江戸期版本を読む

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カテゴリ: 幸若舞曲集(1943刊)

『幸若舞曲集』(1943)校訂版 WEB目次
翻字版WEB目次)

幸若舞曲

 01 日本記(大頭左兵衛本)
 02 入鹿(大頭左兵衛本)
 03 大織冠(大頭左兵衛本)
 04 百合若大臣(大頭左兵衛本)
 05 信田(毛利家本)
 06 満仲(毛利家本)
 07 鎌田(毛利家本)
 08 伊吹(大頭左兵衛本)
 09 伏見常葉(毛利家本)
 10 築島(大頭左兵衛本)
 11 硫黄が嶋(大頭左兵衛本)
 12 文覚(大頭左兵衛本)
 13 夢合はせ(藤井氏本)
 14 馬揃へ(大頭左兵衛本)
 15 木曽願書(大頭左兵衛本)
 16 敦盛(大頭左兵衛本)
 17 那須与一(大頭左兵衛本)
 18 景清 付 牢破り(大江本) 上 下  
 19 浜出(大頭左兵衛本)
 20 九穴の貝(藤井氏一本)
 21 常葉問答(越前本)
 22 笛巻(毛利家本)
 23 未来記(内閣文庫本)
 24 鞍馬出(内閣文庫本)
 25 烏帽子折(大頭左兵衛本)
 26 山中常葉(大頭左兵衛本)
 27 靡常葉(平瀬氏本)
 28 腰越(毛利家本)
 29 堀川(内閣文庫本)
 30 四国落(大頭左兵衛本)
 31 静(大頭左兵衛本)
 32 富樫(大頭左兵衛本)
 33 笈捜し(大頭左兵衛本)
 34 屋嶋(毛利家本)
 35 岡山(平瀬氏本)
 36 和泉が城(大頭左兵衛本)
 37 清重(大頭左兵衛本)
 38 高館(大頭左兵衛本)
 39 含状(大頭一本)
 40 一満箱王(毛利家本)
 41 元服曽我(内閣文庫本)
 42 和田酒盛(毛利家本)
 43 小袖曽我(大頭左兵衛本)
 44 剣讃嘆(大頭左兵衛本)
 45 夜討曽我(大頭左兵衛本)
 46 十番斬(毛利家本)
 47 張良(内閣文庫本)
 48 新曲(大頭左兵衛本)
 49 三木(毛利家本)
 50 本能寺(毛利家本)

幸若歌謡

 101 松の枝(高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 102 山科(三浦氏幸若安信本)
 103 老人(高野氏幸若安信本)
 104 一天平(幸若長明本)
 105 天下泰平(幸若長明本)
 106 長生殿(幸若長明本)
 107 時津風(幸若直良本)
 108 敷嶋(幸若直良本)
 109 天下帰伏(幸若直良本)
 110 四季の節(高野氏幸若安信本)
 111 都あたり(京入り)(曲節本一本)
 112 「日本記」の内(短中之部)
 113 「入鹿」の内(曲節集・短中之部)
 114 「大織冠」の内(彰考館幸若安信本・曲節集・毛利家幸若安信本・幸若正信本・幸若正利本・曲節集一本・三浦氏幸若安信本)
 115 「百合若大臣」の内(幸若正利本・曲節集一本・幸若正信本・三浦氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本)
 116 「信田」の内(曲節集一本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本・幸若直房本)
 117 「満仲」の内(曲節集・曲節集一本・毛利家幸若安信一本・幸若正信本)
 118 「鎌田」の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本)
 119 「伊吹」の内(短中之部)
 120 「伏見常葉」の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 121 「兵庫の内」(曲節集・幸若正利本・高野氏幸若安信本・曲節集一本)
 122 「硫黄が嶋」の内(短中之部・幸若正利本・曲節集)
 123 「文覚」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・曲節集・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本)
 124 「木曽願書」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部)
 125 「敦盛」の内(曲節集・舞々詞・幸若正利本・角倉素庵写本・幸若正信本)
 126 「那須与一」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・幸若正信本)
 127 「景清」の内(短中之部)
 128 「蓬莱の山」の内(短中之部・幸若正信本)
 129 「九穴の貝」の内(短中之部)
 130 「常葉問答」の内(短中之部・幸若正信本)
 131 「笛の巻」の内(短中之部・幸若正利本・彰考館幸若安信本)
 132 「未来記」の内(彰考館幸若安信本・短中之部)
 133 「鞍馬出」の内(短中之部)
 134 「烏帽子折」の内(曲節集一本・幸若正利本)
 135 「腰越」の内(短中之部・幸若長明本・曲節集)
 136 「堀川」の内(短中之部)
 137 「四国落」の内(短中之部・曲節集・高野氏幸若安信本・彰考館幸若安信本・毛利家幸若安信本)
 138 「司土」の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本・幸若直房本・高野氏幸若安信本・幸若長明本)
 139 「勧進帳」の内(幸若正信本・曲節集・短中之部)
 140 「笈捜し」の内(短中之部・毛利家幸若安信一本・幸若正利本)
 141 「屋嶋」の内(幸若正信本・幸若正利本・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 142 「清重」の内(短中之部・彰考館幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 143 「高館」の内(曲節集・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 144 「一満箱王」の内(三浦氏幸若安信本・幸若正信本)
 145 「元服曽我」の内(短中之部・彰考館幸若安信本・曲節集)
 146 「和田酒盛」の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 147 「夜討曽我」の内(幸若正利本・曲節集・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 148 「十番斬」の内(曲節集・短中之部・彰考館幸若安信本)
 149 「張良」の内(短中之部・幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 150 「新曲」の内(幸若正信本・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 151 「三木」の内(幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 152 「本能寺」の内(彰考館幸若安信本・幸若正信本)
 153 「熊野落」の内(幸若長明本)
 154 「湊川」の内(幸若長明本)


幸若舞曲集(1943年刊) WEB凡例

  1:底本は『幸若舞曲集 本文』(笹野堅編 1943年 第一書房 国立国会図書館デジタルコレクション)です。
  2:底本の旧漢字は現在通用の漢字に改めました。
  3:底本の合略仮名や二字以上の繰り返し記号は、それに相当する漢字・仮名に直しました。
  4:底本の傍点、音曲符は全て省略しました。
  5:翻字版は、底本をそのまま翻字し、校訂版は、以下の操作を加え、読みやすくしています。
   a 句読点・濁点・カギ括弧を付す。
   b 改行を適宜行う。
   c 送り仮名を加除・訂正する。
   d 上記のほか、底本の誤りと思われる箇所を正す。
  6:校訂は、『舞の本』(麻原美子・北原保雄校注 1994年 岩波書店)、『舞の本』(松沢智里編 1987、88年 古典文庫)、『幸若舞曲研究』(1979~2004 三弥井書店)を参照しました。
  7:なお、底本には、現代では差別的とされる表現がありますので、その点、ご注意ください。

江戸期版本を読む INDEX

『幸若舞曲集』(1943)翻字版 WEB目次
校訂版WEB目次)

幸若舞曲

 01 日本記(大頭左兵衛本)
 02 いるか(大頭左兵衛本)
 03 たいしよくわむ(大頭左兵衛本)
 04 大臣(大頭左兵衛本)
 05 信太(毛利家本)
 06 満仲(毛利家本)
 07 鎌田(毛利家本)
 08 いふき(大頭左兵衛本)
 09 伏見常槃(毛利家本)
 10 築島(大頭左兵衛本)
 11 硫黄之嶋(大頭左兵衛本)
 12 文学(大頭左兵衛本)
 13 夢あはせ(藤井氏本)
 14 馬揃(大頭左兵衛本)
 15 木曽願書(大頭左兵衛本)
 16 敦盛(大頭左兵衛本)
 17 なすの与市(大頭左兵衛本)
 18 景清 付 籠破(大江本) 上 下 
 19 はま出(大頭左兵衛本)
 20 九けつのかひ(藤井氏一本)
 21 常盤問答(越前本)
 22 笛巻(毛利家本)
 23 未来記(内閣文庫本)
 24 くらま出(内閣文庫本)
 25 烏帽子折(大頭左兵衛本)
 26 山中常盤(大頭左兵衛本)
 27 靡常盤(平瀬氏本)
 28 腰越(毛利家本)
 29 ほり川(内閣文庫本)
 30 四国落(大頭左兵衛本)
 31 しつか(大頭左兵衛本)
 32 とかし(大頭左兵衛本)
 33 笈さかし(大頭左兵衛本)
 34 屋嶋軍(毛利家本)
 35 岡山(平瀬氏本)
 36 和泉が城(大頭左兵衛本)
 37 清重(大頭左兵衛本)
 38 高たち(大頭左兵衛本)
 39 含状(大頭一本)
 40 一満箱王(毛利家本)
 41 元服曽我(内閣文庫本)
 42 和田宴(毛利家本)
 43 小袖乞(大頭左兵衛本)
 44 つるき讃談(大頭左兵衛本)
 45 夜討曽我(大頭左兵衛本)
 46 十番斬(毛利家本)
 47 張良(内閣文庫本)
 48 新曲(大頭左兵衛本)
 49 三木(毛利家本)
 50 本能寺(毛利家本)

幸若歌謡

 101 松の枝(高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 102 山科(三浦氏幸若安信本)
 103 老人(高野氏幸若安信本)
 104 一天平(幸若長明本)
 105 天下泰平(幸若長明本)
 106 長生殿(幸若長明本)
 107 時津風(幸若直良本)
 108 敷嶋(幸若直良本)
 109 天下帰伏(幸若直良本)
 110 四季の節(高野氏幸若安信本)
 111 都あたり(京入の内)(曲節本一本)
 112 日本記の内(短中之部)
 113 入鹿の内(曲節集・短中之部)
 114 大しよくはんの内(彰考館幸若安信本・曲節集・毛利家幸若安信本・幸若正信本・幸若正利本・曲節集一本・三浦氏幸若安信本)
 115 百合若大臣の内(幸若正利本・曲節集一本・幸若正信本・三浦氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本)
 116 信太の内(曲節集一本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本・幸若直房本)
 117 満仲の内(曲節集・曲節集一本・毛利家幸若安信一本・幸若正信本)
 118 鎌田の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本)
 119 雪吹の内(短中之部)
 120 伏見常葉の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 121 兵庫の内(曲節集・幸若正利本・高野氏幸若安信本・曲節集一本)
 122 硫黄ヶ嶋の内(短中之部・幸若正利本・曲節集)
 123 文学の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・曲節集・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本)
 124 木曽之願書の内(三浦氏幸若安信本・短中之部)
 125 敦盛の内(曲節集・舞々詞・幸若正利本・角倉素庵写本・幸若正信本)
 126 那須之与一の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・幸若正信本)
 127 景清の内(短中之部)
 128 蓬莱ノ山の内(短中之部・幸若正信本)
 129 九穴之貝の内(短中之部)
 130 常葉問答の内(短中之部・幸若正信本)
 131 笛之巻の内(短中之部・幸若正利本・彰考館幸若安信本)
 132 未来記の内(彰考館幸若安信本・短中之部)
 133 鞍馬出の内(短中之部)
 134 烏帽子折の内(曲節集一本・幸若正利本)
 135 腰越の内(短中之部・幸若長明本・曲節集)
 136 堀川の内(短中之部)
 137 四国落の内(短中之部・曲節集・高野氏幸若安信本・彰考館幸若安信本・毛利家幸若安信本)
 138 司土の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本・幸若直房本・高野氏幸若安信本・幸若長明本)
 139 勧進帳の内(幸若正信本・曲節集・短中之部)
 140 笈捜の内(短中之部・毛利家幸若安信一本・幸若正利本)
 141 八嶋の内(幸若正信本・幸若正利本・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 142 清重の内(短中之部・彰考館幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 143 高館の内(曲節集・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 144 一満箱王の内(三浦氏幸若安信本・幸若正信本)
 145 元服曽我の内(短中之部・彰考館幸若安信本・曲節集)
 146 和田酒盛の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 147 夜討曽我の内(幸若正利本・曲節集・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 148 十番斬の内(曲節集・短中之部・彰考館幸若安信本)
 149 張良の内(短中之部・幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 150 新曲の内(幸若正信本・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 151 三木の内(幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 152 本能寺の内(彰考館幸若安信本・幸若正信本)
 153 熊野落の内(幸若長明本)
 154 湊川の内(幸若長明本)


幸若舞曲集(1943年刊)翻字版 WEB凡例

  1:底本は『幸若舞曲集 本文』(笹野堅編 1943年 第一書房 国立国会図書館デジタルコレクション)です。
  2:底本の旧漢字は現在通用の漢字に改めました。
  3:底本の合略仮名や二字以上の繰り返し記号は、それに相当する漢字・仮名に直しました。
  4:底本の傍点、音曲符は全て省略しました。
  5:翻字版は、底本をそのまま翻字し、校訂版は、以下の操作を加え、読みやすくしています。
   a 句読点・濁点・カギ括弧を付す。
   b 改行を適宜行う。
   c 送り仮名を加除・訂正する。
   d 上記のほか、底本の誤りと思われる箇所を正す。
  6:校訂は、『舞の本』(麻原美子・北原保雄校注 1994年 岩波書店)、『舞の本』(松沢智里編 1987、88年 古典文庫)、『幸若舞曲研究』(1979~2004 三弥井書店)を参照しました。
  7:なお、底本には、現代では差別的とされる表現がありますので、その点、ご注意ください。

江戸期版本を読む INDEX

日本記
(大頭左兵衛本)

 そもそも日本開闢のみぎり、伊弉諾、伊弉冉、二人の尊、語らひを成し、共に分かちて宣はく、「既に天開くる上、定めて下に国あるべし。八十嶋を求めむ。」とて、雲の上よりも御鉾をさし下ろし、一大海の面を掻き探り給へども、鉾に当たれる嶋もなし。さればにや、則ち、その空劫の以前には、天地、開け始めず。今、成劫の時を得、尊、出現の身を分け、頭を須弥と名付け、眼を日月とし、出入る息を風とし、四つの肢を四州とす。骨は金、涙は水、肉を土と成し、髪、髭を木草とし、青きを東、赤きを南、白きを西、黒きを北と名付け、黄なる色を中央とするなり。中を土に司どつて、甘き味、出来る。北には黒き水ありて、塩はゆき味を成すとかや。西には白き金ありて、辛き味をなせり。南に赤き火を生じて、苦き味をなせり。東に青き木を生じて、酸き味をなせり。
 酸き味をば薬師とし。双調の声を説法す。苦きを以ては、不思議の宝生如来、これなり。辛き味をば阿弥陀とし、平調の声を致すなり。塩はゆきは盤渉調。釈迦の音声、これなり。甘き味をば大日の一越調の響きあり。宮、商、角、緻、羽、五韻は酸、苦、甘、辛、塩はゆく、乳味、酪味、生酥味、熟酥味、醍醐味、五つの声を集めつつ、華厳、阿含、方等、般若、法華とこれを申すなり。仏も経も真言も、この中よりも作り致す。地獄、極楽おしなべて。仏も法も僧法も、一体必ず三宝。三宝、やがて三観。三観、一義に一心。一心、やがて空にして、隔ても更になきものを、いかなる迷ひ、不思議にか、これ程広き大海に、一つの嶋のなかるらん。
 伊弉諾、御鉾を上げさせ給ふ。伊弉冉、御覧じて、「何とてその御鉾を上げさせ給ふぞ。天の陽をかたどり、地の陰勢の上がつてこそ、陰陽とも開くべけれ。この理に迷ひ、いたづらに御鉾を上げさせ給ふか。ただ懇ろに捜し給へ。」と仰せければ、重ねて御鉾をさし下ろさむとし給ふ。その鉾の下垂りが、遥かの海にとどまつて、一つの嶋と成りぬ。伊弉諾、御覧あつて、「あは、地よ。」と仰せられし。その御詞をかたどり、今の淡路嶋、これなり。
 さて、その鉾の下垂りは。何といへる子細によつて固まりけると尋ぬるに、大海の面に大日の梵字の浮かんで、波に揺られて漂へる泥のその上に、鉾の露のとどまりて固まり、土と成りにけり。大日の梵字のその上に、出来初めし国なれば、大日本国とは申すなり。
 日本国の淡路嶋、けしの勢に出来て、天竺も開けり。さて大唐も始まれり。さしもに広き天竺国、月をかたどる国なれは、月氏国とは申すなり。唐土も広しと申せども。晨旦国と名付けつつ、星をかたどる国にてあり。日本、吾が朝は、小国なりとは申せども、日域と名付けつつ、日をかたどれる国にて。三国一の吾が朝に、心のままの寿命にて、長く栄ゆるめでたさよ。

日本記
(大頭左兵衛本)

抑日本開闢のみぎむ。いざなきいざなみふたりのみことかたらひをなし。ともにわかちてのたまはく。已に天開るうへ。定て下に国あるへし。八十嶋をもとめむとて。雲の上よりも御鉾をさしおろし、一大海の面をかきさぐり給へとも。ほこにあたれる嶋もなし。さればにや則其くうごうの已前には。天地ひらけはじめず。今じやうこうの時をえ。尊出現の身をわけ。かしらを須弥と名付、眼を日月のことし出入いきを風とし。よつのえたを四州とす。骨はかねなむだは水しゝむらをつちとなし。かみひげを木草とし。青きをひがしあかきを南白きを西くろきを北と名付。黄なる色を中央とするなり。中をつちにつかさとつて。あまきあぢいて来る。北にはくろき水ありて。しはゝゆきあぢをなすとかや。西には白き金ありて。からきあぢをなせり。みなみにあかき火をしやうじて。にかき味をなせり。東に青き木をしやうじて。すきあちをなせり。すきあぢをばやくしとし。双調の声をせつほうすにかきをもつてはふしきのほうしやう如来これなり。からきあちをはあみたとしひやうでうの声をいたすなり。じははゆきはばむしきてう。しやかの音声是なり。あまきあちをは大日の。一こつてうのひゝきあり。宮商角微羽。五韻は酸苦あまからしはゝゆく。にうみらくみ。しやうそみじゆくぞみだいこみ。五つの声をあつめつゝ。けこむあこむほうとうはむにや法花とこれを申なり。仏も経も真言も。此中よりも作りいたす。地獄極楽をしなへて。仏も法も僧法も。一体かならす三宝。三宝やかて三観三観一義に一心一心やかて空にして。へたてもさらになき物を。いかなるまよひふしきにか。是ほとひろき大海にひとつの嶋のなかるらんいざなぎ御鉾を上させ給ふ。いざなみ御覧じて。何とて其御鉾をあげさせ給ふぞ。天のやうをかたどり。地のゐむぜいのあがつてこそ。ゐむやうともひらくべけれ。此理にまよひ。いたづらに御鉾をあけさせ給ふか。たゝ念比にさがし給へと仰けれは。かさねて御鉾をさしおろさむとし給ふ。その鉾の下だりが。遥の海にとゞまつて。ひとつの嶋となりぬ。いざなぎ御覧あつて。あは。地よとおほせられし其御詞をかたどり。今の淡路嶋これなり。さてそのほこの下だりは。何といへる子細によつて。かたまりけるとたづぬるに。大海のおもてに。大日の梵字のうかむてなみにゆられてたゝよへる。いゝぢのその上に。ほこの露のとゞまりて。かたまり土と成にけり。大日の梵字の其上に。出来初し。国なれは大日本国とは申也日本国の淡路しま。けしの勢に出来て。天竺もひらけりさて大唐もはしまれり。さしもにひろき天竺国。月をかたとる国なれは。月似国とは申なり。唐土もひろしと。申せとも。晨旦国と名付つゝ。星をかたとる国にてあり。日本わかてうは。小国なりとは申せとも。日域と名付つゝ。日をかたとれる国にて。三国一の吾朝に。心のまゝの。寿命にてなかくさかふるめてたさよ

入鹿
(大頭左兵衛本)

 そもそも鎌足の先祖を委しく尋ぬるに、天津児屋根の命に三十八代の御末、御食子の卿と申して、天下に隠れぬ臣下なり。君の御おぼえ、めでたし。天下の政をもわがままにし給へば、世、そねみ、人、偏執して、「いかにもして御仲の浅らげなむ」を巧み、讒臣の凶害を奏聞すると申せども、御門、御用ゐなかりしかど、げには又、諸卿一味の、遠流にて宥め難くや思しけむ、科もなかりき御食子の卿に、勅勘の宣旨を蒙りて、遥かなりける東路や、常陸の国に配所ある。
 思ひをば、雁山の夕の雲にかけながら、涙を遠嶋の道より末に先立てて、見も習はざる東路や常陸の国に下り、宮の辺りに庵して、明かし暮らさせ給ひければ、辺りの里人、見参らせ、「鹿島の宮に住めば。」とて、「四郎祢宜。」とぞ申しける。いつしか早く落ちぶれ、農夫田者に交じはり、三農の時を得、一茎の鋤を担ひ、寸の田を返し、一枝の桑の葉を取り、絹帛の類を営みて、いみじからねど光陰の、去年は今年に押し移り、あやめも知らず住み給ふ。
 かくて過ぎ行き給ひしに、わりなき妹背の仲なれば、若君、出来給ふ。ありしに変はる御住居にも、いつきかしづき給ひけり。既にその年もうち過ぎ、夏暮れ行けば、水無月も中の五日の暑き日に、田の草取りに出給ふ。いたはしや、若君をこの田の畦に具し出て、青葉の柴を折りかざし、「泣かで寝ねよ。」と乳を含め、夫婦共に百草を取る手に付けて、苗の葉の栄えむ事を悦びて、終日取りて暮らさるる。
 かかりける所に、いづくからとも知らざるに、一つの狐来り、鎌を口にくはへ、幼児の枕上に置き、かき消すやうに失せければ、父母、急ぎ立ち寄り、鎌を取りて見給ふに、氷、手の内に輝くやうな鎌であり。「もしも宝になるや。」とて、この子に添へて育てらる。
 撫育練磨の時を得、早、十六に成り給ふ。橘の京の御時に、農夫田者の業なれば、庭の夫に指され、泣く泣く京へ上りつつ、百敷や大内の庭の小草を清めしに、行事の弁は御覧じて、「多くの仕丁夫の中に、いとけなき童あり。形はやつれ果てたれど、只人ならずおぼえたり。金骨の相のあり。(「金骨の相」とは、大臣の相の事なり。)田舎へ今は下すまじ。宮中にとどまりて、御門を守護し申せ。」とて、文章生に任ぜられ、右京の太夫に経上がりて、宮中の交じはり、早、雲客に成り給ふ。果報の程のゆゆしさよ。
 かかりける所に、蘇我の入鹿の大臣とて、大悪逆の臣下あり。「君の御位を奪ひ取つて、我、王に成らむ。」と巧む。「この事、天下の大事。」とて、東山藤の多く這ひかかりたる大木の下にて僉議、ひそかに時を得、「かの入鹿の大臣を、右京の太夫に仰せ付け、討たるべき。」との綸言なり。勅命なれば背き得ず、領掌申し、帰り、幼稚の時、狐の与へたびたる一つの鎌をたばさみ、狙ひ窺ひ給へども、かの入鹿の大臣は、三年の事をかねて知り、剣をたばさみ鉾を持ち、宮中の出仕にも、警護の者、前後に満ち、先を払はせ出入れば、討つべきやうぞなかりける。
 鎌足、心に思し召す、「人をたばかる謀り事、親しくならでは叶はじ。」と、見目よき女を尋ね、「我が姫。」と号し、いつきかしづき給ひけり。美人は言はねど隠れなし。都の上下、かつ知つて、及ぶも及ばざりけるも、望みをかけぬ人は無し。或る時、鎌足、入鹿の臣の御方へ御文をつかはさる。「憂き世に来たるしるしに、愚子を一人持ちて候。せめて武運の至りにや、甲斐なき姫にて候を、妹とやらんのそのためか、望みは多く候へども、請け引く方も候はず。当君の御代に、御方様ならでは、親しみ申さむ便りもなし。醜女と思し召さるるとも、召し置かせ給はば、身の面目たるべし。」と書きこそ送り給ひけれ。入鹿は重き人なれども、妹には早くくつろぎ、「多年、望みの折節、御許されは、喜悦。」とて、やがて迎ひ取り、いつきかしづき給ふ。かくて、若君出来給ふ。家門の繁昌、時を得、「何事かこれにしかじ。」と上下、ざざめき給ひけり。
 鎌足、聞こし召されて、「今は早、たばかり寄せ、易々と討たばや。」と思し召し、風邪の心地にもてなし、日を経て万死一生のふりをまなび給へば、宮中の上下、問はせ給はぬ人は無し。されども、入鹿は見えさせ給はず。待ちかね給ふ風情にて、入鹿の臣の御方へ御文をつかはさる。「既に浮世の生涯、余命、今を限りなり。親子わりなき対面も、今度ばかりの事なるベし。入鹿の臣も北の方も、御入りあれ。」と書かれたり。入鹿、大きに驚き、「車遣り出せ、牛飼よ。急がせ給へ、御前。」と取る物も取りあへず、左右なく出させ給ひしが、中にて心を引つ返し、「暫し。牛飼よ、この車をとどめよ。御前ばかり遣り申せ。我は行かじと思ふなり。それをいかにと申すに、昔も異国に譬へあり。皆面々も聞き給へ。語つて聞かせ申すべし。
 「龍吟国の龍王と、還国の還王と、国の境を争ひ、数度の戦ひありしかど、還国は大勢、龍国は無勢。しかりとは申せども、龍国の味方に吟蹲、吟落とて、二人の猛き兵あり。天を駆けり、浮雲を走る事、平地を伝ふ如し。大地を通る時、磐石を穿つ事、薄氷を通す如くなり。海の上にて馬に乗り、猛火の中に身を隠し、大通自在に駆け廻れば、還国の兵、数を尽くして討たれけり。既に早、還王、討たるべきにておはせしが、還王、賢き人にて、みめ良き女を尋ね、『我が姫。』と号し、馬頭姫と名付け、吟蹲を婿に取る。吟蹲、猛き兵なれども、妹には早くくつろぎ、かの姫宮に契り、還国へこそ渡りけれ。弟の吟落も、『兄がかやうになる上、力及ばぬ次第。』とて、兄弟連れてぞ渡りける。
 「還王、ななめに思し召し、二人の者を近付け、『かの姫宮と申すは、麿が正しき姫なり。契りを籠むる汝達、などか子にてなかるべき。親子わりなき仲なれば、龍王を討つてたべ。もし、さもあらば、汝等に龍国を渡さむ。』と睦ましげに宣へば、兄弟の者ども、逃れ難くや思ひけむ、やがて領掌仕り、龍国へ忍び帰つて、『便宜あらば。』と狙ひけり。
 「龍王、御覧じて、『例ならず汝等が麿に近付き、言良きは、内に悪心籠る故。討たれじとだに思ひなば、いかに狙ふと、討たるまじ。さりながら、日頃、麿へ仕へ、数度の凶夷を滅ぼし、今まで国をしる事も、只汝等が旧功たり。日頃の忠の深ければ、命をば汝等に与ふるなり。さりとは申せども、五体不具にある者は、仏体をも請け難し。麿が崩御の亡体を、ちつとも損ささず、金山に廟を築き、籠め奉るべきなり。すは、魂。』と宣ひて、みづから胸の間より、青き蛇取り出し、三曲げに取つて押し曲げ、吟蹲にたび給ふ。御最後の綸言に、『麿が命は惜しからず。汝等、他国のたばかりを知らざりけるぞ無残なれ。必ず後悔すべきぞ。』と。これを最後の綸言にて、忽ち崩御なり給ふ。
 「御遺言に任せて、金山に廟を築き、御体を掘り埋み、魂の蛇を還国へ渡し、還王にこれを見せ申す。還王、なのめに思し召し、『ここまでの業なれば、吟蹲をも吟落をも諸共に討ち取つて、世を治めむ。』との宣旨にて、官軍、雲霞に取り巻いたり。無残の有様や。龍王おはせし時にこそ、吟蹲、吟落が弓矢の勇も強くして、居ながら諸侯を制せしに、龍王崩御のその後は、通力も疲れ果て、謀り事も巡らず、剣も飛ばず。いはんや、鉾を投ぐる事もなく、只いたづらに彼ら、討たるべきにてありしが、猶兵法の徳により、多くの中を打ち破り、龍国さして逃げて行く。後より官軍追つかくる。
 「せむ方尽きて、龍王の御廟の前に参り、『いかがはせむ。』と悲しぶ。廟の内に声あつて、『麿が末期の綸言、今こそ思ひ知るべけれ。敵は近付きぬ。いたづらに彼等を討たせん事の無残さよ。いでいでさらば、汝等を一見継ぎ見継ぎ、今度の命、助けむ。麿が体を掘り起こし、四色の獅子に押し乗せて、一つの鉾を与へよ。防いでみむ。』と宣旨あり。廟は大きに震動し、塚は二つに割れにけり。不思議の思ひをなしつつ、骨を拾ひ、接ぐ程に、いかがはして無かりけり、頤の骨の足らざれば、左の膝の甲羅を取つて、頤の骨にさし接ぐ。さて、肉は朽ち失せぬ。取り繕ふにあたはず。
 「青黄赤白の四色の獅子に押し乗せ、鉾を参らせたりければ、拍子に合はせ、駆け引く。面を合はする者は無し。還国の兵、数を尽くして討たれけり。しかりとは申せども、その日も既に暮れ、晩鐘時になれば、亡骨と番ふ屍にて、日も入らば離れて、叶ふべしとおぼえず。高き岡に上がり、入り日を、『暫しとどまれ。』と招き給ひたりければ、げに日光も憐れびて、山の端にかかる日が又、巳の刻にたち返る。敵、これを見て、いよいよ瞋恚をとどめ、合戦をやめて逃げ帰る。
 「後代の名跡、舞楽に作り置かれたり。入り日を返す舞の手、この御世よりも始まれり。陵王の秘曲、この御事なりけり。抜頭の舞と申すは、養子の姫の事なり。吟蹲、吟落は、落蹲、納蘇利、これなり。還城楽は、やたいな還城楽に作らるる。この理を聞く時は、我も、女に契り、鎌足にたばかられ、明日後悔のあらん時、先非を悔ゆと、叶ふまじ。今日は行かでもありなむ。明日は日柄良からず。」とうち解け給ふ事もなく、今度もたばかり損じて、討たでぞやまれけるとかや。
 鎌足、力に及ばせ給はず、春日の宮に参らせ給ひ、一七日参籠あつて、「一殺他生の道理にて、殺すは科にて候へども、かの入鹿の大臣は、天下を軽くするのみならず、国を潰やす逆徒たり。入鹿の臣を易々と討たせて給ふものならば、奈良の都のその内に、興福寺の金堂とて、大伽藍を建立し、丈六の釈迦の像を造り、経王を祈り、国家を護国すべし。」と大願を立て、少しまどろみ給ふ。夢にもあらずうつつともなく、葵の榊葉一房、直衣の袖に落ちかかる。又、辺りを御覧ありければ、榊の細杖一つあり。「そも、この杖と申すは、何といへる心ぞや。およそ、杖にも多種あり。仏の杖は魔訶薩杖、無明常夜の民の憂き迷ひを知る杖なり。菩薩の杖は錫杖、功徳の高きを表せり。欣求解脱の竹杖、白駝王のしゆはむ杖、宗門の持てる拄杖こそ、深き心のあるなるに、今の榊の細杖は、盲聾の冥闇杖、めくらのつく杖なり。照る日月は明らかにましませど、虚空常夜の如くなれば、杖に引かれてたどり行く。かるが故に、名付けて冥闇杖と申すなり。我も、めくらにあらずとも、この杖をつきつつ、盲目のまなびをし、敵に心を許させて、討てと思し召さるるか。」と早、下向の道よりも、「この間の病気に、目を病み、潰したり。」とて、たどり歩き給ひけり。
 入鹿、この由御覧じて、「人をたばかる謀り事、何とか巧み給ふらん、恐ろしさよ。」と用心す。皆人、申しけるやうは、「かの鎌足と申すは、常陸の国鹿嶋の宮、四郎祢宜が子にて、田夫野人の者なるを、宮中に召し置かれ、休盧に上り、殿下をけがす科により、位に打てて盲目に成りたるよ。」と言ひければ、入鹿、「げにも。」と思し召し、ちつとくつろぐ風情あり。
 鎌足、「今は、かう。」と思し召し、「易々とたばかり寄せ、討たばや。」と思し召し、頃は霜月下旬なるに、入鹿の臣を請じ、囲炉裏に火を置かせ、入鹿の臣と鎌足、御手を温め給ふ所に、鎌足の若君の、まだいとけなくましますを、乳母が抱き申し、辺りを通り申す時、むづからせ給へば、鎌足、聞こし召されて、「何とてその子を泣かするぞ。これへ、これへ。」と仰せければ、左右なく参らするとて、いかがしけむ、盛りの炭の火の中へ取り落とし申す。
 入鹿、この由御覧じて、「まこと、偽り、ここなるべし。など見落としてあるべき。」と、さし退いて見給ふ。鎌足、いとど悟つて、あらざる方に手を上げて、もだえ焦がれ給ふ間に、終に空しく成り給ふ。甲斐なき死骸を取り上げて、御膝の上に参らする。鎌足、抱き取り給ひ、「ここは、いづく。面、顔。かしこはいづく。前、後ろ。」足手を探り廻しつつ、「こは、いかに。あさましや。辺りに人はおはせぬか。など取り上げて、たび給はぬ。『自未得度先度他』は、菩薩の行にあらずや。あはれ、片輪のその中に、めくらは殊に恨めしや。しかも一子の若なれば、『かく片輪なる憂き身こそ、先立ち、菩提をも弔はれむ。』とこそ思ひしに、眼前、猛火の中に入るを、助けぬ事の無残さよ。生きて甲斐なき憂き身をも、殺してたべや、人々。」と、天に仰ぎ地に伏して、流涕、焦がれ給ひければ、見る人も聞く人も、袖を絞らぬ人ぞ無き。
 入鹿、この由御覧じて、「あら、痛はしや。誠に盲目し給ひけるを、今まで疑ひける事よ。されば、我が身に偽りある者が、人のまことを疑へり。今より後は、疑ひの心をやめ、親しむべし。」と思し召し、ちつとくつろぐ風情あり。鎌足、「今は、かう。」と思し召し、「便宜良き間なり。御用意あれ。」と、内へ奏聞申されたり。御門、叡覧ましまして、かねて御用意の事なれば、異国より参賀の表を渡され、「開かるべき道理あり。諸卿、残らず参内あれ。」「承る。」と宣ひて、諸卿、残らず参内あり。
 鎌足ばかり御不参あり。御門、叡覧ましまして、「たとひ盲目なりとも、大事の僉議なる間、参内なくて叶ふまじい。」と、重ねて勅使、立ちければ、鎌足の臣も参内あり。いつよりも法衣引き繕ひ、小八葉の車の鮮やかなるに召され、陽明門より車をとどめ、雑色どもに手を引かれ、御前近くなりければ、恐れなれば、それより介錯申す者もなし。紫宸殿の階を、探り探りうち上り、大床の簀子に笏持つて、鎌足、御前を後ろに成し、あらざる方を伏し拝む。心を知りたる人々は、「ここを先途。」と肝を消す。心を知らざる人々は、「ゆゆしかりつる臣下を。」と嘆く人もあり。
 御門、叡覧ましまして、「いかに、鎌足。本座にあれ。」との宣旨なり。諸卿達も残らず、「御本座あれ。」と申さるる。御声につきて鎌足、探り探りうち上り、既に入鹿の座近くなる。入鹿は、片膝押し立て、鎌足の御手を取つて、押し上げむとの色代なり。鎌足は、入鹿を押し上げむとの色代なり。既に早、御座敷、身の毛を立てて怖ぢ恐れ、早、騒がしく成りければ、「敵に色を悟られ、悪しかりなむ。」と思し召し、三年が間塞いだる両眼をくわつと見開き、弓手の直衣の下よりも、件の鎌を取り出し、うち振り給ふと見えしかば、入鹿の臣の御首は、水もたまらず落ちにけり。
 首もなき骸が、居たる所をづむと立つて、鎌足を押しのけ、馬手の直衣の下よりも、氷のやうなる剣を抜き、御座へ走り上がつて、御褥に抱きつき、切つつ突いつ至極して、北枕にぞ伏しにける。されども君は、かねてより、荒海の障子の間に立ち隠れさせ給へば、さらにつつがもましまさず。入鹿討たれてその後、国も富み栄え、民の竈も豊かなり。

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