江戸期版本を読む

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カテゴリ: 幸若舞曲集(1943刊)

いるか
(大頭左兵衛本)

抑かまたりの先祖を委尋るに。あまつこやねのみことより三十八代の御すゑ。みけこの卿と申て天下にかくれぬ臣下也。君の御おぼえ目出度し。天下のまつり事をもわかまゝにし給へば。よそねみ人へむしゆして。いかにもして御中のあさらけなむをたくみ。ざむしむのきやうがいを奏問すると申せとも。御門御もちいなかりしかと。けには又諸卿一味のおむるにてなだめかたくやおほしけむ。科もなかりきみけこの卿にちよつかむのせむじをかうふりて。はるかなりけるあつまちや。ひたちの国にはいしよある。おもひをばかむさむの。夕部の雲にかけながら。なみたを遠嶋の。みちよりすゑにさきたてゝ。みもならはざるあつまちや。ひたちの国にくたり。みやのあたりに庵して。あかしくらさせ給ひけれは。あたりの里人みまいらせかしまのみやに。住はとて四郎ねきとそ申ける。いつしかはやくおちぶれ。農夫田舎にまじはりさむのうの時をえ。いつけいのすきをになひ。すむの田をかへし。いつしのくはのはをとり。けむはくのたぐゐをいとなみ。いみしからねとくはうゐむの。去年は今年に。をしうつりあやめもしらす住給ふ。かくて過行給ひしに。はりなきいもせの中なれば。若きみ出き給ふ。ありしにかはる御住居にもいつきかしつき給ひけり。すでに其年も打過。夏くれゆけはみな月も。中の五日のあつき日に。田の草とりに出給ふ。いたはしや若君を。此田のあせにくし出て。青葉の柴を折かさし。中ていねよとちをふくめ。夫婦ともに百草を。とるてに付てなへのはの。さかへむ事を。悦てひめむすとりぞくらさるゝ。かゝりける所に。いづくからともしらざるに。ひとつのきつね来り。かまを口にくはへ。やうしの枕神にをき。かきけすやうにうせければ。ちゝはゝいそき立寄。かまをとりて見給ふに。氷手の内にかゝやく様なかまてあり。もしも宝になるやとて此子にそへてそたてらる。ふゆくれむまの時をえ。はや十六に成給ふたちはなの卿の御時に。農夫田舎のわさなれば。庭の夫にさゝれ。なくなく京へのほりつゝ。百敷や大内の庭の小草を清めしに。ぎやうじの弁は御覧して。おほくのじちやうふの中にいとけなきわつはあり。かたちはやつれ。はてたれとたゝ人ならすおほえたり。こむこつのさうのあり。こむこつのさうとは大臣のさうの事なり。田舎へ今はくたすまし。宮中にとゝまりて。御門をしゆごし申せとて。もむしやうぜうににむせられ右京の太夫にへあがりて。宮中のまじはり。はや雲客に。なり給ふ果報の程のゆゝしさよ。かゝりける所に。そかの入鹿の大臣とて大あくげきの臣下あり。君の御位をうばひとつて。我王にならむとたくむ此事天下の大事とて。東山藤の多くはひかゝりたる。大木のもとにてせむぎひそかに時をえ。かの入鹿の大臣を。右京の太夫に仰付うたるべきとのりむけむなり。勅命なればそむきえず。りやうじやう申かへり。ようちの時狐のあたへたる。ひとつのかまをたばさみ。ねらひうかゞひ給へとも。かの入鹿の大臣は。三年の事をかねてしり。剣をたばさみほこをもち。宮中の出仕にもけいごの者前後にみち。先をはら出入はうつへきやうぞなかりける。かまたり心におぼしめす。人をたばかるはかり事。したしくならてはかなはじと。みめよき女房をたつね。我姫とかうし。いつきかしつき給ひけり。美人はいはねどかくれなし。都の上下かつしつて。をよぶもをよばざりけるも。のぞみをかけぬ人はなし。有時かまたり入鹿の臣の御方へ。御文をつかはさる。うき世にきたるしるしに。ぐしを一人もちて候。せめてふうむのいたりにや。かいなき姫にて候を。いもとやらんの其為か。のそみは多く候へともうけ引かたも候はす。当君の御代におかた様ならては。したしみ申さむたよりもなし。じうしよとおぼしめさるゝとも。めしをかせ給はゝ。みの面目たるへしと書こそ送り給ひけれ。入鹿はおもき人なれども。いもにははやくくつろき。多年望の折節。御ゆるされは喜悦とてやかてむかひとり。いつきかしづき給ふ。かくて若君いてき給ふ。家門の般昌時をえ。何事か是にしかじと上下さゝめき給ひけり。鎌たり聞しめされて。今ははやたばかり寄。やすやすとうたはやとおほしめし。風の心ちにもてなし。日をへて万事いつせいのふりをまなひ給へは。宮中の上下とはせ給ぬ人はなし。されども入鹿は見えさせ給はす。待かね給ふ風情にて。入鹿の臣の御方へ御文をつかはさる。すてに浮世のしやうがいよめい今をかぎり也。親子はりなきたいめむも。今度ばかりの事成へし。入鹿の臣も。北の方も御入あれとかゝれたり。入鹿大きにおどろき。車やりだせ牛飼よ。いそがせ給へ御前と。とるものもとりあへず。左右なく出させ給ひしが。中にて心をひつかへし。しばし牛飼よ此車をとゝめよ。御前ばかりやり申せ。われはゆかしとおもふなり。それをいかにと申に。昔も異国にたとへあり。みな面々も聞給へ。語てきかせ申べし。れうぎむ国のれう王と。げむ国のげむわうと。国の堺をあらそひ。数度のたゝかいありしかど。げむ国は大勢れう国は無勢。しかりとは申せども。れう国の味方にきむぞむきむらくとて二人のたけき兵者あり。天をかけりうき雲をはしる事平地をつたふごとし。大地をとをる時盤石をうがつ事薄氷をとをすことく也。海の上にて馬に乗。みやう火の中に身をかくし。大通自在にかけまはれば。げむ国つはものかずをつくしてうたれけり。すでにはやけむ王。うたるべきにておはせしが。けむわうかしこき人にて。みめよき女をたつね吾姫とかうし。ばとう女と名付。きむぞむをむこにとる。きむぞむたけき兵者なれども。いもにははやくくつろぎ。かの姫宮にちぎりげむ国へこそわたりけれ。おとおとのきむらくもあにかかやうに成うへ。力をよはぬ次第とて兄弟つれてぞ渡りける。けむ王斜におぼしめし。二人の者を近付。かの姫宮と申はまるがまさしき姫也。ちぎりをこむる汝達。などか子にてなかるべき。親子わりなき中なれば。れう王をうつてたべ。もしさもあらば汝等に。れう国をわたさむと。むつましげにの給へば。兄弟のものども。のがれがたくやおもひけむ。やかてりやうじやう仕り。れう国へしのびかへつて。便宜あらばとねらひけり。れう王御覧じて。例ならず汝等が。日比丸へ仕へ数度のけういをほろぼし。今まて国を知事もたゝ汝等かきうこうたり。日比のちうのふかけれは。命をばなむちらにあたふる也。然とは申せとも。五体ふくに有ものは仏体をも請がたし。丸が崩御のはうたいをちつともそむさゝず。きむ山に廟をつき。籠奉るへきなり。すはたましひと宣ひて。みづから胸の間より。青きくちなは取出し。三わけにとつてをしはげ。きむぞむにたび給ふ。御最後のりむげむに。まるかいのちはおしからす。汝等他国のたばかりを。しらさりけるそむさんなれ。かならず後悔すへきそと。これを最後の。りむげむにてたちまち崩御成給ふ。御遺言に任せて。きむ山に廟をつき。御からだをほりうつみ。魂のくちなはを。げむ国へわたし。げむ王にこれを見せ申。げむわうなのめにおほしめし。爰まてのわざなれは。きむぞむをもきむらくをも。諸友にうちとつて。世をおさめむとの宣旨にてあふ官軍うむかにとりまいたり。むさんの有様や。れう王おはせし時にこそ。きむぞんきむらくかゆみやのゆうもつよくして。ゐなからしよこうをせいせしに。れう王崩御の其後は。通力もつかれはて。はかり事もめくらず。剣もとはすいはむや。ほこをなぐる事もなく。たゝいたづらにかれら。うたるへきにてありしが。猶兵法の徳によりおほくの中を打やふりれうこくさしてにけてゆく。跡より官軍おつかくるせむはうつきてれうわうの。御廟の前にまいり。いかゝはせむとかなしふ廟の内に声あつて丸かまつこのりむけむ今こそ思ひしるべけれ。かたきはちかつきぬ。いたづらに汝等を。うたせん事のむさんさよ。いていてさらば汝等を。一みつきみつき。今度の命たすけむ。丸がからたをほりおこししゝきの鹿にをしのせて。ひとつのほこをあたへよ。ふせいでみむと宣旨あり。廟はおほきにしむどうし塚はふたつにわれにけり。ふしきのおもひをなしつゝ。骨をひろひつく程に。いかゝはしてなかりけり。おとがいの骨のたらされば。左のひさのかはらをとつておとがいの骨にさしつく。さてしゝむらは朽うせぬとりつくろふにあたはす。青黄赤白の四色の鹿にをしのせほこをまいらせたりけれは拍子に合せかけひく。面を合るものはなし。げん国の兵者数をつくしてうたれけり。しかりとは申せ共其日もすてに暮晩鐘時になれば。ばうこつとつがふかばねにて。日もいらばはなれて。かなふへしとおぼえす。たかき岡にあかり。入日をしはしとゝまれとまねきたまひたりけれはけに日光もあはれひて。山のはにかゝる日か又巳の刻にたちかへる。かたき是を見て。いよいよしむいをとゝめ。合敷をやめてにけかへる。後代の名跡。ぶがくに作りをかれたり入日をかへすまひの手。この御世よりも始れり。れう王のひきよくこの御事なりけりばとうの舞と申は。やうじの姫の事なり。きむそむきむらくはらくそむなつそりこれ也。げむじやうらくはやたいなげむじやうらくに作らるゝ此理りを聞時はわれも女にちぎり。かまたりにたばかられ。明日後悔のあらん時せむひをくうとかなふまし。今日はゆかでもありなむ。明日はひがらよからすとうちとけ給ふ事もなく。今度もたばかりそむじてうたてそやまられけるとかや。鎌たり力に及せ給ず。春日の宮にまいらせ給ひ。一七日参籠あつて。一せつ他生の道理にてころすはとがにて候へとも。かの入鹿の大臣はてむがを軽するのみならす。国をついやすげきとたり。入鹿の臣をやすやすと。うたせてたまふものならば。奈良の都の其中に興福寺の金堂とて。大がらんを建立し。ぢやうろくのしやかのさうを作り。けう王をいのり国家をごゝくすへしと大願をたて。すこしまとろみ給ふ。夢にもあらずうつゝともなく。葵の榊葉一ふさなをしの袖におちかゝる。亦あたりを御覧ありければ。榊の細杖ひとつあり。そも此杖と申は何といへる心そや。凡杖にもたしゆあり。仏の杖は魔訶薩杖。むみやうぢやう夜のたみのうきまよひをしる杖也。𦬇の杖はしやくぢやう。くどくのたかきをへうせり。ごむぐげだつの竹杖。はくた王のしゆはむぢやうしゆもむのもてるしゆちやうこそ。ふかき心のあるなるに。今の榊の細杖は。まうろうのめいあむちやうめくらのつくつえなり。照日月は。あきらかにましませと。こくうぢやうやのことくなれは。杖にひかれてたとりゆく。かるが故に名付てめいあむぢやうと申なり。われもめくらにあらすとも。この杖をつきつゝまうもくのまなひをし。かたきに心をゆるさせてうてとおほしめさるゝかと。はや下向のみちよりも此間の病気に。目をやみつぶしたりとて。たどりありき給ひけり。入鹿此よし御覧じて。人をたばかるはかり事。何とかたくみ給ふらん。おそろしさよと用心す。皆人申けるやうは。かのかまたりと申は。ひたちの国鹿嶋の宮四郎祢ぎか子にて。田夫野人の者なるを。宮中にめしをかれ。きうろにのぼり殿下をけがすとがにより。位にうてゝまうもくに成たるよと云けれは。入鹿けにもとおぼしめし。ちつとくつろぐ風情あり。かまたり今はかうとおぼしめし。やすやすとたばかりよせ。うたばやとおぼしめし。比は霜月下旬なるに。入鹿の臣を請し。いろりに火をゝかせ。入鹿の臣とかまたり御手をあたゝめ給ふ所に。かまたりのわかきみの。まだいとけなくましますを。めのとがいだき申。あたりを通り申時。むつからせ給へば。かまたり聞しめされて。何とて其子をなかするぞ。これへこれへと仰けれは。さうなくまいらするとて。いかゝしけむ。さかりのすみの火の中へとりおとし申。入鹿此よし御覧じて。誠偽こゝなるへし。などみおとさであるべきと。さしのいて見給ふ。かまたりいとゝさとつて。あらさるかたに手をあけて。もたえこかれ給ふまに終にむなしく成給ふ。かいなきしがいをとりあけて。おひさの上にまいらする。かまたりいたき取給ひ。爰はいつくおもてかほ。かしこはいつく前うしろ。あしてをさぐりまはしつゝ。こはいかに。あさましや。あたりに人はおはせぬか。などとりあけてたひ給はぬ。しひとくど善とたはほさつの行にあらすや。あはれかたはの其中に。めくらは殊にうらめしや。しかも一子の若なれは。かくかたはなるうきみこそ。さきたち。ぼだいをもとはれむとこそおもひしに。眼前みやうくわの中に入るを。たすけぬ事のむさむさよ。いきてかいなきうき身をも。ころしてたへや人々とて天にあふき地に伏て。りうていこかれ給ひけれは。見る人も聞人も袖を。しほらぬ人ぞなき。入鹿此よし御覧して。あらいたはしやまことにまうもくし給ひけるを。今まてうたがひける事よ。さればわが身に偽ある者が。人の誠をうたがへり。今より後はうたがひの心をやめ。したしむへしとおほしめし。ちつとくつろぐふぜいあり。かまたり今はかうとおぼしめし。便宜よきまなり。御用意あれと内へそうもむ申されたり。御門ゑいらむましまして。かねて御用意の事なれば。異国よりさんがのへうをわたされ。ひらかるべきだうりあり。諸卿のこらす参内あれ。承と宣ひて。諸卿のこらず参内有。かまたりばかり御不参有。御門ゑひらむましまして。たとひまうもく成とも。大事のせむぎなる間。参内なくてかなふまじいと。重てちよくしたちければ。かまたりの臣も参内有。いつよりも法衣引つくろひ。小八葉の車のあざやかなるにめされ。やうめい門より車をとゞめ。ざつしきともに手をひかれ。御前ちかく成ければ。恐なればそれよりもかいしやく申ものもなし。ししんでむのきさ橋を。さぐりさぐり打のほり。大床のすのこにしやくもつてかまたり。御前をうしろになし。あらさる方をふしおかむ。心を知たる人々は。爰をせむとゝきもをけす。心をしらざるひとひとは。ゆゝしかりつる臣下をと。なげく人もあり。御門ゑいらむましまして。いかに鎌たり本座にあれとの宣旨なり。諸卿達ものこらす。御本座あれと申さるゝ。御声に付てかまたり。さぐりさぐり打のほり。すてに入鹿の座ちかくなる。入鹿はかたひさをしたて。鎌たりの御手をとつてをしあげむとのしきだい也。鎌たりは入鹿を。をしあけむとのしきだいなり。すでにはや御ざしき。みのけをたてゝおぢおそれ。はやさはがしく成けれは。かたきに色をさとられ。あしかりなむとおほしめし。三年が間ふさいたる。両眼をくわつと見ひらき。弓手のなをしの下よりも。件のかまを取出し。うちふり給ふと見えしかは入鹿の臣の御くひは水もたまらす落にけりくひもなきむくろが。ゐたる所をつむとたつて。かまたりをゝしのけ。めてのなをしの下よりも。氷のやうなる剣をぬき。御座へはしりあがつて。御しとねにいだきつききつつついつじこくして。北枕にそ伏にける。されとも君はかねてより。あらうみのしやうじの間に。たちかくれさせ給へば。さらにつゝかもましまさす。入鹿うたれて其後。国もとみさかへ。たみのかまともゆたかなり。

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大織冠
(大頭左兵衛本)

 それ我が朝と申すは、天津児屋根命の、天の岩戸を押し開き、照る日の光もろともに、春日の宮と顕はれて、国家を守り給ふなり。さればにや、春日を春の日と書く事は、夏の日は極熱す。秋の日は短し。冬の日は寒けし。春の日はのどけし。よく万物を生長す。四季に殊更すぐれ、名日なるによりつつ、春の日と書き奉つて、春日と名付け申すなり。
 かの宮の氏子は、藤原氏にておはします。藤原のその中に、大織冠と申すは、鎌足の臣の御事なり。初めは文章生にて御座ありけるが、入鹿の臣を平らげ、大織冠になされさせ給ふ。そもそもこの官と申すは、上代にためしなし。さて末代にありがたき、めでたき官途なりけり。いつも鎌を持ち給へば、鎌足の臣とも申すなり。春日の宮に参籠あつて、あまたの願を立てさせ給ふ。中にも、「興福寺の金堂、最初に建立あるべき。」とて、荘厳七宝をちりばめ、荘厳堂を建てさせ給ふ。これによつて、果報は天よりも天降り、国の靡き従ふ事は、降る雨の国土を潤し、只、草葉の風に靡くが如くなり。
 公達あまたおはします。嫡女をば光明皇后と申し奉り、聖武天皇の后に立たせ給ふ。二女に当たり給ふを紅日女と申して、三国一の美人たり。しかるに、かの姫君の優に優しき御形、たとへを取るにためしなし。桂の眉は青うして、遠山に匂ふ霞に似、百の媚びある眼先は、夕陽の霧の間に、弓張月の入る風情。翡翠の髪ざしは、黒うして長ければ、柳の糸を春風のけづる風情に異ならず。姿は三十二相にし、情けは天下に並びもなし。かかる優なる御形の、異国までも聞こえのありて、七御門の総王、太宗皇帝は、伝へ聞こし召され、見ぬ恋に憧れ、雲の上も掻き曇り、月の友もおのづから、光を失ひ給ひけり。
 臣下卿相、一同に奏聞申されけるやうは、「玉体の御風情、世の常ならず拝み申して候。何をか包ませ給ふべき。思し召さるる事候はば、侍臣が中へ宣旨あれ。」と奏し申されたりければ、御門、叡覧ましまして、「あら、恥づかしや。包むに堪へぬ花の香の、洩れても人の悟りけるか。今は何をか包むべき。これより東海数千里、日本奈良の都に住む、大織冠が乙姫を、風の便りに聞くからに、見ぬ面影の立ち添ひて、忘れもやらでいかがせむ。」臣下卿相承つて、「これは何よりもめでたき御所望にて候ものかな。勅使を立てて、綸言にて迎へ取らせ給ひ、叡覧あれ。」との僉議にて、運賀と申す兵を、勅使に立てさせ給ふ。運賀、既に太宗の金札を賜はり、数千万里の海路を過ぎ、日本奈良の都に着き、大織冠の御元にて、朝礼を捧ぐ。
 大織冠は御覧じて、「我はこれ、日域とて、小国の王の臣下として、いかにとして異国の大王を、左右なく婿に取るべき。」と、一度は勅使を辞退ある。勅使、立ち戻つて、この旨を奏聞す。太宗、いとど憧れ、再びの勅使を立てさせ給ふ。聖武皇帝、聞こし召し、「情けは上下によるべからず。小国の臣下の子なりとも、その憚りはあるべからず。麿、返牒を致す。」とて、忝くも皇帝の印判をなされければ、勅使、面目施して、急ぎ立ち戻つて返牒を捧ぐれば、太宗、大きに叡慮あり。吉日選び、早々に迎ひ船をぞ越されける。今度の迎ひの勅使には、橘の朝臣に右大臣法眼なり。
 そも、本朝と申すは、小国なりとは申せども、知恵第一の国なり。「未練の出立ち、叶ふまじ。結構あれ。」との僉議にて、宗徒の大船三百艘。后の御船をば、龍頭鷁首と名付けて、朱丹を以てかたどり、舳には鸚鵡の頭をまなび、艫に孔雀の尾を垂れたり。船の内に錦を敷き、沈檀をまじへ、光燿鸞鏡磨き立て、玉の幡は風に靡き、黄金の瓦は日に光り、弘誓の船とも言ひつべし。法被、天冠、玉を垂れ、身を飾つたる女官、侍女、三百人すぐつて、「これは、船中の御介錯のために。」とて、飾り船にぞ乗せられたりける。「日域よりも唐土まで、数千万里の海上の、御慰みのそのために、御賀の舞あるべし。」とて、稚児百人すぐつて、身を飾つてぞ乗せられたる。既に卯月の末つ方、纜解いて押し出す。天の川瀬にあらねども、妻越し船の帆を上げたり。
 かくて浪風静かにて、船は本朝津の国や、難波の浦に着きしかば、勅使は奈良の京に着く。大織冠は受け取つて、一つは異国の聞こえと言ひ、又一つは本朝の威光のためぞと思し召され、山海の珍菓を山と積み、五千人の上下を、その年の八月半ばより、明くる卯月初めまで、もてなし給ふ。大織冠、果報の程のめでたさよ。卯月もやうやう末に成り行きければ、吉日選び、玉の御輿に召され、難波の浦へ御出あり。それよりも龍頭鷁首に召され、順風に帆を上げければ、船は程なく大唐の、明州の湊に着かせ給ふ。内裏に聞こし召され、「すはや、国母の行啓よ。いざいざ、御迎ひに参らん。」と左右の大臣、女官所、百官、卿相、官人、仕丁に至るまで、残る所はなかりけり。
 そもそも大国の国の数を申すに、一千四百四十国。郡の数を申すに、九万八千余郡。寺の数を申すに、一万二千六ヶ寺。市の数を申すに、一万二千八百。長安の市と申すは、在家の数は百万軒。人の数を申すに、五十九億十万八千人立つ市なり。長安城の湊より、十の道分かてり。険路険難道とは、辰巳をさして行く道、三十五に踏み分けり。奥南道と申すは、未申へ行く道、五十九に踏み分けり。西径道と申すは、西をさして行く道、二十六に踏み分けり。向北道と申すは、北をさして行く道、末は只二つ。東陽道は船路にて、末は日本に続けり。かかる道々よりも、貢ぎ物を供へ、后を拝み奉る。あら、ありがたや。只一目拝み申す人だにも、貧苦を逃れ、忽ちに富貴の家と成る。さればにや、皇帝も龍顔に親しみ、馴れ近付かせ給へば、諸病を癒し、忽ちに養生の大医に会へる心地して、御持の間、世、素直に、民の竈も豊かなり。
 かくて過ぎ行き給ふに、后の宮思し召す。「我はこれ日域とて、小国の者とありながら、大国の后に備はりたる、その高名を日本へ残してこそ。」と思し召し、「御父の大織冠、興福寺の金堂、同じき釈迦の霊像を御建立あるべきに、かの御堂の施入に、仏具、法具を贈つて、末代のしるしとも成さばや。」と思し召し、揃へ給ふ宝には、まづ華原磬、泗浜石。華原磬と申すは、打ち鳴らしてのその後に、声、さらに鳴りやまず。「とどめむ。」と思ふ時には、九条の袈裟を覆ふなり。泗浜石は硯。かの硯の徳用は、水なくして墨を磨つて、心のままに使ふなり。梵本の法華経を、多羅葉にて阿難尊者の遊ばしたる、七帖。瑠璃の水瓶。赤栴檀の磬台。吠瑠璃の花立。栴檀の脇息。尼拘陀樹の数珠一連。黄虎の虎の皮。金色の獅子の皮。火鼠の皮三枚。かかる宝のその中に、赤栴檀の御衣木にて、五寸の釈迦を作り、肉舎利の御舎利を、御身に作り籠めながら、方八寸の水晶の塔の中に納めて、無価宝珠と名付けて、これを一の重宝にし、送り文を別紙に書き、石の箱に納めて、贈らせ給ひけるとかや。この玉は、則ち興福寺の本尊、釈迦仏の眉間に彫りはめ給ふべきなり。」と、書きこそ送り給ひけれ。
 「さてしも、かかる重宝を、誰か守護し送るべき。器量の仁を選め。」とて、兵どもを召さるるに、大国の習ひにて、百人の大将を百戸と言ひ、千人が大将を千戸と言ひ、万人の大将を万戸と名付け候。向北道の末、雲州といふ国に、万戸将軍運宗とて、大剛の兵あり。劣らぬ程の兵を三百人相添へ、都を立つて大唐の明州の湊より、一葉の船に棹をさし、追風の風に帆を上げて、数千万里を送りけり。
 海底に住み給ふ八大龍王の惣王、玉の日本へ渡る事を神通にて知ろしめし、諸々の龍王達を集めて仰せけるは、「我等は既に海底の龍王たりといへど、五衰三熱、暇もなく、億劫にも会ひがたき。赤栴檀の御衣木にて、五寸の釈迦の霊仏の、この波の上に御座あるを、いざいざ奪ひ取つて、我等、正覚なるべし。」「尤も、しかるべし。」とて、八大龍王の波風荒く立て給へば、船、漂蕩し、遅参し、波路も静かならざりき。されども、奇特不思議の仏の召したる御舟なれば、上界の天人は雲を凌ぎ、仏法守護の夜叉、羅刹は、波風を鎮めさせ給ひければ、舟に子細はなくして、三羽の征矢を射る如く、殊更、追風と成りにけり。
 龍王、いとど怒りを成し、「浪風にてとどめずは、押さへて奪ひ取るべし。さあらん時に、異国の者、定めて強く防ぐべし。龍王の眷属に、しかるべき者は無し。修羅は猛き者なれば、頼うで見ん。」と宣ひて、阿修羅達をぞ頼まれける。かの修羅の大将、摩醯首羅、諸々の修羅どもを引き具してこそ出られけれ。元より好む闘諍なれば、百千若干の眷属どもを、異形異類に出で立たせ、鉾、刀杖を取り持たせ、「敵は数万騎候とも、戦は家のものなれば、玉に於いては奪ひ取つて参らせむ。」と申して、日本と唐土の潮境、ちくらが沖に陣を取り、万戸が舟を待ちゐたり。
 これをば知らで、万戸は順風に帆を上げて、心に任せ吹かせ行くに、日頃、ありともおぼえぬ所に、嶋一つ浮かめり。見れば、旗脚翻し、鉄の楯の間よりも、剣や鉾の稲光、刀杖の影どもが、雲霞の如く見えければ、「あれは、何といへる子細ぞや。いかなる事のあるべき。」と、心元なく思はれけれども、さあらぬ体にて吹かれ行くに、かの修羅の大将摩醯首羅、一陣に進み出、天を響かす大音にて、「唯今、この沖に関を据ゑたる兵を、いかなる者と思ふらん。修羅といへる者なり。海底の龍王達を貢がむため、旨趣をいかにと思すらむ。御舟にまします赤栴檀の御衣木にて、五寸の釈迦の霊仏。余の宝は欲しからず。その水晶の玉、速やかに渡され候へ。さらずは、一人も通すまじ。」と申す。
 万戸、この由聞くよりも、「あら、事々しの勢ひ候や。さては、音に承る、阿修羅達にてましますよな。我が大国の習ひにて、百人が大将を百戸と名付け、官人と言ふ。千人が大将を千戸と名付け、首領と言ふ。万人が大将を万戸と名付け、将軍とこれを言ふ。甲斐甲斐しくはなけれども、一万人が大将なれば、万戸将軍運宗とは、某が事にて候。尤も、龍宮よりの御所望に従つて、水晶の玉、参らせたくは候へども、七御門の中よりも、器量の仁と選まれ、日本の勅使を賜はる時日よりも、命をば我が君の恩のために奉る。されば、命の軽き事は、この儀による事なれば、命のあらん限りは、玉に於いては取らるまじいぞ。げにと玉が欲しくは、万戸を討つて取れや。」とて、からからとぞ笑ひける。
 修羅ども、この由を聞くよりも、「さらば、手並を見せむ。」とて、鉄杖、乱刃の剣を引つ提げ、雲霞の如く攻めかかる。万戸、これを見て、叶ふべきやうあらざれば、舟底につつと入つて、装束をぞ着たりける。万子がその日の装束に、神通遊戯の腕金、さはむやつかむの臑当し、妙法蓮華の綱貫履き、忍辱慈悲の鎧を草摺長に着下して、阿耨多羅三藐三菩提の五枚兜を猪首に着、忍びの緒をぞ締めたりける。降魔利剣の大刀、真十文字に差すままに、大たうれんといふ剣、足緒長に結んで提げ、けむみやうれむといふ鉾持つて、船の舳板につつ立ち上がる。三百余人の兵ども、思ひ思ひに出立つて、端舟降ろし、押し浮かめ、既に駆けむとしたりけり。
 唐の戦の習ひにて、濫りに駆くる事は無し。調子を取つて、楽を打つて、拍子に合はせ、駆け引く。「勢揃へ。」の太鼓は、乱序乱序、序調子。「駆けよ。」と打つ太鼓は、さそうさそうと打つなり。「引けよ。」と打つ太鼓は、おむてうこつと打つなり。「組んで首を取れ。」とは、つるてうこつと打つなり。かなはぬ時の詮には、四方、鉄炮放し、乱れ拍子、切り拍子。急に及ぶ時には、血をば瀧と流して、頭を塚に埋めよと打つ。修羅、唐人の戦ひは、昔も今もためしなし。その上、修羅が戦ひに、火焔の雨を降らし、悪風を吹き飛ばし、磐石を降らす事は、雪の花の散る如く、剣を飛ばし、鉾を投げ、毒の矢を放つ事、真砂を撒くが如し。身を隠さむと思ふ時、芥子の中へ分けて入り、現れむと思ふ時、須弥にもたけを比ぶべし。かかる神通面妖を目の前に現じ、ここを先途と戦へば、既に早、唐人、心は猛く勇めど、この勢ひに押されて、逃れがたくぞ見えにける。
 さる間、万戸は、味方を召して言ひけるは、「とてもの事にてあるならば、修羅が大将四、五人、底の水屑となしてこそ、異国の聞こえもしかるべけれ。我と思はむ人々は、供をしてたべや。」とて、金剛界の曼陀羅、胎蔵界の曼陀羅、両界諸尊、一千二百余尊の曼陀羅を、母衣に掛けて吹き反らし、舟底よりも、名馬をその数あまた引き出す。万戸が秘蔵の名馬に、神通葦毛と名付け、七寸八分、明け六歳。尾髪、あくまで厚うして、追様、向かう、横端張り、尾口、承鐙、爪根のくさり、肉合、骨並、夜目の節は、作り付けたる如くなり。螺鈿の鞍を置き、蜀江の錦の上敷に、金銀塗つたる瑠璃の鐙、りきしゆの力革をば、猩々の血にて染めたりけり。同じき面繫を掛けさせ、金の轡、がむじと噛ませ、錦の手綱縒つて掛け、万戸、ゆらりとうち乗つて、浪に沈まぬ浮く沓を、四つの足に掛けたれば、浪の上を走る事は、平路を伝ふ如くなり。三百余人の兵ども、いづれも馬に乗つたれども、皆々浮く沓掛けたれば、雲居に雁の飛ぶやうに、一群がりにざつと散らし、修羅が陣へ切つて入る。
 修羅ども、これを見て、「一匹二匹のみならず、三百匹の馬どもが、いづれも浪を走る事は不思議なり。」と肝を消し、か程に勇む修羅どもも、逃げ眼にぞ成つたりける。大将の大人阿修羅、進み出て言ひけるは、「なう、ここ候ぞ。かねてより申せし事の違はぬ、なう。目垂れ顔のすくやかし、面顔、くせ目にすみ立て、要らぬ争ひ。抗ふ儀には似まじき事にて候ぞや。手を砕かでは、いかにとして高名、不覚が見えばこそ。一合戦せん。」とて、出立つたりし有様は、悪業瞋恚の鎧を着、無明堅固の兜の緒を締め、闘諍無慚の鉾ついて、瞋恚愚痴の旗差させ、百千若干の眷属どもを相従へ、しきりに鬨を作れば、碧天破れ、波上に落ち、海底を動かし、浪を上げ、虚空さながら動揺して、照る日の光も埋もれて、ひとへに長夜と成つたりけり。
 「この程、音に承る万戸将軍運宗に見参をせむ。」と言ふままに、万戸を中に取り籠めたり。万戸が兵ども、ここを先途と切つたりけり。羅睺阿修羅三百人、佉羅鶱駄阿修羅五百人、手を砕いてぞ切つたりける。万戸は面妖の馬乗り、海の上にて乗る手綱、滄海浮と龍背浮、乗り浮かめたる馬の足、弓手の者を突く時、横行の手綱、きつと引き、馬手の者を突く時に、ふきやうの鞭をちやうど打つ。逃ぐる者を追ふ時には、善巧障泥の鐙の鞭を、曲進退に乗つたりけり。西から東、切つて通る時には、三百余人が後に付いて、ここを先途と切つたりけり。入れ替へ入れ替へ戦へば、修羅が戦はこだれかかつて、叶ふべしとも見えざりけり。惣大将の摩醯首羅、八面八臂を振り立てて、八つ舌の鉾をうち振り、「討死、ここなり。」と喚き叫んで駆けにけり。
 万戸、これを見て、かなふべきやうあらざれば、潮を結び、手水とし、諸天に深く祈誓する。「しかるべくは観世音、悲願違へ給ふな。怖畏軍陣中、念彼観音力、衆怨悉退散。誓ひ、今ならでは。修羅が恐れし華鬘の幡を、只さし掛けよ。やあ、さし掛けよ。」と下知すれば、華鬘鸞鳳、玉の幡を真先にささせ、「我、劣らじ。」と攻めかかる。万戸が兵ども、勝つに乗つて、追つ伏せ追つ伏せ切つたりけり。神力も尽き果て、通力飛行も叶はずし、底の水屑と成りにけり。生き残る修羅ども、住みか住みかに隠れたり。万戸、勝ち鬨作りかけ、元の舟にとり乗り、「修羅唐人の戦ひに、勝ちぬや、勝ちぬや。」と勇みをなし、唐土、高麗走り過ぎ、日本近うぞなりにける。
 さる間、龍王達、「これをばさて、いかがはせん。」とぞ僉議せられける。その中にとつても、難陀龍王、宣はく、「それ、人間の心をたばからんには、見目よき女によもしかじ。ここを以て案ずるに、龍女を以て、この玉をたばかつて取るべきなり。」「尤も、しかるべし。」とて、龍宮の乙姫にこひさい女と申して、並びなきかりし美人たりしを、見目美しく飾り、うつほ舟に作り籠め、浪の上に押し上ぐる。これをば知らで、万戸は順風に帆を上げて、心に任せ、吹かせ行く。海漫々としては又、波上沈々たり。碧天の沖吹く風、浩々としては又、いづれの木草にか声宿さん。頭なし、大河原、きとの嶋、諸見の嶋、もめい嶋、薩摩の国に鬼界が嶋、壱岐の本堀、対馬の内院、事ゆゑなく走り過ぎ、九国の地をば弓手に見て、讃岐の国に聞こえたる、房崎の沖を通りけり。
 流れ木一本浮かんであり。水手、楫取、これを見て、「ここに奇体なる木こそ候へ。この程の大風に、天竺唐土の沈香ばし、吹かれて流るるやらむ。」と、人々怪しめたりければ、万戸、これを見て、「何の怪しめ事ぞ。取り上げよ。」と言ふ。御諚に従ひ、端舟降ろし、取り見るに、沈香にては無し。「怪しや。割つて見よ。」とて、この木を割つて見るに、何と言葉に述べがたき、美人一人おはします。水手、楫取、これを見て、斧、鉞を投げ捨てて、「あつ。」とばかり申す。
 万戸、この由見るよりも、「いか様にも、御身は天魔波旬の化現にて、障礙をなさむそのためな。怪しや。いかに。」と言ひければ、何と物をば言はずして、涙ぐみたるばかりなり。万戸、重ねて申しけるは、「何とたるませ給ふとも、是非に付けておぼつかなし。只海底に沈め、水屑になせ。」と、勇みをなせば、荒けなき兵、御手にすがり、海へ入れんとす。龍女は、いとど憧れて、「あら、恨めしの人の言葉。野に伏し山を家とする、虎狼野干の類さへ、情けはありとこそ聞け。みづからと申すは、契丹国の大王の、いつきの姫にて候なるが、或る后の讒により、うつほ舟に作り籠め、滄波万里へ流さるる。たまたま奇特不思議に、人倫に会ひたれば、さりともとこそ思ひしに、何の罪に、再び憂き海底に沈むべきぞ。恨めしさよ。」と掻き口説く。
 乱れ髪を伝ひて、涙の露のこぼるるは、貫く玉の如くなり。霜を置いたる女郎花、下葉しをるる風情して、西施がやさうに捨てられて、「引敷物には袖し濡れ、干す日もなし。」と侘びけるも、今こそ思ひ知られたれ。桂を描きし黛、蓮を含む唇、百の媚び増す愛嬌、浪と涙にうち濡れ、もの思ふ人の風情かや。うちむつけたる御有様、よその見る目も痛はしや。さしも賢き万戸とは申せども、やがてたるまかされ、「げにげに、さぞおはすらむ。それそれ、同船申せ。」とて、やがて舟に乗する。かくて、龍王の業なれば、向かふ様に風吹いて、房崎の沖に十日ばかり逗留す。
 さなきだに、旅泊はもの憂き。万戸、余りに堪へかねて、風の便りに通ひ来て、いねかりそめのうたた寝は、何と鳴子の音高く、世にも雀の住み憂きに、驚かさむが痛はしさに、扇の風を諫めつつ、「月、重山に隠れぬれば、扇を挙げてこれを譬ふ。風、太虚にやみぬれば、木を動かしてこれを教ふ。相見る人を恋ふるには、文通はねども恋ふる習ひ。君が心を取りに来る。なう、いかに、いかに。」と驚かす。
 龍女は元より寝も入らず。さりながら、うたた寝入りたる風情にて、「誰そや、夢見る折からに、うつつともなき言の葉の、夢の浮世のあだなれば、人の言葉も頼まれず。夜の間に変はる飛鳥川、水粒の泡の仮初に、風に消えぬる言の葉の、末も通らぬもの故に、あだ名立ちては何かせむ。中々人には初めより、問はれぬは恨みあらばこそ。その上、我は生まれてよりこの方、戒文を過たず。無始より今に至るまで、多くの生を受けし事、或いは六欲四生に生まれ、五衰八苦の苦を受け、或いは三途四悪に堕ち、四大物の火にあへり。
 「かかる罪業を経り、今、人間と生まるる事も、戒力によつてなり。第一殺生戒を保つては、心の臓と成る。偸盗戒を保つては、肝の臓と成る。邪淫戒を保つては、脾の臓と成る。妄語戒を保つては、肺の臓と成る。飲酒戒を保つては、腎の臓と成る。これに五音七声あり。いはゆる宮商角徴羽、双黄平盤一越。これ又、微妙の御法とし、五智の音声、これなり。これに五つの魂あり。魂志魄意神なりき。この五つの形を具足するを、仏と申す。五つの形、欠けぬれば、愚痴暗蔽の畜類たり。いかにも仏を願はんずる人は、五戒をよく保つべし。一つも戒を破りなば、無足、多足の物となつて、長く仏になるまじい。仰せは重く候へど、第三の戒文を、いかにとして破らん。」と、涙ぐみたるばかりにて、思ひ入つてぞおはしける。
 万戸も大唐育ち、仏法流布の国なれば、あらあら語り申す。「あら殊勝や。さては後生の御ために、禁戒を保たせ給ふか。その戒文の中に、六波羅密の行あり。その中にとつても、忍辱波羅蜜とは、人の心を破らず。いかに五戒を保ちても、人の心を破りなば、仏と更に成りがたし。さればにや、仏には三明六通まします。これはひとへに過去にして、諸波羅蜜を行とせし、その徳、今に顕はれて、仏と成り給へり。たとひ一度は瀧の水、濁りて澄まぬものなりと、終には澄みて清からん。恋には人の死なぬか。さても空しく恋ひ死なば、一念五百生、繋念無量劫。生々世々の間に、尽きせぬ恨みの深うして、共に蛇身と成るならば、仏には成らずして、蛇道に永く堕つべし。
 「戒の品、あまたあり。五戒をよく保つては、人間と生まれて五体を受くるなり。十戒を保つては、天人と生まれて五衰を受くるなり。二百五十戒は又、声聞と生まれて、仏には成りがたし。五百戒を保つては、縁覚とこれ成る。これも仏に、え成らず。菩薩三聚一心戒、この戒を保つては、やがて菩薩と成りつつ、仏と更に成りがたし。大乗円頓戒、この戒を保つては、やがて仏に成るなり。大乗の戒行は、二念をつかぬ戒なり。身体は無相にて、我身、元より自空なり。生死にも繋がれず、涅槃に更に住せず。邪正、即ち清ければ、濯ぐべき垢もなし。厭ふべき煩悩なし。願ひて来たる仏なし。見る一念を法とし、聞く事を御法とす。ここを知らぬを迷ひとす。陰陽二つ、和合の道。妹背夫婦の仲らひ、これ、仏法の源。愚かに思ふべからず。御靡きあれやとぞ思ふ。いかに、いかに。」と申しけり。
 龍女は聞こし召されて、「それは、法身の御法とし、仏法に於いては、秘蔵のところなれども、願ふ事なくしては、仏と更に成りがたし。上代は機も上根にして、智恵も大智恵なるべし。末世の今は下根にて、智恵ある人も少なし。昔、上代の大智恵の人だにも、家を出て妻子を捨て、法のために難行す。悉達太子は、高位なる万乗の位を振り捨て、わりなき契り深かりき耶輸陀羅女をよそに見、十九にて出家を遂げ、檀特山の法霊、阿羅邏仙人を師と頼み、鷲の御山の霊峰に、焚木をこり、身を焦がし、山谷に掬ぶ閼伽の水、氷のひまを汲む度に、涙は袖の氷柱と成る。夜は又、夜もすがら、仙人の床の上にして、座禅の床の布団と成り、かかる辛苦の功を積み、まさしく釈迦と成り給ひ、三界の独尊、四生の依怙とましまして、一大聖教を説き広め給ふなり。
 「ここを以て案ずるに、煩悩即菩提心、生死即涅槃とて、妻子を帯し候ひて、仏と易く成るならば、などや太子釈尊は、王の位を振り捨てて、后を厭ひ給ひけむ。その外、証果の羅漢達、いづれか妻子を帯して、仏と成りし人やある。さても仏の御弟、難陀太子と申せしは、習気煩悩尽きずして、女人を好み給ひしを、『かくては仏に成らじ。』とて、仏、方便巡らして、浄土、地獄の有様を即身に見せ奉り、終に出家遂げさせて、難陀比丘とぞ成し給ふ。いとど好む邪行を、良しと教へ給ふは、盲目に悪しき道教ふる風情なるべし。
 「かやうに申せばとて、元より我は、仏にてあるなり。虚空一生同一体、頭は薬師、耳鼻は阿弥陀、胸は弥勒、腹は釈迦、腰は大日如来なり。その外、十方の諸仏たち、諸々の菩薩として、我が体に具足し、十方の虚空に法如としておはします。来りもせず、去りもせず、いつも絶えせずましますを、法身仏と申す。形を作り顕はし、浄土を立てて住みかとし給ふを、報身仏と申すなり。八相成道し給ひて、法を説き、即ち衆生を利益し給ふを、応身仏と申すなり。三身を取り分き、一身を信ずるは、悟りの前の仏なり。三身一即と観じ、いづれをも信ずるを、悟りの前と申す。仏と成らんそのため、難行苦行せむ者、いかで善悪乱るべし。身はいたづらに成さるると、叶ふまじ。」と仰せける。
 さる間、万戸、殊の外に腹を立て、「いかに、いかに、聞こし召せ。仏を願ふ人は皆、道と智恵と慈悲心、一つ欠けても成りがたし。道といつぱ、行体。智恵といつぱ、悟りの心。慈悲といつぱ、一切衆生を深く憐れみて、人の心に従へり。第一慈悲の欠けては、仏と更に成りがたし。あう、所詮、ものを申せばこそ、言葉も多く作れ。今は、ものを申すまじ。かくてここにひれ伏し、思ひ死にと成つて、この世の契りこそ浅くとも、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天に、生まれ変はり死に変はり、六道四生のその中を、くるりくるりと追ひ巡り、憂さも辛さも、後の世に思ひ知らせ申さむ。」と、その後、ものを言はず。
 龍女は、元よりかやうに召されむため、たばかり済まさせ給ひて、玉を延べたる御手にて、万戸が袂を控へさせ給ひ、「なう、いたうな恨み給ひそよ。まことに心ざしのましまさば、みづからが所望を叶へてたべ。草の枕のうたた寝の、露の情けは夢ばかり契りなむ。」万戸、余りの嬉しさに、かつぱと起きて身を抱き、「なう、こはまことにて御坐候か。二つとなき命をも参らせむ。」と申す。「いや、それまでも候はず。げにやらむ、承れば、赤栴檀の御衣木にて、五寸の釈迦の霊仏の、舟に御座ある由を承る。その水晶の玉、みづからに一夜、預けさせ給へ。ともかくも仰せに従ふべし。」
 万戸、この由聞くよりも、「あら、正体なや。自余の所望とこそ思ひしに、この水晶の玉に於いては、中々思ひも寄らぬ事なるべし。」と、ふつつと思ひ切りけるが、「いやいや、何程の事のあるべきぞ。」と思ひ直し、「さてもさても、御身は何として御存知候ひたるぞ。優しくも御所望候ものかな。さらば、そつと拝ませ申さむ。」と、鉄錠を下し、印判を以て封じたる、石の唐櫃の中よりも、水晶の玉を取り出し、龍女の方へ渡す。「傾城。」と書いては、「都傾く。」と読まれしも、今こそ思ひ知られたれ。
 かくて、執愛恋慕のわりなき契りと見えつるが、三日も過ぎざるに、かき消すやうに失せぬ。「玉は。」と人に見せければ、「取りて失せぬ。」と申す。只茫然と呆れ果て、虚空に手をこそたんだくすれ。「あら、口惜しや。龍宮よりたばかりけるを知らずして。とかう申すに及ばず。」と、残る宝を先として、大織冠の御元に着き、様々の宝物を取り出して、大織冠に参らせ上ぐる。大織冠は御覧じて、「送り文のその中に、第一の宝物、水晶の宝の見えぬはいかに。」と尋ねさせ給ふ。
 万戸、承り、「包むべきにて候はず。ありのままに申すべし。この玉を取らんとて、龍王、度々に所望するを、惜しみて更に出さず。修羅を語らひ、取らんとす。陣の戦ひおのづから、言葉にも述べがたし。筆にもいかで尽くすべき。多くの修羅を討ち取つて、今はと心安くし、讃岐の国房崎の沖を通りし時、流れ木一本浮かむだり。水手、楫取、これを見て、『ここに奇体なる木こそ候へ。天竺、唐土の沈香ばし、吹かれて流るるやらむ。』と、人々怪しめたりければ、万戸、この由聞くよりも、『何の怪しめ事ぞ。取り上げよ。』と下知を成す。御意に従ひ、取り上げ見るに、沈香にては無し。『怪しや。割つて見よ。』とて、取り上げ見るに、天下無双の天女あり。海へ入れむとせし時、流涕、焦がれ悲しぶを見れば、余り可愛さに、只一夜、同船す。暇を伺ひ、忍び入つて、取りて失せぬ。』と申す。
 鎌足、聞こし召されて、「余り思へば無念なるに、せめて我を具足し、その浦の有様を我に見せよ。」と仰せければ、「承る。」と申し、戻りの舟に乗せ申し、房崎の沖へ押し出して、「ここなり。」と申す。只茫々としたる浪の上を御覧じて、空しく戻り給ふ。道すがら思し召す。「さもあれ、無念なるものかな。三国一の重宝を、我が朝の宝とは成さずして、いたづらに龍宮の宝と成しけむ口惜しさよ。よくよくものを案ずるに、龍宮界は、六道に於いても、畜生道の内。人間の智恵には、遥かに劣るべきものを。さあらむ時は、何としてか、たばかられけむ不思議さよ。我又、善巧方便し、いかにも案を巡らし、この玉に於いては取らうずるもの。」と思し召し、都に帰り給ひて、朝夕、案を巡らし、王を取るべき謀り事、工夫ましましけれども、さすが海中隔たつて、他州遠嶋ならざれば、「舟の通ひ路あらばこそ。しかりとは申せども、神足に於いてをや。大施太子は忝くも、如意の玉を取らんとて、嬰児の貝を以て巨海を量り尽くしつつ、終に宝珠、得給へり。大願としては又、終に空しき事あらじ。我も誓ひて願はくば、生々世々の間に、この玉に於いては取らうずるもの。」と思し召し、都の内を忍び出、形をやつし給ひ、又、房崎へ下らるる。
 かの浦に着き給ひ、浦の景色を見給ふに、海女ども多く集まつて、かづきする事おびただし。かの海女の中に、年の齢二十ばかりに見え、見目かたち尋常なるが、流水にむつれて遊ぶ事は、ただ平路を伝ふ如くなり。鎌足、見籠め給ひて、かの海女の苫屋に宿を取り、日数を送らせ給ひけるに、海女にもいまだ夫も無し。鎌足、旅の一人寝の、床も寂しき事ながら、ここにて日をや重ねけむ、寝がたけれども姫松の、早、浦風にうち靡く、難波もつらき浦ながら、「そよ、よしあし。」と言ひ語りて、二人あればぞ慰みぬ。浮き寝の床の楫枕、波のよるにも成りぬれは、友もなぎさの小夜千鳥、吹きしをれたる浦風に、声を比ぶる浪の音。州崎の松に鷺あれば、梢を浪の越ゆるに似て、塩屋の煙、一結び。末は霞に消え匂ひ、夢路に似たるうたかたの、浪の越し舟かすかにて、から艪の音の遠ければ、花に鳴く音の雁がねか、我も都の恋しさに、声を比べて泣くばかり。憂き身ながらも槙の戸を、あけぬ暮れぬと過ぎ行けば、三年に成るは、程も無し。かくて男女仲らへ、わりなき仲の契りにや、若君、出来給ふ。今は互に何事をも、うち解けたりし色見えたり。
 鎌足、仰せけるやうは、「今は何をか包むべき。我こそ都に隠れもなき、大織冠とは我が事なり。心に深き望みのありて、この程、これにありつるぞ。しかるべくはみづからが、所望を叶へてたびてんや。」海女人、承り、「なう、こはまことにて御座候か。あら、恥づかしや。四海に御名隠れもなき、かかる貴人に親しみ申しける事よ。一つは冥加尽きぬべし。又は白女下賤にて、肌は波の荒磯、立ち居は磯の流れ木。声は荒磯に砕くる打つ瀬波の音。髪は八潮に引き乱す、つくもの如くなる身にて、都の雲の上人に、起き伏し一つ床にして、見、見えぬるこそ恥づかしけれ。如かじ、只、身を投げて死なむ。」とこそは口説きけれ。
 鎌足、仰せけるやうは、「とても死せむ命を、我がために与へ、龍宮界へ分け入つて、尋ぬる玉の有り所を見て帰れ。」との御諚なり。海女人、承りて、「龍宮界とやらんは、ありとは聞いて、いまだ見ず。行きて帰らん事は、難かるべし。たとひいかなる仰せなりとも、いかでか背き候べき。」と、鎌足に暇を申し、一葉の舟に棹をさし、沖をさして漕ぎ出、浪間を分けてつつと入り、一日にも上がらず、二日にも上がらず、三日四日も早過ぎて、七日にこそ成りにけれ。鎌足、仰せけるやうは、「あら、無残や。かの者は、魚の餌食と成りけるか。怪しや、いかに。おぼつかなし。」と、心を尽くさせ給ふ所に、蘇りしたる風情にて、元の舟にぞ上がりける。
 鎌足、御覧じ候ひて、「いかに。」と問はせ給へば、暫しは物を申さず。ややありて申しけるは、「なう、この土より龍宮界へ行く道は、事もなのめの事ならず。一つの頭を先として、暗き所をまぼつて、千尋の底へ分けて入る。潮の流水の尽きぬれば、紅色の水ぞある。猶し底へ分け行くに、黄金の浜地に落ち着く。五色の蓮華生ひ伏し、青き蛇多くして、蓮華の腰をまとへり。猶し先を見渡すに、麗河清く流れ、水の色は五色にて、双岸高く峙てり。河に一つの橋あり。七宝をちりばめ、玉の幡幢立て並べ、風に任せて漂揺す。かの橋を渡るに、足すさまじく、肝消え、夢うつつとも弁へず。猶し先を見渡すに、楼門、雲にさし挟み、玉のまぐさは霞の内、黄金の瓦は日に光り、蒼天までも輝けり。三重の廻廊に、四重の門を建てたる、一つの内裏おはします。龍宮城、これなりけり。
 「吠瑠璃の柱を立て、瑪瑙の行桁に、玻璃の壁を入れにけり。四種の満珠の瓔珞、玉の簾を掛け並べ、帳にも綾を掛けつつ、床に錦のしとねを敷き、沈檀をまじへ、猶、鸞鏡を磨き立つ。かかるめでたき宮宅に、沙竭羅龍王始めとして、和修吉龍に至るまで、宝衣を飾り、座せらるる。諸々の小龍、毒龍、黄金の鎧兜を着て、四つの門を守れり。さても尋ぬる玉をば、別に殿を作つて、宝の幡を立て並べ、香を盛り、花を摘み、二六時中に番を置く。囲繞渇仰中々に、申すに及ばざりけり。八人の龍王、時々刻々に守護すれば、この玉を取らん事、今生にては叶ふまじ。まして未来で取りがたし。思し召し切り給へ、我が君。」とこそ申しけれ。
 鎌足、聞こし召されて、「さては、玉のあり所を、確かに見つるものかな。ありとだにも思ひなば、取り得む事は決定なり。龍どもも、謀り事を巡らして、たばかつて取りたれば、我も巧みを巡らして、たばかつて取るべきなり。それ、龍神と申すは、五衰三熱、暇もなく、苦しみ多き御身なり。この苦しみ免るる事は、調べの音に、よも如かじ。ここを以て案ずるに、龍王をたばかるならば、舞と管絃にてたばかるべし。この海の面に極楽浄土をまなぶべし。玉の幡幢、百流れ立て並べ、さて又、楽屋を左右に飾つて、左右の絃管を調べ澄まし、そのみぎりに見目よき児を揃へ、音楽を奏する程ならば、只、天人に似たるべし。さあらん時に大僧正、唐鈴を打ち鳴らし、上天下界の龍神を驚かし、勧請する程ならば、勧めによつて神仏臨み、来臨ましまさば、龍宮の都より八大龍王先として、そこばくの眷属どもを引き具して出らるべし。その間は、龍宮界には龍、一人もあるまじきぞ。留守の間を窺つて、そろりと入つて盗み取つて、やあ、たべかし。」とぞ仰せける。
 海女人、承り、「あら、ゆゆしの君の御巧みや候。かかる善巧なくしては、いかでたやすく取り得なむ。但し留守の間なりとも、玉の警護はあるべし。たとひ空しく成るとも、又垂乳男のみどり子の、乳房を離るる事もなし。君ならで、後の世を憐れむ人のあるべきか。」とて、泣くより外の事は無し。鎌足、聞こし召されて、「心安く思へ。もしも空しく成るならば、孝養のそのために、奈良の都に大伽藍を建立すべし。又、この若に於いては、いまだ幼稚なりといふとも、この浦によそへ、淡海公と名付け、都へ具足して上り、天下の御目に掛け、不比等と成し、藤原の棟梁たるべき」由を、細々と宣へば、海女人、承つて、喜ぶ事は限りなし。
 やがて都へ使者を立て、舞主を召し下し、辺りの浦の舟を寄せ、朱丹を以て彩れる、舞台をこそ張り立てけれ。十丈の幡幢、百流れ立て並べ、風に任せて翻せば、滄海はやがて浄土と成る。左右の楽屋に飾り立てたる大太鼓、幔幕を上げさせ、朱簾に玉の簾を掛け、宝座を左右に飾らせ、有験知徳の大僧正、唐鈴を打ち鳴らし、上天下界の龍神を驚かし、請ずれば、八大龍王入来して、僉議まちまちなりけり。「南贍部洲房崎の浦にして、宝座を飾り、召請ある。いざや、来臨影向成つて、聴聞せむ。」と僉議して、そこばくの眷属ども、引き具してこそ出られけれ。已に龍神出給へば、国中の児達、身を飾り設け、ここを先途と舞ひ給ふ。只、天人の如くなり。
 さる程に龍神、五衰三熱、忽ち免れ給ひける間、何事もうち忘れ、舞に見とれ給ひて、房崎に日ぞ送らるる。「すはや、暇こそよけれ。」とて、海女も出立ちを構へけり。五色の綾を以て身をまとひ、夜光の玉を額に当て、布綱の端を腰に付け、鉄よき刀、脇挟み、浪間を分けてつつと入る。たとひ男子の身なりとも、毒の魚、龍、亀、大蛇の恐れもあるべきに、申さむや、女の身とあつて、一人、海へ入る事は、類少なき心かな。数千万里の海路を過ぎ、龍宮の都に着く。夜光の玉に照らされて、暗き所はなかりけり。かねて見置きたりし事なれば、迷ふべきにて候はず。龍宮の宝殿に崇め置く水晶の玉、思ひのままに盗み取つて、腰に付けたる約束の布綱を引けば、船中の人々、「あはや。約束、ここなり。」と、手んでに綱をぞ引きにける。海女は勇みてかづけば、上よりもいとど引き上ぐる。
 「今は、かう。」と思ふ所に、玉を守れる小龍、この由を見付け、後を求めて追ふ事は、只、三羽の征矢を射る如く、船中の人々、「あはや。ほのかに見ゆるに、あう、繰り上げよ。」と下知するに、海女の後について、一つの大蛇、追うて来る。たけは十丈ばかりにて、鰭に剣を挟み立て、眼は只、夕日の水に映ろふ如くなり。紅の如くなる舌の先を振り立て、隙間なく追つかくる。海女、「叶はじ。」と思ひける間、刀を抜いて防ぎけり。船中の人々、この由を御覧じ、手をあがき、身を抱き、追つつ臥いつ転んづ、「あはや、あはや。」と仰せけり。
 鎌足、御覧じ、御剣を抜き、幼稚の時、狐の与へ賜びたる一つの鎌に取り添へ、飛んで入らんとし給ふを、船中の人々、弓手馬手にすがつて、「こは、いかに。」とてとどめけり。既に早、この綱、残り少なく見えし時、大蛇、走りかかつて、情けなくも、かの海女の二つの足を食ちぎれば、水の泡とぞ消えにける。空しき死骸を引き上げ、諸人の中にこれを置き、一度にわつと叫ぶ。鎌足、御覧じて、「玉は取り得ぬ物ゆゑに、二世の機縁は尽き果てぬ。胸の間に疵あり。大蛇の裂けるのみならず。」と怪しめ、御覧ありければ、この疵の中よりも、水晶の玉、出させ給ふ。
 「大蛇の追つかけし時、刀を振ると見えしは、防がんためになくし、玉を隠さむそのために、我が身を害しけるかとよ。せめてこの疵を、我が身、少し負ひたらば、か程に物は思ふまじきを。女は、はかなき有様かな。男の命を違へじとて、命を捨つるはかなさよ。灯し火に消ゆる夜の虫は、妻ゆゑ、その身を焦がすなり。笛に寄る秋の鹿は、はかなき契りに命を失ふ。それは皆々、執愛恋慕のわりなき契りとは言ひながら、かかる哀れは稀なるべし。我には二世の機縁なれば、又来む世にも相見えなむ。汝は今こそ限りなれ。別れの姿をよく見よ。」とて、いとけなき若君を、死骸に押し添へたりければ、死したる親と知らぬ子の、この程、母に離れつつ、たまに会うたる嬉しさに、空しき乳房を含みつつ、母の胸を叩くを見て、上下万民押しなべて、皆涙をぞ流しける。
 海女は空しく成りたれど、賢き善巧方便によつて、龍宮界へ奪はれし、宝珠を事ゆゑなく奪ひ返し給ふ事、ありがたしとも中々に、申すに及ばざりけり。この玉は即ち、送り文に任せ、興福寺の本尊釈迦仏の、眉間に彫りはめ給ひけるとかや。生身の霊像、赤栴檀の御衣木にて、五寸の釈迦を作り、肉舎利の御舎利、御身に作り籠めながら、方八寸の水晶の塔の中に納め、無価宝珠と名付け、三国一の重宝。龍王の惜しみ給ひし、理とこそ聞こえけれ。

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たいしよくわむ
(大頭左兵衛本)

夫我朝と申はあまつこやねのみことのあまの岩戸ををしひらきてる日の光もろともに春日の宮とあらはれて国家を守り給ふ也されはにや春日をはるの日と書事は夏の日はこくねつす秋の日はみちかし冬の日はさむけし春の日はのとけくしよつく万ふつをしやうしやうす四季に殊更すくれ名日なるによりつゝ春の日とかき奉つて春日と名付申也かの宮の氏子は藤原氏にておはします藤原の其中にたいしよ官と申はかまたりの臣の御事也始はもむしやうせうにて御坐有けるかいるかの臣をたいらけたいしよ官になされさせ給ふ抑此官と申は上代にためしなしさて末代にありかたきめてたきくわんとなりけりいつもかまを持給へはかまたりの臣とも申也春日の宮に参籠あつてあまたの願をたてさせ給ふ中にも興福寺のこむたうさいしよにこむりうあるへきとてしやうこむしつほうをちりはめしやこむたうをたてさせ給ふ是によつてくわほうは天よりもあまくたり国のなひきしたかふ事はふる雨の国土をうるほふしたゝさうようの風になひくかことく也きむたちあまたおはしますちやく女をは光明くわうくうと申奉りしやうむ天王の后にたゝせ給ふ二女にあたり給ふをこうはく女と申て三国一のひしむたり 然るにかの姫君のゆうにやさしき御かたちたとへをとるにためしなしかつらのまゆはあをふして遠山に匂ふかすみにゝ もゝのこひあるまなさきはせきやうの霧の間にゆみはり月の入ふせひひすいのかむさしはくろふしてなかけれは柳の糸を春風のけつるふせいにことならす すかたは三十二さうにし情は天下にならひもなしかゝるゆうなる御かたちのいこくまても聞えのありて七御門のそうわうたいそうくわうていは伝えきこしめされ みぬ恋にあこかれ雲の上もかきくもり月の友もをのつから光をうしなひ給ひけり 臣下けいしやう一とうにそうもむ申されけるやうはきよくたいの御ふせいよのつねならす拝申て候何をかつゝませ給ふへきおほしめさるゝ事さうはちしむか中へせむしあれとそうし申されたりけれは 御門ゑいらむましましてあらはつかしやつゝむにたえぬ花のかのもれても人のさとりけるか今は何をかつゝむへきこれよりとうかい数千里日本ならの都にすむたいしよくわむか乙姫を風のたよりに聞からに見ぬ面影のたちそひてわすれもやらていかゝせむ 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とうやうたうは舟地にて末は日本につゝけり かゝるみちみちよりもみつき物をそなへきさきをおかみ奉るあらありかたやたゝ一めおかみ申人たにもひむくをのかれたちまちにふつきの家となるされはにやくわうていもれうかんにしたしみなれちかつかせ給へは諸病をいやしたちまちに やうしやうのたいゝにあへる心ちしてこちの間世すなをにたみのかまともゆたかなり かくて過行給ふにきさきのみやおほしめすわれは是しちいきとて小国のものとありなから大国のきさきにそなはりたる其高名を日本へのこしてこそとおほしめし御ちゝのたいしよ官興福寺のこむたうおなしきしやかのれいさうを御こむりうあるへきにかの御堂のせにうに仏具ほうくをおくつて末代のしるしともなさはやとおほしめしそろへ給ふたからにはまつくわけむけいしゆひむせきくわんけんけいと申はうちならしての其後に声さらになりやますとゝめむとおもふ時には九てうのけさをおほふ也しゆひむせきはすゝりかの硯のとくゆふは水なくしてすみをすつて心のまゝにつかふ也ほむほむの法花経をたらようにてあなむ尊者のあそはしたるしちしやうるりの水かめしやくせむたむのけいたいへいるりのはなたてせむたんのけうそくにくたむしゆのしゆす一れむくわうこの虎のかはこむしきのしゝのかはくわそのかわ三枚かゝるたからの其中にしやくせむたんのみそきにて五寸のしやかを作りにくしきの御しやりをこしむに作り籠なから方八寸のすいしやうの塔の中におさめてむけほうしゆとなつけて是を一の重宝にしおくり文を別帋にかき石の箱におさめておくらせ給ひけるとかや此玉は則興福寺の本尊しやか仏のみけむにゑりはめ給ふへきなりと書こそおくり給ひけれさてしもかゝる重宝をたれかしゆこしおくるへききりやうの仁をゑらめとてつはものともをめさるゝに太国のならひにて百人の大将を百こと云千人か大将をせむこといゝ万人の大将を万ことなつけ候かうほくたうの末雲州といふ国に万こしやうくむうむそうとて大かうのつはものありおとらぬ程のつはものを三百人相そへ都を立てたいたうのみやうしうのみなとより一ようのふねにさほゝさしをひての風にほをあけてすせむ万里をおくりけり かいていに住給ふ八大龍王の惣王玉の日本へわたる事を神通にてしろしめしもろもろの龍王たちをあつめて仰けるは われらはすてにかいていの龍王たりといへと五すい三ねつひまもなくおつこうにもあひかたき しやくせむたむのみそきにて五寸のしやかのれいふつの此なみの上に御座有をいさいさうはいとつてわれらしやうかくなるへし尤然へしとて八大龍王のなみ風あらくたて給へはふねへうたうしちさむしなみちもしつかならさりきされともきとくふしきの仏のめしたる御舟なれは 上かいの天人は雲をしのきふつほうしゆこのやしやらせつはなみかせをしつめさせ給ひけれはふねに子細はなくしてみつはのそやを射ることく殊更追手となりにけり 龍王いとゝいかりをなし浪風にてとゝめすはをさへてうはいとるへしさあらん時にいこくのものさためてつよくふせくへし龍王のけむそくに然るへきものはなししゆらはたけきものなれはたのふてみんとの給ひてあゆらたちをそたのまれけるかのしゆらの大将まけいしゆらもろもろのしゆらともを引くしてこそ出られけれもとよりこのむとうしやうなれは百千やつかむのけむそくともをいきやういるひに出たゝせほこたうちやうをとりもたせかたきは数万騎候ともいくさは家のものなれは玉におひてはうはいとつてまいらせむと申て 日本とたうとのしほさかひちくらかおきに陣をとり万こかふねを待ゐたり これをはしらて万こは順風にほをあけて心に任せふかせゆくに日比ありともおほえぬ所に嶋ひとつうかめり見れははたあしひるかへしくろかねのたてのあひよりもつるきやほこのいなひかりたうちやうのかけともかうむかのことく見えけれはあれは何といへる子細そやいかなる事のあるへきと心もとなくおもはれけれともさあらぬ体にてふかれゆくにかのしゆらの大将まけいしゆら一陣にすゝみいて天をひゝかす大音にて唯今此沖にせきをすへたるつはものをいかなるものとおもふらんしゆらといへるもの也かいていの龍王達をみつかむためしいしゆをいかにとおほすらむ御舟にましますしやくせむたむのみそきにて五寸のしやかのれいふつよのたからはほしからすそのすいしやうの玉すみやかにわたされ候へさらすは一人もとをすましいと申万こ此よしきくよりもあらことことしのいきほひさうやさては音に承るあしゆらたちにてましますよなわか大国のならひにて百人か大将を百こと名付官人といふ千人か大将を千こと名付しゆりやうといふ万人か大将を万こと名付将軍とこれをいふかいかい敷はなけれとも一万人か大将なれは万こ将軍うむそうとはそれかしか事にて候尤龍宮よりの御所望にしたかつてすいしやうの玉まいらせたくは候へとも七御門の中よりもきりやうの仁とゑらまれ日本のちよくしを給はる時日よりも命をはわか君のおんのために奉るされはめいのかるき事は此儀による事なれは命のあらんかきりは玉におひてはとらるましいそけにと玉ほしくはまむこをうつてとれやとてからからとそ咲けるしゆらとも此よしを聞よりもさらはてなみを見せむとててつちやうらむはのつるきをひつさけうむかのことくせめかゝるまむこ是を見てかなふへきやうあらされはふなそこにつつと入てしやうそくをそきたりける万こか其日のしやうそくにしむつうゆけのうてかねさはむやつかむのすねあてし妙法蓮花のつなぬきはきにむにくしひのよろいをくさすりなかにきくたしてあのくたら三みやく三ほたひの五枚かふとをゐくひにきしのひのをゝそしめたりけるかうまりけむの大かたなまむ十もむしにさすまゝに大たうれむといふつるきあしをなかにむすむてさけけむみやうれむといふほこもつてふねのへいたにつつ立あかる三百余人のつはものともおもひおもひに出立てはしふねおろしをしうかめすてにかけむとしたりけりたうのいくさのならひにてみたむにかくる事はなしてうしを取てかくをうつてひやうしに合かけ引勢そろへの太鼓はらむしよらむしよしよつてうしかけよとうつ太鼓はさそうさそうとうつ也ひけよとうつ太鼓はおむてうこつとうつ也くむてくひをとれとはつるてうこつとうつ也かなはぬ時のせむにはしはうてつはうはなしみたれひやうしきりひやうしきうにをよふ時には血をは瀧となかしてかうへをつかにつめよとうつしゆら唐人のたゝかいはむかしも今もためしなし其上しゆらかたゝかいにくわえむの雨をふらし悪風をふきとはせはむしやくをふらす事は雪の花のちることくつるきをとはせほこをなけとくのやをはなつ事まなこをまくかことし身をかくさむとおもふときけしの中へわけていりあらはれむとおもふ時しゆみにもたけをくらふへしかゝる神通めいようをまの前にけむし爰をせむとゝたゝかへはすてにはや唐人心はたけくいさめとこのいきほひにをされてのかれかたくそ見えにける 去間まむこは御方をめしていひけるはとてもの事にてあるならはしゆらか大将四五人底のみくすとなしてこそいこくの聞えも然へけれわれとおもはむ人々は供をしてたへやとてこむかうかいのまむたらたいさうかいのまむたらりやうかいしよそむ一千二百よそむのまむたらをほろにかけて吹そらしふな底よりも名馬を其数あまた引出す万こかひさうの名馬に神通あしけと名付七きはちふむ明六歳おかみあくまてあつうしておつさまむかふよこはたはりおくちそうとうつまねのくさりしゝあひほねなみよめのふしは作りつけたることくなりらつてむのくらをゝきしよつかうのにしきのうはしきにこむこむぬつたるるりのあふみりきしゆのちからかわをはしやうしやうのちにてそめたりけりおなしきおもかひをかけさせこかねのくつはかむしとかませ錦のたつなゑつてかけ万こゆらりとうちのつてなみにしつまぬうくくつを四のあしにかけたれは浪の上をはしる事はへいろをつたふことくなり三百余人のつはものともいつれも馬にのつたれともみなみなうくゝつかけたれは雲井にかりのとふやうに一村かりにさつとちらししゆらか陣へきつているしゆらともこれを見て一ひき二疋のみならす三百疋の馬ともかいつれもなみをはしる事はふしきなりときもをけしか程にいさむしゆらともゝにけ眼にそなつたりける大将のうしあゆらすゝみ出て云けるはなふこゝさうそかねてより申せし事のちかはぬなふめたれかほのすくやかしおもてかほくせ目にすみたていらむあらそひあらかふ儀にはにましき事にて候そや手をくたかてはいかにとしてかうみやうふかくか見えはこそ一かつせむせんとて出たつたりしありさまはあくこうしむゐのよろいをきむみやうけむこのかふとのをゝしめとうしやうむさむのほこついてしむいくちのはたさゝせ百千やかむのけむそく共を相したかへしきりにときをつくれはへきてむやふれはしやうにおち海底をうこかしなみをあけこくうさなからとうようしててる日の光もうつもれてひとへにちやうやとなつたりけり此程音に承るまむこしやうくむうむそうに見参をせむと云まゝにまむこを中にとり籠たり万こかつはものとも爰をせむとゝきつたりけりらこあゆら三百人からこむらあゆら五百人手をくたいてそきつたりける万こはめいよの馬のりうみの上にてのるたつなさうかいふとりうはいふのりうかめたる馬のあしゆむてのものをつく時わうきやうのたつなきつとひきめてのものをつく時にふきやうのふちをちやうとうつにくる物をおう時にはせむきやうあをりのあふみのふちをきよくしんたいにのつたりけり西からひかしきつてとをる時には三百余人か跡に付て爰をせむとゝきつたりけりいれかへいれかへたゝかへはしゆらかいくさはこたれかゝつてかなふへしとも見えさりけり惣大将のまけいしゆら八めむはつひをふりたてゝやつしたのほこをうちふりうちしにこゝなりとおうめきさけむてかけにけりまむこ是を見てかなふへきやうあらされはうしほをむすひてうつとししよてむにふかくきせいする然るへくは観世音非願たかへ給ふなふしむくむちむ中ねひ観音りきしをむしつたいさむちかひ今ならてはしゆらかおそれしけまむのはたをたゝさしかけよやあさしかけよと下知すれはけまむらはう玉のはたをまつさきにさゝせわれおとらしとせめかゝるまむこかつはものともかつにのつてをつふせをつふせきつたりけり神力もつきはて通力ひきやうもかなはすしそこのみくつとなりにけりいきのこるしゆらともすみかすみかにかくれたりまむこかちとき作りかけもとの舟に取のりしゆらたうしんのたゝかひにかちぬやかちぬやといさみをなしたうとかうらいはしり過日本ちかふそ成にける 去間龍王たちこれをはさていかゝせむとそせむきせられける其中に取てもなむた龍王のたまはく夫人間の心をたはからんにはみめよき女によもしかし爰をもつてあむするに龍女をもつてこの玉をたはかつてとるへき也尤然るへしとて龍宮の乙姫にこひさいによと申てならひなかりしひしむたりしをみめいつくしくかさりうつほふねに作りこめなみの上にをしあくるこれをはしらて万こは順風にほを上て心に任せふかせゆく かいまむまむとしては又はしやうちゝんたりへきてむのおきぬく風くわうくわうとしては又いつれのほくさうにかこえやとさむかしらなしおうかはらきとの嶋もろみの嶋もめい嶋さつまの国にきかいか嶋ゆきのもとおりつしまのないことゆへなくはしり過九国の地をはゆむてに見てさぬきの国に聞えたるふさゝきの沖をとをりけり なかれ木一本うかむてありすいしゆかむとり是を見て爰にきたいなる木こそ候へ此程の大風にてむちくたうとのちむかうはしふかれてなかるゝやらむと人々あやしめたりけれはまむこ是を見てなんのあやしめ事そとりあけよと云御諚にしたかひはしふねおろしとりみるにちむかうにてはなしあやしやわつて見よとて此木をわつて見るに何とことはにのへかたきひしむ一人おはしますすいしゆかむ取これを見てをのまさかりをなけ捨てあつとはかり申万こ此よし見るよりもいか様にも御みはてむまはしゆむのけゝんにてしやうけをなさむ其ためなあやしやいかにといひけれは何と物をはいはすして涙くみたるはかり也万こ重て申けるは何とたるませ給ふともせひにつけておほつかなしたゝ海底にしつめみくつになせといさみをなせはあらけなきつはもの御てにすかり海へいれんとす 龍女はいとゝあこかれてあらうらめしの人の言葉のにふし山を家とするこらうやかむのたくひさへ情はありとこそきけみつからと申はけいたむこくの大王のいつきの姫にてさふらふなるかあるきさきのさむによりうつほ舟に作り籠さうは万里へなかさるるたまたまきとくふしきに人倫にあひたれはさりともとこそおもひしに何のつみにふたゝひうきかいていにしつむへきそうらめしさよとかきくとくみたれかみをつたへてなみたの露のこほるゝはつらぬく玉のことくなり霜をおみたるをみなへし下葉しほるゝ風情しせいしかやさうに捨られてひしき物には袖しぬれほす日もなしとわひけるも今こそおもひしられたれかつらをかきしまゆすみはちすをふくむくちひるもゝのこひますあひきやうなみとなみたにうちぬれ物おもふ人のふせいかやうちむつけたる御ありさまよそのみるめもいたはしや さしもかしこきまむことは申せともやかてたるまかされけにけにさそおはすらむそれそれとうせむ申せとてやかてふねにのするかくて龍わうのわさなれはむかふ様に風ふいてふさゝきのおきに十日はかり逗留すさなきたにりよはくは物うきまむこ余にたえかねて風のたよりにかよひきていねかりそめのうたゝねは何となるとの音たかく世にもすゝめのすみうきにおとろかさむかいたはしさにあふきの風をいさめつゝ 月てうさむにかくれぬれはあふきをあけてこれをたとゆ風たいきよにやみぬれは木をうこかしてこれををしゆ あひ見る人をこふるには文かよはねともこふるならひ君か心をとりにくるなふいかにいかにとおとろかす龍女は本よりねもいらすさりなからうたゝねいりたる風情にてたそや夢見る折からにうつゝともなき言のはの夢の浮世のあたなれは人の言葉もたのまれす夜の間にかはるあすか川水ほのあはのかりそめに風にきえぬる言のはの末もとをらぬ物ゆへにあたなたちてはなにかせむ中々人には始よりとはれぬはうらみあらはこそ 其上われは生れてよりこのかたかいもむをあやまたすむしゆより今にいたるまておゝくのしやうをうけし事あるいは六よくししやうに生れこすひはつくのくをうけあるいは三つしやくにおちしたいもつの火にあへりかゝるさいこうをふり今人間と生るゝ事もかいりきによつて也第一せつしやうかいをたもつてはしむのさうとなるちうたうかいをたもつてはかむのさうとなるしやゐむかいをたもつてひのさうとなるまうこかいをたもつてははいのさうとなるおんしゆかいをたもつてはしむのさうとこれなるこれにこゐむしつせいありいはゆるきうしやうかくそうはうひやうはむ一こつこれまたみみやうのみのりとしこちの音せいこれ也是に五つのたましゐありこむしはくいしむなりき此五つのかたちをくそくするを仏と申 五つのかたちかけぬれはくちあむへいのちくるいたりいかにも仏をねかはむする人は五かいをよくたもつへし一つもかいをやふりなはむそくたそくのものとなつてなかく仏になるましい 仰はおもくさふらへと第三のかいもむをいかにとしてやふらんとなみたくみたるはかりにておもひ入てそおはしける万こもたいたうそたち仏法るふの国なれはあらあらかたり申あらしゆせうやさては後生の御ためにきむかいをたもたせ給ふか其かいもむの中に六はらみつのきやうあり其中にとつてもにむにくはらみつとは人の心をやふらすいかに五かいをたもちても人の心をやふりなは仏とさらに成かたしされはにや仏には三みやう六つうましますこれはひとへにくわこにしてしよはらみつをきやうとせし其とく今にあらはれて仏となりたまへりたとい一度はたきの水にきりてすまぬものなりとつゐにはすみてきよからん恋には人のしなぬかさてもむなしくこひしなは一念五百しやうけむねんむりやうこう生々世々の間につきせぬうらみのふかふしてともにしやしむとなるならは仏にはならすしてしやたうになかくおつへし かいのしなあまたあり五かいをよつくたもつては人間と生れて五体をうくるなり十かいをたもつては天人と生れて五すいを請る也二百五十かいはまたしやうもむと生れて仏には成かたし五百かいをたもつてはゑむかくとこれなるこれも仏にえならすほさつさむしゆ一心かい此かいをたもつてはやかてほさつとなりつゝ仏とさらに成かたし大乗円頓かいこのかいをたもつてはやかて仏に成なり大せうのかいきやうは二念をつかぬかい也しむたいはむさうにてかしむもとよりしくうなりしやうしにもつなかれすねはむにさらにちうせすしやしやうすなはちきよけれはすゝくへきあかもなしいとふへきほむなうなしねかひてきたる仏なし見る一念をほうとし聞事をみのりとす爰をしらぬをまよひとすゐむやう二つわかふの道いもせふうふのなからへこれ仏法のみなもとおろかにおもふへからすおなひきあれやとそおもふいかにいかにと申けり 龍女は聞しめされてそれはほつしむのみのりとし仏法におひてはひさうの所なれともねかふ事なくしては仏とさらに成かたし上代はきも上こむにしてちへも大智恵なるへし末世の今はけこむにて智恵ある人もすくなしむかし上代の大智恵の人たにも家を出てさいしをすて法のためになむきやうす七た太子はかうゐなるはむしやうの位をふり捨わりなきちきりふかかりきやしゆたら女をよそに見十九にて出家をとけたむとくせむのほうれいあららせにむをしとたのみわしのみやまのれいほうにたきゝをこりみをこかしせむこくにむすふあか水こほりのひまをくむたひになんたは袖のつらゝとなるよるは又よもすからせにむのゆかの上にしさせむのとこのふとむとなりかゝるしむくのこうをつみまさしくしやかとなり給ひ三かいのとくそむししやうのゑことましまして一代しやうけうをときひろめ給ふ也爰をもつてあむするにほむなう即菩提心生死即ねはむとてさいしをたいしさふらひて仏とやすくなるならはなとや太子しやくそむは王の位をふり捨てきさきをいとひ給ひけむ其外せうくわのらかむたちいつれかさいしをたいして仏となりし人や有さても仏の御おとゝなむた太子と申せしはしつきほむなうつきすして女人をこのみ給ひしをかくては仏にならしとて仏ほうへむめくらして浄土ちこくの有様を即心に見せ奉り終に出家とけさせてなむたひくとそなし給ふ いとゝこのむしやきやうをよしとをしへ給ふはまうもくにあしき道をしゆるふせいなるへしかやうに申せはとてもとよりわれは仏にて有也こくういつしやうとう一たいかしらはやくしみゝはなはあみたむねはみろくはらはしやかこしは大日如来也其外十方の諸仏達もろもろのほさつとしわかたいに具足し十方のこくうにほうによとしておはします来りもせすさりもせすいつもたえせすましますをほつしむ仏と申かたちを作りあらはししやうとをたてゝすみかとし給ふをほうしん仏と申也八さうしやうたうし給ひてのりをとき即しゆしやうをりやくし給ふをおうしん仏と申也三心をとりわき一心を信するはさとりの前の仏なり三心一そくとくくわむしいつれをも信するをさとりの前と申仏とならん其ためなむきやうくきやうせむものいかて善悪みたるへし身はいたつらになさるゝとかなふましと仰ける 去間まむこ事の外に腹をたていかにいかに聞しめせ仏をねかふ人はみなたうと智恵としひしんひとつかけても成かたしたうといつはきやうたい智恵といつはさとりの心しひといつはいつさいしゆしやうをふかくあはれみて人の心にしたかへり第一しひのかけては仏と更に成かたしあふ所詮物を申せはこそ言葉もおゝくつくれ今は物を申ましいかくて爰にひれふしおもひ死となつて此世のちきりこそあさくともちこくかきちくしやうしゆら人天に生れかはり死かはり六道四しやうの其中をくるりくるりと追めくりうさもつらさものちの世におもひしらせ申さむと其後物をいはす龍女はもとよりかやうにめされむためたはかりすまさせ給ひてたまをのへたる御手にて万こかたもとをひかへさせ給ひなふいたうなうらみさせ給ひそよまことに心さしのましまさはみつからか所望をかなへてたへくさの枕のうたゝねの露の情は夢はかりちきりなむ万こ余のうれしさにかつはとおてみをいたきなふこはまことにて御坐候かふたつとなき命をもまいらせむと申いやそれまてもさふらはすけにやらむ承れはしやくせむたむのみそきにて五寸のしやかの霊仏の舟に御座有よしを承る其すいしやうの玉みつからに一夜あつけさせ給へともかくも仰にしたかふへし万こ此よし聞よりもあらしやうたいなやしよの所望とこそおもひしに此すいしやうの玉におひては中々おもひもよらぬ事なるへしとふつつとおもひきりけるかいやいや何程の事のあるへきそおもひなをしさてもさても御みは何として御存候ひたるそやさしくも御所望候物哉さらはそつとおかませ申さむとくろかねしやうをおろしゐむはむをもつてふうしたる石のからうとの中よりもすいしやうの玉をとりいたし龍女の方へわたすけいせいと書ては都かたふくとよまれしも今こそおもひしられたれかくてしうあひれむほのわりなきちきりとみえつるか三日も過さるにかきけすやうにうせぬ玉はと人に見せけれはとりてうせぬと申たゝほうせむとあきれはてこくうに手をこそたんたくすれ あら口惜や竜宮よりたはかりけるをしらすしてとかう申にをよはすとのこるたからをさきとしたいしよ官のみもとに付さまさまのほうふつと取出してたいしよくわむにまいらせ上るたいしよ官は御覧して送り文の其中に第一のたから物すいしやうの玉の見えぬは如何とたつねさせ給ふ万こ承りつゝむへきにて候はすありのまゝに申へし此玉をとらんとて龍王度々に所望するをしみてさらにいたさすしゆらをかたらひとらんとすちむのたゝかひをのつから言葉にものへかたしふてにもいかてつくすへきおゝくのしゆらを打とつて龍王なうをやすめ今はと心やすくしさぬきの国ふさゝきのおきをとをりし時なかれ木一本うかむたりすいしゆかむとりこれを見爰にきたいなる木こそ候へ天ちくたうとのちむかうはしふかれてなかるゝやらむと人々あやしめたりけは万こ此よし聞よりも何のあやしめ事そとりあけよとけちをなす御意にしたかひとりあけ見るにちむかうにてはなしあやしやわつて見よとてとりあけ見るに天下ふさうの天女あり海へいれむとせし時りうていこかれかなしふを見れは余かはゆさにたゝ一夜とうせむすひまをうかゝひしのひ入てとりてうせぬと申かまたり聞しめされて余おもへは無念なるにせめてわれを具足し其浦の有様をわれに見せよと仰けれは承ると申戻りのふねにのせ申ふさゝきの沖へをし出して爰なりと申たゝはうはうとしたる浪の上を御らむしてむなしく戻給ふ 道すからおほしめすさもあれ無念なるもの哉三国一の重宝を吾朝のたからとはなさすしていたつらに龍宮の宝となしけむくちおしさよよくよく物を案するに龍宮かいは六道におひてもちくしやうたうの内人間の智恵にははるかにおとるへき物をさあらむ時は何としてかたはかられけむふしきさよ われ又せむけうほうへんしいかにもあむをめくらし此玉におひてはとらふする物とおほしめし都にかへり給ひててうせきあむをめくらし玉をとるへきはかり事くふうましましけれともさすか海中へたたつてたしう遠嶋ならされはふねのかよひちあらはこそしかりとは申せとも人足におひておやたいせ太子は辱もによいの玉をとらんとてゑむしの貝をもつてきよつかいをはかりつくしつゝ終にほうしゆえ給へり大願としては又終にむなしき事あらしわれもちかひてねかはくは生々世々の間に此玉におひてはとらふす物とおほしめし都の内をしのひいてかたちをやつし給ひ又ふさゝきへくたさるる かの浦に着給ひ浦のけしきを見給ふにあまともおゝくあつまつてかつきする事おひたゝしゝかのあまの中に年のよはひはたち計に見えみめかたちしむしやうなるかるすいにむつれてあそふ事は唯へいろをつたふことく也かまたり見籠給ひてかのあまのとまやに宿をとり日数を送らせ給ひけるにあまにもいまた妻もなしかまたりたひのひとりねの床もさひしき事なから爰にて日をやかさねけむねかたけれとも姫松のはや浦風にうちなひくなにはもつらき浦なからそよよしあしといひかたりてふたりあれはそなくさみぬ うきねのとこのかちまくらなみのよるにも成ぬれはともゝなきさのさよちとりふきしほれたる浦風に声をくらふるなみの音すさきのまつにさきあれは木すゑを浪のこゆるに似てしほやのけふり一むすひ末はかすみにきえ匂ひ夢ちににたるうたかたのなみのこしふねかすかにてからろの音のとをけれは花になく音のかりかねかわれも都の恋しさに声をくらへてなくはかりうきみなからもまきのとを明ぬくれぬと過ゆけは三とせになるは程もなし かくて男女なからへわりなき中のちきりにや若君いてき給ふ今はたかひに何事をも打とけたりし色見えたりかまたり仰けるやうは今は何をかつゝむへきわれこそ都にかくれもなきたいしよくわんとはわか事也心にふかき望のありてこのほとこれにありつるそ然へくはみつからか所望をかなへてたひてむや あま人承りなふこはまことにて御座さふらふかあらはつかしや四海に御名かくれもなきかゝるきにむにしたしみ申ける事よひとつはみやうかつきぬへし又ははくちよけせむにてはたえはなみのあらいそたちゐはいそのなかれ木 声はあらいそに くたくるうつせなみの音 かみはやしほに引みたすつくものことくなるみにて都の雲の上人におきふしひとつとこにして見ゝえぬるこそはつかしけれしかしたゝみをなけてしなむとこそはくときけれ かまたり仰けるやうはとてもしせむいのちをわかためにあたへ龍宮かいへわけ入てたつぬる玉のあり所を見てかへれとの御諚なりあま人承りて龍宮かいとやらんはありとは聞ていまた見すゆきてかへらむ事はかたかるへしたとひいかなる仰なりともいかてかそむき候へきとかまたりに暇を申一ようのふねにさほをさし沖をさしてこき出なみまをわけてつつといり一日にもあからす二日にもあからす三日四日もはや過て七日にこそ成にけれ かまたり仰けるやうはあらむさんやかのものはうほのゑしきとなりけるかあやしやいかにおほつかなしと心をつくさせ給ふ所によみかへりしたるふせいにて本のふねにそあかりけるかまたり御覧し候ていかにととはせ給へはしはしは物を申さすやゝありて申けるはなふ此土より龍宮かいへゆくみちは事もなのめの事ならす一つのかしらをさきとしてくらき所をまほつてちいろの底へわけているうしほのるすゐのつきぬれは紅いろの水そあるなをし底へ分ゆくにこかねのはまちにおちつく五色の蓮花おひふしあをきくちなふおゝくしてれむけのこしをまとへりなをしさきを見渡すにれいかきよくなかれ水の色は五色にてさうかむたかくそはたてり川にひとつの橋あり七宝をちりはめ玉のはたほこたてならへ風に任てへうようすかの橋を渡るに足すさましく肝きえ夢うつゝともわきまへすなをしさきを見わたすにとうもむ雲にさしはさみ玉のまくさはかすみの内こかねのかはらは日にひかりさうてむまてもかゝやけり三ちうのくわひらうに四しゆの門をたてたるひとつのたいりおはしますりう宮しやうこれ也けりへいるりの柱をたてめなうのゆきけたにはりのかへをいれにけりししゆのまむしゆのやうらく玉のすたれをかけならへちやうにも綾をかけつゝとこににしきのしとねをしきちむたんをましゑなをらむけいをみかきたつかゝるめてたききうたくにしやかつた龍王はしめとしてわしゆきりうにいたるまて法衣をかさりさせらるゝもろもろのせうりうとくりうこかねのよろひかふとをきて四つの門をまほれりさてもたつぬる玉をは別にてむを作つてたからのはたをたてならへかうをもり花をつみ二六ちゝうにはむをおりいねうかつかう中々に申におよはさりけり八人の龍王時々刻々にしゆこすれは此玉をとらん事今生にてはかなふましまして未来て取かたしおほしめし切給へわかきみとこそ申けれ かまたり聞しめされてさては玉の有所をたしかに見つるもの哉ありとたにもおもひなはとりえむ事はけつちやうなり龍ともゝはかり事をめくらしてたはかつて取たれはわれもたくみをめくらしてたはかつて取へきなり夫龍神と申は五すい三ねつひまもなくくるしみおゝき御みなり此くるしみをまぬかるゝ事はしらへの音によもしかしこゝをもつてあむするに龍王をたはかるならは舞と管絃にてたはかるへし此海のおもてに極楽浄土をまなふへし玉のはたほこ百なかれたてならへさて又かくやをさうにかさつて左右の絃管をしらへすまし其みきりにみめよき児をそろへおむかくをそうする程ならは只天人に似たるへしさあらん時に大僧正からりむを打ならし上天下界の龍神をおとろかしくわむしやうするほとならはすゝめによつて神仏のそみ来臨ましまさは龍宮の都より八大龍王先としてそくはくのけむそくともを引くして出らるへし其間は龍宮かいには龍ひとりもあるましきそ留守の間を伺てそろりと入てぬすみとつてやたへかしとそ仰ける 海士人承りあらゆゝしの君の御たくみやさふらふかゝるせむけうなくしてはいかてたやすくとりえなむたゝし留守の間なりとも玉のけいこは有へしたといむなしく成ともまたたらちをのみとり子のちふさをはなるゝ事もなし君ならて後の世をあはれむ人の有へきかとてなくより外の事はなし かまたり聞しめされて心安くおもへもしもむなしくなるならはけうやうの其為にならの都に大からんをこむりうすへし又此若におひてはいまたようちなりといふとも此浦によそへたむかいこうとなつけ都へ具足して上てむかの御目にかけふひとうとなし藤原のとうりやうたるへきよしをこまこまとの給へはあま人承つてよろこふ事はかきりなしやかて都へ使者をたて舞のしをめしくたしあたりの浦のふねをよせしゆたむをもつて色とれるふたいこそはりたてけれ十杖のはたほこ百なかれたてならへ風に任てひるかへせはさうかいはやかてしやうとゝなる左右のかくやにかさりたてたる大たいこまむまくを上させしゆれむにたまのすたれをかけ法座をさうにかさらせうけむちとくの大僧正からりむをうちならし上天下界の龍神をおとろかししやうすれは八大龍わうしゆらいしてせむきまちまちなりけりなむせんふしうふさゝきの浦にして法座をかさりてうしやうあるいさや来臨やうかうなつてちやうもむせむとせむきしてそくはくのけむそくとも引くしてこそ出られけれ已に龍神出給へは国中の児たちみをかさりまうけこゝをせむとゝまひ給ふたゝ天人のことくなり去程に龍神五すい三ねつたちまちまぬかれ給ひける間何事も打わすれ舞に見とれ給ひてふさゝきに日そおくらるゝ すはや隙こそよけれとてあまもいてたちをかまへけり五色の綾を以てみをまとひやくわうの玉をひたいにあてぬのつなのはしを腰につけかねよき刀わきはさみ浪間を分てつつといるたといなむしのみなりともとくのうを龍かめ大しやのおそれもあるへきに申さむや女の身とあつて一人海へいる事はたくひすくなき心哉数千万里のかいろを過龍宮の都につくやくわうの玉にてらされてくらき所はなかりけりかねて見をきたりし事なれはまよふへきにて候はす龍宮のほうてむにあかめをくすいしやうの玉おもひのまゝにぬすみ取て腰に付たる約束の布つなをひけは船中の人々あはや約束こゝなりとてむ手につなをそ引にけるあまはいさみてかつけは上よりもいとゝ引あくる今はかうとおもふ所に玉をまほれる小龍此よしを見つけ跡をもとめておふ事は只みつはのそやを射ることく船中の人々あはやほのかに見ゆるにあふくり上よと下知するにあまの跡に付てひとつの大しやおふてくるたけは十丈計にてひれにつるきをはさみたて眼はたゝ夕日の水にうつろふことくなりくれなゐのことくなるしたのさきをふりたてすきまなくおつかくるあまかなはしとおもひける間かたなをぬいてふせきけり船中の人々此よしを御覧してをあかき身をいたきおつつふいつころむつあはやあはやと仰けりかまたり御覧し御剣をぬきようちの時きつねのあたへたひたるひとつのかまにとりそへとむていらんとし給ふを船中の人々ゆむてめてにすかつてこはいかにとてとゝめけりすてにはやこのつなのこりすくなく見えし時大しやはしりかゝつて情なくもかのあまのふたつのあしをけちきれは水のあはとそきえにける むなしきしかいを引上諸人の中にこれをゝき一度にわつとさけふかまたり御覧してたまはとりえぬ物ゆへに二世のきえむはつきはてぬむねの間にきすあり大しやのさけるのみならすとあやしめ御覧有けれは此きすの中よりもすいしやうのたま出させ給ふ大しやのおつかけし時かたなをふると見えしはふせかむためになくし玉をかくさむ其ためにわかみをかいしけるかとよせめて此きすをわかみすこしおひたらはかほとに物はおもふましきを女ははかなきありさま哉男の命をちかへしとていのちを捨るはかなさよともし火にきゆるよるのむしは妻ゆへそのみをこかすなり笛によるあきの鹿ははかなきちきりにいのちをうしなふそれはみなみなしうあひれむほのわりなきちきりとはいひなからかゝるあはれはまれなるへしわれには二世の気縁なれは又こむ世にもあひ見なむなむちは今こそかきりなれわかれのすかたをよく見よとていとけなき若君をしかいにをしそへたりけれはしゝたるおやとしらぬ子の此程はゝにはなれつゝたまにあふたるうれしさにむなしきちふさをふくみつゝはゝのむねをたゝくを見て上下万民をしなへて皆涙をそなかしける あまはむなしくなりたれとかしこきせむけうほうへんによつて龍宮界へうははれしむけほうしゆを事ゆへなくうはひ返し給ふ事有かたしとも中々に申にをよはさりけり此たまはすなはちおくり文に任せ興福寺の本尊しやか仏のみけむにゑりはめ給ひけるとかや正心のれいさうしやくせむたんのみそきにて五寸のしやかを作りにくしきの御しやりこしむに作り籠なからほう八寸のすいしやうの塔の中におさめむけほうしゆと名付三国一の重宝龍王のをしみ給ひし理とこそ聞えけれ

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百合若大臣
(大頭左兵衛本)

 そもそも昔、吾が朝に嵯峨の帝の御時、左大臣きむみつと申して、並びなき臣下一人おはします。しかれども、きむみつに御代を継ぐべき御子なし。「かくてはいかがあるべき。」と、大和国初瀬の寺に詣で、悲願尽きせぬ観音の利生を仰ぎ、三十三度の歩みを運び、申し子をこそし給ひけれ。今に始めぬ観音の、願ひの潮も早満ちて、程なく御子を儲け給ふ。しかも男子にて御坐ある。夏の半ばの若なれば、「花にもよそへて育てよ。」とて、百合若殿と名付け申し、いつきかしづき給ひけり。七歳にて御袴召し、十三にて初冠を召され、四位の少将殿と申し、十七歳にては程なく、右大臣に成らせ給ふ。御童名によそへて、百合若大臣と名付け申す。三條壬生の大納言あきときの卿の姫君を迎へ取らせ給ひ、鴛鴦比翼の語らひは、浅からずこそ聞こえけれ。
 かくて過ぎ行き給ひしに、そも吾が朝と申すは、国常よりも始めて、さて伊弉諾と伊弉冉は、かの国に天降り、二柱の神と成つて、第一に日を産み給ふ。伊勢の神明にて御座あり。その次に月を産む。高野の丹生の明神、月読の御子これなり。その次に海を産む。津の国に御立ちある蛭子の宮、夷三郎殿にておはします。その次に神を産む。出雲の国素戔嗚は、大社にておはします。その外、末社の部類等は、皆この神の惣社たり。神の本地を仏とは、よくも知らざる言葉かな。根本地の神こそ、仏と成らせ給ひつつ、衆生を化度し給ふなれ。
 それはとも、あらばあれ。そも吾が朝と申すは、欲界よりはまさしく、魔王の国と成るべきを、神みづから開き、仏法護持の国と成す。大魔王、他化自在天に腰を掛け、種々の方便巡らして、いかにもして吾が朝を、魔王の国と成さむと巧むによりて、即ち天下に不思議多かりき。この度の不思議には、「む国の蒙古が蜂起して、四万艘の舟どもに、多くの蒙古を取り乗せ、綾糟と魁帥、飛ぶ雲と走る雲、かの四人を大将にて、筑紫の博多に舟を寄せ、烽火を上げ太鼓を打つて、毒の矢を放ち、攻め入る。」とこそ聞こえけれ。国にあり合ふ弓取、防ぎ戦ひけれども、彼等が放つ毒の矢は、降る春雨の如くにて、四方鉄炮放ちかけ、天地を動かし攻め入れば、かなふべきやうあらずして、皆、中国さして引き退く。
 そも吾が朝と申すは、国は粟散辺土にて、小さしとは申せども、神代よりも伝はれる、三つの宝これあり。一つには神璽とて、大六天の魔王の押し手の判、これあり。二つには内侍所とて、天照神の御鏡なり。三つに剣宝剣とて、出雲の国簸上の山の、大蛇の尾よりも取りし霊剣なり。これ皆、天下の重宝にて、代々の御代に異国より、九夷興つて欺けども、神国たるによりつつ、亡国と成す事もなし。今も天照御神の、五十鈴川の末尽きず、伊勢へ奉幣奉り、内侍所の御託宣によりつつ、「討手を遣はすべし。」とて、諸社の奉幣、臨時の御神楽、参らせ給ひけり
 その中にとつても、内侍所の御託宣は、忝うぞ聞こえける。七つに成らせ給ひし、乙女が袖に託して、鈴振り立てて神託あり。「蒙古が向かふ日よりして、天が下の神達、高天原に集会して、軍評定とりどりなり。しかりは申せども、蒙古が大将綾糟が、諸庁に放つ毒の矢が、住吉の召されたる神馬の足に立つ。この疵癒やさんそのために、神の戦を延べられたり。これによつて九夷ども、「力を得たり。」と攻め入るなり。されども彼等が振舞は、風吹かぬ間の花なるべし。「急ぎこの度、凡夫の戦を早めよ。神も向かはせ給ふべし。凡夫の戦の大将に、左大臣が嫡男に、百合若大臣を向くべきなり。かの人、討手に向くならば、諸神、合力ましまして、金剛の力を添ふべきなり。もし、さもあつて下向せば、鉄の弓矢を持つべきなり。遅くてこの事、悪しかりなむ。いや、急げ、急げ。」と神託あつて、神は上がらせ給ひけり。
 御父の左大臣、御子の百合若大臣を召して、「下向せよ。」との御諚なり。神託と言ひ、綸言、又、父命なりければ、吉日を選み、都出と風聞す。さて、「神託に任せて、鉄の弓矢を持つべし。」とて、鍛冶の上手を召し寄せ、一所を清め、鍛冶屋と定め、精誠を尽くして作り立つる。弓の長さは八尺五寸、周りは六寸二分なり。矢数は三百六十三、矢束は三尺六寸なり。根には八つ目の鏑を入れ、弓も矢も鉄にて、「引きては返すべからず。」と、人魚の油をさし給ふ。既に選ぶ吉日は、弘仁七年庚申、二月八日に都を立ち、国にあり合ふ弓取、皆、当千の兵にて、一騎も残る所は無し。大臣殿の御勢は、三十万騎に記さるる。その外已下の軍兵は、百万騎とぞ聞こえける。
 都を立つて、その日は、八幡の御前に陣を取り、明くれば津の国難波潟、昆陽野に陣を取り給ふ。さる程に、王城の鎮守を始め奉り、衣冠を脱ぎ替へ鎧を召し、清麗微細の色の上には、夜叉羅神の形を現じ、雲に乗り、霞に乗り、一つは国家を守らんため、又は氏子を守護せむため、我が氏子氏子、形に影の添ふ如く、先に立つてぞ守らるる。さて、神たちの儀によりて、神風涼しく吹きければ、筑紫に陣取る蒙古ども、この由を承つて、「今度はまづまづ引けや。」とて、四万艘に取り乗つて、蒙古国へぞ引きにける。さてこそ天下も穏やかに、国もめでたくおはしけれ。
 大臣殿は、奏聞申されたりければ、内よりの宣旨には、「大臣がこの度の勧賞には、筑紫の国司を取らするぞ。急いで罷り下れ。」との宣旨なり。大臣殿は、九国に住まむもの憂さに、辞退申されたりけれども、「国の守りのためなれば、在国せでは叶ふまじ。」と、重ねて勅使立ちければ、力及ばず。御台所を引き具して、急ぎ筑紫に下り、豊後の国府に京を建て、さながら都に劣らず住ませ給ふ。
 又、都は、公卿僉議、まちまちたり。「蒙古が大将は四人と聞こゆるを、せめて一人討ち取つてこそ、戦に勝ちたるしるしもあるべけれ。九夷は二相の者なれば、何と思ひてか引きつらん、心の内も悟りがたし。まづ高麗国へうち越え、七百六十六国を攻め従へ、その大勢を率し、百済国を攻め靡け、その後、蒙古を攻めむ事、何の子細のあるべき。」と僉議して、筑紫へ勢をぞ下されける。「大臣殿も、吉日を選び、御出。」とこそ聞こえけれ。新造の大船百余艘、枝舟は数知らず。浦々漁舟、かたせ舟、惣じて舟数は八万艘。蒙古は四万艘にて向かひけるに、一倍増してぞ向かはれける。
 大臣殿の御坐舟をば、錦を以て飾り立て、艫舳に斎ふ神々に、六十余州の霊神達の、斎垣、鳥居、榊葉。雲に光を交じへつつ、烽火、太鼓を奏すれば、身の毛もよだつばかりなり。卯月半ばに大臣は、早、御座舟に召されけり。御台、名残を惜しみて、「同じ船に。」と宣へども、「思ひ寄らず。」と宣ひて、押しこそとどめ給ひけれ。さて、舟どもの艫舳には、五色の幣をはぎ立てて、神風涼しく吹きければ、魔縁魔界も恐るべし。昔の譬へを引く時は、神功皇后の新羅を攻めさせ給ひし時、神集めして向かはれしも、かくやと思ひ知られたり。
 む国に陣取る蒙古ども、天の色をきつと見て、二相神通の者なれば、討手の向くと悟りを成し、「近う寄せては叶ふまじ。潮境へ打ち出、防いでみむ。」と僉議して、四万艘の舟どもに、多くの蒙古を取り乗せ、喚き叫んで押し出し、唐と日本の潮境、ちくらが沖に陣を取る。大臣殿の御坐舟をも、ちくらが沖へ押し出す。彼も恐れて近づかず。互に恐れて寄りもせで、五十余町を隔てつつ。三年の春をぞ送られける。
 かかりける所に、蒙古が大将綾糟、一陣に進み出、天を響かす大音にて、「我らが軍の手立てには、霧を降らする習ひあり。霧降らせよ。」と下知すれば、鶏林国の大将、舟の舳板につつ立ち上がつて、青き息をつく。いかなる術をか構へけむ、霧と成つてぞ降りにける。初めは薄く降りけるが、次第次第に厚く成つて、虚空長夜の如くにて、一日二日にて晴れもせで、百日百夜ぞ降りにける。さしもに猛き弓取も、霧の迷ひに悪びれて、弓の本末だにも知らざれば、引くべきやうこそなかりけれ。この霧ばかりに冒されて、蒼波の水屑と成らん事、憂かりなむとぞ嘆きける。
 大臣殿は、無念至極に思し召し、「今ならで、いつの時、神力を仰ぐべき。」と思し召されける間、潮を掬び手水とされ、「南無天照皇太神宮、その外六十余州の大小の神祇。各々、力を寄せ給ひ、この霧晴らしてたび給へ。」と、祈誓を申させ給ひければ、あら、ありがたや。祈誓のしるし、早見えて、伊勢の国荻吹く嵐に、霧も程なくすみ吉の、松吹く風も涼しくて、迷ひの闇も白山の、雪より早く消えければ、いつしか鹿嶋楫取も、喜びの帆をぞ上げにける。
 大臣殿は、なのめならずに御喜びあつて、「さらば、戦を早めむ。」とて、端舟おろし、召されけり。「わざと大勢は無益。思ふ子細のあるぞ。」とて、十八人を引き具して、蒙古が舟へぞかかられける。綾糟、魁帥、これを見て、「蟷螂が斧。」と勇みつつ、鉾を飛ばせ、剣を投げ、四方鉄炮放ちかけ、天地を動かし攻めけれど、大臣、ちつとも御騒ぎなく、蒙古が舟へぞかかられける。舟の舳先につかせたる、鉄の盾の面には、般若心経、観音経、金泥にてぞ書かれたる、尊勝陀羅尼の中よりも、社耶社耶毘社耶といふ文字が、三毒不思議の矢先と成つて、蒙古が眼を射潰いたり。不動の真言に唅、鏝二つの文字が、剣と成つて飛びかかり、多くの蒙古が首を切る。観音経の名文に、於怖畏急難といふ文字が、金の盾と成つて、蒙古が矢先を防げば、味方一騎も手も負はず。さてこそ諸人、力を得、鎮護の合戦、手を砕く。
 大臣殿は御覧じて、「いつの用ぞ。」と仰せあつて、鉄の弓の弦音すれば、雲の上まで響きあり。三百六十三筋の矢を、残り少なくあそばせば、綾糟は討たれぬ。魁帥、腹切りぬ。飛ぶ雲と走る雲、彼等二人は生け捕られぬ。その外以下の蒙古ども、或いは討たれ、腹を切つて、海へ入つて死するもあり。四万艘に取り乗つたる蒙古、多く討たれて、わづか一万艘に成る。「さのみは罪に成るべし。」とて、起請を書かせ、助け置き、本地へ戻させ給ひて、「いや、日本は戦に勝ちぬ。」とて、八万艘の舟内の、喜び合ふ事限りなし。
 大臣殿は、このまま御帰朝あるならば、めでたかるべき事どもを、この間の長陣に、精気を尽くさせ給ひ、傅の別府を召して仰せけるは、「いづくにか嶋やある。上がりて身を休めむ。」との御諚なり。別府、承つて、端舟おろさせ、尋ぬるに、波間に一つの小嶋あり。玄海が嶋、これなり。味方の中をば忍びやかに上げ参らせ、御敷皮を延べ、岩の角を枕にせさせ申し、睡眠ならせ給ふ。大力の癖やらん、寝入りて左右なく起きさせ給はず、夜日三日ぞまどろみ給ふ。
 さる間、別府兄弟は、徒然さの余りに、物語をぞ始めける。弟の別府の臣が申しけるは、「あら、めでたや。この君、先度は筑紫九ヶ国を賜はらせ給ひ、上見ぬ鷲と御坐ありしが、あまつさへこの度は、多くの蒙古を滅ぼし給へば、日本国を他の妨げなく賜はらせ給はん事のめでたさよ。人の果報を願はば、この君のやうに。」と申す。兄の別府がこれを聞き、「さればこそとよ、その事よ。君はさやうに富み給はば、我等兄弟は、元のままにて朽ち果てなむ事こそ口惜しけれ。いざ、この君をここにて、我等が手にかけ申し、主なくして御跡を知行せむ。」と申す。
 弟がこれを聞き、「あら、勿体なの御巧みや候。この君の御恩を天山に蒙り、人と成りし我等ぞかし。いにしへの御恩を忘れ申し、我等が手にかけ申すならば、天命、いかで逃るべき。御思案あるべく候。」別府、この由聞くよりも、「さては汝は、君と一体よな。終にこの事洩れ聞こえなば、我一人が科たるべし。よそに敵はなきぞとよ。和殿と合うて死なん。」とて、刀の柄に手をかけて、飛んでかからむとす。弟がこれを見て、「こは、いかなる御事候ぞ。げにと、さやうに思し召したらば、たとひ手にかけ殺し申さずとも、生きながらこの嶋に捨て置き申して帰るならば、所はわづかの小嶋にて、十日ばかりも御命の、何に長らへ給ふべき。」
 兄の別府、これを聞き、「面白くも申されたるものかな。さらば、さやうに仕らん。」とて、いたはしや、君をば玄海が嶋に捨て置き申し、元の舟に上がり、味方の軍兵どもを近付けて申しけるは、「いたはしや。君は、蒙古が大将綾糟が放つ矢を、御着背長の引き合せに受けとめさせ給ひ、薄手にて御座ありし間、さりともさりともと頼みをかけししるしもなく、終に空しく成らせ給ひて候。御死骸をも陸に上げ、御台所の御目にかけたくは存じ候へども、諸神を斎ひ申したる御座舟にてある間、いたはしながら海底に沈め申して候。さてあるべきにてあらざれば、やあ、舟を出せ。」と下知すれば、味方の軍兵どもは、ひとへに夢の心地して、「我劣らじ。」と押し出す。一艘二艘の舟ならず、惣じて舟数は八万艘。一度に帆を引き、楫を取れば、天地も響くばかりなり。
 この声どもに大臣は、夢うち覚まし給ひて、「誰かある。」と召さるれど、御返事申す者も無し。「こはいかに。」と思し召し、かつぱと起きさせ給ひて、辺りを御覧ありけれど、人一人もなかりけり。召したる舟を見給へば、帆を上げてこそ押し出せ。「さては、別府が心変はりを仕るか。例へば別府こそ心変はりをするとも、などや以下の軍兵等、我をば連れて行かぬぞや。あの舟、こちへ。」と宣へど、皆舟どもの音高く、聞きつけ申す者もなし。せめて思ひの余りに、海上に飛び浸つて、息をはかりに泳がせ給へど、舟は浮き木の物なれば、風に任せて早かりけり。力及ばず大臣は、憂かりし嶋に又戻り、そなたばかりを見送りて、呆れて立たせ給ひけり。
 早離、速離がいにしへ、海岸波頭に捨てられしも、これに似たりと申せども、せめてそれは二人にて、語り慰む方もあり。所はわづかの小嶋にて、草木も更になかりけり。蒼天広う遠うして、月の出づべき山もなし。朝の日は海より出、又、夕日も海に入る。露の身は頼みなや、夜更けて聞くも波の音。岩間の宿を頼めてや、うち伏す方も濡れまさる。稀にも言問ふものとては、浪に流るる群鴎。汀の千鳥鳴く時は、猶又友も恋しくて、いとど明け行く夜も長く、暮れ行く日影も遅かりけり。露の命を草の葉に、宿すべきやうなけれども、なのりそ摘みて命を継ぎ、憂き日数をぞ送らるる。いたはししとも中々に、申すばかりもなかりけり。
 さる間、別府兄弟は、筑紫の博多へ舟を寄せ、喜びの帰朝と風聞す。豊後の国府に御座ある御台所は、珍しき曲どもを構へさせ給ひ、「御入り遅し。」と待たせ給ふ所に、別府兄弟うち連れて、まづ御所様へ参る。御台所は御覧じて、「あれは、いつもの御先の、案内にこそ参りつらめ。」と、人して聞こし召すべき事を遅く思し召され、自身、御簾間近く御出あつて、「珍しの兄弟や。何とて君は遅く見えさせ給ふぞ。」兄弟、暫し御返事を申さず。重ねて「いかに。」と尋ねさせ給へば、その時兄弟、涙を流す体をして、「申さむとすれば、涙落つる。申さずは知ろし召さるまじ。いたはしや、君は、蒙古が大将綾糟と申す者と、押し並べ組ませ給ひ、二人ながら海底に沈ませ給ひて、その後、又も見えさせ給はねば、その思ひのみ深うして、戦に勝ちたるしるしも候はず。さりながら、御形見の物をば賜はつて候。」とて、御着背長と金の弓、御剣を添へて参らせ上ぐる。
 御台、この由御覧じて、「これは不思議の事どもかな。敵と組ませ給はむに、いつの暇に御形見を、とどめて海に入り給はむ。前後不覚の事、申すものかな。あはれ、この者兄弟を、取つて押さへて拷問し、召し問はばや。」とは思し召せども、はかなき女性の御事なれば、心一つにくたしつつ、簾中深く入り給ひ、形見の物を召し集め、抱きつかせ給ひて、流涕、焦がれ給ひければ、御前、中居の女房達、一度にわつと泣きければ、よその袂に至るまで、絞るばかりに哀れなり。
 その後、別府兄弟うち連れて、急ぎ都へ上り、喜びの帰朝と風聞す。「天下の繁昌、世の聞こえ、何事かこれにまさるべき。」と、上下ざざめき給ひけり。しかりとは申せども、大臣殿御帰朝なき間、天下、闇の如し。御父の左大臣、御母御台所、老い闌け、齢傾き、盛りの御子に後るる事は、枯れ木に枝のなき風情。「つれなき命に替へばや。」と、嘆き給へど叶はず。内よりの宣旨には、「大臣が帰朝するならば、日本国をと思ひつれども、討たれぬる上、力なし。誰に勧賞を行ふべき。別府兄弟には、筑紫の国司を取らするぞ。急ぎ罷り下り、後家に宮付き、大臣が孝養、懇ろに弔へ。」との宣旨なり。別府、承つて、「案に相違の宣旨かな。日本国をと望みてこそ、君をば振り捨て申したれ。珍しからぬ筑紫へ。」とて、又こそ下りけるとかや。
 さる間、別府、道々案じけるやうは、「さもあれ、吾が君の御台所は、天下一の美人にてましませば、風の便りの玉章を、参らせ上げて見んずるに、請け引き給はば、しかるべし。背き給ふものならば、ふし漬け申さばや。」と案じ済まし、玉章、懇ろに拵へ、「これは、都よりの御状なり。」とて捧げければ、近所の女房達、取り次ぎ参らせ上げ、御台所は、「都よりの御状。」と聞こし召し、中々、上書きをだにも御覧じあへず、急ぎ開いて見給へば、思ひの外に引きかへて、別府が方よりの玉章なり。
 余りの事の悲しさに、二つ三つに引き裂き、かしこにがばと捨てさせ給ひ、「命あればこそ。」と宣ひて、御守り刀を召し寄せ、「自害をせむ。」とし給へば、乳母の女房が参り、御守り刀を奪ひ取り申し、「尤も御道理にて御座候。三條壬生の御所よりも、必ず御迎ひの参り候べし。命を全うし給へ。」と、とかくなだめ奉る。「返事をせぬものならば、不得心なる別府にて、いかなる所存か巧むべき。」と、乳母の女房が、傍よりも返事をする。
 「三年の後の新枕、我に限らぬ事なれば、相撲草もとりどりに、引けばや靡く習ひなり。まみえむ事は易けれども、君のむ国へ討手に御向きの時、宇佐の宮に参り、千部の経を書き読まむと大願を立て、七百余部は書き読みぬ。今二百余部は書き読まず。この宿願、成就の後は、ともかくも。」と書き留めて、「これは、御台所の御返事なり。」とて返す。使は急ぎ、立ち帰り、別府殿に見せ奉る。別府、開いて見奉るに、「あら、めでたや。さては靡かせ給ふべきや。この宿願成就の間は、いか程かあるべき。」と、只百年を暮らす心地して、明かし暮らして待ち居たり。
 その後、御台所、数の女房達を召し集めさせ給ひ、「つれなき命のあればこそ、かかる事をも聞くなれば、今も淵瀬に身を投げて、跡かきくれたく思へども、草のゆかりも忍ぶ故、そよぐ心もよしあしと、君が面影の夢うつつに立ち添ふ時は又、死したる人とは見え給はず。恋は祈りのものと聞く。会ふまで命、惜しきなり。大臣殿、このまま御帰朝なきならば、我も身を投げ、空しく成るべし。さあらん時に御形見を、山野の塵と成さむより、尊き人に奉じ、跡をも弔はせ申さむ。」と、御手馴れの琵琶、琴、和琴、笙、篳篥、草子の数を取り集め、尊き人に奉ぜらる。四十二疋の名馬ども、皆、寺々へ引かれけり。三十二疋の鷹大の、絆を切つてぞ放されける。この程ありし鷹匠達をも、思ひ思ひに散らされけり。十二てうの鷹どもの、足緒を解いてぞ放されける。
 十二てうのその中に、緑丸と申して大鷹のありけるが、君の名残を惜しみてや、立ち去る方もなかりけり。御台所は御覧じて、「あれは、君の秘蔵の緑丸なるが、疲れに臨みてあるやらむ。羽を垂れ、ひれ伏し居たるらめ。あれあれ、女房達。餌食を与へて放させ給へ。」と仰せければ、「承る。」とは申させ給へども、いづれも皆、女房達の事なれば、餌飼ふやうを知らずして、飯を丸めて供ふる。この鷹、嬉しげにて、この飯をくはへ、雲居遥かに飛び上がり、羽うち延べて飛びけるが、三日三夜と申すには、大臣殿の御座ある玄海が嶋に飛び着きぬ。飯をば岩の上に置き、吾が身も傍なる岩に、羽を休めてぞ居たりける。
 あら、いたはしや。大臣殿は只、映せる影の如くにて、岩間の宿を立ち出、汀の方を見給へば、この程見馴れぬ鷹一もと、羽を休めてぞ居たりける。大臣、怪しく思し召し、心静かに見給へば、昔手馴れし緑丸なり。余りの事の嬉しさに、急ぎ立ち寄り給ひて、「珍しの緑丸や。大臣がこの嶋にあるとは、何とて知つて来たりたるぞ。げに、鳥類は必ず五通あるとは、これかとよ。さてもこれなる飯は、御台所の御業かや。この飯を賜ばむより、など言伝の文は無きぞ。豊後にいまだましますか。都へ帰り御上りか。淵は瀬となる習ひかや。いかに、いかに。」と問ひ給へば、心苦しき風情にて、涙ばかりぞ浮かめける。
 大臣殿は御覧じて、「今これ程の身と成りて、この飯、服してあればとて、幾程命の長らへん。鳥類なれどもあの鷹の、見る所こそ恥づかしけれ。食はでもあらでと思し召すか。さもあれ、緑丸が、万里の浪を分け越したる、心ざしの切なきに、いでいで、さらば服せむ。」とて、御手をかけさせ給ひければ、嬉しげにて、この鷹が、羽を叩き、爪を掻き、御膝の周りにひれ伏して、もの言はぬばかりの風情なり。大臣殿は御覧じて、「あら、頼りもなや、緑丸。木の葉だにも無き嶋なれば、思ひの色をも書きやらず。いかがはせむ。」と仰せければ、この鷹、嬉しげにて、雲居遥かに飛び上がる。大臣殿は御覧じて、「暫しもかくて候へかし。あら、名残惜しの緑丸や。早、帰るか。」と仰せければ、さはなくして緑丸、いづくより取りて来りけむ、楢の柏葉含みて、大臣殿に奉る。「蘇武が胡国の玉章を、雁の翼に言伝てしも、今こそ思ひ知られたれ。我も思ひは劣らじ。」と、御指を食ひ切り、木の葉にものをぞあそばしたる。単の落ち葉なりければ、只歌一書き付け、押し畳み、丸めて、鈴付に結ひ付けて、「早帰れよ。」とありしかば、嬉しげにてこの鷹が、三日三夜と申すには、豊後の御所に参りけり。
 まだ早朝の事なるに、御台所は、縁行道して御座ありしが、緑丸を御覧じて、「汝は、虚空をかけるものなれば、至らぬ所、よもあらじ。物言ふものにてあるならば、大臣殿の御行方を、などかは申さであるべきぞ。あら、羨ましの緑丸や。」と仰せければ、この鷹、嬉しげにて、御前さして参り、鈴付を振り上げ、居直りたり。御台、不思議に思し召し、詳しく見給へば、いにしへの人の言伝に、一首の歌に、かくばかり。
  飛ぶ鳥の跡ばかりをば頼め君うはの空なる風の便りを
と、かやうに詠ませ給ひつつ、「さては、この世に大臣は、いまだ長らへ給ふぞや。これこそ命あるしるしなれ。紙なき方にてあればこそ、木の葉にものをばあそばしたれ。硯と墨筆なければこそ、血にてものをばあそばしたれ。いざや、硯を参らせて、思し召されむ言の葉を、詳しく書かせ申さん。」とて、紫硯、油煙の墨、紙五重ねに筆巻き添へ、御台を始め参り、その数々の女房達、「我劣らじ。」と文を書く。取り集めたる巻物は、由なき業とおぼえたり。
 鈴付に懇ろに結ひ付け、「構へて今度、疾く参れ、緑丸。あら、羨ましや。」と仰せければ、この鷹、嬉しげにて又、雲居遥かに飛び上がり、羽うち延べて飛びけるが、紫石の習ひにて、潮の満ち干に従ひて、時々重く成る程に、引かれて次第に下がりけり。「今は。」と思ひて飛びけるが、多くの文と書どもに、露を含みて重く成り、只、引きに引かれつつ、そのまま海に浸りて、空しく成るぞ無残なる。
 嶋にまします大臣殿、鷹だにも今は通はねば、何に慰み給ふべきぞや。「この鷹の、又も参らぬは、もしも別府が方へ洩れ聞こえ、殺されてもあるやらん。」と、時々通ふ息だにも、限りの色と見え給ふが、猶も命の捨てがたくて、「みるめ、青海苔取らん。」とて、岩間の宿を立ち出、汀の方を見給へば、浪うちかくる岩間に、鳥の羽、少し見ゆる。大臣、怪しく思し召し、急ぎ引き上げ見給へば、この程通ひし御鷹なり。余りの事の悲しさに、かしこにどうどまろびゐて、鷹を膝にかき乗せて、「あら、無残の有様や。」と、詳しく体を見給へば、沈むも一つ理なり。紫硯、油煙の墨、その数々の文どもは、潮に乱れて見え分かねど、心静かに見給へば、とりどりにこそ見えにけれ。
 「これや、女性のはかなきとは。紙、筆、墨だにもあるならば、これ程多き巌にて、いか程も物をば書くべきに、硯を付くるは何事ぞや。さてもこの鷹が、鬼界、高麗、契丹国へも行かずして、今この嶋に揺られ来て、再び物を思はする。必ず生を受くるもの、魂魄二つの魂あり。魂は冥途に赴けば、魄は浮世にあると聞く。我も命のつづまりて、今を限りの事なれば、冥途の道のしるべをして、連れて行けや、緑丸。我をば誰に預けて、さて、何と成れと思ふぞ。」とて、この鷹に抱き付き、流涕、焦がれ給ひけり。かの大臣の御嘆き、君に見せばやとぞ思ふ。
 これは大臣殿、嶋にての御嘆き。豊後の国府に御座ある御台所の御嘆きは、中々、申すばかりもなし。せめて思ひの余りにや、宇佐の宮に参り、七日籠り、願書を書いて籠めさせ給ふ。「帰命頂礼宗廟神。もしも大臣殿、帰朝の笑みを含ませ給ひ、再び御目にかかるならば、宇佐の造営申すべし。玉の宝殿磨き立て、金の扉を延べ開き、瑠璃の高欄やり渡し、硨磲の擬宝珠磨き立て、砌の砂に黄金を混ぜ、壁には七宝ちりばめて、池には玉の橋を架け、斎垣は光燿鸞鏡し、廻廊と拝殿、四つの楼門、玉の楣を磨くべし。棟梁の棟を浮きやかに、神殿廂を広々と、いかにも瓔珞結び下げ、華鬘の幡は雲を分け、紙銭幣帛、獅子狛犬、金を以て磨くべし。大塔と鐘楼をいかにも高く、雲の上に光を放つて造るべし。四季の祭礼、別、臨時、花のみゆきを成すべきなり。九本の鳥居を高く立て、極楽浄土をまなぶべし。極楽、外に更に無し。諸神の所居を浄土とす。歩みを神に運べば、神道よりも仏道に帰する方便、これなり。その海底の印文、今も尽きせず新たなり。報賽、神に致せば、菩提の種を包むなり。そもそも神と申すは、神足たるを姿とし、正直たるを心とす。塵の内に交じはり、我らに縁を結べり。本願、限りあるならば、我をば洩らし給ふなよ。敬つて申す。」と書きとめて、くるくるとひん巻いて、神前にとうど置き、七日七夜まどろまで、至誠、神にぞ祈らるる。
 まことに神の誓ひにや、壱岐の浦の釣り人、釣りに沖へ出たるが、南の風に放されて、北の沖へ流れ行き、大臣殿の御座ある、玄海が嶋に吹きつくる。舟人どもは嶋蔭に上がり、暫く息を継ぐ。かしこを見れば、異形なる生き物一つ、練り出る。いとど物恐ろしき折節に、大臣殿を見付け申し、かなたこなたへ逃げ去つて、怖ぢて左右なく近づかず。大臣殿は御覧じて、「あら、口惜しや。さては、何がしが姿は、人間とは見えざりける事よ。何と成り行く事ども。」とて、御涙に咽ばせ給へば、涙を流す体を見て、ちつと心が剛に成つて、「さもあれ、汝は、いかやうなる生き物ぞ。」と問へば、大臣、嬉しく思し召し、「ありのままに語らばや。」と思し召すが、「もしも別府方の者にても、ありもやせむ。」と思し召し、偽り、かうぞ仰せける。
 「これは一年、百合若大臣殿、む国へ討手に御向きの時、舟夫に取られ参らせ、向かひたりし者なりしが、不思議に舟に乗り遅れ、大臣殿御帰朝の後は、早三年に成るとおぼえて候。しかるべくは御情けに、我を日本の地へ着けてたべ。」と仰せければ、舟人どもがこれを聞き、「あら、不憫の次第やな。公事する身には、何はにつけ、物憂き事の多いぞや。人の上とも思はねば、助けて、さらば戻らうずが、風の心を知らぬなり。我人の果報めでたくは、順風願ひに致すべし。ありとも、運が尽き果てなば、猶しも遠く放たるべし。只、果報を願へ。」
 大臣、「げにも。」と思し召し、潮を掬び手水と召され、日本の方を伏し拝み、「あら、恨めしや。何とて日本の仏神は、我をば捨て果て給ふらん。観音経の名文に、『入於大海。仮使黒風。吹其船舫。飄堕羅刹。』たとひ舶舫、飄堕羅刹の国に赴くと、我一人が祈念によつて、本地の岸へ着けてたべ。」と祈念申させ給へば、誠に仏神も不憫に思し召さるるか、八大龍神悉く、面を並べ、座せられたり。舟の舳先には、不動明王の降魔の利剣を引つ提げて、金剛堅固の索の縄、悪魔を寄せじと守護せらるる。唅鏝二つの御眦、艫には広目、増長天、伊舎那天、大光天と羅刹天、風天、水天、火天等、雨風波を静めんため、上界下界の龍神、邪心の毒をとどめて、夜日三日と申すには、筑紫の博多に吹きつくる。ありがたしとも中々に、申すばかりはなかりけり。
 舟人どもが申しけるは、「これまで届けたる忠に、我に暫く宮仕ひ。恩を贈れ。」とぞ申しける。大臣、「げにも。」と思し召し、習はぬ業をし給ひて、恩をぞ贈らせ給ふ。国内通計の事なれば、別府の臣が伝へ聞き、「壱岐の浦の釣り人が、けうがる者を拾ひ来て、養ひ置くと伝へ聞く。急ぎ連れて参れ。」と御使、立つ。その頃、靡かぬ木草も無し。やがて具してぞ参りける。
 自身、立ち出、つくづく見て、「あら、けうがる生き物かな。鬼かと見れば、鬼にても無し。人かと見れば、人にても無し。只、餓鬼とやらんは、これかとよ。我に暫く預けよ。都へ具して上り、もの笑ひの種と成さむ。」とて押しとどめ、門脇の翁に預け、やがて扶持をぞ加へける。かの門脇の翁と申すは、年頃、大臣殿に召し仕へし者なれども、いたはしや、大臣殿には、御顔にも御足手にも、さながら苔のむし給ひ、御背も小さく御色も黒く、ありしに変はる御姿を、いかでか見知り申すべき。されども、情けの深き夫婦にて、「あら、無残と痩せ衰へたる餓鬼や。」とて、重ねて扶持をぞ加へける。
 或る夜の寝覚めに、祖父が祖母に語りけるは、「さても先祖の君、百合若大臣殿、む国へ討手に御向きあつて、そのまま御帰朝なき間、その思ひのみ深うして、そぞろに年も寄るぞとよ。さても御台所は、国府の庁屋にましますよな。」祖母、この由を聞くよりも、「さればこそとよ、その事よ。別府殿の、御台に心をかけさせ給ひ、御玉章のありしかども、更に靡かせ給はねば、無念至極に思し召し、この二、三日先程に、満濃が池に生きながら、ふし漬け申しけると聞く。これにつけても憂き命、つれなく久に長らへ、かかる事をも聞くや。」とて、せきあへずこそ泣きにけれ。
 大臣殿は、物越しにて聞こし召し、「あら、何ともなの事どもや。今まで命惜しかりつるも、君にや会ふと思ふ故。今は命も惜しからず。明けなば急ぎ尋ね行き、満濃が池に身を投げて、二世の契りを成さばや。」と、思ひ入りてぞおはしける。その後、祖父が声として、「今より後は、忌々しう、な泣いそ。」とこそ申しけれ。祖母、この由を聞くよりも、「あはれ、げに世の中に、心強きは男子なり。祖父がやうなるつれなしこそ、主の別れも悲しまね。我等、日頃の御情け、只今のやうに思はれて、いかに言ふとも泣かうぞ。」とて、又さめざめと泣きゐたり。
 祖父、この由聞くよりも、「あら、優しの祖母御前や。さ程、君を大事に思ひ申さば、物語して聞かすべし。構へて口ばし利くな、恐ろしや。かの別府殿の後ろ見の中太は、翁が甥にてある間、御台所のふし漬けられさせ給はむ事を、祖父、かねて承り、『これをばさて、いかがせむ。』と思ひ、我等が愛子の一人姫、御台所と御同年に罷り成るを、『君の御命に替はるべきか。』と尋ねてあれば、姫は、なのめに喜うで、『男子女子には限り候まじ。御主の命に替はらんこそ、幸ひにて候へ。忍びやかに。』と申す程に、祖父、余りの嬉しさに、姫をば御台所と号し、満濃が池に沈め、姫が居たりし帳台に、君をば隠し申したれ。形見はこれにあるぞ。」とて、数の形見を取り出し、祖母が手へこそ渡しけれ。
 祖母は形見を取り持ちて、「これは夢かや、うつつかや。さりながら、君を助け申すこそ、嘆きの中の喜びなれ。しかりとは申せども、人間に限らず、生を受けぬる類の、子を思はぬはなかりけり。三界一の独尊、釈迦牟尼如来だにも、御子の羅睺羅尊者をば、又『密行。』と説き給ふ。金翅鳥は子を悲しみ、修羅の脳に嘴を立つる。夜の鶴は子をかなしみ、連理の枝に宿らず。野牛、仔牛をねぶり、野外の床に臥すと聞く。生きとし生き、生を受けぬる類の、子を思はぬは無きものを、我が身を分けし一人姫、主の命に替へし事、恨みとは更に思はねど、あら、惜しの姫や。」とて、流涕、焦がれ泣きければ、祖父も共に泣く時ぞ、大臣殿は聞こし召し、共に連れて忍び音の、堰き止めがたき御涙、やる方なうぞ聞こえける。大臣殿は、「只今も立ち出、『これこそいにしへの百合若大臣。』と、名乗つて聞かせ、喜ばせばや。」と思し召しけれども、「暫し。」と思ふ所存にて、時節を待たせ給ふ。
 かくて、その年もうち暮れ、新玉月に成りければ、九国の在庁、弓の頭を始め、別府殿を祝ふ。いたはしや、大臣殿には、御顔にも御足手にも、さながら苔のむし給へば、苔丸と名付け申し、矢取りの役をぞ指しにける。大臣、弓場に出させ給ひ、「ここにて運を試さばや。」と思し召し、「あそこなる殿の、弓立ちの悪さよ。ここなる殿の、押し手の震ふ。」と、散々に悪口し給ふ。別府、この由聞くよりも、「いつ汝が弓を射習うて、さかしらを仕るぞ。もどかしくは、一矢射よ。」大臣殿は聞こし召し、「射たる事は候はねども、余りに人々の射させ給へる御姿の醜き程に、申して候。」別府、聞きて、「さ程、汝が射ぬ弓を、さかしらを仕るぞ。只今、『射じ。』と申さば、宇佐八幡も知ろしめせ。人手には懸くまじ。ぢきに切つて捨つべし。とつて射よ。」と責めかくる。
 大臣殿は聞こし召し、「仰せにて候程に、一矢射たくは候へども、引くべき弓が候はず。」別府、聞きて、「優しく申すものかな。強き弓の所望か。又、弱き弓の所望か。」「同じくは、強き弓の所望にて候。」「易き間の事。」とて、筑紫に聞こゆる強弓を、十張揃へて参らせ上ぐる。二、三張押し重ね、はらはらと引き折つて、「いづれも弓弱くして、事を欠いた。」と仰せければ、別府、これを見て、「きやつは曲者かな。所詮、大臣殿のあそばしたる、鉄の弓矢を射させて見よ。」「尤も、しかるべし。」とて、宇佐八幡の宝殿に崇め置く、鉄の弓矢を申しおろし、大臣殿に奉る。
 いつしか元より御執らし、懸かりの松に押し当て、ゆらりと張つて素引きし、鉄の御調度をつがはせ給ひ、的には御目を懸けられず、歓楽してゐたりし別府の大夫に御目を懸け、大音挙げて仰せけるは、「いかにや、九国の在庁等。我をば誰とか思ふらん。いにしへ、嶋に捨てられし百合若大臣が、今、春草と萌え出る。道理に任せて我や見む。非道に任せて別府や見む。いかに、いかに。」とありしかば、大友諸卿、松浦党、一度にはらりと畏まり、君に従ひ奉る。
 別府も走りおり、「降参なり。」とて手を合はする。いかでか許し給ふべき。松浦党に仰せ付け、高手小手に縛め、「汝が舌の囀りにて、我に物を思はせつる。因果の程を見せむ。」とて、口の内へ御手を入れ、舌を掴んで引き抜いて、かしこへがばと投げ捨て、首をば七日七夜に、挽き首にし給へり。上下万民おしなべて、憎まぬ者はなかりけり。弟の別府の臣をも、同じ如くに罪科あるべきを、嶋にて申す情けの言葉を、ありのままに申しければ、「さらば、汝をば助けよ。」とて、壱岐の浦へぞ流されける。
 その後、大臣殿、国府の庁屋に移らせ給ふ。御台、この由聞こし召し、ひとへに夢の心地して、袂を顔に押し当て、涙と共に出給ふ。会はぬが先の涙は、理なれば道理なり。会うての今の嬉しさに、言の葉も絶えてなかりけり。何の辛さに我が涙、押さふる袖に余るらん。御台所は、宇佐の宮の御宿願の由、御物語ありければ、大臣、なのめに思し召し、立てさせ給ふ御願は、事の数にて数ならず。金銀珠玉を悉く、ちりばめ給ひける間、ありがたしとも中々に、申すばかりはなかりけり。
 その後、「壱岐の浦の釣り人に、ちつと尋ぬべき子細あり。急ぎ召せ。」とて御使立つ。浦人、承り、「いかなる憂き目にか会ふべき。」と、只、鬼に神取る風情にて、国府の庁屋に参り、庭上に畏まる。さはなくして大臣殿、自身、立ち出給ひ、「命の主にてある者が、何とて恐れをば成すぞ。それへ、それへ。」と仰せあつて、広縁まで召され、「嬉しきをも辛きをも、などかは感ぜざるべき。」と、御盃に指し添へて、壱岐と対馬両国を、浦人に下し賜びにけり。門脇の翁を召し出させ給ひて、筑紫九ヶ国の惣政所、賜び給ふ。翁が姫のために、満濃が池の辺りに御寺を立て給ひて、一万町の寺領を寄せさせ給ひけるとかや。緑丸が孝養に、都の乾に、神護寺と申す御寺を建て給ひけり。鷹のために建てたれば、さてこそ今の世までも、高尾山とは申すなり。
 大臣殿の御諚には、「筑紫に住居をするならば、もの憂き事もありなむ。」と、御台所を引き具して、都へ上り給ひけり。網代の輿は十二挺、張り輿は百余挺、大友諸卿、松浦党、御供を申さるる。昨日までは賤しくも、苔丸と呼ばれ給ひしが、今日はいつしか引きかへて、七千余騎を引き具して都へ上り、父母に対面あつて後、やがて参内申さるる。御門、叡覧ましまして、「いかに珍し。先度、別府が上り、討たれぬる由申せしを、まことぞと思ひて、勅使を下す事もなし。不思議の命長らへ、再び参内する事、一眼の亀のたまさかに、浮木に会ふが如し。」とて、日の本の将軍に、成させ給ふぞありがたき。さてこそ天下太平、国土安全、寿命長遠なりとかや。

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大臣
(大頭左兵衛本)

抑むかし吾朝に嵯峨の帝の御時。左大臣きむみつと申てならひなき臣下一人おはします。然どもきむみつに御代をつくべき御子なし。角てはいかゞ有べきと。大和国初瀬の寺にまふで。悲願つきせぬ観音の利生をあふき。三拾三度のあゆみをはこび申子をこそし給ひけれ。今にはじめぬ観音のねがひのしほもはやみちて。程なく御子をまふけ給ふ。しかも男子にて御坐ある。夏のなかばの若なれば。花にもよそへてそだてよとて。百合草若殿と名付申。いつきかしづき給ひけり。七歳にて御はかまめし。十三にてうゐかふりをめされ。四位の少将殿と申拾七歳にては程なく。右大臣にならせ給ふ。御わらはなによそへて。百合草若大臣と名付申。三條みぶの大納言。あき時の卿の姫君をむかへとらせ給ひ。ゑむなうひよくのかたらひはあさからすこそ聞えけれ。角て過行給ひしに。そも吾朝と申は。国とこよりもはしめて。さていざなぎといざなみは。かの国にあまくだり二柱の神となつて。第一に日をうみ給ふ伊勢の神明にて御坐有。其次に月をうむ。高野のにうの明神月よみの御子是なり。其次に海をうむ。つの国にお立ある。ひるこの宮ゑひす三郎殿にておはします。其次に神をうむ。出雲の国そさのおは大社にておはします。其外まつしやのふるいとうは。みな此神の惣社たり。神の本地を仏とは。よくもしらさる言葉かな。こむぼむしの神こそ。仏とならせ給ひつゝ衆生をけどし給ふなれ。それはともあらはあれ。そも吾朝と申は。よつかいよりはまさしく。魔王の国となるべきを。神みづからひらき。仏法こじの国となす。大まわうたけじざひ天に腰をかけ。種々の方便めぐらして。いかにもして吾朝を。まわうの国となさむと。たくむによりて。即天下にふしきおほかりき。此度の不思儀には。むこくのくりかほうきして。四万そうの舟ともにおゝくのむくりを取のせ。りやうざうと火水。飛雲とはしる雲。かれ四人を大将にて。つくしのはかたに舟をよせ。放火をあけ大鼓を打て。とくのやをはなちせめ入とこそ聞えけれ。国にありあふ弓取。ふせぎたゝかひけれども。かれらがはなつとくの矢は。ふる春雨のことくにて。しほう鉄炮はなちかけ。天地をうこかしせめいれば。かなふべきやうあらずしてみな。中国さして引しりぞく。そも吾朝と申は。国はそくさむへんとにてちいさしとは申せとも。神代よりもつたはれる三のたから是あり。一にはしむしとて。大六天の魔王の。をしての判是あり。二つにはないし所とて。あまてる神のみかゞみ也。三つにつるぎほうけむとて。出雲の国。ひかみの山の。大じやの尾よりもとりしれいけむ也。これみな天下の重宝にて。代々のみよに。いこくよりけういおこつてあざむけども。神国たるによりつゝ、ばう国となす事もなし。今もあまてるお御神の。いすゞ川の末つきず。伊勢へほうべい奉り。ないし所の御たくせむによりつゝ。討手を遣すべしとて。諸社のほうへい臨時の。御神楽まいらせ給ひけり。其中にとつても。内侍所の御たくせむは辱なふそ聞えける。七つにならせ給ひし。乙女か袖にたくして。すゞふり立てしむたく有。むくりかむかふ日よりして。天か下のかむだち。たかまか原にしゆえして。いくさひやうぢやう取々なり。しかりは申せとも。むくりか大将りやうざうか。しよでうにはなすとくのやが。住吉のめされたる。神馬の足にたつ。此きずいやさん其ために。神のいくさをのべられたり。是によつてけうい共。力をえたりとせめ入なり。されともかれらがふるまひは風ふかぬまの花なるべし。いそぎ此度ぼむふのいくさをはやめよ。神もむかはせ給ふべし。ぼんぶのいくさの大将に。左大臣か嫡男に。百合草大臣をむくべきなり。かの人討手にむくならば。諸神。合力ましましてこむがうの力をそゆへき也。若さもあつて下向せはくろがねの弓矢をもつへき也。おそくて此事あしかりなむいやいそけいそけと神侘あつて神はあがらせ給ひけり。御父の左大臣御子のゆり大臣をめして下向せよとの御諚なり。神たくといひりむけむ又ぶめいなりければ。吉日をゑらみ。都出と風聞す。さて神詫に任せて。かねのゆみやを持べしとて。かぢの上手をめしよせ一所を清めかちやとさだめ。せいぜいをつくして作りたつる。弓のながさは八尺五寸。まはりは六寸二分なり。矢数は三百六十三やつかは三尺六寸也。ねには八めかぶらを入。弓もやもくろがねにて。ひきてはかへすべからすと人魚のあぶらをさし給ふ。すてにえらふ吉日はこうにむ七年かのへさる。二月八日に都をたち。国にありあふゆみとり。皆たうぜむの兵者にて。一騎ものこる所はなし。大臣殿の御勢は。三十万騎にしるさるゝ。其外已下の軍兵は。百万騎ときこえける。都を立て其日は。八幡の御前に。ぢむをとり。明れはつの国。難波方こやのにぢむをとり給ふ。去程に王城のちむじゆをはしめ奉り。いくはんをぬぎかへ鎧をめし。せいれいみさいの色の上には。やしやら神のかたちをげむじ。雲にのりかすみにのり。ひとつは国家をまもらんため。又は氏子をしゆごせむため。我か氏子氏子。かたちにかけのそふことく。さきにたつてぞまもらるゝ。扨神たちの儀によりて。神風涼しく吹けれは。つくしに陣とるむくり共。此由を承つて今度はまつまつひけやとて。四万艘にとりのつて。むくり国へそ引にける。扨こそ天下も。おだやかに国も。目出度おはしけれ。大臣殿は奏問申されたりけれは。内よりのせむじには。大臣か此度のけしやうにはつくしの国司をとらするぞ。いそいで罷下れとの宣旨也。大臣殿は九国にすまむ物うさに。治退申されたりけれども。国のまもりのためなれば在国せでは叶まじと。重て勅使たちければ。力をよばす御台所を引ぐして。いそぎつくしに下。豊後のこうに京をたてさなから都におとらず住せ給ふ。又都はくぎやうせむぎまちまちたり。むくりが大将は四人ときこふるを。せめて一人打取てこそ。いくさにかちたるしるしもあるべけれ。けういは二さうのものなれは。何とおもひてか引つらん。心の内もさとりがたし。まづかうらい国へ打越七百六十六国をせめしたがへ。其大勢をそつしはくさい国をせめなびけ。其後むくりをせめむ事。何の子細の有べきとせむきして。つくしへ勢をぞ下されける。大臣殿も吉日をえらひ御出とこそきこえけれ。新ざうの大船百余そう。枝舟は数しらず。浦々れうふねかたせふね。惣じてふなかずは八万艘。むくりは四万艘にてむかひけるに。一ばいましてそむかはれける。大臣殿の御坐舟をば。錦をもつてかざりたて。ともへにいはふ神々に。六十余州のれい神達の。ゐかき鳥井榊葉。雲に光をまじへつゝ。ほうくわ太鼓をそふすれは。みのけもよたつ計也。卯月半に大臣は。はや御座舟にめされけり。御台名残をおしみて。おなしふねにとの給へとも。おもひよらすとの給ひてをしこそとゝめ給ひけれ。さてふねどものともへには。五色のへいをはぎたてゝ。神風涼しく吹ければ。まゑむまがいもおそるべし。昔のたとへを引時は。神宮后宮の。新羅をせめさせ給ひし時神あつめして。むかはれしもかくやとおもひしられたり。むこくに陣取むくりども。天のいろをきつと見て二さう神通のものなれば。うつてのむくとさとりをなし。ちかふよせてはかなふまじい。しおざかひへ打出。ふせいてみむとせむきして。四万艘のふねどもに。おそくのむくりを取のせ。おめきさけむでをし出し。たうと日本のしほさかひちくらか沖にちむをとる。大臣殿の御坐舟をも。ちくらが沖へをし出す。かれもおそれてちかづかす。たがいにおそれてよりもせて。五十余町をへたてつゝ三とせの春をそおくられける。かゝりける所に。むくりが大将りやうざう。一陣にすゝみ出。天をひゞかす大音にて。われらか軍の手だてには。霧をふらするならひあり。きりふらせよと下知すれば。きりむ国の大将。ふねのへいたにつつ立あがつて。あをきいきをつく。いかなるじゆつをかかまへけむ。霧となつてそふりにける。はじめはうすくふりけるが。しだひしだひにあつくなつて。こくうぢやうやのごとくにて。一日二日にてはれもせて。百日百夜ぞふりにける。さしもにたけきゆみとりも。霧のまよひにわろびれて。弓の本すゑだにもしらされは。引へきやうこそなかりけれ。此霧はかりにおかされて。さうはのみくづと。ならん事うかり。なむとそなけきける。大臣殿は無念至極におほしめし。今ならていつの時神力をあをくへきとおほしめされける間。うしほをむすびてうづとめされ。南無天照皇太神宮。其外六十余州の大小の神祇。各ちからをよせ給ひ。此霧晴してたび給へと。きせいを申させ給ひければ。あらありかたや。きせいのしるしはや見えて。いせの国。荻吹嵐に。霧も程なく住吉の。まつふくかぜも涼しくて。まよひの闇も白山の。雪よりはやく。きえけれはいつしかかしまかむ取もよろこびのほをそあげにける。大臣殿はなのめならずに御よろこびあつて。さらばいくさをはやめむとてはし舟おろしめされけり。態大勢はむやく。おもふ子細のあるぞとて。十八人を引くして。むくりが舟へぞかゝられける。りやうざう火水是を見てたうらうかをのといさみつゝ。ほこをとはせつるぎをなげ。四はうてつはうはなちかけ天地をうごかしせめけれど。大臣ちつともおさはぎなく。むくりがふねへそかゝられける。ふねのへさきにつかせたるくろかねのたての面には。はむにやしむぎやう観音経。こむでいにてぞかゝれたる。そむしやうだらにの中よりも。しややしややびむじややといふもじが。三どくふしぎの矢さきとなつてむくりがまなこをいつぶいたり。不動の真言に。かむまんふたつの文字か。つるきとなつてとひかゝりおほくのむくりがくびをきる。観音経のめいもむに。おふいきうなむといふ文字が。金のたてとなつてむくりが矢さきをふせけば。味方一騎も手もおはず。さてこそ諸人ちからをえ。ちむこのかつせむ手をくだく。大臣殿は御覧じて。いつの用ぞと仰あつてくろかねの弓のつる音すれは。雲の上までひゞきあり。三百六十三筋の矢を。のこりすくなくあそばせは。りやうさうはうたれぬ。火水腹きりぬ。飛雲とはしる雲。かれら二人はいけどられぬ。其外以下のむくり共。あるひはうたれ腹を切て。海へ入てしするもあり。四万艘にとりのつたる。むくりおほくうたれて。わづか一万艘になる。さのみはつみになるべしとて。起請をかゝせたすけをき。本地へもどさせ給ひて。いや日本はいくさにかちぬとて八万艘のふな内のあふよろこびあふ事かぎりなし。大臣殿は此まゝ御帰朝あるならば。めてたかるべき事共を。此間の長陣にせいきをつくさせ給ひ。めのとの別府をめして仰けるは。いづくにか嶋やある。あがりて身をやすめむとの御諚也。別府承て。はしぶねおろさせ尋るに波間にひとつの小嶋あり。げむかいが嶋是也。みかたの中をばしのびやかにあげ参らせ。御しきがわをのべ。岩の角を枕にせさせ申すいめむならせ給ふ。大力のくせやらん。ねいりてさうなくおきさせ給す。夜日三日そまとろみ給ふ。去間別府兄弟はとせむさのあまりに物語をぞはじめける。弟の別府のしむが申けるは。あらめでたや此君。先度はつくし九ヶ国を給はらせ給ひ。上見ぬわしと御坐ありしが。剰此たひは多くのむくりをほろぼし給へは。日本国を他のさまたげなくたまはらせ給はん事のめでたさよ。人のくわほうをねがはゝ此君のやうにと申す。兄の別府か是をきゝ。されはこそとよ其事よ。君はさやうにとみ給はゝ。我等兄弟はもとのまゝにて朽はてなむ事こそ口惜けれ。いざ此君をこゝにて。我等か手にかけ申し。しうなくして御跡を知行せむと申す。おとおとが是をきゝ。あらもつたいなの御たくみや候。此きみの御恩を天山にかうふり。人と成し我等ぞかし。いにしへの御恩を忘申し。我等が手にかけ申ならは。天命いかでのがるべき。御思安有へく候。別府此よし聞よりも扨は汝は君と一体よな。つゐに此事もれきこえなば。我一人がとがたるべし。余所に敵はなきぞとよ。わとのとあふてしなんとて。刀のつかに手をかけてとむてかゝらむとす。弟か是を見て。こはいかなる御事候ぞ。げにとさやうにおぼしめしたらば。たとひ手にかけころし申さずとも。いきながら此嶋に捨をき申てかへるならば。所はわづかの小嶋にて。十日計も御命の何にながらへ給ふべき。兄の別府是を聞。おもしろくも申されたるもの哉。さらばさやうに仕らんとて。いたはしや君をば。げむかいが嶋にすてをき申。本の舟にあがり。味方の軍兵どもをちかつけて申けるは。いたはしや君は。むくりが大将りやうざうがはなつやを。御きせなかの引合に請とめさせ給ひ。うすでにて御座ありし間。さりともさりともとたのみをかけししるしもなく。つゐにむなしくならせ給ひて候。御しかいをもくかにあけ。御台所の御目にかけたくは存候へとも。諸神をいはひ申たる御座舟にて有間。いたはしながら海底にしづめ申て候。扨あるべきにてあらされば。やあふねを出せと下知すれば。味方の軍兵共は。ひとへに夢の心ちして。我おとらじとをし出す。一艘二艘のふねならず。惣して舟数は八万艘。一度にほをひきかぢをとれば。天地もひゝく計也。此声共に大臣は。夢うちさまし給ひて。たれかあるとめさるれど。御返事申者もなし。こはいかにと思召。かつぱとおきさせ給ひて。あたりを御覧有けれと。人一人もなかりけり。めしたるふねを見給へは。ほをあげてこそをし出せ。さてはべつぶか。心がはりを仕るか。たとへは別府こそ。心がはりをするとも。なとや以下の軍兵等われをばつれてゆかぬそや。あのふねこちへとの給へと。皆舟共の音たかく。聞つけ申者もなし。せめておもひの余に。海上にとひひたつて。いきをはかりにおよかせ給へどふねはうき木の物なれば。風に任せてはやかりけり。ちからをよはす大臣は。うかりし嶋に又もどりそなた計を。見送りてあきれてたゝせ給ひけり。さうりそくりがいにしへ。海岸はたうに捨られしも。これに似たりと申せとも。せめてそれはふたりにて語なくさむかたもあり。所はわづかの小嶋にて。くさ木もさらになかりけり。さうてむひろう。遠して月の出へき山もなし。あしたの日は海よりいて。又夕日も海にいる。露の身は頼なや。夜更て聞もなみの音。岩間の宿をたのめてや。うちふすかたもぬれまさる。まれにも事とふ物とては。なみにながるゝ村かもめ。汀の千鳥なく時はなを又ともゝ恋しくて。いとゞ明行夜もなかく。暮行日かげもおそかりけり。露のいのちをくさの葉に。やとすへきやうなけれとも。なのりそつみていのちをつき。うき日数をそ送らるゝ。いたはしゝとも。中々に申。計もなかりけり。去間別府兄弟は。つくしのはかたへふねを寄。よろこびの帰朝と風聞す。豊後のこうに御座ある御台所はめつらしききよく共をかまへさせ給ひ。御入おそしと待させ給ふ所に。別府兄弟打つれて先。御所様へ参る。御台所は御覧じて。あれはいつもの御さきの。案内にこそ参りつらめと。人してきこしめすべき事をおそくおほしめされ。じしんみすまちかく御出あつて。めづらしの兄弟や。何とて君はおそく見えさせ給ふぞ。兄弟しばし御返事を申さす。かさねていかにとたづねさせ給へば。其時兄弟泪をながす体をして。申さむとすれば泪おつる。申さずはしろしめさるまし。いたはしや君はむくりか大将りやうざうと申者と。をしならべくませ給ひ。二人ながら海底にしづませ給ひて其後。又も見えさせ給はねは。其おもひのみふかうしていくさにかちたるしるしも候はず。さりながら。御かたみの物をば給はつて候とて。御きせながと金の弓。御剣をそへて参らせ上る。みだい此よし御覧じて是はふしぎの事ども哉。かたきとくませ給はむに。いつの隙に御かたみをとゝめて海に入給はむ。前後ふかくの事申物哉。あはれ此者兄弟を。とつておさへてがうもむし。めしとはばやとはおぼしめせ共。はかなき女姓の御事なれは。心ひとつにくたしつゝ。簾中ふかく入給ひ。かたみの物をめしあつめ。いたきつかせ給ひて。りうていこがれ給ひければ。御前中居の女房たち一度にわつとなきけれは。余所のたもとに。いたるまでしぼるはかりに哀なる。其後べつふ兄弟打つれて急都へのぼり。よろこびの帰朝と風聞す。天下のはむじやう世のきこえ何事か是にまさるへきと上下さゝめき給ひけり。しかりとは申せども大臣殿御帰朝なき間天下闇のことし。御父の左大臣御母御台所。老たけよはひかたふき。さかりの御子におくるゝ事はかれ木にえたのなき風情。つれなきいのちにかへばやと。なげき給へとかなはす。内よりの宣旨には。大臣が帰朝するならは日本国をとおもひつれども。うたれぬる上力なし。たれにけじやうをおこなふべき。別府兄弟にはつくしの国司をとらするそ。いそき罷下後家にみやづき。大臣かけうやうねむごろにとへとのせむじ也。別府承つて。あむにさおひのせむじかな。日本国をとのそみてこそきみをはふり捨申たれ。めづらしからぬつくしへとて。又こそ下りけるとかや。去間別府みちみちあむじけるやうは。さもあれ吾君の御台所は。天下一の美人にてましませば。風のたよりの玉章を参らせあげてみむずるに。請ひき給はゞしかるべし。もしそむき給ふ物ならば。ふしづけ申さばやとあむじすまし。玉章懇にこしらへこれは。都よりの御状なりとてさゝけけれは。きむしゆの女房達取つぎ参らせあげ。御台所は都よりの御状と聞食。中々上がきをだにも御覧じあへず。いそぎひらいて見給へは。おもひの外に引かへて別府か方よりの玉章也。余の事のかなしさに。ふたつみつに引さき。かしこにかはと捨させ給ひ。命あれはこそとの給ひて。御まぼりがたなをめしよせ自害をせむとし給へは。めのとの女房が参り。御まぼり刀をうばひとり申し。尤御道理にて御座さふらふ。三條みぶの御所よりも。必御むかひの参さふらふへし。命をまたふし給へととかくなだめ奉る。返事をせぬものならばふとく心なる別府にて。いかなる所存かたくむべきと。めのとの女房がそばよりも返事をする。三とせの後の新枕。われにかぎらぬ事なれば。すまふ草もとりどり引はやなひくならひなり。まみえむ事はやすけれとも。君のむこくへ打手におむきの時。うさの宮に参り。千部の経をかきよまむと大願をたて。七百余部は書よみぬ。今二百余部は書よまず。この宿願成就の後はともかくもとかきとめて是は。みだい所の御返事なりとてかへす。使はいそぎたちかへり。別府殿に見せ奉る。別府ひらいて見奉るに。あらめてたや。さてはなびかせ給ふべきや。此宿願成就の間は。いか程か有へきと。たゞ百年をくらす心ちして。明し暮して待ゐたり。其後御台所かすの女房たちを。召あつめさせ給ひ。つれなき命のあれはこそ。かゝる事をも聞なれば。今もふちせにみをなげて跡かきくれたくおもへども。草のゆかりもしのふゆへ。そよく心もよしあしと。君かおもかげの夢うつゝに。たちそひ給ふ時はまた。しゝたる人とはみえたまはす。恋はいのりの物ときくあふまでいのちおしきなり。大臣殿此まゝ御帰朝なきならば。我もみをなけむなしくなるべし。さあらん時に御形見を山野のちりとなさむより。たつとき人にほうじ跡をもとはせ申さむと。御手なれのびは琴。わこむしやうひちりきさうしの数を。取あつめたつとき人にほうせらる。四十二疋の名馬ども。みな寺々へひかれけり。三十二疋のたかいぬの。きづなをきつてぞはなされける。此程ありしたかぜうたちをもおもひおもひにちらされけり。十二てうの鷹共の。あしをゝといてぞはなされける。十二てうの其中に。みどり丸と申て。大たかのありけるがきみのなこりを。おしみてやたちさる方もなかりけり。みだい所は御覧してあれはきみのひさうのみとり丸なるが。つかれにのそみてあるやらむ。はをたれひれふしゐたるらめあれあれ女房たちゑじきをあたへてはなさせ給へと仰ければ。承るとは申させ給へども。いづれもみな女房たちの事なればゑかふやうをしらずして飯をまろめてそなふる。此鷹うれしげにて此飯をくはへ。雲ゐはるかにとびあかり。はねうちのへてとひけるが。三日三夜と申には、大臣殿の御座あるけむかいか嶋にとひつき。飯をは岩の上にをき。わかみもそはなる岩に羽をやすめてぞゐたりける。あらいたはしや大臣殿は。たゝうつせるかげのごとくにて。岩間の宿をたち出汀の方を見給へは。此程見なれぬたか一もと羽をやすめてぞゐたりける。大臣あやしく思しめし。心しづかに見給へば。むかし手なれしみどり丸也。余の事のうれしさに。いそぎ立寄給ひてめつらしのみとりまるや大臣か此嶋にあるとは何としてしつて来りたるそ。けに鳥類はかならず五通あるとは是かとよ。扨もこれなる飯は。みだい所の御わさかや。此飯をたばむより。なとことつての文はなきそ。豊後にいまたましますか。都へかへりお上りか。ふちは瀬となるならひかや。いかにいかにととひ給へは。心くるしきふせいにて泪。はかりそうかめける。大臣殿は御覧して。今これ程のみとなりて。此飯ぶくしてあればとて。いく程命のなからへん。鳥類なれともあのたかの。見る所こそはつかしけれ。くはてもあらてとおほしめすか。さもあれみとり丸が。万里のなみを分こしたる。心さしのせつなきに。いでいでさらはぶくせむとて。御手をかけさせ給ひけれは。うれしけにて。此鷹か。はをたゝきつめをかき。おひざのまはりに。ひれふして物いはぬ計のふぜいなり。大臣殿は御覧じて。あらたよりもなやみどり丸。木の葉だにもなき嶋なれば。おもひの色をも書やらず。いかゝはせむと仰ければ。此たかうれしげにて雲ゐはるかにとひあがる。大臣殿は御覧して。しばしもかくて候へかし。あら名残おしのみどり丸や。はやかへるかと仰けれは。さはなくしてみとり丸いつくよりとりて来りけむ。ならのかしははふくみて。大臣殿に奉る。そぶかこゝくのたまづさを。かりのつばさに言伝しも今こそおもひしられたれ。われもおもひはおとらじと。御ゆびをくひきり。木の葉に物をそあそばしたる。たむの落葉成けれは。只哥一首書付。をしたゝみまろめて。すゞ付にゆひ付て。はやかへれよと有しかは。うれしけにて此鷹か三日三夜と。申には豊後の御所に参りけり。まだ早朝の事なるにみたい所は。縁きやうだうして御座ありしが。みどり丸を御覧して。汝はこくうをかけるものなればいたらぬ所よもあらじ。ものいふものにてあるならば。大臣殿の御ゆくゑをなとかは申さてあるへきぞ。あら浦山しのみとり丸やと仰けれは。此鷹うれしげにて御前さして参り。すゞつけをふりあけゐなをりたり。御台ふしぎにおぼしめし。くはしく見給へは。いにしへの人のことつてに。一首の哥に。かくばかり。とふ鳥の。跡計をは。たのめきみ。うはの空なる風のたよりをと。かやうによませ給ひつゝ。扨は此世に。大臣はいまたなからへ給ふそや。これこそ命あるしるしなれ。かみなき方にてあればこそ。このはに物をはあそばしたれ。硯と墨ふでなければこそ。血にて物をばあそあそはしたれ。いざや硯を参らせておぼしめされむことのはを。くはしくかゝせ申さんとて。むらさき硯油煙のすみ。かみ五かさねにふてまきそへ。御台をはじめ奉り。其数々の。女房たち。我おとらしと文をかく取あつめたるまき物はよしなきわさとおぼえたり。すゞ付にねむごろにゆひ付。かまひて今度とくまいれみどりまるあら浦山しやと仰ければ。此鷹うれしけにて又。雲ゐはるかにとひあがり。はねうちのへてとひけるか。むらさき石のならひにて。しほのみちひにしたかひて。時々おもく。なる程にひかれてしだいにさかりけり。今はとおもひてとびけるが。おほくの文と書ともに。露をふくみておもくなりたゝひきにひかれつゝ。其まゝうみにひたりてむなしくなるぞむざんなる。嶋にまします大臣殿。たかたにも今はかよはねは。何になぐさみ給ふへきそや。此鷹のまたもまいらぬはもしも別府かかたへもれきこえころされても有やらんと。時々かよふいきだにもかぎりの色と見え給ふが。なをも命の捨がたくて。みるめあをのりとらんとて。岩間の宿をたち出汀のかたを見給へは。なみうちかくる岩間に鳥の羽すこし見ゆる。大臣あやしくおぼしめし。いそぎ引あげ見給へは。此程かよひし御たか也。余の事のかなしさに。かしこにとうとまろひゐて。たかをひざにかきのせてあらむざうの有様やと。くはしく体を見給へはしつむもひとつ理なり。むらさき硯油煙の墨。其かすかすの文ともは。しほにみたれて見えわかねと。心しつかに見給へはとりとりにこそ見えにけれ。これや女姓のはかなきとは。かみ筆墨たにもあるならば。これ程多きいはほにて。いか程も物をばかくへきに。硯を付るは何事そや。扨も此鷹かきかいかうらい。けいたむ国へもゆかずして。今此嶋に。ゆられきて。ふたたび物をおもはする。かならす生をうくる物。こむばくふたつのたましゐあり。こむはめいとに。おもむけははくはうき世にあると。きくわれもいのちのつゝまりて。今をかぎりの事なれは。めいどのみちのしるへをして。つれてゆけやみとりまる。われをはたれにあつけて。扨何となれとおもふぞとて。此たかにいたきつきりうていこかれ給ひけり。かの大臣の。御なけききみに見せはやとそおもふ。是は大臣殿嶋にての御なげき。豊後のこうに御座あるみたい所の御なげきは。中々申計もなし。せめておもひの余にや。うさの宮にまいり。七日籠り願書をかいてこめさせ給ふ。きみやうちやうらいそうびやうじむ。もしも大臣殿帰朝のゑみをふくませ給ひ。ふたたひ御目にかゝるならはうさのざうゑい申へし。玉の宝殿みかきたて金の戸びらをのべひらき。るりのかうらむやりわたししやかうのぎぼうしみがきたて。みぎりのいさごに金をませ。かべには七宝ちりはめて。池には玉の。橋をかけ。ゐがきはくはうよう。らむけいし。くわいらうとはいてむ四つの楼門玉のまぐさを。みかくへしとうりやうのむねを。うきやかにしむてむひさしを。ひろひろといかにもやうらく。むすびさけけまむのはたは雲をわけ四せむへいはく。しゝこまいぬ金をもつて。みがくへし。大塔としゆらうをいかにもたかく。雲の上に。光をはなつて。つくるへし四季の祭礼。別臨時花のみゆきを。なすべき也九品の鳥井を。たかくたて極楽浄土を。まなふへし極楽外に。更になし諸神のしよけうを。浄土とすあゆみを神にはこへは神たうよりも。仏道にきする更便是なり其かいていのいむもん今もつきせす。あらたなり。ほうさい神にいたせはぼだひのたねをつゝむなり抑神と申はじむそくたるを。すかたとし。正直たるを。心とすちりの内にましはり我らにえむをむすへり本願かきり有ならば我をばもらし給ふなようやまつて申と書とめてくるくるとひむまいて。神前にとうどをき七日七夜まどろまて。しじやう。神にそいのらるゝ誠に神のちかひにや。ゆきの浦のつり人。つりに沖へ出たるか南のかせにはなされて。北の沖へなかれゆき大臣殿の御座あるげむかいが嶋にふきつくる。ふな人どもは嶋かげにあがり。しばらくいきをつぐ。かしこを見れはいきやうなるいき物ひとつねり出る。いとゞ物おそろしき折ふしに大臣殿を見つけ申。かなたこなたへにげさつて。おぢてさうなくちかづかず。大臣殿は御覧じて。あら口惜や。扨はなにかしがすがたは人間とは見えざりける事よ。何と成行事ともとて。御泪にむせはせ給へは。泪をなかす体を見て。ちつと心かかふに成て。さもあれ汝はいかやうなるいき物そととへは。大臣うれしくおぼしめし。ありのまゝにかたらばやとおぼしめすが。もしも別府方の者にてもありもやせむとおぼしめし。偽かうそ仰ける。これはひとゝせ百合草若大臣殿。むこくへ討手におむきの時。ふなぶにとられてまいらせむかひたりし者なりしが。ふしぎにふねにのりおくれ。大臣殿御帰朝の後ははや三年になるとおほえて候。然へくはお情に。われを日本の地へ着てたへと仰ければ。ふな人共か是を聞。あらふひむのしだいやな。くじする身には。なにはにつけ物うき事のおほひそや。人の上ともおもはねは。たすけてさらはもとらふすが風の心をしらぬなり。われ人の果報目出度は順風ねがひにいたすべし。ありともうむがつきはてなは。なをしもとをくはなたるべし。唯果報をねかへ。大臣げにもとおぼしめし。うしほをむすびでうづとめされ。日本の方をふしおかみ。あらうらめしや何とて日本の仏神は。我をは捨はて給ふらん。観音経のめいもむに。入於大海。けしこくふうすい。ごせむほうへうだらせつ。たとい。せむほうへうたらせつらせつの国におもむくと。われ一人が。きれんによつて。本地のきしへ。着てたべと。祈念申させ給へば。誠に仏神も不便におほしめさるゝか。八大龍神ことことく。おもてをならべ座せられたり。舟のへさきには。不動明王の。がうまのりけむを。ひつさけてこむがうけむごのさつくのなは。あくまをよせしとしゆごせらるゝ。かむまむふたつの御まなじり。ともにはがうふくぞうじやうでむ。いしやなでむ。大光天。とらせつ天。風天水天火天どう。雨風なみをしつめむため。上かい下界の龍神。しやしむのどくを留て。夜日三日と申には。つくしのはかたにふきつくる。ありがたしとも中々に申計はなかりけり。船人共か申けるはこれまでとゞけたるちうに。われにしばらくみやづかひ。恩を送れとそ申ける。大臣けにもと思召ならはぬわざをし給ひて恩をぞ送らせ給ふ。国内つうげの事なれば。別府のしむかつたえ聞。ゆきの浦のつり人か。けうがる物をひろひきてやしなひをくと伝えきく。いそぎつれて参れと御使立。其比なびかぬ木草もなし。やかてぐしてそ参りける。自身たち出つくづく見て。あらけうかるいき者かな。鬼かと見れは鬼にてもなし。人かと見れは人にてもなし。たゝかきとやらんはこれかとよ。われにしばらくあづけよ。都へぐして上り。物わらひの種となさむとてをしとゞめ。門脇のおきなにあつけやがてふちをぞくはへける。かの門脇の翁と申は。年比大臣殿にめしつかへし者なれども。いたはしや大臣殿には。御かほにも御足手にもさなから苔のむし給ひ。御せいもちいさく御色もくろく有しにかはる御すがたを。いかでか見しり申べき。されとも情のふかきふうふにて。あらむざうとやせおとろへたるがきやとて。かさねてふちをぞくはへける。ある夜のねさめにおうちがうばにかたりけるは。扨も先祖のきみゆりわか大臣殿。む国へ討手に御むきあつて。其まゝ御帰朝なき間。其おもひのみふかふしてそゝろに年もよるぞとよ。扨もみだい所は。こうのちやうやにましますよな。うば此よしを聞よりも。さればこそとよ其事よ。別府殿のみだいに心をかけさせ給ひ。御玉章の有しかともさらになびかせ給ねは。無念至極に思召。此二三日先程に。まむなうが池にいきながらふしづけ申けるときく。是に付てもうき命。つれなく久にながらへ。かゝる事をもきくやとて。せきあへすこそなきにけれ。大臣殿は物こしにて聞召。あら何ともなの事どもや。今まて命おしかりつるも君にやあふとおもふゆへ。今は命もおしからす。明なはいそき尋行。まむなうが池にみをなけて。二世のちきりを。なさはやとおもひ入てそおはしける。其後おうぢが声として。今より後はいまいましうなゝいそとこそ申けれ。うば此よしを聞よりも。哀けに世の中に。心づよきは男子也。おうぢがやうなるつれなしこそ。しうのわかれもかなしまね。われら日比の御情。只今のやうにおもはれて。いかにいふとも。なかふそとて又さめさめと。なきゐたり。おうぢ此よし聞よりも。あらやさしのうばごせやさ程君を大事におもひ申さば物語してきかすへし。かまへて口はしきくなおそろしや。かのべつぶ殿のうしろみの中太は。おきなかおいにて有間。みだい所のふし付られさせ給はむ事を。おうちかねて承り。是をはさていかゞせむとおもひ。我等かあひしのひとり姫。みだい所と御同年にまかりなるを。君の御命にかはるべきかと尋てあれば。姫はなのめによろこふで。男子女子にはかぎりさふらふまし。御しうの命にかはらんこそさいはいにてさふらへ。しのひやかにと申程に。おうぢ余のうれしさに。姫をばみだい所とかうしまむなうが池にしつめ。ひめがゐたりしちやうだいに。きみをばかくし申たれ。かたみはこれにあるぞとて。かずの形見をとり出し。うばが手へこそわたしけれ。うばはかたみをとりもちてこれは夢かやうつかや。さりなから君をたすけ申こそなけきの中のよろこひなれ。しかりとは申せとも。人間にかきらす。生をうけぬるたくひの子をおもはぬはなかりけり。三界一のどくそむしやかむに如来たにも。御子の羅ごら尊者をば又みつけうととき給ふ。こむじつ鳥は子をかなしみ。しゆらのなづきにはしをたつる。よるの鶴は子をかなしみれんりの枝にやどらず。やぎうこうじをねむり野外の床にふすときく。いきとしいき生をうけぬるたぐひの。子をおもはぬは。なき物を。わがみをわけしひとり姫。しうのいのちにかへし事。うらみとはさらにおもはねど。あらおしの姫やとて。りうていこかれなきけれは。おうちもともになく時そ。大臣殿はきこしめし。ともにつれてしのひねのせきとめかたき御なみだやるかたなふぞ聞えける。大臣殿は唯今も立出。これこそいにしへのゆりわか大臣となのつてきかせ。よろこばせはやとおほしめしけれども。しばしとおもふ所存にて時節をまたせ給ふ。かくて其年も打暮。あら玉月になりければ。九国のさいちやう弓のとうをはじめ。別府殿をいはふ。いたはしや太臣殿には。御かほにも御足手にも。さなから苔のむし給へは。苔丸と名付申やとりの役をぞさしにける。大臣弓場に出させ給ひ。爰にて軍をためさばやとおぼしめし。あそこなる殿の弓立のわるさよ。爰なる殿のをしてのふるふと。さむさむに悪口し給ふ。別府此よし聞よりも。いつ汝か弓をいならふてさかしらを仕るぞ。もどかしくはひとや射よ。大臣殿はきこしめし。射たる事は候はねとも余に人々の射させ給へる御すかたのみにくき程に申て候。別府聞て。さ程汝か射ぬ弓をさかしらを仕るぞ。只今射じと申さば。うさ八幡もしろしめせ人手にはかくまし。じきに切て捨へしとつて射よとせめかくる。大臣殿はきこしめし仰にて候程に一矢射たくは候へども引べき弓が候はず。別府聞て。やさしく申もの哉。つよき弓の所望か又よはき弓の所望か。同はつよき弓の所望にて候。やすき間の事とて。つくしにきこゆるつよ弓を十ちやうそろへて参らせあぐる。二三ちやうをしかさね。はらはらと引おつて。何も弓よはくして事をかいたと仰ければ。別府是をみてきやつはくせもの哉。所詮大臣殿のあそばしたる。かねのゆみやを射させて見よ。尤然べしとて。宇佐八幡の宝殿にあがめをく。かねのゆみやを申おろし大臣殿に奉る。いつしか本より御だらし。かゝりの松にをし当。ゆらりとはつてすびきし。かねの御でうすをつがはせ給ひ。的には御目をかけられず。くわんらくしてゐたりし別府の大夫に御目をかけ。大音あけて仰けるは。いかにや九国のざいちやうら。我をば誰とかおもふらん。いにしへ嶋に捨られし。ゆりわか大臣が。今春草ともえ出る。たうりに任せてわれやみむ。非道に任せて別府やみむ。いかにいかにと有しかは。大どもしよきやう松浦たう。一度にはらりとかしこまり。君にしたがひ奉る。別府もはしり折。かうさむなりとて手を合る。いかてかゆるし給ふへき。まつらたうに仰付。たかてこてにいましめ。汝がしたのさえつりにて。われに物をおもはせつる。ゐんぐわの程を見せむとて。口の内へ御手をいれ。したをつかむて引ぬいてかしこへかはとなけすて。くびをば七日七夜に。引くびにし給へり。上下万民をしなへてにくまぬ者はなかりけり。弟の別府の臣をも同しごとくにざいくわ有へきを。嶋にて申情のことばを。有のまゝに申ければ。さらばなむぢをばたすけよとて。ゆきの浦へぞながされける。其後大臣殿こうの長屋にうつらせ給ふ。みたいこのよし聞召ひとへに夢のこゝちして。たもとをかほにをしあて。泪とともに出給ふ。あはぬがさきのなみたは。理なれば道理なり。あふての今の。うれしさに言のはもたえてなかりけり。何のつらさに。わかなみたおそふる袖にあまるらん。みだい所はうさの宮の御宿願のよし御物語ありければ。大臣なのめにおほしめしたてさせ給ふ御願は。事のかずにてかずならず。金銀しゆぎよくをことごとく。ちりばめ給ひける間。ありがたしとも中々に申計はなかりけり。其後ゆきの浦のつり人にちつとたつぬへき子細あり。いそぎめせとて御使たつ。浦人承りいかなるうき目にかあふへきとたゝ鬼にかみとるふぜいにて。こうのちやうやにまいり庭上にかしこまる。さはなくして大臣殿。自身立出給ひ。命のしうにて有ものが。何とておそれをばなすぞ。それへそれへと仰あつて広縁まてめされ。うれしきをもつらきをも。なとかはかんぜざるべきと。御盃にさしそへて。いきとつしま。両国を浦人に下したひにけり。門わきの翁を。めし出させ給ひて。つくし九ヶ国の惣政所たびたまふ。翁か姫のために。まむなうが池のあたりに。御寺をたて給ひて。一万町の寺領を。よせさせ給ひけるとかや。みとり丸かけうやうに。都のいぬいに。じむごしと申。御寺をたて給ひけり。鷹のためにたてたれはさてこそ今の世まても。たかお山とは申也。大臣殿の御諚には。つくしに住居を。するならはものうき事もありなむと。御台所を。引くして都へ上り給ひけりあじろのこしは拾二ちやう。はりごしは百余ちやう大どもしよきやう松浦たう。御供を申さるゝ。昨日まてはいやしくも。苔丸とよばれ給ひしがけふはいつしか引かへて。七千余騎を。引ぐして都へのぼり。父母にたいめむあつて後やかて参内申さるゝ。御門ゑいらむましまして。いかにめづらし。先度別府が上り。うたれぬるよし申せしを。まことぞとおもひて勅使を下す事もなしふしぎの命ながらへ。二度参内する事。一かむのかめのたまさかにふほくにあふがごとしとて。日の本の将軍になさせ給ふぞありがたき。扨こそ天下太平。国土安全。寿命長遠なりなりとかや。

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