江戸期版本を読む

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【翻字】
 れうけむしいかにかくすと おもへどもたゞよく人の しるは世中

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 れうけんはかりこと をめぐらして何ほど てだてをもつてかく しつゝむといへども 其事後必らず あらはれすといふ 事なし楊震は天 しる地しる我しる汝し るといへり君子の独 をつゝしむの心是又 外ならず世のことはざ にかべに耳岩のもの いふためしといふも 同じ心ばへ也凡世中 にかくすといふ事共 は大方は左道のわざ なり正道のうへに おいてはかくすといふ 事は有まじき也

【通釈】
 いろいろと考え、どれだけうまく隠したつもりでも、(結局もう)人はよく知ってしまうことである。世の中は。

 考えや謀り事をめぐらせて、どれほど巧みな方法で隠し秘密にするといっても、その事は結局後になると露見しない事はない。楊震は「(いくら秘密にするといっても、すでにその事は)天が知っているし、地も知っているし、私もあなたも知っている(から、人に知られないはずがない)」と言った。「立派な人は、人が見ていない所でも行いを慎む」という言葉の心もこれと同じである。世間の諺にある「壁に耳あり」や「石の物言う世の中」というのも、同じ趣旨である。そもそも世の中で、隠すという事自体、たいていは邪道の振る舞いである。正しい道においては、隠すという事はあってはならないのである。

【語釈】
・料簡…考え。
・つつむ…秘める。隠す。
・楊震…(54~124)。後漢の人。引用の言葉は『後漢書』楊震伝に見える。
・君子の独(ひとり)をつつしむ…『大学』伝六章に見える言葉。
・かべに耳…どこでだれが聞いているかも知れないということ。密談が漏れやすいことのたとえ。
・岩のものいふためし…ことばを発するはずのない石が物を言うということで、それほど秘密や隠し事が外に漏れやすいというたとえ。
・左道…正しくない道。邪道。
・正道…正しい道理。正しい道。また、正しい行為。

【解説】
 第九十九首目は、「隠し事は必ず露見する」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、貴族女性のもとに帰属男性が訪れている場面を描いています。あるいは『源氏物語』中に描かれた様々な秘密を念頭に置いての絵かと推察されます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中は身の上をしれ しれやしれ しれやよの中 しれや世中

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 天をかけり地をくゞ るといふとも其身の うへをしらずんばちゑ ある人とはいひがたし 身をおさめてのちに 人をもおさむるは大 学のをしへにも見えたれ 天子御身のうへを しろしめさゞれば天 下をうしなひ給ふ諸 侯身をしりたまはね ば国をうしなひ大夫身 の上をしらねば家を うしなふまことにみづ からかへりみひとりは かりて此身のうへを しれや世中

【通釈】
 世の中は、自分の定めを知りなさい。とにもかくにも(生きる要諦は)それに尽きる。

 天高く飛び、地の底を潜る事ができたとしても、自分の定めを知らないならば、知恵のある人とは言えないだろう。自分自身を修めて初めて人を治める(事ができる)というのは、『大学』の教えの中にも見える言葉である。天子が自分自身をお知りにならなければ、天下を失いなさるし、諸侯が自分自身をお知りにならなければ、その国を失うし、大夫が自分自身を知らないならば、その家を失う。実に自分を省み、一人よく考えて、自分の定めというものを知りなさい。世の中は。

【語釈】
・身の上…その人の境遇。人間の運命。
・かける…空高く飛ぶ。飛翔する。
・くぐる…通り抜ける。中にもぐる。
・身をおさめてのちに人をもおさむるは大学のをしへ…『大学』に見える言葉、「修己治人」を指す。
・大夫…中国、周代の職名。卿の下、士の上。
・はかる…物事を考え合わせて判断する。

【解説】
 第九十八首目は、「自分の定めを知る」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の子供の前に一人の男性が座っていて、子供の一人が男性を指さしている場面が描かれています。絵の意味は不明です。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 津の国のなにはの ことも世中は 有べきやうに有べかりけり

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 およばぬ事をしいて ねがひ求むといふとも 一として其せん あるまじたゝわが身 にたるゝ程をしり 世中なにはのよし あしにつき有べき やうにあらましかば 何のくるしみかあらん 安留辺幾也宇和 といへる七文字は 栂尾(とがのを)の明恵(みやうゑ)上人 常々諸人に示され たる宝訓なり此 哥のこゝろ全く此 を暁(さと)せり

【通釈】
 摂津の国の難波ではないが、何につけても世の中は、それぞれが有るべきように有るのが良いことだ。

 自分の手の届かない事を無理に願い求めても、何一つその甲斐はないであろう。ただ、自分にふさわしい程度をわきまえて、世の中、良いも悪いも何につけても、それにふさわしいようであれば、どんな苦しみがあるというのか。「あるべきやうわ」という七文字は、栂尾の明恵上人がふだんから人々に示された尊い教えである。この歌の心も、この教えをそのまま諭している。

【語釈】
・津の国…摂津国。
・なには…「何(は)」と「難波」を掛ける。
・せんなし…何かをしても報いられない。かいがない。
・たる…相応している。価値がある。値する。
・なにはのよしあし…「難波の葦蘆」と「何(は)の良し悪し」を掛ける。
・安留辺幾也宇和…明恵上人の遺訓にある言葉。歌の「有べきやうに」とは違いがある。
・栂尾の明恵上人…(1173~1232)。華厳宗の僧。
・宝訓…不詳。「宝のように尊い教え」の意か。

【解説】
 第九十七首目は、「ほどを知り、ほどを心得て生きる」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、山中の庵の前で長い竿を肩に担いで空を仰ぎ見る一人の男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に人を いろひてなにかせむ 柳はみどり花はくれなゐ

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 柳はみどりに花は くれなゐなる真に これ法性(ほつしやう)の現成せる 姿なり一休も男は をとこ女はをんなの まゝにしてこそといへ り妄情を以て種々 の揀択をなすべからず

【通釈】
 世の中で、人に口出ししてどうしようというのか。人にも物にもそれぞれ個性がある。

 柳は緑に芽吹き、花は赤く咲くというのは、実に本来の性質が自然と生じ完成した姿である。一休禅師も「男は男、女は女、それぞれありのままで(良いので)ある」と言っている。心を誤って持ち、いろいろと選り好みをしてはならない。

【語釈】
・いろふ…かかわる。口出しする。干渉する。
・柳は緑花は紅…ものにはそれぞれ個性が備わっていることのたとえ。
・法性…すべての存在や現象の真の本性。
・現成…眼前に隠れることなく、ありのまま 現れていること。自然にできあがっていること。
・一休…(1394~1481)。禅僧。言葉の出典は不詳。
・妄情…誤った心のもち方。
・揀択…取捨憎愛の見方によって物を分別し、えり好むこと。

【解説】
 第九十六首目は、「人に干渉したり、選り好みをしない」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、河畔の柳の木が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 よの中につくづく物を あんずれば うれしきもなし かなしきもなし

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 つくつく物をあん するといふは静(しづか)に してよく慮(おもんはか)る時 妄想を打払ふまて もなく正念現前し て憂喜ともに忘るゝ 境界あるへしとなり 此哥なと百首の 中わきて深き心有 へく覚へ侍る

【通釈】
 世の中で、よくよく物事を考えてみると、嬉しい事も悲しい事もない(、すべては無常である)ことだ。

 「つくづく物を案ずる」というのは、心を静かに保ち、よく物事を考える時、妄想を打ち払うまでもなく、安らかな心が生まれ、嬉しさも悲しさも(感情すべてを)忘れ去ってしまう心の状態があるはずである、と言っているのである。この歌などは、百首歌の中でもとりわけ深い境地を詠んだ歌であると思われます。

【語釈】
・つくづく…物事を、静かに深く考えたり、注意深く観察したりするさま。よくよく。じっくり。
・案ず…あれこれと考える。
・正念…雑念を去った安らかな心。
・現前…目の前に現れること。
・境界…精神・感覚の働きによりもたらされる状態。境地。

【解説】
 第九十五首目は、「結局世は無常であり、幸不幸や喜怒哀楽も空しい」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、脇息により空を見上げる一人の男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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