江戸期版本を読む

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タグ:伝統芸能

胴乱の幸助(笑福亭福松口演) 目次

校訂本文(読みやすいヴァージョン)  古形版校訂本文目次

翻字(見開き頁毎)

その一 喜八と源兵衛の会話
その二 源兵衛、あいたい喧嘩を持ちかける
その三 あいたい喧嘩が始まる
その四 喧嘩が本物になる
その五 幸助、仲裁に入る
その六 幸助、喧嘩の仲裁に入る
その七 料理屋での三人の会話
その八 喧嘩を探して歩く幸助
その九 浄瑠璃の稽古屋の様子
その十 幸助、稽古屋に仲裁に入る
その十一 幸助、帯屋のもめ事を聞き出す
その十二 幸助、帯屋の詳細をメモする
その十三 幸助、京都帯屋へ乗り込む(サゲ)

『胴乱の幸助』(1894年刊 国立国会図書館デジタルコレクション)

【上方落語メモ第1集】その46 / 胴乱の幸助

【翻字】
お話替ツて薪屋(わりきや)の老爺(おやぢ)は
宅(うち)へ帰りまして、握り飯の弁当を拵へて支度をいたし、
三十石に乗りました、夢の間(ま)に早(は)や伏見へチヤンと着き
ました、老爺(おやぢ)船から上るをり彼方此方(あちらこちら)で尋ねて居ります
老爺「オイ一寸(ちよつ)とお尋ね申します

〇「ヘエ何でやすへ
老爺「京都は柳の馬場(ばゞ)押小路(おしこうぢ)、虎石町(ちやう)の西側で、主人(あるじ)は帯屋
長右衛門……と云ふのは何所(どこ)やへ
〇「ヘエツ……もし佐助さん、一寸(ちよつ)と一遍来てお呉んな
さらんか、ゑらい所を尋ねて居ますね、老爺(おツ)さん汝(あんた)
尋ねて居なさるなア、恰(まる)でお半長ですなア
老爺「ナニお半長……ゑらいお前能(よ)う知ツてるなア
〇「阿房らしい、其様(そん)な事は子供でも知ツて居ますぜ
老爺「ホゝー……ヤツ格外(よツぽど)えらい悶着(もめ)と見えるなア、子供
までが知ツてるのに乃公(おら)ア知らぬが何所(どこ)やへ
〇「ハゝゝゝこりや汝(あんた)伏見です、まだ三里上(かみ)へ行かにや
アなりません、三里上(かみ)へ行(い)てからお尋ねなされ
老爺「イヤ大きにお邪魔さん

〇「何だへ彼(あ)の仁(ひと)は、馬鹿気た事を尋ねをるナ
笑はれてもお気がつかれず、薪屋(わりきや)の老爺(おやぢ)サクサク京都へ
出て参りました、彼方(あちら)で尋ね此方(こちら)で聞き、到頭虎石町(ちやう)の
西側へ遣ツて来ました、目今(たゞいま)でも帯地屋(おぼぢや)が存(のこ)ツて居ます
老爺「ハゝア此宅(こゝ)やナ……ヘエ御免なされ
若者「ヘエこりやお出でやす、丁稚(こども)お座蒲団出しイ、煙草
盆に火を入れて……毎度有難う様で、サア万望(どうぞ)此方(こちら)
へお掛け
老爺「ハイ御免なされ、エー早速やが私(わし)ア大阪の者ぢやが
……
若者「デおますか、毎度御贔屓様に有難う、此節(このせつ)は余程替
りました帯地が出来てごわす、エー一応お見本お目
に懸けませうか

老爺「イヤ別に帯買ひに来たのぢやごわせん、早速ですが
汝(あんた)当家(こゝ)の主人(あるじ)さんか
若者「イエ私(わたくし)は若者(わかいもの)でござります
老爺「ムゝウ左様かお若衆(わかいしう)か、何ぢや聞けばゴタゴタ悶着(もめ)
るさうだナ
若者「ヘエツ……何と仰しやります
老爺「イヤ何地(どこ)の家(うち)でも老人(としより)ちウものは蒼蠅(うるさ)いものでなア
マア婆さんに一応説諭する積りぢや、おとせさん宅(うち)
に居やはるかへ
若者「ヘエーおとせさん……ヘエ私宅(わたしども)におとせさんてな仁(ひと)
はござりませぬが
老爺「ヘゝゝ其様(そん)な事隠すなへ、お前は御主人に忠義で宅(うち)
の紛紜(ごたごた)をば他へ聞かせまいと思うて居らうが、別に

私(わし)に隠さいでも好(よ)い、お前所(とこ)の治(をさま)りのつく様に私(わし)ア
態々(わざわざ)来て居るによツて……そんなら伴(つ)れ子の儀兵衛
さんに面会(あは)う
若者「ヘツ儀兵衛さん……其様(そん)な仁(ひと)は居りませぬが
老爺「アゝ化体(けツたい)な若衆(わかいしう)ぢやナ、何で其様(そんな)に隠すのぢや、そ
んなら最(も)う早幕(はやまく)ぢや、主人(あるじ)の長右衛門に面会(あは)う
若者「エゝツ長右衛門……
老爺「それで分解(わか)らにやア隣家(となり)の信濃屋のお半を呼べ
若者「夫(そ)りや何(な)に言ひなさるね、老爺(おツ)さん汝(あんた)の尋ねて居な
さるのはお半長右衛門ぢやアござりませぬか
老爺「ムゝ然(さ)うぢや、お半長右衛門ぢや
若者「ハゝゝゝ阿房らしい何(な)に云うてなさる、今時にお半
長右衛門尋ねに来たりして、お半も長右衛門も桂川

で情死(しんじう)しましたぜ
老爺「エゝーツ……ぢやアお半も長右衛門も桂川で情死(しんじう)し
たか
若者「エー最(も)うトウ(○○)に情死(しんじう)しました
老爺「失策(しも)たア……汽車で来たら可(よ)かツたに
胴乱の幸助(をはり)

【語釈】
・居りませぬか…原文「居りませぬか」。誤植と思われるので訂正した。
・早幕…急いですること。

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【解説】
 胴乱の幸助が三十石で京都に行き、帯屋へ乗り込むくだりです。このくだりは、本書古形版と故・桂米朝等による現行版との間に大きな差異はありません。

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【翻字】
老爺「好(よ)し、併(しか)し住所(ところ)を聞かしてお呉れ

師匠「此処(こゝ)に硯も白紙(かみ)もおます、私(わた)し云ひますよツて、貴(あん)
郎(た)書きなされ
老爺「貸してお呉れ、何所(どこ)やへ
師匠「京都は柳の馬場(ばゞ)押小路(おしこうぢ)、虎石町(ちやう)の西側で、主人(あるじ)は帯
屋長右衛門
老爺「好(よ)し、こり養子息子やナ
師匠「左様ですね
老爺「デ、この長右衛門てエなア幾才(いくつ)位(ぐら)ゐやへ
師匠「ヘエ……花木(くわぼく)さん長右衛門幾才(いくつ)位(ぐら)ゐでせうナ
花木「左様です、四十に近い身をもツてと云ふで、大低(たいてい)三
十九位(ぐら)ゐでせう
師匠「ムームー……老爺(おやぢ)さん三十九です
老爺「男盛りやなア、三十九位(ぐら)ゐなら、デ、女房は

師匠「女房はおきぬと云ふンで
老爺「好(よ)しおきぬ、これは何才ぢや
師匠「恰(まる)で戸籍調べぢや、マア三十位(ぐら)ゐですやらう
老爺「三十かへ、好(よ)い夫婦(めうと)ぢやがナ、仲好(なかよ)う為(し)たが可(よ)いこ
とに浮気をして、デ、隣家(となり)の娘は何と云ふへ
師匠「お半です
老爺「好(よ)しお半、デ、婆さんは……
師匠「おとせです
老爺「好(よ)し、伴(つ)れ子は……
師匠「義兵衛です
老爺「好(よ)し、併(しか)しこの婆さんは良人(つれあひ)はないのかへ
師匠「イエそりや半斎と云ふのがおます
老爺「ムーナニ此丈(こんだ)け位(くら)ゐな悶着(ごてごて)なら訳アない、同じ宅(うち)に

居るよツて彼(か)れ是(こ)れと悶着(もめ)るのぢや、人数(かず)さへ減ツ
たら然(さ)う揉める訳なものでない、乃公(おら)ア誰なと伴(つ)れ
て戻ツて来て、大坂(こツち)で薪屋(わりきや)さす
師匠「アゝ左様か、それは大きにお世話さんで
老爺「イヤ大きにお邪魔さん
ト其儘(そのまゝ)表の方(かた)へ出て行きました、跡に皆々は
「何ぢやいナ、世には気楽な親爺(おやぢ)もあるものぢやなア
アハゝゝゝ
ト稽古屋の宅(うち)は大笑ひです、

【語釈】
・悶着(ごてごて)…ルビ不鮮明。「ごてごて」は「ごたごた(争い。もめごと)」の転か。

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【解説】
 胴乱の幸助が、稽古屋の師匠から帯屋の関係者について詳しく聞き取り、メモをした後、稽古屋を去るくだりです。
 このくだりは、故・桂米朝等による現行版がかなりあっさりとしているのに対し、本書古形版は描写が詳しい印象です。特に、幸助が問題の原因と解決法を具体的に口にしている点と、幸助が去った後の稽古屋の人々の幸助に対する嘲笑を描いている点は現行版にはありません。このくだりに関しては本書古形版の描写は現行版より具体性に富んでいると言えます。

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【翻字】
老爺「然(さ)うかへ、併(しか)し其(その)京都の帯屋たら云ふ宅(うち)は大層(ゑらう)悶着(もめ)
るのか
師匠「アゝ化体(けツたい)な仁(ひと)ぢやなア……ヘエ悶着(もめ)ますのです
老爺「ムーその悶着(もめ)の一ト通り話しをして、乃公(おり)ア悪くは
せぬよツて、一体如何(どう)云ふ悶着(もめ)やい
師匠「アゝ尚(ま)だ彼様(あん)な事云うて居(ゐ)る、化体(けツたい)やナ
花木「ナアもうしお師匠さん、丁寧(あんじやう)事情(わけ)の分かる様に云う
て進(あ)げなされ、相手が狂人(きちがい)です、結局(しまひ)には糞(ばゞ)垂れし

ますぜ
師匠「イヤ其様(そない)な事して貰うては騒動ぢや
花木「左様(さう)やよツて分解(わか)る様に云うて進(あ)げなはれ
師匠「そのナア老爺(おやぢ)さん、貴郎(あんた)が今尋ねて居なさる婆州(ばゞしう)は
此者(こり)ア元(も)と飯炊きして居ましたへ帯屋の宅(うち)で、その
時分はお竹と云うたが、後妻に直ツておとせと名前
替へたんです、これに伴(つ)れ子が一人おますね、義兵
衛ちウてナ、帯屋の宅(うち)には長右衛門と云ふ養子息子
を貰うてその女房をおきぬというて、仲好うして居
ますね、デ、婆さんは我(わが)伴(つ)れ子に世が取らしたい、養
子を放り出して仕舞うて、義兵衛にと云ふので宅(うち)が
悶着(もめ)ますのです
老爺「ムーそんな事で、また婆さん不可(いか)ん事ぢやなア

師匠「アゝ左様か、その隣家(となり)に信濃屋て宅(うち)がおますね、其(そ)
宅(こ)の娘にお半ちウ別嬪があツて、伊勢参詣(まゐり)の途中(みち)で
長右衛門が一緒になツたさうで、デ、お半が到頭懐胎(はらぼて)
に成りました、それで尚(な)ほ帯屋の宅(うち)が悶着(もめ)ますので

老爺「ハゝアゑらい又(ま)た長右衛門さんも浮気な仁(ひと)ぢやナ
師匠「アゝ左様か……
老爺「ムゝこりやア放棄(ほつと)けん
師匠「エゝーツ……
老爺「乃公(おら)ア一ツ京都へ行(い)て丸う治めて来やう
花木「お師匠さん行(い)て貰ひなされ、イゝ行(い)ツて貰ひなされ
師匠「一ツ行(い)ツて老爺(おやぢ)さん好(よ)い様にして来てお呉んなされ

【語釈】
・婆州(ばゞしう)…「州」は「近世、人名などに添えて親愛の意をこめていうのに用いる接尾語」。

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【解説】
 浄瑠璃を全く知らない胴乱の幸助は、稽古屋の師匠が説明する「帯屋」のもめ事を、実際に起きている実話だと思い込み、仲裁するために京都へ行くと言い出すくだりです。
 このくだりは、故・桂米朝等による現行版と本書古形版との間に大きな相違点はありません。


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【翻字】
 甲「可(い)い浄瑠璃でかすナ、モシこの帯屋は大体が婆(ばゞ)が悪
い奴です、それゆゑ養子息子も嫁も大低(たいてい)ぢやア
おまへんわい
 乙「左様左様、帯屋の婆(ばゞ)か八百屋の婆(ばゞ)かと云ふ位(くら)ゐです、

元来(もともと)婆(ばゞ)が悪いのです
ト口々に話しをして婆(ばゞ)が悪い婆(ばゞ)が悪いと云うて居(ゐ)る、宅裡(うちら)で
は、親ぢやわやい、エーエ胴慾ぢやわいなア、と語(や)ツて
居(ゐ)る、其処(そこ)へ丁度通り掛(かゝ)ツたのは例の薪屋(わりきや)の老爺(おやぢ)です
老爺「オイ何ぢやへ、ハゝア親子喧嘩やナ、ドレ挨拶して
遣らう
ト勢ひ籠(こ)んで老爺(おやぢ)め其儘(そのまゝ)座敷へ飛んで上がりました
老爺「一体ワイワイと如何(どう)したんぢやへ、山家(やまが)の一軒家ぢ
やあるまいし、近所隣家(となり)のあるのにワイワイと、今
も聴いて居りやア婆(ばゞ)が悪い婆(ばゞ)が悪いと云ふてたが、何(ど)の
途(みち)老人(としより)ちうものは愚痴な事を云ふものぢや、それを
又若い者が寄ツて好都合(あんばい)して遣らにやア不可(いか)んぢや
ないか、が、乃公(おれ)が来たからには悪うはせん、サア婆(ばゞ)さ

んに面会(あは)う
師匠「ヘエー……連中さん迯(に)げいでも宜しい、狂人(きちがい)かも知
れん、モシ介意(だいじ)おまへんけれど、宅(うち)の内(なか)へ下駄穿(ば)き
で上(あが)ツて貰うてはどうもなりません、其辺(そこら)土だらけ
です、別に私共等(わたしどもら)喧嘩も何も為(し)て居りやアしません
老爺「何云ふね、乃公(おら)ア今聴いてた、親ぢやわやい、胴慾
ぢやわいなアちうて泣いて居た、姉はん何所(どこ)に居る

師匠「ウダウダ云ひなさんナ、これは貴郎(あんた)喧嘩でも何でも
ありやア為(し)ません、これはお半長ですね
老爺「お半長ツて何ぢやへ
師匠「アー化体(けツたい)な人やなア、いゝ(○○)年輩(とし)して居てお半長右衛
門分かりませんか、こりやア別に私宅(わたしとこ)の事ぢやアお

まへんね、京都は柳の馬場(ばゞ)押小路(おしこうぢ)、虎石町(ちやう)の西側で
主人(あるじ)は帯屋長右衛門、その帯屋の悶着(もめ)た話しをして
居ますね
老爺「アゝ左様か内方(うちかた)ぢやアないのか
師匠「ヘエ私宅(わたしとこ)ぢやアおまへんね

【語釈】
・可(い)い浄瑠璃でかすナ…「か」はあるいは「が」か。
・八百屋の婆(ばゞ)…不詳。『心中二ツ腹帯』の八百屋の後妻くまを指すか。
・連中…音曲などの一座の人々。

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【解説】
 浄瑠璃の稽古屋を通りかかった胴乱の幸助が、浄瑠璃の稽古を喧嘩と勘違いして稽古屋に乗り込み、師匠からなだめられるくだりです。
 このくだりは、本書古形版と故・桂米朝等による現行版との間に大きな差異があります。現行版では、胴乱の幸助はふつうに挨拶して稽古屋に入り、師匠は徐々に幸助の勘違いとその特異な人柄に気付いていきます。一方、本書古形版の幸助は、挨拶も何もなしにいきなり稽古屋に怒鳴り込みます。驚いた稽古客は逃げ惑い、師匠は最初から幸助を変人と認識して応対します。また、もめ事がこの家のことでないと知った時の幸助の反応も全く違います。現行版では、幸助は「京都のもめ事をここで再現しているとは何という暇人の集まりか」と呆れます。一方、本書古形版では、幸助は稽古客あるいは彼らがしていたこと自体には全く興味を示さず、ただ拍子抜けしているだけです。


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