江戸期版本を読む

江戸期版本・写本の翻字サイトとして始めました。今は、著作権フリーの出版物のテキストサイトとして日々更新しています(一部は書籍として出版)。校訂本文は著作物です。翻字は著作物には該当しません。ご利用下さる場合、コメントでご連絡下さい。

カテゴリ:井原西鶴 > 校訂西鶴名残の友(1929刊)

校訂西鶴名残の友(1929年刊)WEB目次

西鶴名残之友 目録
巻之一
第一 美女に摺りこぎ  蚊帳に夢の朝顔
第二 三里違うた人心  尾頭桜鯛進上
第三 京に扇能登に鯖  雉子の足に小鰯付くる{*1}
第四 鬼の妙薬ここにあり  胸に燃ゆる火の車

巻之二
第一 昔を{*2}尋ねて小皿  一夜庵の客の心
第二 神代の秤の家  節句構はぬ御客人
第三 今の世の佐々木三郎  浪人の痩せ馬一匹
第四 白帷子はかりの世  腰元が涙の才覚
第五 和七賢の遊興 酒より現の道筋

巻之三
第一 入り日{*3}の鳴門浪の紅  もし清少納言か
第二 元日の機嫌直し  大黒の声潔し
第三 腰抜けの仙人  無用の物真似をさて
第四 さりとては後悔坊  商人はその道一筋に
第五 幽霊の足弱車{*4} 今の世の人気勢無し
第六 ひと色足らぬ一巻  三人大笑ひ{*5}種ぞかし
第七 人にすぐれての早道  夜の殿の落とし子

巻之四
第一 小野の炭頭も消え時  女の中将棋
第二 それぞれの名付け親  女郎も{*6}腹の物種
第三 見立て物は天狗の囮  川原の小芝居
第四 乞食も橋の渡り初め  鴻の巣玉石{*7}
第五 何とも知れぬ京の杉重  上戸の行の才覚

巻之五
第一 宗祇の旅蚊帳  望一が紙帳もあり
第二 交野の雉子を喰ひ知る客  賢過ぎたる大尽
第三 無筆の礼帳  同じ心の下人
第四 下帯ばかりの玉の段  節無しの音曲
第五 年忘れの糸鬢  坊主百兵衛が昔
第六 入れ歯は花の昔  無用の作り木

校訂者註
 1:底本は、「雑子(ざうし)の足に小鰯(こいはし)付(つけ)る」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「昔たづねて小皿」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「日入(ひいり)の鳴門浪の紅(くれなゐ)」。底本本文及び『西鶴名残の友〈翻刻〉』(1997)語釈に従い改めた。
 4:底本は、「幽霊の足には車」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「三人大笑ひの種ぞかし」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「女郎(ぢよらう)と腹の物種(ものだね)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「鴻(こう)の巣玉名(たまな)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。


校訂西鶴名残の友(1929年刊)WEB凡例

  1:底本は『日本古典全集 西鶴全集第十一』(正宗敦夫編 日本古典全集刊行会 1929年刊 国会図書館デジタルコレクション)です。
  2:校訂の基本方針は「本文を正確にテキスト化しつつ、現代の人に読みやすくする」です。
  3:底本のふりがなは全て省略し、底本の漢字は原則現在(2025年)通用の漢字に改めました。
  4:繰り返し記号(踊り字)、合字(合略仮名)等は、漢字一字を繰り返す「々」を除き、原則文字表記しました。
  5:句読点、濁点半濁点および発話を示す鍵括弧は適宜修正、挿入し、改行も適宜しています。
  6:かなづかい、送り仮名は、文語文法に準拠し、適宜改めました。
  7:校訂には『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友 決定版 対訳西鶴全集16』(麻生磯次、冨士昭雄著 明治書院 1993)、『西鶴名残の友〈翻刻〉』(楠元六男 大木京子編 おうふう 1997)を参照しました。
  8:底本本文の修正のうち、必要と思われるものは校訂者注で示しました。但し、以下の漢字は原則として、他の漢字あるいはかな表記に変更しました。

漢字表記変更一覧

複数篇にわたるもの(五十音順 但し現代仮名遣い)

ア行
 明く→空く・開く 跡→後 碓→石臼 諷→謡 拍つ一打つ 移る→映る 羨まし→浦山敷 媒鳥→囮 各→各々
カ・サ行
 海道→街道 貌→顔 陰→蔭 替はる→変はる 蚊屋→蚊帳 義→儀 気色→景色
タ行
 焼く・焚く→焚く・炊く 突く→搗く・撞く 止まる・泊る→留まる
ナ行
 詠む→眺む 泪→涙 貳→二 登る→上る
ハ行
 咄→話 初めて→始めて 始めて→初めて 疋→匹 独り・独→一人 隙→暇 牧方→枚方 二度・二たび→再び 賞む→褒む
マ・ヤ・ラ・ワ行
 見世→店 食→飯 弄ぶ→もて遊ぶ 許→元 読む→詠む

上記以外(篇毎 登場順)

 目次 胸臆→胸
 序 紀念→形見 某→何がし
 1-1 移す→写す 道理→理 攫む→掴む 通行→通る
 1-2 形気→気質 浮田→宇喜多 面貌→面構へ 髯→髭 角→隅 毛貫→毛抜き 工む→巧む 帰す→返す 呵る→叱る
 1-4 瀑→晒 謡→唄 界ひ→境 は付→磔 心見→試み
 2-1 椙→杉 居う→据う 壱→一 粉白→白粉
 2-2 商買→商売 玩弄→もて遊び
 2-3 跣足→裸足 烈し→激し 甲→兜
 2-4 詞→言葉 長活→長生き
 2-5 済ます→澄ます 好し→良し 松火→松明 点す→灯す
 3-1 行衛→行方 馬次→馬継ぎ 丸雪→霰 窅く→覗く 灯→灯し火 忍ぶ→偲ぶ 祖母→婆 草紙→草子 奇麗→綺麗
 3-3 閉ぐ→塞ぐ 指す→差す 中→宙 馬→駒
 3-4 発る→起こる
 3-5 蚶潟→象潟 讖悔→懺悔
 3-6 虎渓→琥渓 中→内 披く→開く
 3-7 稀人→客人 生→性 吊ふ→弔ふ
 4-1 不愍→不憫
 4-2 妾女・妾→手かけ
 4-3 廻り→周り
 4-4 村→叢 簧→舌
 5-1 執行→修行
 5-2 大臣→大尽 石花→牡蠣 慥か→確か 鮫が井→醒が井
 5-4  前→先 身体→身代 十面→渋面 匿る→隠る
 5-6 詫ぶ→侘ぶ 引く→挽く 比→頃 者→物

 なお、底本には現代では差別的とされる表現がありますので、その点、ご注意ください。

井原西鶴関係記事 総合インデックス


 洛陽を去つて七年。浪華、西鶴が草庵を守る雨の夜、跡は消えせぬ形見の反古の内より、一書を探り得たり。諸国の雑譚、例の狂言を記せり。みづから筆{*1}を染めぬれば、故人に遇ふ心ばせして、函底に籠め置き、折節毎の寝覚めの友とす。これを伝へ聞き、書林何がし来つて、強いて求めけるに任せて、梓に行ふ事なり。

浪速滑稽林 団水散人序


校訂者註
 1:底本は、「新譚(しんたん)例の狂言(きやうげん)をしるせり。みづから草(くさ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。

西鶴名残之友 巻之一

第一 美女に摺りこぎ

 神風や、伊勢の国の山田に、風月長者荒木田氏の守武。初めて俳諧の本式を立て、これより世々の作者、天の岩戸の明かりを走り、この道の広き所を弁へける。それまでは、百韻続けるといふ事もなく、発句、脇、第三過ぎては、末々、さし合ひの吟味もせず。前句覚えて打ち越し{*1}を忘れ、これ、言ひ捨てに同じ。その節守武、千句を出す事、並びなき作者。守武、宗鑑を、「俳諧の父母。」とも言へり。これも和歌の一体{*2}なれば、神国のもて遊びによろし。さるによつて、山田は末々、作者の絶えぬ所なり。
 その後、光貞が妻とて、女には、古今ためしなき俳の世に、隠れ無し。これ、仮初に好ける{*3}ばかりにあらず。歌曲の口談などして、世の助けと成り、昔を聞く伊勢、小町、小式部は{*4}、名を残したる歌人ながら、それは、見ぬ世の面影を絵に写して、「これぞ。」と言ふばかりは、まこと少なし。今の光貞妻{*5}は、目前の沙汰なれば、万人のもて囃しけるも、理ぞかし。
 その頃、伊賀の上野に正道と言へる俳諧師、七十余歳まで、明け暮れ楽しみは{*6}付句の外なく思ひ入りて、古代の作者の事ども、一つもおろかに見ざりし。中にも光貞が妻は、女の身としてその名を世上に触れし。「いかなる艶形にもありつらむ。夢にも一目見る事もがな。」と、その女の自筆に、「天の戸の透かし物かよ三日の月」と書きける短冊を肌身に付けて、忘るる事なく、うつつにも幻にもこの発句をおぼえて、「我、又の世に生まれ替はり、かかる歌道に心ざしの{*7}深き女に成れかし、成れかし。」と一筋の思ひ入れにて、枕引き寄せ、我おぼえず臥しける。
 この主の連れたる女は、秋の初風待つて親里に見舞ひけるが、召し使へる女二人、律義なる{*8}男一人連れて、遥々我が宿に帰り、「亭主の事、いかが{*9}。この程の淋しさ、さぞ。」と思ひ遣られ、常の居間を見しに、あらざらん事を合点しかねて{*10}、奥座敷を尋ねしに、すずしの蚊帳に朝顔を縫ひはへ、夏布団は紅の地紋に、桐唐草しをらしく、房付きの枕にすき髪をうちかけ、年の程四十に{*11}余れる女郎ながら、盛りと言はば、今なり。
 {*12}しどけなき寝姿をちらりと見るより、内義は、胸の火燃え上がり、掴みつく程にも思ひしが、女ばかりにて亭主の見えぬに堪忍して、さて勝手に出て、留守預けし老女に、「今宵の女中客は、いづく、いかなる御方。」と尋ねけるに、知らぬに極めて申せば、いよいよ腹立して、「あれは。」と遥かに見せければ、「これ、不思議や。忍び道は存ぜず。御留守預かりました台所よりは、鼠も{*13}通り致さぬ。」と言ふ。
 「さては。」と身拵へして、杓子掛けなる摺りこぎ振り上げ、月の影うすうすと差し入る窓に身{*14}添へ、立ち聞きせしに、今まで見えぬ亭主の声して、「同じ女とは言ひながら、かかる歌人もあるに、我が連れ添ふ女のふつつかにして、石臼をひく歌さへ覚えず。いかに田舎なればとて、あさましき事ぞ。この道に心を寄すれば、夫婦の楽しみ深きに。」と悔みて{*15}言ふ声、聞きもあへず、「女め、遣らぬ。」と打ちければ、亭主、夢さめて、美女と見えたる形は無し。
 「これは、いかなる{*16}事ぞ。」と尋ねけるに、女はありの儘に語れば、男も隠さず。「俳道より思ひ入れての女姿ならん。」と沙汰してけり。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「前句(まへく)はめてうち越すを」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「一定(てい)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「俳人の名、世に隠れなし。是仮初(かりそめ)に好める」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「聞くに伊勢、小町、小式部の名を」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「誠にすくなし。今の光貞(くわうてい)が妻は」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「楽みには」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「心ざしめ深き女」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 8:底本は、「見廻りけるが、召し使へる女二人、元気なる男」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 9:底本は、「事が、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 10:底本は、「合点し、かさねて、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 11:底本は、「四十あまれる」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 12:底本は、「しどけなき寝姿をちらりと見るより、内義は、」を欠く。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 13:底本は、「最も通行いたさぬ」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 14:底本は、「身を添え、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 15:底本は、「悔(くひ)て」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 16:底本は、「いかな事ぞ」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。

第二 三里違うた人心

 兼好が作り木を嫌ふ事、「眺めるためなれば{*1}、何をか無用の言葉。」と思ひしに、今時の世間見合はせ、とくと合点を致せり。草木作るは常なり。人を作る程、可笑しきは無し。心あらん目からは、これ恥づかしき事なれば、面々に嗜むべし。
 出家は殊更なり。今時の俳諧師、我を始めて、まこと少なし。掛乞ひと喧嘩する心と、「人がくれたれば。」とて、あたら伽羅を一日に焚き捨て、国土の費えをして、道人のやうに見せかけ、世に恐れぬ顔つきして、鳴る神の好かぬ時は抹香を焚くも可笑し。気質を作らずして、身をその儘{*2}なる人こそ殊勝なれ。
 されば、津田休甫と言へる人は、俗姓賤しからず{*3}。宇喜多の何がし殿に仕へて、いまだ前髪の盛りに、我一人に限らぬ御別れ。「二君に志無し。」とて、伊豆の海辺にて剃髪して、それより魂入り替はりて{*4}、魚鳥も人の喰はせ次第に、出家と言へば、それなり。世の楽しみに、俳道、習はずして賢く、昔貴人の交じはり残りて、琴碁書画ども学び得たり。
 或る時、大坂天満の寺町、栗東寺{*5}といふ所へ参詣せしに、住持、「幸ひ。」とて気を付け、客殿の杉戸{*6}に、「何にても、うち付け書きを。」と望まれしに、休甫、筆取つて、三匹連れの虎の勢ひ。「これは、これは。」と誉めける内に、入相の鐘響き渡りて、立ち帰りける。明くれば旦那中、参りて{*7}、「この虎、すさまじくして、何とやら面構へ、律義なり。」と言ふにぞ{*8}、よくよく見れば、髭を書かずしてありけり。重ねて休甫にこの事語れば、「まこと{*9}、それよ。」と言ひもあへず、硯取り寄せ、片隅に毛抜き一本書き添へける。「この作意にて、俳諧の程、思ひ遣られける。」と人皆感じぬ。
 又、夏{*10}の頃、京に上りしに、佐太の宮にて夕立に逢ひて、一つの帷子脱ぎ捨て、昼とも構はず丸裸に成りて都を通りぬ{*11}。これなど、真似て成るまじき事ぞかし。その外、一代の物語、筆に暇無し。惣じて世に出せる発句も、かねて巧むにあらず。当座当座に{*12}思ひ寄りて、書き捨てにける。
 その頃は、泉州の堺にも、いまだ俳諧の点者といふも、定めかね、或る時、初心の連中、金光寺の藤見に行きて、やうやう春の一日仕事に百韻綴りて、雲紙に写して、知るべ有る方より休甫に{*13}点を願ふに、程なくその巻戻れば、いづれも悦び、開き見るに、発句より点掛け出して、長点無しに九十三点掛けられし。
 「さては、和歌に師匠無し。俳諧は成るものぞ。」と勇みて、「この浦の名物なれば。」とて、車海老、きすご、小鯛まじりの昼の網の物を、進上籠に入れて、連衆同道して休甫庵に尋ね、百韻に大方掛けられし点の御礼に参りたる由、申せば、「その俳諧は、何の用にも立たず。片端から悪い分を消して返しぬ。消さぬ句どもは{*14}、沙汰に及ばず。以来は少し嗜み給へ。」と目をむき出して叱りける。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「ためしあれば、」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「身をもまゝ」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「不賤(ふせん)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「払髪(ふはつ)して、それより魂入替へして」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「栗楽寺(りつらくじ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「客殿の掲戸」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「旦那中(うち)にて」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 8:底本は、「いふに、よく」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 9:底本は、「誠にそれよ」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 10:底本は、「感じける。又麦の頃」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 11:底本は、「昼をもかまはず丸裸(まるはだか)に成て都を帰りぬ。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 12:底本は、「当座々々の思ひ」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 13:底本は、「休甫へ点を」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 14:底本は、「句とも沙汰に」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。

第三 京に扇能登に鯖

 物毎に気のつかぬ人こそ可笑しけれ。
 松永貞徳、都花崎町に年久しく住まれし。その隣に鞍馬屋の吉左衛門{*1}といふ、銭店出して、「身過ぎ大事。」と心得たる男あり。春見る桜嫌ひにて、{*2}身は花色の紬の強きを考へ、明け暮れのもて遊びに、二十五桁の十露盤を枕にして、三十年この方、同じ所に居ながら、「貞徳の俳諧せらるる。」とは、「諸国の目安の談合致さるる分別者。」とばかり合点し、「近い隣殿{*3}なれども、一代、公事訴訟致さねば、貞徳を頼み、『俳諧書いて下されい。』と御無心申す事も無し。」と京に住みながら、かかる人もあれば、まして田舎人は、たとへ衛士籠を、「雛の綿の塵よる物か。」と言ふも、笑ふまじ。
 或る時、能登国の浦人、百韻の一巻、点取りに上しける{*4}しるしに、「京都はよろづに目恥づかしき所。」とて、随分扇を吟味して、五本入りの桐の箱、長の道中にて損ねぬやうに{*5}、幾重か包みて進上申しける。「遠国より都へ扇を遣はしけるは、俳諧する程の作者には、気のつかぬ事。」とて、この返礼に鯖五さし贈られければ、乗り掛け馬に付けて、能登国へ帰りけるも可笑し。
 又、北山{*6}岩倉の辺りなる里より、歳暮の発句見せけるついでに、雉子の足に干鰯結び付けて遣はしける。「これは。」と笑へど、世はとかく、物くるる友ぞ良し{*7}。

前頁  目次  次頁

校訂者註
 1:底本は、「吉(きち)□□」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 2:底本は、「身は花色の紬の強きを考へ、明け暮れのもて遊びに、」を欠く。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 3:底本は、「隣(とな)り所(ところ)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 4:底本は、「登せしに、印に」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 5:底本は、「そこねぬ外に」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 6:底本は、「小山(をやま)」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。
 7:底本は、「友ぞかし。」。『西鶴俗つれづれ 西鶴名残の友』(1993)に従い改めた。

↑このページのトップヘ