第二 按摩取らする化け物屋敷
今の世は、人素直になりて信心深く、神国の風俗現れ、悪魔を払ひ、松に音無く海に浪立たずして、豊後の府内、静かなる舟着きとは成れり。
以前、この所に化け物屋敷とて、同心町の末に歴々の屋形に、人住まずして荒れ渡り、梢の秋になりて紅葉の盛り、枝に見ながら、人も手折らず。萩、薄おのづからに乱れ、唐蔦、道を閉ぢて、狐狸の遊山所と成り、松に留まり烏も恐れて、百年もこの内を見た人もなく語り伝へり。その折節、新参の侍に梶田奥右衛門とて軍法者、当分三百石、御合力に下しおかれ、御国へ相勤め、町人の屋敷を借りて、いまだ妻子もなくて暮らしぬ。御家にありたき侍なれば、年寄中{*1}も懇意にして、「よろしき空き屋敷もがな。奥右衛門に申し請けて、ここに落ちつかせたき」内談あれども、幸ひの所も無し。
或る時、化け物屋形の事を奥右衛門、承り届け、「この屋敷を申し請けたき」衛訴訟申し上ぐる所に、「仔細あれば、無用。」と老中、御取り次ぎもなかりき。再三言上申せば、願ひの通り下し給はり、急に屋普請して移りぬ。この心底強きに恐れてや、五、七日も別儀なく住み済ましければ、奥右衛門、武勇沙汰して、国中の誉め者なり。
或る夜時雨れて、板屋に目覚めて、辺りを見れば、八角の牛の形せしもの、剣並べたる羽を広げ、枕近く寄る時、有様を見定め、「先年、人の恐れしは、これなるべし。」と刃物に心をつけず立ち出、「手どらへにして、おのれが形を見ん。」と。この一心通じてや、そのまま消えて、跡無し。その後、十四、五なる女と顕はれ、貞宗の刀、孫六の大脇差、拵へのありのまま持ち来りて、「みづからは、この御屋敷の片蔭に住む者なり。今までは人をたぶらかし、この打ち物奪ひ取りしが、何事もおぢさせ給はぬ御心中、又ためしなき御侍。向後、悪心去つて、世の人にわざを致さじ。このままに住み馴れ穴、御貸しあそばされ下されよ。」と尻声短く申すにぞ、奥右衛門、可笑しくて、「さては、年経し狸なるべし。その断りならば、許しおくなり。いよいよ人に形を見する事なかれ。今宵は殊更淋しきに、夜すがらこれにて語れ。」と嫌がるを引きとどめ、「無心なれども、頼む。」と明け方まで肩を打たせければ、後には狸、あくびして、おのづから面影まことを顕はし、身の毛立て、逃げ行く。それより何の事無く収まりし。
ひそかに老中まで二腰の事、申しけるに、取り寄せ、各々改め給へば、「確かに見覚え。前にこの屋敷に住まれし{*2}風間治右衛門差し替へにまぎれず。」「奥右衛門は、あつぱれ勇者。」と御耳に立ち、同心三十人預かり、国中吟味役を仰せ付けさせられし。御眼鏡違はず、万人によろしく、「この人なくては。」と一家中、思ひ付く時。
生国但馬より早飛脚を仕立て、遠親類の方より申し越す。「当月二日午{*3}の上刻の事、御同名奥之進殿、不慮の喧嘩。相手は戸塚宇右衛門{*4}。即座に討つて立ち退く。風聞仕るは、方人あまたの由。その者、分明ならず。宇右衛門{*5}は四国へ退きたるやうに沙汰あり。そこ元御心底、察し奉る。」の由。奥まで読むに暇なく、すぐに御前に出、段々敵討ちたき願ひ。御承引あそばされ、「尤も兄の儀なれば、堪忍なるまじ。首尾よく討つて、追つ付け帰参の時分は、先知一倍の御加増。」と有り難き御上意を受け、翌日、豊後を立ち、まづ伊予舟に取り乗つて、松山に上がりぬ。この所に、母人の妹、縁に付き、榎本才兵衛と申す人、叔母婿なれば、この元に忍び居て、土佐にも行き、讃岐にも越え、様々身をやつし、敵のありかを尋ねしに、深く身を隠して知れ難く、二年余り心を尽くせし甲斐ぞ無く、空しき年月をここにて送る無念なり。
奥右衛門、武芸いづれ、おろかも無し。中にも軍者なれば、この国に逗留の内、ひそかに所望して、城取りの大事を各々伝授する事、これ武道の第一なり。その弟子の内に大津兵之介といへる美少人、今年十七。心ざし強くして優しく、人の思ひをかけし若衆なるが、いつの程にか奥右衛門と深く成りて、この世の外まで申し合はせて、心中残さず互にうち解けし上に、敵討つ子細を語りければ、兵之介、横手を打ち、「これには不思議。御仕合せあり。その戸塚宇右衛門は、私同名、越前にありし時の古傍輩の由にて、親仁存生の時分、両度まで尋ね来し。その面を見覚えければ、穿鑿すべき便り。」と喜ぶ事の頼もし。奥右衛門、猶力を得たり。
又或る時、同国今治に居る由、告げ知らす者ありて、近日立ち越す折節、奥右衛門、散々腹中をいたませ、頼み少なき程悩みしを、「思へば惜しき命なり。」と兵之介、昼夜枕を離れず。大方に養生を仕立て、心に諸願を掛けぬれば、まづ礼参りに浦辺の八幡宮へ参詣の道にて、宇右衛門、忍び駕籠に身を縮め、両方にたくましき若党召し連れて、浜より小船に乗り移るを見付けて、「これは、天の与へなるに、奥右衛門ましまさぬ事の残念なり。」と身をもだえても、甲斐なし。
「これより又、いづくへか立ち退くべし。この時節に討たずは、又いつ巡り逢ふべし。」と前後を見れば、人もなく、取り急ぎて宇右衛門、舟に乗るを、「我、奥右衛門が弟なり。いつまでか逃るべし。余さじ。」と討つてかかれば、宇右衛門下人、進むを、切り放てば、これに驚き、皆々退きける。その内に宇右衛門、抜き合はせ、「奥右衛門が弟は、心得難し。しかれども、向かふ者を嫌はず。」と互に手を尽くして切り結ぶ。暫く戦ひ、両人ここに一命惜しまず、踏ん込みて相討ちに、兵之介、宇右衛門が左かひな打ち落とせば、宇右衛門、兵之介が左の手首切り落とす。両方に引き退き、息つぎの内に、宇右衛門家来、舟に抱き乗せ、岸を離れて押し出す。「互にこの身になりて、何とて命を惜しむぞ。返せ、返せ。」と言ふ声ばかり残りて、舟は沖遥かになりて。
「是非もなき仕合せ。このまま腹かき切らん。」とせしが、「この段、奥右衛門殿に語りて後、切腹せん。」と長らへて嬉しからぬ身を関はり、切り落としたる宇右衛門が腕に、我が手を拾ひ集め、ひそかに私宅に帰り、そのまま、「この物語。」と思へども、折から奥右衛門、病中なれば、まづ思案をするに、「この事、聞かせらるるからは、よもや、そのままはおかれじ。気色に構はず駆け出、万一し損じありては、返らじ。本復の時まで相待ちて、この事を語るベし。」と甲斐なき命を繋ぎ、世間へ病中と申し成し、外科の上手、諸内玄庵を内証にて頼み、神文の上にて養生して、疵も大方治りぬ。
一門限つて人に会はず、深く取り籠りてありしに、奥右衛門、気色よく、今日初立ちの杖にすがりて、兵之介屋敷に見舞ひければ、奥へ通して、只二人、この程積もる事のみ、語るも聞くも涙。仮初に申しかはせし事ながら、念友の深き意気地、女の契りとは格別なる事ぞかし。互ひの憂き晴らしに、盃かはして後、奥右衛門、扇拍子{*6}にして曲舞を謡ひ、兵之介に鼓所望。片手のない事、この時迷惑して、余の慰みにまぎらかしけるに、謡、猶やめずして、「常に好きの鼓なれば、是非。」と望む。「左は、そら手が痛む。」とて、外科の玄庵に持たせて、二人して打つ鼓は、鳴り悪しく、これも興さめて、又、「居相撲。」と言ふ程に、兵之介進み、「我が恋の関取。誰にても片手投げ。」と割り膝にしてかかる時、奥右衛門、抱きつきて、左の手のなき事を見出し、「これは。」と驚き、「いかなる事ぞ。」と気を取り乱す時、二つの腕を取り出し、宇右衛門に出合ひての首尾、ありのままに語りければ。
奥右衛門、涙に沈み、暫し気を取り失ひけるを、やうやうに本性に成し、「大事の身の、敵を討たぬ内にその心入れ、弱し。」と叱れば、「いかにもいかにも、宇右衛門めを討ち取つての後に、分別あり。」とて駆け出でしを、袖にすがりて引きとどめて、「かねて助太刀の望み。殊更、この度の心掛かり。かれこれ以て、後には残らぬ所存。」と覚悟して、右の段々、一つ書きにして大殿様へ御訴訟申し上げしに、意気、道理を聞こし召し分けられ、御暇下し給はり、「首尾よく帰宅をすべし。一代無役、先知六百石、相違これなし。」と有り難き御意請けて。
それより奥右衛門、同道して、中国に越して、知るべを求めて穿鑿するに、但馬の国入佐山の麓に、久松落月院といへる真言寺によしみありて、これに身を隠し、疵養生して無事になり、忍びて近在を歩く由を聞き定め、急ぎ但馬に立ち越え、落月院の一里離れし浅田村に仮寝して、ひそかに様子を見しに、「両門共に厳しく人を咎むる由は、いよいよこれにありしに極まれり。」と毎日、道筋立ち隠れ、逢ふ事を願ひしに、或る日、宇右衛門は、寺掛かりの浪人に日下源五郎といへる者同道して、頃しも初雪の朝、追ひ鳥狩りの道具を下々に持たせ、ここに来るこそ仕合せなれ。
奥右衛門、飛び出るを、兵之介、引きとどめ、「宇右衛門、片手なき者を、そなたの御手にかけらるるも、おとなげ無し。ここは、私に給はれ。」と走り寄り、「奥右衛門討たせらるる汝なれども、いつぞやの遺恨あれば、命を我等、申し請けて討つ事なり。逃れぬ所。さあ、太刀を合はせ。」と声をかくる。さすが宇右衛門、速わざ者。抜き合はせ、一命極めて華やかなり。宇右衛門下人、浪人の源五郎、横合ひより打つてかかるを、奥右衛門、隔たり、まくり立て、切り払へば、五人ながら手を負ひ、この切先に驚き、散り散りに逃げ行く。兵之介は、宇右衛門を切り臥せて、「これ、申し。とどめはこなた様に。刺し給へ。」と言ふ。奥右衛門、うち笑ひ、「神妙なる御働き。」と宇右衛門が首打ちて。
めでたく豊後に帰り、再びその名を上げて、兵之介を伊予国へ送り届け、これ、御前の御機嫌よく、衆道の情け、武道の誉れ、人の鑑、世語りとなつて、猶その後は、兄弟のちなみをやめず。国里は万里に隔てつれども、互に心を通はせける。
これ武士の本意、かくあらまほしき事なり。
校訂者註
1:底本は、「手寄中(としよりちう)」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。
2:底本は、「住なれし」。『井原西鶴集4』(2000)に従い改めた。
3:底本は、「牛」。『武道伝来記』(1992)本文及び語釈に従い改めた。
4・5:底本は、「宇左衛門」。『井原西鶴集4』(2000)本文及び語釈に従い改めた。
6:底本は、「扇拍手(あふぎびやうし)」。『武道伝来記』(1992)に従い改めた。