲から才覚して済ます事、手に取つたやうなり。この仕かけの外あるまじ。」と言ひ教へて別れける。
その年の大晦日に、かの親仁、門口より笑ひ込み、「御蔭御蔭、御蔭にて右の銀子、元利共に{*6}二、三日前に請け取りました。こなたのやうなる智恵袋は、銀貸し仲間の重宝重宝。」と頭を叩き、「さて、その時は紬一疋とは申せしが、これにて御堪忍あれ。」と、白石の紙子二反差し出して、「中綿は春の事。」と言ひ捨て帰りける。
校訂者注
1:底本は、「七貫目」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
2:底本は、「しみ(二字以上の繰り返し記号と濁点)内証を」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
3:底本は、「十人並に、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
4:底本は、「望みまいらす、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
5:底本は、「たづねくだされ、」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。
6:底本は、「元利とも二三日前」。『世間胸算用』(1989)に従い改めた。